第五部:ギルドのミカタ
王宮の人間との繋がりはギルドマスターでも求めるものだ。
それが権力に直結する王子であれば尚更であり、王子と繋がっている俺達に対しても相応の態度をするのは自然だろう。
共に元は貴族位だったが、今は平民だ。平民相手に遜るのは普通の人間では嫌悪を感じ、何とか下に見ようとする筈。それを抑え込んでいるのか、果たして元から階級制度など気にしていないのか。
彼は酷く自然な状態で椅子に座って俺達の話を聞いていた。
一つ一つの情報を聞く度に頷き、目を閉じて自身の頭の中で内容を咀嚼している。直ぐに全体を理解し、適切な言葉を選ぼうとしていた。
知識と教養があるからこそ出来ることだ。
協力関係を結ぶのであれば彼のように話を飲み込める人間の方が良い。腹に一物を抱えている懸念は残っているが、貴族社会で生きていれば嫌でもそのような人物とは相対する。
何が起こるか解らない。
一歩の先が闇。正しくその言葉通り、俺達はその一歩を怖がりながら進まねばならないのだ。
臆病だからと進まねば衰退するだけ。何も覚悟出来ない人間が何かを成せるなどと考えるのは愚かしいことだ。
話せる範囲で話をし、彼からの言葉を待つ。何処かで砂時計の落ちる音が聞こえ、耳に痛い程の静寂を和らげてくれている。
外の喧騒は最初に来た頃と比べれば少ない。あの事件の影響がこの街の範囲に留まればマシであるものの、現実はそうならないだろう。
此処でギルドマスターと協力関係を結べたとすれば、それは俺にとって一歩となる。
果たしてどのような答えをくれるのかと暫し時間が流れ――不意にサルゼンの口が開いた。
「ハヌマーン様の御計画は非常に我々にとって利となります。 冒険者の健全化は昨今のギルド支部の悩みの種であり、常に最優先事項として議題に上がるものでした。 ……しかし、それをするには大きな問題があるのです」
「と、言いますと?」
「先ずはギルドの理念の一つである弱者救済。 一度罪人となった者でも冒険者となり、日々を生きる事が出来るようにするもので御座います。 此方の件につきまして此度の事件が鍵となって解決するので、現段階で障害は一つ減ったと言えるでしょう」
今回の事件を受け、ギルドは本格的に弱者救済について一つの縛りを付けようとしている。
漏れている噂からでは正確な情報は不明だが、一つの試験を行う。その試験において一定の水準を超えた場合に限り合格とし、ギルドは冒険者として受け入れる。
その内容が筋力的な問題であれば力の無い人間は総じて排除され、貧民層の人間は冒険者となれないだろう。
だから、考えられるのは純粋な能力ではない。誰でも出来るようなことを試験とし、それを行う。それが民衆の誰からも受け入れ易い縛りなのではないだろうか。
「そしてもう一つ、我々ギルド支部には拠点によって大きな差が存在します。 貴族がギルドマスターをしている場合にはその支部の方が発言権が高く、逆に平民のギルドマスターが居る支部であれば発言権が低い。 この差は非常に大きく、殆どの支部のギルドマスターが貴族達に媚を売っております」
「成程……。 ちなみに貴方は」
「私は平民で御座います。 代々受け継いでおりますが、それは全てギルドを牛耳っている人間が許可を出しているからこそでございます」
もう一つの問題。
それはギルドマスター同士の隠せようのない格差だ。貴族と平民という絶対的な差によって支配者層と被支配者層が明確に別れ、健全な運営が出来ていないでいる。
冒険者への対応も十分に国家の案件であるが、それでもギルドマスターという地位は公平だ。
あれは冒険者を纏め、支部を安定化させる為の地位である。それ以外の理由で悪用は厳禁である筈だが、貴族達は自身の家を背景に都合の良い運営を行っていた訳だ。
健全化を行う際には十分に邪魔となりえる。早い段階で排除せねばならないが、そうするには名分が必要だ。
ただ単純に健全化を理由に貴族の排除などは出来ない。もしもそれを行えば、王宮の敵の数が増えることとなるだろう。
「私が貴方達に従うのは道理で御座います。 ですがそれが健全である筈がありません」
「――そして、それは貴族も同じ」
「左様です。 故に、健全化を狙うのであれば貴族の無法を罰せねばなりません」
質の問題は、はっきり言ってしまえば同じ冒険者同士で解決出来るものだ。
だが、支配者は違う。冒険者が彼等に文句を言っても、それを受け入れるか跳ねのけるのかは自由だ。
街の長も兼任していれば、市民をギルド支部を運営する歯車に仕立て上げることも可能。であれば、最初から健全化など出来る筈もない。
この情報は冒険者である自分には無いものだ。同じ支配者層だからこそ出てきたものであり、やはりこの選択に間違いは無かったのだと安堵することが出来る。
「では、この情報をハヌマーン様にお伝えしましょう。 共に考え、ギルドの健全化を行うのです」
「おお、有難うございますッ!」
らしくない俺の口調に、されどサルゼンは感激したような声を漏らす。
それが本当のものであるかどうかは解らないが、少なくとも情報そのものは意味のあるものだった。
「では、我々との関係を内密にした上でギルドの情報を我々に横流ししてくれますか」
「解りました。 一日でも早く、ギルドの健全化をお願い致します。 それこそが我々における真の自由となるでしょう」
話を終え、俺とランシーンは外に出る。
今回の活動は意外な形で一旦の終わりを見せたが、しかし直ぐに次の騒動が始まるだろう。
事件の犯人の狙いは不明のままだ。このまま終わりである筈が無く、寧ろここから事態は急変していくと考えていた方が良いのかもしれない。
気になるのは、やはり貴族位を持っているギルドマスターの存在か。
話をしていく中で考えたことだが、貴族位であれば他の貴族を動かすことも容易。しかも貴族であれば王宮と繋がりを持ち易く、ギルドとの関係が一本に繋がる。
此度の内容は、極めてギルドにとって不利益となるものだ。只のギルドマスターは考えない内容であろうし――――そこから導き出せる答えは推測の域を出てくれない。
「忙しくなります」
「はい。 どうやら敵はハヌマーン様を排斥したいようです。 なるべく早急に味方を増やすべきでしょう」
「推測はまだ出ていません。 これから調べねばなりませんが、今後も騒ぎは起こります。 ランシーン殿には、どうか手助けをお願いしたく」
「無論です。 どうか私の力、存分に活用してください」
胸に手を当て、騎士のように頭を下げる。
彼女の忠節はハヌマーンではなく俺に向いている。その理由は解っているが、出来れば俺ではなく主君本人に向けてほしいものだ。
だが、彼女の力は今後必要となる。あの風のような速さに、女性とは思えぬような力強さは非常に魅力的だ。
俺もますます鍛えねばならない。あの男に今度こそ勝つ為に、俺は今のままではいられない。
足は自然と王宮の方へと向いた。そこに居るであろう兄妹達を思い出し、同時にあの男との戦いの最中に再認識したものを頭の中で転がす。
時間が経過すればする程に俺は自身の剣術に冴えを感じることが出来た。
もしもそれを最初から発揮出来たのならば、或いは発揮するまでの時間稼ぎが出来る方法が見つかれば――それは俺にとって大きな力となる。
忘れてはならない。俺は確かに純粋な意味では能無しかもしれないが、決して成長出来ない人間ではないのだ。
「明日には王宮に戻ります。 準備しましょう」
「はい」




