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救われぬ者に救いの手を~見捨てられた騎士の成り上がり~  作者: オーメル


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第五部:破砕爆剣

 ――俺の第一歩に油断は無かった。

 殆ど二歩で相手の懐に潜り込み、相手が武器を振るう前に戦いを終わらせる。勝負とは時の運があるそうだが、それが訪れる前に最短で終わらせてしまえば実力の違いが明確化することはない。

 相手は此方の動作に僅かながら目を見開いていた。そこには予想外の三文字が浮かび、此方を侮っていたことを示している。

 だが、その後の相手の行動は迅速だ。俺の横振りに対応する形で縦に剣を振るい、激突させる。

 共に両手を使った一撃であるが、相手の体格が恵まれている分だけ此方が不利になる。速度を重視する身としては長時間の耐久は避けたいもので、さっさと剣に込めた力を抜いて相手の剣に吹き飛ばされた。

 地面に着地し、相手を見据える。笑みを湛えたその相貌に変化は無く、先の攻撃に対処することなど余裕だったのだろう。

 強いと言わざるを得ない。この町にこんな実力者が居るとは思っていなかったが、恐らく目の前の男は最近この町に来たのだ。

 

 何をする気かは定かではなくとも、冒険者を使って騒ぎを起こそうとしていた。

 男の武器は今も火の粉を放っている。明らかに危険な臭いのする得物は、遺産以外のなにものでもない。

 ソレを手にするには国家に認められる必要がある。過去では最上位の冒険者や王の護衛役が使用していた情報が残されているものの、現在の情報については解っていない所持者も居る状態だ。

 理由としては過去に比べて遺跡の数が増えたことが挙げられるだろう。管理は国が行うのだが、中には自身の欲の為に遺跡を秘匿する人間も居る。

 年々それらは暴かれて回収されてはいるのだ。しかし、その中から幾つかの遺産を持ち出している可能性は大いにある。

 とはいえ、根本的に遺跡を見つけるには大規模な資金投入が必要となるのだ。剣の特徴をなるべく頭に記憶しておけば、国が記録している遺産のどれかにぶつかるかもしれない。


「その剣、どうやって手に入れた」


「素直に教えるとでも?」


 取り敢えず当たり前の質問を投げ掛ければ、軽い言葉と共に襲い掛かる。

 男の体格は恵まれているものの、速度を重視したものではない。太い腕は力強さの証明であり、手に持つ剣も速度を重視するには些か太過ぎる。

 予測出来る戦闘体系は純粋な筋力型。その一撃で外獣の装甲も破壊する体系は、速度を重視する者にとっては恐ろしい。

 男の剣捌きは荒々しく、しかし一定の形がある。実戦によって形作られたと言うよりも、何処かで型を覚えてきたと表現するのが正しいだろう。

 頭部を狙った横凪ぎの攻撃を身体を傾けて回避し、衝撃に髪が揺れているのを理解しながら右足首を狙って突きを撃つ。

 その攻撃は半歩足を外側に動かされることで回避され、直後頭上から重厚な殺気を感じて飛び退いた。

 瞬間、地面が爆ぜる。明らかに地面にぶつけた際に発生する衝撃波ではなく、中心点には黒煙が立ち上っている。

 相手の遺産は爆発を起こす剣だ。どのような原理でその爆発が起きているかは不明だが、至近距離で突如爆発されれば負傷は免れない。


「存外すばしっこいな。 ……お前、この町の人間じゃねぇな?」


「そういうアンタもこの町の人間じゃないようだな。 それに冒険者にも見えない」


「当ったり前だろ? 俺をあんな奴等と一緒にするなよ」


 あんな奴等。

 そう語った時の口調には、明らかな嘲りが混ざっている。あれは冒険者の実力を侮っていると言うよりも、冒険者そのものを馬鹿にしていると言った方が正しい。

 この国で冒険者を馬鹿にする層は僅かだ。平民達は日々の生活の中に冒険者の存在が常識的に組み込まれている為、そもそも馬鹿にしようなどという意識が無い。

 貧民達から見れば冒険者は恐怖の対象だ。暴力に晒されてしまえば彼等は抗えず、ただ耐えるしかない。

 この男は平民ではないし貧民でもない。そのような意識を持っている時点で貴族だという可能性が浮上するが、しかし断定するには材料が足りていない。

 更に言葉を重ねようとして、しかし先に男の方が動く。

 あまり情報を得られたくないのだろう。先程よりも速く豪快な攻撃が始まり、此方が攻撃する機会が一気に奪われていく。

 爆発も合わせた攻撃は自身にも傷を付けそうなものだが、彼には爆発する方向が解っているのだろう。


 爆ぜる爆風によって小規模な煙が発生する。

 それによって視界が遮られ、その煙を切り裂いて次の一撃が襲い掛かる。

 視界外の攻撃だったが、此方は視覚以外にも目があるのだ。地面を粉砕するような連撃を感覚も使って避けつつ、僅かな隙間を縫うように剣を差し込む。

 相手の攻撃感覚を狂わす一撃だったが、そんな小細工はどうやら通じてはいないようだ。

 直ぐに此方の剣を跳ね飛ばし、胴体目掛けて剛剣を振るう。滑るように足を動かして直撃は回避してみせたが、その直後に今度は先程よりも大きな爆発が襲い掛かった。

 服が燃え、衝撃で肌が抉れる。右腕に激痛が襲い掛かるも、これで剣を離すことはない。

 痛みには一等の耐性がある。こんな痛みなど紫蟹の酸に比べれば遥かに程度が低い。


「痛てぇか! 痛てぇだろ!? 涙流せや!!」


「嘗めるな――!!」


 速度を乗せた剣と力任せの剣が互いに交差する。

 回数は十を超え、百を超え、千を目指そうとしていた。互いの体力が擦り減っていくが、それに合わせて俺の意識も鋭くなっていく。

 今度は自覚している。これは自身の深度がより深くなっているのだ。

 その度に普段は知覚出来ないような剣を知覚出来るようになり、相手の次の攻撃が予測出来るようになっていく。 

 まるで己の力ではないように、誰かの力を借りているように。負けぬ者無しの無双の英雄が憑依しているかの如く、俺の剣も冴え渡っていった。

 遂に男の方が爆発を遠距離でも起こし始めた。最初に襲撃した際の攻撃と同じく、馬車くらいならば容易く破壊するだろう爆発が俺の周りで数発起きる。

 逃げる場所を封じる為だ。その証拠に頭上から男が襲い掛かり、頭をかち割らんと振り落としてきている。

 爆発は連続したものだ。如何なる原理によってそれが起きているかは不明だが、遺産が関係している限り考えるだけ無駄だろう。

 俺に出来るのは正面から受け止めるのみ。剣の質がどれだけ良いかによって割られてしまう。

 

 とはいえ、いくつも激突したのだ。

 激突の刹那に剣を斜めに動かして滑らし、衝撃を身体を通して地面に流す。大部分はそれで何とかなったが、腕の負担は尋常ではない。

 軋む音を立てつつ、未だ折れていないのは自身の意識が研ぎ澄まされた結果だろう。

 普段よりも遥かに技術が上手く使える。妙な万能感すら湧き上がり、自然と口角は吊り上がった。――――その様を間近で見ていた男は眉を寄せて此方を見る。

 そこには困惑がある。まるで何か得体の知れない存在を見たと言わんばかりに、笑みが消えていた。


「お前、一体何だ」


「…………」


「その目は何だ。 薄気味悪い目だぜ」


 何を言っているのか解らない。自分の目は普通の目だ。

 異常など無いし、先程までは男も異常には感じていなかった筈である。相手の言葉は気になるが、されど今は勝負の時。

 此方を惑わす為の言葉である可能性を加味し、その言葉を全て無視した。

 地面を蹴り、男を襲わずに周囲にある建物の壁を蹴りながら移動する。何処から攻撃するかを相手に読ませない為だが、小細工であることは否めない。

 それでも自身の異常に見えるようになった目によって普段以上の速度を出せるようになっている。

 この瞬間なら小細工は小細工とならない。決して負けるものかと意識を剣へと巡らせ、男の背後に強襲した。

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