第五部:沈下
少年の家はギルドのある場所から離れている。
この位置からであれば家族と偶然出会うことも無いし、仮に近付いたとしても他の冒険者の方が目立つ。
少年が冒険者として生活する分には最適なのかもしれないが、今回の状態では最悪も最悪だ。幸いだったのは町の規模が小さく、全速力で走れば端から端まで移動出来ることくらいか。
兎に角、少年の位置を掴めれば後は簡単だ。
手元にある武器に手を添えながらギルドを飛び出し、家まで一直線に向かう。
「そちらは目標を発見次第気絶させてください。 殺害は最終手段でお願いします!」
「解りましたッ! ではまた後で!!」
ランシーンと二手に別れ、俺はそのまま少年の家へ。
耳を研ぎ澄まし、建物の屋根へと登って走った。喧騒の中では小さな音を拾うのは難しいが、出来ないという訳ではない。
必死に昨日の冒険者の声を思い出しながら進み続け、大きな声一つに目を光らせる。その殆どが店の呼び込みだったが、その内の幾つかに冒険者同士が相談している姿が映った。
彼等の身形は良いとは言えず、装備品も粗末な物ばかり。人相は凶悪で、町の住人達も彼等とは距離を取っていた。
明らかに怪しい。完全な黒とは言えないものの、あまり声を掛けるべきではない者達だ。
此方も距離を取った方が良い。出来る限り彼等が視界に入らないように足を動かし――――しかし進めば進む程に身形の怪しい冒険者が増えていく。
少年の家の周辺に付いた時には、最早隠れるのも困難に思える程の冒険者が居た。
人数は十と言っていたが、十人以上は確実に居る。他に仲間が居たのか、あるいは冒険者が冒険者を雇ったのか。
あの少年相手にそこまでする必要は無い筈だが、可能性の中に一つ含ませておく。
そして家に到着した時、間違いなく俺の目は限界まで開かれていたことだろう。
少年の家は決して質の良いものではなかった。木造の小屋めいた作りの家であり、窓には硝子が嵌め込まれていない。
腐っている箇所も散見されるが、それよりも先ずは破壊された入り口だ。既に冒険者達が入ったのか、今も騒音が耳に伝わってくる。
少年が戦っているのか、それとも甚振られているのか。
中に入らねば解らず、であれば躊躇は無い。新人の芽を潰すような冒険者は生かしておく価値など無いが、かといって問答無用で殺しては他の仲間について聞くことが出来ない。
周りに見つかるのは百も承知。その上で屋根を全力で蹴って家屋へと突撃した。
全力で飛び込んだが故に急には止められないが、丁度良く家屋の中には汚らしい冒険者の背中がある。そこに鞘を装着したままの剣を叩き付け、勢いを殺して着地した。
内部の惨状は酷い。簡素な箪笥は破壊され、衣類と思われる物が散乱している。
奥には痩せ細りながらも己の裸体を布で隠す女性が居て、恐らくは彼女が少年の母親なのだろう。
「突然すみません。 お怪我はありませんでしたか?」
「……あ、あなたは?」
「冒険者のフェイと申します。 ネフィ君の救助に来たのですが、彼は何処でしょうか」
「ネフィ? ――――ああネフィ!ネフィ!ネフィ!」
小屋の中にネフィの姿は無い。
故に尋ねたが、その瞬間に彼女は錯乱した。頻りに息子の名前を絶叫し、何処かへ行こうと痩せ細った身体を無理矢理動かし始める。
動くだけでも苦しいだろうに、彼女はそんなことなど一切無視だ。そのまま走らせてしまえば、遠からず死んでしまいかねない。
咄嗟に彼女の肩を掴んで止めさせるが、本人はまったく気付かず叫び続ける。
細い喉では何れ枯れるだろう。しかし、体力の極端な低下はそのまま死に直結しかねない。この状態では話も聞いてはくれないだろうし、気絶させるしかないと咄嗟に腰に付けた薬品を一つ取り出す。
強引に口を開けて飲まさせると、彼女は意識を喪失して床に倒れた。外獣に通用する強力な睡眠薬である為、一度使えば中々に起きることはない。
事態は悪化している。ただ単純に家に行けば良いだけでなく、更には少年を探さねばならなくなった。
取り敢えずは殴り飛ばした冒険者をその辺にあった布で縛り転がしておく。ギルドへの報告もせねばならないが、先ずは少年の行く先を探す必要がある。
情報は無い。
そして此処に来たのも最近だ。故に何処に何があるかなど解る筈も無く、完全に勘で探さねばならない。
外に出ると複数の冒険者の視線がある。彼等は此方を見ても攻撃する気配が無く、そもそも戦闘をする意志を感じられない。
彼等は単純に情報を伝達する仕事を請け負っているのか。真偽は不明だが、襲わないのであれば此方も態々相手にするつもりは無い。腰に下げている発煙筒を空に放つ。
これでギルドも騒ぎ始め、事態は大きくなっていくだろう。今回の事態を起こした冒険者は総じてクビか独房行きであるが、野に放たれれば賊になりかねない。
許可が出たと同時に全て切り伏せる。あれらは単に世を騒がせる害虫だ。
これからの運営の為にも、ギルドから存在を消さねばならない。屋根に上り、さて何処から探そうかと視線を彷徨わせる。
少年が家の中に居たのは確実だ。あそこまで母親が発狂した以上、連れ去られたと考えるのが妥当である。
相手は報復の為に動いた。誘拐したに等しく、そんな人間が大通りに出れば騒ぎとなるのは間違いない。
「――フェイ様!」
「ッ、ランシーンさん!」
周囲を見渡していると背後からランシーンの声。
振り返れば、無傷の状態の彼女がそこに居た。全力で走ったが故に少しだけ息が荒いが、まだまだ全力を出せるだろう。
「先程数人の冒険者を倒しましたところ、少年が海に連れて行かれたという情報が。 どうやら海の底に沈める算段のようです」
「海ですか……。 ありきたりですが有効な方法ですね」
死体を隠すのは存外難しい。路地裏に置いては誰かが見つけるだろうし、山に隠しても動物や外獣が運んでくることもある。
その点、海であれば完全に沈めてしまえば回収は不可能だ。息が続かず断念せざるをえない。
重りを乗せておけば自分から復帰するのも出来ないだろうし、ありきたりだが処理方法として優秀だ。そして、解った以上時間勝負となるのは避けられない。
港までの道は全て屋根で通過出来る。問題は、相手が必ず少年を殺す為に船を使って沖に出る事だ。
大型の船など用意しなくて良い。急造の小振りな船でも人間を二人を乗せる分は用意出来る。
彼女と揃って走り、そのまま情報の交換を行う。
戦った側である彼女曰く、相手の質は良くはない。此方の予想通りランク二か三ばかりであり、四に手が届くような人間は今頃船の方に居るのだろう。
殺すのは難しくない。やろうと思えば殺しながら先に進むことも可能だ。
だが、それではきっと間に合わない。
そして相手も同じ事を考えている筈だ。その証拠に、港に向かう道中に複数の殺意を感じた。その方向は俺達に向き、彼等は姿を隠しながら弓を向けている。
数は約二十。その全てが俺達を殺す為に用意されているのだ。
舌打ちを一つ。彼等を一つずつ潰すことは出来ないし、かといって遠回りをしても別の足止めが居るに違いない。
ならばと剣を引き抜く。彼女も同様の結論に行き着き、剣を抜いた。
「正面から突破する……!」
「前は私が進みます!!」
なるべく迅速にこの地帯を抜け、ネフィを救助する。
走り出した俺達に無数の矢が下から放たれ、その攻撃を出来る限り回避しながら屋根を駆ける。直撃しそうなものは切り伏せ、出来る限り射線を切るように動きながら前への一歩を進んだ。




