第五部:最大の敵と最後の敵
事態は大きく世間に流れた。
ギルドの小さな騒ぎから始まった大規模な戦闘は人々の関心を集め、口さが無い人間はギルドの不必要性を訴えている。
町はこれまで経験のしてこなかった騒ぎに警戒状態であり、騎士団すらも状態を確かめに動いていた。
不安に襲われた住民は部屋の中に閉じ籠り、往来を歩くのは外仕事に向かう人間ばかり。その仕事に向かう人間の表情も決して明るいものではなく、明らかに元気と呼べるものは皆無であった。
現在、ギルドが具体的な情報を開示したことで多くの人間が首謀者達に非難の目を送っている。彼等の勝手な暴挙によって町は不安の波に襲われ、依頼を出すことに躊躇を覚えているのだ。
ギルドもその事態は重く見ているようで、それ故に首謀者達への尋問は苛烈だ。拷問も行いながら洗いざらい全てを明かそうと躍起であり、時には冒険者から意見を貰って効果的な方法を模索していた。
この騒ぎでギルドの信用は間違いなく揺れた。
最初は小さな火だったというのに、あの男達の襲撃によって大火になってしまったのだ。
出来れば更なる情報収集の為に動きたかったが、今の俺は寝台の上で横になっている。身体は動かせるには動かせるものの、激痛が走る所為でまったく安定しない。
幾ら痛みにある程度の耐性を持っていたとしても、何も出来ない状態では嫌でも気になってしまう。
傍にはランシーンが椅子に座っていて、無理に動かそうとすれば間違いなく止めに入られる。今は林檎の皮を器用に剥いているが、騒ぎでも起きようものなら最速で鎮圧に向かうに違いない。
「はい、切れました」
「……すまないな」
苦笑しつつ、皿に乗せられた分割状態の林檎を一つ取る。
瑞々しい果実は美味しく、何だか久方振りに甘い物を食べた気がして手が止まらない。修行中でもあまり甘い物を食べる機会は無かったが、王宮から離れた時から甘い物は全てナノが占領していた。
それについて文句など無かったが、帰ったら一つくらいは貰っても良いかもしれない。
無音の中で小さく溜息を零す。ランシーンはその音で此方に視線を向けるも、彼女の方から何か話し掛けることはない。
「まさか、回復薬があまり効かないとは思いませんでした」
「そうですね。 理由は定かではありませんが、恐らく例の遺産が可能性としては高いと思います」
「あれ自体は爆発を起こす武器だと思ってたんですけどね」
冒険者であるならば回復薬は当然持っている。
それ故に用法を無視して使えば一気にこの激痛を引かせることも出来たのだろうが、何故か幾ら飲んでもまるで回復する兆しが無い。
僅かずつでも変化が起きれば飲み続けていた。しかし激痛が引く気配は無く、無駄に薬を消耗するだけだ。
考えられる理由としてはやはりあの遺産。他の遺産では回復薬を飲んで回復出来ていたのだから、あの剣に何かしら別の特性を有していると考えるべきだ。
もしくは、元々の剣に別の機能を載せたという線もある。
遺産の改造なんて聞いた覚えが無いが、他の遺産によって改造が可能になれば秘密裏に行っていたとしても不思議はない。
幸いと言うべきか、自然治癒力だけは無事だ。
実戦を多く経験した冒険者の回復力は並ではなく、戦ってこなかった人間よりも早く復帰出来る。
回復薬に慣れた身としては遅く感じるが、これでも早い方なのだ。
復帰するには三日もあれば十分だろう。その間は動けないものの、火急の用事は今は無い。
考える時間は多くある。今は動くよりも、あの集団に対してある程度の予測を立てておく方が良いだろう。
とはいえ、彼等の存在は俺達にとっては酷く突然だ。人数も所属も不明であり、解っているのはあの男の強さだけ。
爆発を巧みに操る時には豪快な攻撃が目立ち、逆に爆発が無ければ騎士団仕込みとしか思えないような剣技を見せた。
元は騎士団に所属していたか、元騎士の誰かに教わった可能性が極めて高い。
それに、身形も非常に良かったのが気になる。あの恰好は平民には中々用意出来ないものであるが、冒険者であれば納得出来ないこともない。
冒険者、騎士団。双方に所属している人間は皆無だ。
もしも居ればそれだけで特定は可能であるものの、そんな証拠を向こうが残しているとは思えない。
「怪我が治り次第王宮に戻りましょう。 王宮騎士団内部から情報を募り、更にナノ様にも収集を手伝ってもらうつもりです」
「……では、やはりあの集団は王宮関連だと?」
「十中八九そうだとは言えません。 ですが、一つ一つの情報が王宮を指し示しているのは事実です」
騎士団の人間のような剣技、貴族のような身形、そして本来は王宮が保管している筈の遺産。
全てが全て別の道が存在している。しているが、どれかを探れば何かしら情報は出るのではないだろうか。あの男が態々何かをする為の計画を立てたとは思えないし、実際に他の人物についても呟いていた。
資金力があり、権力も有していると思う方が然程怪しくもないだろう。であればやはり、直接王宮を調べた方が早い。
そしてあちらも此方について調べ始める筈だ。邪魔だと感じたのであれば、まず間違いなく再度出会うこともあるだろう。
「そういえば首謀者のあの冒険者から何か情報は出てきましたか?」
「はい。 暫くは何も言いはしませんでしたが、拷問を掛けた途端に見事に全部吐いてくれましたよ」
「あまり耐えなかったのは有難いですね。 時間が掛かれば掛かる程に此方に不利になりますから」
「そうですが、何とも情けない男です。 あの子を襲った理由も恥をかかされたからですし、人を集めようにも金が無かったそうですから」
首謀者が情けない人間であるのは知っているが、実際にランシーンの言葉で聞くと余計にそれが強調される。
更に追加で酒を飲んでばかりだそうで、冒険者らしい仕事も時々やる程度。実力も低く、ギルドとしてはただ在籍日数が長いだけの役立たずという認識だったそうだ。
そんな相手でも最後の防波堤として助けねばならない。彼を強制的にギルドの在籍欄から消せるが、それでは件の冒険者が良からぬ噂を広めてしまうだろう。
何も無い人間程何をするのか解らない。正しくその冒険者も同じで、故に在籍させ続けるしかなかった。
しかし、今回の件でギルド側は厳しい基準を設けねばならないと遂に決定した。その内容は有力ギルド支部のギルドマスター達が集まって決め、ハヌマーンに送るようだ。
何もかもを拾っては面倒事も多くなる。枠組みに収まったのであれば、それからはみ出さないよう理性を働かせろと彼等はこれで冒険者達に示すのだろう。
それで全てが改善される訳ではない。
既に入っている人間の中には悪人も当然居て、そんな人間が成果を出し続けているようであればギルド側も安易に切り捨てることは出来ない。
だから健全化を進めるのは変わらないし、彼等の出した新しい秩序案が適正であればハヌマーンも頷くだろう。
そちらの方はあまり心配してはいない。法や倫理についてはナノも一緒に考えてくれるだろうし、王子達も協力はしてくれる筈だ。
家族仲が良い時点で助言もしてくれるだろう。最終的な決断はハヌマーンが行うが、様々な意見を求める姿勢は決して悪いものではない。
「彼等に関する情報ですが、あまり多くは無かったそうです。 接触してきた人間は白い外套で全身を隠していたようで、声が女性のものだったとしか解っていません」
「他には何かありますか」
「後はあの冒険者が一瞬だけ外套の内側を見ることが出来たそうですが――――腰部分に金の狼が掘られた懐中時計を持っていたと」
最後の彼女の言葉は此方が聞こえる程度の小さな声でだった。




