第六部:巨山活動
「それで? 具体的な状況を聞かせてくれ」
全ての人間が寝ている時刻に、俺達兄妹は俺の家に集まった。
ナノには席を外してもらっている。彼女は兄様に不穏な眼差しを送っていたが、向けられた本人はまるで気にせず流していた。反対にノインの方が敵対心を露にし、家の中は暫くの間安心とは無縁の空気となってしまったのは俺の失敗だろう。
あまり帰らない故に、室内にある家具は酷く少ない。最低限生活出来るだけの家具を置いたものの、現状はナノの家と表現した方が適格だ。
しかし、そんな私室の中であっても二人は喜んでいた。
俺が元の生活に戻り始めているのを喜んでいると思っているが、敢えて尋ねるような真似はしない。それは藪蛇だ。
一頻り室内を見渡した二人を客用の椅子に座らせ、俺は部屋の端に設置していた簡易ベッドに腰を落とす。
「既にご存知の通り、ハヌマーン様の仕事はギルドの統括です。 私とナノ様が考えた健全化を現在は進めている最中でして、どうやら敵はハヌマーン様に手柄を与えたくないようです」
「器が小さいな。 ……その相手が貴族だと?」
「ええ。 既に敵の一部とは戦闘を行いましたが、彼等の持っている装備の中には遺産も存在しています」
「遺産、ですか。 敵の勢力は中々大きいようですね」
ノインの言葉に首肯する。
遺産の所持。それが出来ている時点で並の者ではないし、少なく見積もっても公爵程の存在が背後に居る筈だ。
そんな相手が町に放った戦力は、あの町を地図から消すことも不可能ではなかった。爆発の規模を自由に操作出来るのであれば、大規模な爆発を引き起こして証拠の隠滅を狙うことも出来る。
大騒ぎになるのは否めないが、あそこは港としての側面があるのだ。持ち込まれた荷物の中に危険な物品があったと報告が上がれば、直ぐに終息を見せていくだろう。
あの場に俺達が居たのは偶然だ。相手も俺達が此処に居るのを知らなかったようだし、本当にあの戦闘は偶発的なものでしかない。
しかし、運が良かった。俺は怪我を負ったものの、貴重な情報を手にすることが出来たのだ。
相手が情報を集めている間に僅かながら戦力を整え、一つの切っ掛けから逆転の目を拾う。その目はきっと兄妹達だ。
「確認した遺産は爆発を任意に発生させる剣です。 しかも回復薬の効果を阻害するようでして、戦闘終了後にいくら飲んでも効果を発揮しませんでした」
「斬られたら不味いということだな。 それなら解り易い」
「他に情報をください」
兄様の言葉には自信過剰な部分が存在しない。
全て出来ると思っている。一度も敵の攻撃を受けていないというのに、その目には一切の揺らぎが存在しなかった。
これが兄妹の頂点かと思うと、非常に頼りになる。ノインも不安を覚えているような気配を見せず、直ぐに次の情報について求め始めた。
暫くは俺の情報共有が続き、両名は頷くだけ。頭の中で自身の実力と相手の実力を比較し、如何に順調に事を収めるかを考えている。
短くない付き合いだ。俺が考えていることを二人が解るように、二人が考えていることも俺は解る。
意図的に隠されてしまうと難しいが、この二人に限って兄妹に隠し事をするというのは少ないだろう。俺が初めてやってしまったくらいだ。
「貴族風の男が遺産の武器を持っていたか……。 更にギルド関連の騒動を態と起こさせたと」
「ネル兄様。 これはもしや――」
「――ああ。 我々にとって非常に好都合だ」
情報を出し切った後の二人の言葉はこれだ。
好都合。この言葉の意味は、即ち状況のことを言っているのではない。兄妹達を動かすに当たって、問題は幾つか存在している。それは両親のことであるし、家が動く為の大義名分を用意せねばならないことでもある。
ナルセの家は何処の勢力にも加担しない。その決まりがあるからこそナルセ家は平和に過ごせたといっても過言ではないのである。
故に、今回の一件についても背後の人間が王宮の何処かの勢力に加担していれば問題となる。
明確にハヌマーン陣営に加担し、別勢力を攻撃したのだ。それは決まりを破ったも同然となり、今後のナルセ家には無数の誘惑が訪れるに違いない。
政略結婚か、或いは利権の譲渡か。あの家の実力を鑑みれば、何処の勢力だって喉から手が出る程欲しい筈だ。
しかし、相手は迂遠な手を使った。第三者の手で事件を起こすよう誘導し、結果的にギルドという巨大組織に少なくない信用低下を引き起こしたのである。
ギルドは王宮内の何処の勢力にも加担していない。
中立を貫き、例え個々人が誰かの勢力に入っていたとしても一般的にそうなる。そして、そんな生活の基盤にも組み込まれた組織を悪用して自身の目的を果たそうとした。
これは即ち、ナルセ家にとって粛正対象になるも同然。国をも揺るがす事態となった時であれば、ナルセ家は国を守る為に行動を起こすことが出来る。
父親でも母親でも、それを止めるのは不可能だ。王族が正式に要請すれば、最早関わり合いを避けることも出来ないだろう。
だからこそ好都合なのだ。誰にも止められない状況になったからこそ、兄妹達も全力を出すことが出来る。
隠れて戦うよりも表立って出てきた方が彼等の場合は効果的だ。名家中の名家として存在するナルセと敵対する以上、準備はこれまでの比では済まなくなる。
「父上達への説明は任せてくれ。 此度の一件をよく吟味すれば流石にあの父上が無視するとは思えん。 上手くいけばあの親達を敵にぶつけることも出来るかもしれない。 その間、ノインはヴァルツ殿の所へ行け」
「解りました。 確か今は高原の方に居ますよね」
戦力は多ければ多い程良い。とはいえ、世界に名立たる人物を呼ぶのは流石に予想外だ。
例えあの人が優しくとも、此方の呼び声に答えてくれるとは限らない。師弟の絆と呼ばれるものもこの世には存在しているが、現在の状況は決してそんな感情で動くべきではないのだ。
故に、本当に来てくれるかは疑問だと声に出す。ネル兄様は俺の疑問を肯定しつつ、しかし口の端を僅かに歪めた。
「来てくれるさ。 あの人にとってお前の存在は貴重だ。 俺達はあの人達の初の弟子であり、お前はその中で唯一問題を起こした張本人。 心配して様子を見に来るだろうし、その時に改めて説得すれば良い。 ――それに、例のお姫様と結婚する良い材料となるだろうな」
「あの噂は本当だったのですか?」
ヴァルツ・ハーケンには王女と懇意な関係にある。
そんな噂を思い出し、少々の驚きを含んだ声を出してしまった。それに対してノインは酷く良い笑みを浮かべて肯定し、俺が消えた後の師の情報を詳しく教えてくれた。
あの後、師は暫くの間は家に駐留。兄妹達を更に鍛え、途中で教えることはもうないと隣国にある拠点の一つに移動した。
その際にどうやら一悶着が起きたようで、結果的に向こうの王族の世話になったそうだ。再会した王女は師と過ごし、ついに恋心を胸に抱いたとのこと。
師も悪い気は無かったそうで、次第に二人の距離は縮まっていった。
しかし、結婚をするには師の身分が足りない。如何に素晴らしい称号を持っていようとも、本人の身分が未だ平民のままであれば流石に結婚することは出来ないのだ。
王女の家族からも反発を貰い、現在も結婚が出来ない状態のまま。これを納得させるには、やはり大きな成果と共に貴族位に収まるしかないだろう。
「大丈夫だ。 あの人はこの件に喜々として参加するだろうさ。 そして解決した暁には、我等の国の王も手助けをしてくれる」
「流石ネル兄様。 腹黒いですね!」
「褒め言葉として貰っておくよ、ノイン」
何だろうか。暫く会わない間に随分とネル兄様は腹黒くなった気がした。




