第五部:未知の冒険者
「貴方がこの手紙の持ち主ですか?」
会うと決めてから直ぐに正門に向かい、外に居る待ち惚けの女性を発見する。
ナノは傍には居ない。彼女は彼女で別にやることがあるし、何よりも俺の用件に巻き込む訳にはいかないので別れるのは自然なことだ。
待ち惚けている彼女の姿を見た時、最初に目に付いたのは装備品だった。
皮製の代物は一般的に防御力という面においては心もとない。一定以上の水準を超えた外獣では皮など簡単に引き裂くし、衝撃を防ぐことも難しい。速度を殺すようなことはないものの、柔軟性と速度に重きを置かない限りは皮製品は早めに止めておいた方が良いだろう。
中位にでも上がれば皮だけで固めるのは無しだ。重要箇所のみでも金属を使うべきであり、その点で見れば彼女の防具には金属が含まれているようには見えない。俺のように服の内側に金属を入れてあれば別であるが、あれを装備した者は慣れていなければ佇まいに違和感を覚える。
息を一つ。そのまま正門から彼女の傍へと歩み寄り、話し掛けた。
「そうですが、貴方は?」
「フェイと申します。 この手紙に書かれている人物と同じ人ですよ。 バウアーさんから会ってみてほしいと書かれていましたので――――」
言葉は途中で断ち切られた。
何かを言う前に、彼女は目を見開いて俺の前で頭を下げる。その動作はあまりにも早く、思わず呆気に取られてしまう程に綺麗な姿だった。
突然の行動に戸惑いを覚えながらも、此処は王宮の外だ。周りからの視線が集まり始めたので、それが酷くなる前に直ぐに頭を上げさせた。
「いきなりどうしたのですか。 このような場では目立ちますよ」
「も、申し訳ござません。 ですが、私は貴方に感謝したいのです」
感謝。
俺に注がれる目には確かな尊敬があり、所作は冒険者らしくない。気品ある姿は冒険者の中でもかなり珍しく、それだけに彼女の素性について少々の予測が立ってしまう。
それに彼女の姿も平民からでは考えられない。何処の世界に鮮やかな緑髪を持った綺麗な女性が居るというのか。
見た目から察する年齢は俺よりも上だ。身体の完成度合いも俺より高く、冒険者としては新人であるだろう。が、戦う者としての経験は新人ではないと考えておくべきだ。
先程緑髪と表現したが、実際は翡翠と言うのが正しい。陽の光に反射して輝く髪は、とてもではないが平民では作り上げられない。
どれだけ手入れに力を入れていたのかと思わんばかりである。それに彼女の瞳も翡翠で、統一感のある見た目をしていた。
確かに強姦されかけたのも納得だ。彼女の見た目に多くの人間が引き込まれるだろうし、奴隷として何処かに売れば大貴族が購入していても不思議ではない。
「貴方の提案した互助のお蔭で、私は助けられました。 それに、あの港街の治安状況は改善へと向かっています」
「バウアーやナナエが頑張ってくれましたからね。 成功するかどうかについては半ば賭けでしたが、多くの新人や経験のある冒険者が参加してくれて有難い限りです」
「あの街の新人達も皆が喜んでいました。 困っていることがあれば気軽に頼れるようになりましたし、今では路上で飢えるしかなかった子供達も雑草を取って生活を築けるようになったんです」
早口で教えてくれる情報の数々に俺も口元が緩む。
そうなってほしいと願い、実際に形となったのだ。嬉しくない筈がないし、同時に此処で止まってなるものかと奮起もしたくなる。
彼女の口からは更に更にと情報が吐き出され、まるで途切れることのない矢だ。一体何時になれば収まるのだろうかと暫く聞いていると、喉が渇いたのか一瞬手が水筒に触れた。
しかし、俺の前であるからか彼女はそれ以降何もしない。遠慮せずに水筒を進めれば、少し恥ずかしがるように後ろを振り向いて水を飲んだ。
「す、すみません。 会えるとは想像していなかったのでつい……」
「いえいえ、やっぱり手紙で情報を聞くよりも直接聞いた方が解り易いです。 ……ですが、何時までも此処に居るのもなんですから、近くのお店に入りませんか?」
此処で話を聞いていても別に構いはしないが、彼女は此処まで歩いてきた直後だ。
それは靴の汚れ方から推測出来るし、生乾きの泥が見えるので気持ち悪く感じてもいるだろう。そんな状態で立ちっぱなしにするより、御飯でも食べて休んだ方が遥かに良い。
その言葉に彼女も首肯で返事をし、安くて多く食べられる冒険者向けの店へと目座す。
彼女は俺の少し後ろを追従する形で歩き、道中で会話することは出来ない。まるで従者のように歩く姿は慣れないものだが、それも店に付けば終わりだとあまり気にせずに歩き続けた。
やがて見えてきた店に入り、二人用の個室を用意してもらう。個室を使うのは通常よりも多く支払う必要があるものの、それでも中堅の宿を借りるよりは安い。
定額を支払う必要が無い分、やはりどうしても割高であるのは否めない。しかし、それでも良心的な店であるのは確かだろう。
単純に食事をするだけであれば安いのは事実。わざわざ個室なんて使わなくても良いのがこの店だ。
二人共に席に付いて、軽く飲み物を頼む。彼女は遠慮して何も頼もうとはしなかったので、俺が強制的に幾つかの料理や飲み物を頼んだ。
「さて、先ずは自己紹介を簡単に済ませてしまいましょう。 先程名乗った通り、私の名前はフェイです。 冒険者としてのランクは六と中堅どころで、現在はこの国の王子の護衛役を務めさせてもらっています」
「私はランシーンと申します。 冒険者を始めてまだ二ヶ月程度で、ランクも二です。 ですが、冒険者になる前は民主騎士団として活動していたので戦闘には自信がありますッ」
「民主騎士団? ……成程、どうりで」
民主騎士団ともなれば、経験が不足することはない。
歩き方も音を消すようなものであったし、少なくともまったくの素人の範疇は彼女は抜け出している。気品があるのも民主騎士団であれば身形の良い人間が上司に存在していることで納得も可能だ。
それに豪商の護衛を務めることもある関係上、ある程度所作について身に付けさせられることもあるだろう。
つまり、彼女にはそれだけの実力がある事を示している。バウアーからの推薦もあったが、彼女の持っている力はランクと反比例していると見て良い。
そんな彼女が強姦されかけた事実が不思議であるものの、強者を嵌めることは歴史の中でいくらでも存在している。
油断した箇所を狙っての一撃や罠を使っての拘束などなど、案外経験豊富な人間にも効果があるものだ。その一つに彼女は嵌まり、結果的に助けられたということなのだろう。
「あの……一つ質問しても良いですか?」
「構いませんよ、どうぞ」
料理を待ちながら彼女に対して推測を立てていくと、不意にランシーンから質問がやってくる。
快く答えれば、暫くの間視線を彷徨わせた果てに此方へと目を向けた。
「どうして、その、港街であの活動をしようと思ったのですか? 偏見かもしれないですが、冒険者は自身の利益のみを追求するものです。 私が最初に入った時にも助けてくれる人はいましたが、それは周りに自身をより良く見せる為の行為でした」
冒険者は決して助け合いを是とする組織ではない。
情によって協力し合うこともあるが、やはり一番大事なのは自身の生活なのである。そこが安定しなければ誰かを助けることは出来ないし、そもそもしようとも思わないだろう。
己の身を良く見せる。それは自身を売り込む為には当たり前の行動であり、それについて何か文句を言うつもりはない。
仮に文句を言える人間が居るとしたら、それは実際に被害を受けた側だけだろう。
故に、彼女の偏見は間違いではない。
「……私があれを考えたのは、単純に冒険者としての将来に不安を覚えたからです」
同時に、冒険者とは決して情が無い訳でもないのだ。彼女が不信を覚える前に俺はそれを最初に教えなければならなかった。




