第六部:毒
何かをするにせよ、準備は進めておかねばならない。
兄妹達の内、妹であるノインは師が居る場所に向かう。他に察知されない為に近くに異常行動を起こす外獣の討伐も頼み、早朝から馬に乗って出かけていった。
心配であるのは否めないが、彼女ももう騎士だ。仕事をするようになったのに、何時までも俺や兄様が傍に居る必要は無い。
本人はまだまだ傍に居たがっているものの、一女性としてはそれは些か不味いだろう。そろそろ彼女も結婚して然るべき年だ。
政略結婚を我々の家は推奨していない。したところで父上も母上も然程利点を見いだせないだろうし、俺達の胸中も複雑だ。
他の家ではよくあることなので気にするのは違うのだろうが、やはり妹には愛した男と結婚してほしい。
勿論、家格等は気にしないつもりだ。彼女が本当に愛し、男の方も愛していたのならば口を挟む道理は一切存在しない。
「私は騎士団の方で秘密裏に援助を頼んでみよう。 団長は喜々として協力するかもしれないが、あくまでも秘密裏の行動だ。 然程多くは助けられないと思ってくれ」
「勿論です。 此方が巻き込んだのですから、どうかお気になさらず」
「そう言うな。 あんな行動をさせてしまったせめてもの罪滅ぼしだ」
ネル兄様はネル兄様で王宮内の情報を探りつつ、騎士団への極秘協力も取り付けるつもりだ。
上を目指すと宣言したが、俺達だけで全てを解決出来るとは思っていない。表からも裏からも動く必要があり、その裏側を騎士団達にやらせようということだ。
勿論、未だ新人の部類に入るネル兄様の声を聞き入れてくれない可能性はある。いくら実力を持ってはいても、家の格など騎士団の中ではあってないようなもの。民主騎士団であれば影響も出てくるであろうが、王宮騎士団内においては自己紹介の域を超えはしないだろう。
だが、あの騎士団には王族に忠誠を誓う団長が居る。
今回の事態によって王族が一人消えるかもしれないと教えれば、協力しない選択をするとは思えない。
味方は確かに増えている。此方に利があると判断した貴族も更に加われば、相手の警戒心を一層煽れるだろう。
その所為で危険な策を取られるかもしれないが、どのような手を使ってでも阻止はする。最悪の場合は関係者皆殺しも視野に入れて行動せねば、ハヌマーンを助けるのは不可能だ。
ナナエ達にも協力を頼む為に手紙を送る。
返事が来るとしたらそれなりに後だが、騎士団よりも余程味方になってくれる可能性が高い。それに今や港街のギルドはかなり安定化しているようで、新人教育を行う学び舎めいた施設も出来たそうだ。
教員役を務めるのは様々な理由で引退した元冒険者達。現地での勉強とはならないので実戦の空気を感じ取れはしないが、そちらは現役の冒険者達が努めてくれる。
未だに悪事を行おうとする冒険者も居るそうだが、発見次第即座に資格を剥奪して牢に叩き込まれているようだ。
お蔭で冒険者達は街に人間により信頼されるようになり、遠方地からも依頼が舞い込むようになった。その殆どが討伐か護衛であるが信頼の証拠だろう。
採取任務であれば失敗しても他の人間を雇えば良い。言い方は悪いものの、代わりが居る採取任務は気軽に頼めるのである。
その分報酬は少ないし、量も多い。初心者向けの仕事ばかりであるものの、決して簡単に達成出来るものではないのだ。
「私達はこれからどうしますか」
昼。
普段とは異なり、王宮で昼食を取った俺とランシーンは廊下を歩きながら今後の予定を話し合っている。
向かう先はハヌマーンの部屋だ。次の予定は既に決めているが、まだ許可を貰っていない。万が一ナノが何か頼み事をしてきた場合、そちらを最優先でするつもりだ。
「一応ナノ様やハヌマーン様が何か頼まれなければ、貴族がギルドマスターをしているギルドを巡ろうと思います」
「不正を探すのですか?」
「いえ、単に様子を見るだけです」
本当の目的は有力ギルドを巡ることだが、同時に平民と貴族でどれだけ施設に差があるのかを確かめなければならない。
目に見えて格差が広がっているようであれば、流石に是正しなければならないだろう。なるべく公平性を保たねば、何処かのギルドに人が集中することになってしまう。
流石にそれでは人員が足りなくなってしまうし、緊急の任務が入った際に間に合わなくなる。
もしも強敵が街を襲撃した場合、対処に遅れれば一大事だ。大量の人間が死に、国家そのものにも打撃を与えてしまうだろう。
ギルドは平民達の壁の役割も担っている。故に、ギルドの消滅を招く可能性は潰さねばならない。
俺の言葉にランシーンは訝し気だったが、俺がそれ以上を言うつもりがないことをル理解すると拗ねたような表情を浮かべる。
そこだけ見れば年齢相応の可愛気のある顔だ。
普段の真剣な顔も良いが、やはりどうしても女性の剣士と呼ばれる存在には多少なりとて違和感がある。
遠距離か近距離かで言えば、女性は遠距離役職の方が自然に近い。身体の柔らかさや頑強の低さがそれを余計に意識させられる。
「それにしても、いきなり凄い事になりましたね……」
「貴族からの反発が起きることは想定していました。 ハヌマーン様は平民出身の方ですし、どうしても貴族は平民を疎みやすいですから」
「差別意識は相変わらずですね」
「あれはもう、一種の習性に近いのでしょうね」
貴族が平民を嫌うのは最早本能だ。
例外的に嫌わない人間も居るが、そちらの方は長い間平民達に関与していたという側面を持っているから。
普通の貴族は平民と直接的な関りは避けるし、関わったとしても直ぐに関係を断ち切ろうとする。その反面、自身に利益を与える存在は束縛してでも手元に置こうとする。
厄介な生き物だ。人間の心理的に完全な間違いだとは言えないが、かといって正道のものではない。
貴族と平民の付き合いは難しいもので、それが今回の騒ぎにも繋がっている。この場合、歩み寄らねばならないのは貴族だ。
平民達は優しく接すれば信用してくれる。税率を安くし、安全に考慮し、なるべく諍いが起きないように街に騎士を多く配置すれば――後は特産品だ。
それがあるだけで大きく場所は発展する。村から町へ、町から街へ。
それが出来ていないのは、やはり人間関係の亀裂が多いのが原因だろう。
出来ればそちらの方も改善したいものだが、ハヌマーン王子のすべき仕事ではないのは確か。それをするのは王であり、故にこそ迂闊に手を出せば怒りを買う。
王であっても人間を変えるのは難しい。人は神になれないし、仮に神になってしまえば人間とは関われないのだから。
「失礼します」
ハヌマーンの部屋の前に居るネル兄様に伺いを立て、そのまま室内へ。
昼ということで室内には昼食が並び、今はハヌマーンが食事中だった。一度退出すべきかと思ったが、そんな俺の考えなど筒抜けなようで、直ぐにハヌマーンはアンヌに指示を下して椅子を用意させられる。
「一緒に食べないか?」
「いえ、流石にそれは出来ません」
「気にする必要は無いぞ。 正直、食い切れるか解らないくらい毎回多いからな」
ハヌマーンの机に並ぶ料理群は一人前と言うのは多い。
特に肉料理が多く、些か偏った内容であることは否めない。アンヌあたりが許可を出すだろうかと少し考えたが、敢えて何も気にしないようにした。
ハヌマーンが手でアンヌに指示を送り、俺とランシーンの前に食事が並ばされる。
仕方ない。食べるしかないようだとランシーンと顔を苦笑しながら見合わせ、運ばれた魚料理に目を向けた。
「――全員手を止めてください!!」




