第五部:緊急行動
三日もすれば痛みは引き、布を巻いた状態で歩き回ることが可能となった。
その間に手紙を書いて王宮に送ってもらったり、最終的な被害状況をギルドから直接聞き、怪我人でありながらも随分と忙しい日々を送っている。
ランシーンからは無理をするなと何度も言われたのだが、痛みを誤魔化すには仕事に没頭するしかない。
漸く痛みが引いた時には回復薬の偉大さに改めて感謝した程だ。回復薬の価格が高い件について文句を口にするのは絶対に止めようと胸に誓った。
歩き回れるとなった俺はランシーンを伴い、ギルド支部へと向かう。
何か約束があった訳ではないものの、俺が抱えた疑問に答えてくれそうな人間はギルドにしか存在しない。ギルドマスターと接触出来れば良いのだがと思いつつ扉を開き、内部の人気の少なさに違和感を覚えた。
数日が経過している。それ故に遠くに仕事に向かった人間の方が多いのだろうが、それにしたってあまりにも人が居ない。
よくよく視線を巡らせると、職員の数が少ないのだ。
受付の人数が減り、今は二人程度しか立っていない。彼等は俺の登場に慌てて頭を下げて迎えてくれたが、そのように接してもらうのは俺としては御免被る。
まるで自分が本当に貴族になった気がして、何とも言えぬ不快さを感じるのだ。
兄妹達に言えばツッコミを貰うであろうが、今の俺は平民としての意識の方を大切にしていた。
受付の人間にギルドマスターと話が出来ないかを尋ねる。忙しいのであれば後回しでも構わないと付け加え、しかし彼等は酷く恐縮した態度で走り去っていった。
数日前とは随分違う態度だ。他の冒険者達と変わらない態度だったと思うのだが、まるで貴族が目の前に現れたような反応を相手はしている。
「どうしたんでしょうね?」
「さぁ……。 後で聞いてみましょう」
頷き、直ぐに耳は軽やかに走る音を捉える。
受付の人間と一緒に現れたのは若い男性だ。丁度青年を終え、これから中年に向かう頃だろうか。
白いシャツに黒ベストと他の職員と変わらない姿をしている男性は、俺の前で頭を下げた。
「フェイ様、ランシーン様。 お待たせして申し訳御座いません。 私がこのギルドのマスターであるサルゼンと申します」
「ギルドマスター、ですか? 随分と若いのですね」
「最近就任したものでして。 前任は私の父でした」
「成程。 突然の訪問、誠に申し訳御座いません」
年若い男性は自身をギルドマスターだと名乗る。
それにしてはあまりにも若く感じるが、就任の条件は支部によって様々。一つの家が代々ギルドマスターを担っているということも十分に有り得る。就任したてであることも加味すれば、若いの十分に納得出来るものだ。
ギルドマスターの案内に従い、俺達は彼の執務室に入る。
焦げ茶の巨大な机には以前のギルドマスター同様書類が山と積まれ、それが単純に依頼についてだけではないと直ぐに理解出来てしまう。
机の前には低い高さの硝子のテーブルが置かれ、左右に机と同色の柔らかい椅子があった。
そこに俺が座り、ランシーンは話に加わるつもりがないのか背後で立つ。サルゼンはその姿に何も言わず、受付の人間が用意した紅茶を机の上に置いた。
漂う香りから察するに、柑橘系の紅茶だ。
「先の一件によってギルド職員も大部分が怖がってしまい、落ち着かせる為に急遽長期休暇を与えました。 今は善意で残ってくれた方々が回している状況でして、元に戻るまでに時間が掛かるでしょう」
「そうですか。 確かに、此度の事件は生半可なものではありませんでしたから」
紅茶を軽く口に含み、舌で毒物を確かめる。
これだけで全ての毒を確かめられる訳ではないが、強力な毒であればある程に舌が痺れるような感触が襲うのだ。
主に外獣の毒を早急で調べたい時に使う方法であり、飲んでみた限りでは普通の紅茶である。怪しい部分がないとは言い切れないが、現段階では特に気にする必要はない。
俺達は身体に被害を受けた。しかし、実際の被害で言えば此処のギルド支部の方が遥かに受けている。
人の信用は簡単に回復しない。新しく始めた頃よりも努力を重ね、何とか生活出来るだけの賃金を獲得するのに何年掛かることだろうか。
既に切っては切れない関係にあるので消滅は回避出来るだろうが、それでも縮小は免れない。
厳しい状況だ。ここから一気に巻き返しを図るなら、相当な結果を引き出さねばならなくなる。
大型の外獣を討伐するだけでは難しい。とくれば、国賊をギルドが捕縛するのが一番心象を回復させやすい筈だ。
「……一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
「勿論で御座います。 何なりとどうぞ」
いい加減、触れるべきなのかもしれないと口を開く。
やはりギルドマスターも言葉遣いに何処か普通とは違うものを感じる。やけに丁寧にしているというか、叱責される訳にはいかないと焦っているような、そんな気配を感じるのだ。
俺は建前上は一冒険者。一々そんな気遣いをしては彼だって疲れて寝込むに決まっている。
普段は冒険者と話をしないのかもしれないが、それでも平民である筈の俺達に対して極めて違和感のある対応をしている。
何かあると言っているようなものだ。それを質問すると、目を見開いた後に溜息を零した。
「……実はこのような手紙が届きまして」
ギルドマスターが机の上に置いてあった封筒を一枚持ってくる。
金縁に赤い狼の封蝋がされた手紙は王族のもの。これを使えるのは王族の人間だけで、まかり間違って他の貴族が使えば重罪として処刑されてしまう。
その手紙を受け取り、中に書いてある内容を一気に読む。
一番最後の差出人の名前はハヌマーンであり、彼が俺達についての心配と配慮をギルドマスターに求めていた。
俺達が特別な任務に付いているとまでは書かれていないが、こんな風に書かれてしまえば俺達が特別な人間だと言っているようなものである。
きっと俺の負傷を心配してナノの言葉も聞かずに出してしまったのだろう。
そう思えば微笑ましさがあるのだが、今度は此方が溜息を零してしまう。
ギルドマスターに返し、状況は理解しましたと頭を下げる。ギルドマスターはそれを止めようとするが、黙って調査をしていた身としての謝辞だ。
「我々についてはどうか内密にお願いします。 万が一漏れてしまうと、此方の仕事に支障が出てしまいますので」
「畏まりました。 この件を知っているのは私と先程居た受付員のみです。 外部に言わないように言い含めておきます」
「有難うございます」
これでこの港街で活動をするのは難しくなってしまった。
ギルドマスターにせよ、受付員にせよ、一度でも目撃されてしまえば何かあると勘繰るだろう。今もきっと彼の内面には俺達の仕事に対する疑問があるだろうし、下手に何も言わないでいると勝手に調査を開始するかもしれない。
――であればと、内側で声を落とす。
勝手に騒がれるよりは此方側に引き込んでしまった方が良い。往々にして人間というのは情報に踊らされるもので、彼を今回の件に混ぜればギルド内の情報をより効率良く拾えるだろう。
「……ですが、我々の活動に関して貴方は黙認してくださいますか?」
「それはどういうことでしょう?」
「例えば、今回のように何の日でもないのに突然姿を現し、何かをしている我々を見つけて貴方は静観していますか」
「それは……」
出来る訳がない。個人的にも、ギルドマスター的にもせめて話は聞こうとする筈だ。
だから、濁した言葉に首を左右に振る。気持ちは解るのだと共感し、次に繋がる言葉を放つ。
「ですので、此方の条件を飲んでくだされれば我々の任務内容について説明しましょう」
ギルドマスターの目が一瞬、太陽光とは別の煌めきを放った。




