第五部:食うて食われて
港までの道のりは依頼をしていたお蔭で解っている。
船の場所も把握していて、如何に彼等が秘密裏に船を出そうとしているのかも解っていた。港近くは賑わい、誘拐犯が居れば場も騒然となる。
彼等は隠そうとするだろうが、既に弓使いの襲撃を受けている状態だ。その意識も低く、住人達も当の昔に何かが起きていると気付いて建物の中に避難している。ギルドもあの受付を通して話が動いているだろうし、遠からずあの冒険者達は重い裁きが下されるだろう。
あまりにも事態を性急に動かし過ぎた。きっと碌に頭を動かしておらず、力のまま強引に物事を進めたのだ。
その結果としてあちらこちらから歪みが発生し、崩壊も始まっている。
このままでは騒ぎが更に大きくなり、ギルドの信頼も今より低下するのは必定。最悪の場合はこの町からギルド支部は撤退せねばならず、此処から依頼を出そうと思っても遠方まで歩かねばならない。
それに万が一此処に外獣の巣が生まれた場合、町の人間だけで対処するのは不可能だ。そのまま町が飲まれ、大事な水産業を営む場所が一つ潰れてしまう。
産業の低下はそのまま国の存亡に繋がる。
人が生きていく為の土壌を喪失するのは絶対に避けねばならない。だからこそ、何も考えずに自己の利益だけを求めている輩の波を強引に突破していた。
弓の速度は脅威だ。死角から襲われては例え気付いたとしても間に合わない可能性の方が高く、剣よりも脅威度は高い。
剣の使い手ばかりが褒められ易いが、実際の戦場で戦果を出し易いのは弓使いだ。討伐も勿論、偵察や牽制といった集団での戦闘において彼等の活躍は非常に多い。
遺産の中にも強力な弓が存在しているくらいだ。子供や新人冒険者は剣を選びやすいものの、生存を第一に考えるのであれば遠距離で戦える武装の方が良い。
弓の出費は剣よりも高いが、死なないよりは良いだろう。彼等もそれ目的で弓を使っているのだろうし、例え狙いが甘くとも大量に撃たれれば何処か一発くらいは命中するかもしれない。
とはいえ、その程度の脅威には既に慣れた。外獣ばかりを相手にしていると予想外の攻撃にも驚かなくなるもので、ましてや今は一人で行動している訳ではない。
前方を進むのはランシーン。
自身を風のように動かしながら此方に直撃する矢を弾き、一直線に港までの道を作ってくれている。
通り抜けた後も背後から矢はやってくるので此方も弾くが、そもそもの速度に差があるので数は多くはない。中堅にまで上り詰めれば既に超人くらいにはなれる。
流石に上位冒険者と呼ばれる人外には及ばないものの、それでも普通の人間では俺達の速度についてはいけない。
屋根で弓を構えている人間の両腕をランシーンは斬り落とす。殆ど同時に放たれたような攻撃だが、信じ難い速度で右と左に交互に放っている。
「突破は難しくありません! 毒も塗られてはいないみたいです!!」
「奴等、事を性急に進め過ぎたな……」
「そうでしょうね。 此方の情報も満足に集めてはいないでしょうし、恐らく数で押せば何とかなると考えていたかもしれません」
此方は突如やってきた冒険者達だ。
あの一件以外で実力を知る術は無かったし、俺達はまるで全力を出した覚えもない。それを連中が勘違いし、数を用意すれば最悪時間稼ぎ程度は出来ると考えたのだろう。
浅知恵だ。その程度で冒険者として大成など出来る訳も無く、彼等が徒党を組んでも何も成せはしない。
そもそも成功体験をさせる前に終わらせるのだ。最短最速を駆け抜け、さっさと少年を救出する。
屋根を走り続け、狙いを散らす為に一度二手に別れ、どちらかが適当な機会で合流。如何に数が多いとしても、そもそもの質が質だ。
一塊で迫れば流石に足の一つでも止めるが、散らし続けた所為で一斉射を放たれてもまるで怖くない。
道中に冒険者が居れば問答無用で死なない程度に切り伏せ、住民の迷惑にならないよう道の端に蹴り飛ばす。そのまま進み続けていけば、やがて小規模な港が視界に入る。
「――見えた! 左奥に小舟が三つ!!」
「既に出港しています! 先に進んでください!!」
小さな舟はもう出港し、沖へと進んでいる。
海の男達はその様を見ても何も言わず、ただ自身の仕事を行う準備をしていた。何故気付かないのかと思ったが、何も港とは漁をする為だけのものではない。
許可があればどんな船でも停泊出来る。今日この日に何か別の目的で来訪する船が無いとも限らない。
漁師達は早朝から準備するものだ。しかし、そこで件の連中が少年を箱の中に閉じ込めておけば然程問題にはならない。
要はどれだけ怪しまれないかだ。此処は港町であるというだけで水産業ばかりが目立つが、海と繋がっている以上は当然街同士の繋がりがある筈だ。
よくよく見れば、漁の人間に混じって私服姿の人間も居る。
その顔は随分と呑気なもので、騒ぎなどまったく気付いていない。今この瞬間に死体が生まれようとしているが、彼等にとっては関係あるまい。
それは当たり前だが、今はその呑気さが少し腹立たしくもある。
既に出てしまっている以上、俺に残された手段は泳ぐ以外に無い。
しかし、相手の舟は速い。必死になって進んでいるのか、オールを動かす腕も随分と早いものだ。このまま勢いを付けられては不味い。
舟の上と海では流石に相手に分がある。自慢の速度を活かせないのであれば、防御に自信の無い俺では万が一が有り得る。
そんな俺の頭上を一つの木箱が通り過ぎた。投擲物として飛んで行った木箱は海に落下し、小舟を大きく揺らす。
途端に平衡感覚を失った舟は速度を大きく落とした。首だけを後ろに向ければ、ランシーンが足を止めて何かを投げたまま静止している。
十中八九、先程の投擲は彼女の仕業だ。
その事実に感謝しつつ、一気に海に潜って小舟を目指す。
泳ぐ経験は多くないものの、依頼の中で何度かは行っている。足を大きく動かして水を蹴り、小舟の下へと移動した。
彼女が小舟を揺らしてくれたお蔭で相手は立て直すのに夢中だ。
息継ぎも無しに接近出来たのは僥倖であり、故に冷静に海中で相手の数を確かめる。
気配で解るのは三人。小舟そのものが大きくないことから二人は間違いなく冒険者だ。問題なのは木箱がどの地点にあるのかだが、小舟が大きくないことから距離の問題は解消出来る。
相手が実力者であればその距離一つで致命傷になりかねない。だが、今回の相手は強くはない。
焦って向こうが木箱を落とす前に勝負を付けるかと、剣の柄を強く握って一気に浮上を開始した。
太陽の光が一瞬だけ視界を眩ませるも、顔を下に向けて回避。想像よりも高く跳ねてしまった所為か、眼下に居る昨日見た冒険者と視線があった。
相手は突然の強襲に呆けている。その隙があまりにも大き過ぎて、余計に実力の差を実感させてくれた。
空中から落ち、その勢いに任せて剣を真下に向かって振る。碌に防御の姿勢も取っていない冒険者の胴体は鮮血に染まり、粗末な革防具は簡単に壊れた。
「さて、後は一人だな」
「な、なんだおめぇ……」
残るは腰を抜かせて怯えている冒険者一人だけ。
どうやら間に合ってくれたようだと、内心で安堵の息を零した。そのまま腰を抜かせた男の両足を斬り飛ばす。
突然の激痛に男は絶叫をあげるが、それを無視して人間一人分程の木箱の蓋を開ける。
中には気絶した状態のまま紐で縛られているネフィの姿が居て、此方の行動にまるで反応しない。随分と深い眠りについているのだなと思いつつ、胸に怪我を負ったまま逃げ出そうとする男の腕に剣を突き刺した。




