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救われぬ者に救いの手を~見捨てられた騎士の成り上がり~  作者: オーメル


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第四部:国の声

「――今日はよく集まってくれた」


 その日は、この国にとって特別な日となった。

 王宮に集まる貴族の群れ。自身の資産をふんだんに使用した服や装飾品は目に痛く、謁見の間は過剰なまでに光り輝いている。騎士達は最早慣れたものだと気にしてはいなかったが、俺にとってはあまり目に良いものではない。

 彼等は今回発表される内容を知っている。此方が明示した訳ではないものの、彼等独自の情報網から新しい王子についての情報を得ている筈だ。

 だからこそ、彼等は一様に同じ場所を見ている。新しく王子として任命されるハヌマーンを胡乱気に。

 彼等の目に好意は無い。如何にして王子を自身を高める為の駒にするか、あるいは支持している王子の邪魔にならないかばかりを考え、その意志を隠そうともしていない。

 此処は王の前でもある。それでも隠さないのは、彼等なりの反抗なのだろう。

 自分達はハヌマーンという王子を認めるつもりは一切無い。例え成果を残したとしても、それを果たしたのは王子ではないのだから。

 

 ハヌマーンの恰好も一新されている。

 白き光を思わせる上着。きっちりとした服装によって高貴さも漂わせ、ズボンも光を飲み込むような黒いものだ。

 装飾品の類がまるで存在しないのは、元々の持ち味だけで十分だから。他の貴族では敵わない美しさは流石王の息子と思わせるし、男性貴族の中ではその容姿に嫉妬している者も居た。

 俺は騎士団の恰好に外套で頭を隠している状態だ。他はドレス姿であったり確り顔を見せている分、俺の存在はかなり浮いている。

 怪しさという意味では上位に位置するだろう。

 最初はそれで出るのかと皆には言われたものだが、少しでも家族の目に入る可能性は避けておきたい。かなり強引な形ではあるものの押し通し、最終的にはハヌマーンによって認められた。

 

「この集まりの意味については今更問わなくとも構わないだろう。 この王宮で噂となっている新しき王子。 その存在を公に認めようと思ったのだ」


 王の言葉に皆は口を挟まない。

 獣の如き目に一度見られれば誰とて口を噤み、認識されるのを酷く恐れてしまうから。ハヌマーンを認めないという意思は見せていても、王に敵意を見せるつもりは一切無いのである。

 とはいえ、ワシリス王はハヌマーンを気に入っている。彼を意図して害するつもりならば、最悪の場合王すらも敵に回るだろう。

 だから誰もが敵意は見せない。それだけは胸の内に潜め、機会を窺って表に出すのだ。

 忘れるなかれ。彼等は王と敵対したいのではない。自身の利益に直結しないからこそ、あくまでも敵意を見せる相手は王子や同じ貴族なのである。

 

「先に言っておくが、私は新しき王子を王にしようとは思っていない。 それはそちらの勝手な解釈であり、まったくの見当違いだ。 私が次代の王として決めているのは第一王子のみである――――ハヌマーンよ、皆の前に立て」


 絶対王者からの命令に、ハヌマーンが動く。

 その左右を俺と王宮騎士団長のワーグナーが固め、万が一の暗殺も予防する。横目でハヌマーンの様子を見るが、貴族に対して臆しているようには見えない。目を閉じて静かに歩き、堂々たる足取りで彼等の前に立った。

 周囲の視線を一身に受けていることは解っている筈だ。その上で目を開きながらも、彼は確りと全体を俯瞰した。

 その姿はこれまでのハヌマーンとは何処か違う。演技とは思えぬし、かといって無理をしているようにも見えない。追い詰められている状況で何かが目覚めたのか、今の彼は泰然としている。

 若いどころか幼い部類に入る存在だ。それだけに侮る視線もある中でのその姿は、周囲に別の考えを思い起こさせるには十分だった。

 

「初見となる。 私の名はハヌマーン・エーレンブルク。 現王であるワシリス・エーレンブルクの実の息子である。 位としては第四王子となり、王に即位するつもりは無い」


 朗々と自身の存在について明かすが、誰かから反対の声は無い。

 一先ずは誰かに何かを尋ねられることもなかった。そのまま彼の生まれや母親についても教えられ、彼の母親についてはこの発表に合わせて王都に引っ越させる予定だ。

 表向きは一平民として。何の権力も与えず、一般市民としての人生を謳歌させるつもりである。

 勿論であるが、母親に対して危害を加えた場合は王族に手を出した罪として処刑だ。それも個人の処刑ではなく、一族全てを巻き込んだ大規模な処刑である。

 その発表で初めて貴族達はざわめき、隣同士の者と言葉を交わす。

 平民相手に格別の配慮。幾ら王子の母親であったとはいえ、王と母親が共に居た時間は一夜のみ。そのような配慮をするとなると、王もその母親に対して深い感情を抱いている思われても仕方がない。

 ともすれば、こうも考えられるだろう。王は女王よりもその女の方に情を傾けているのではないかと。

 一夫多妻は経済力のある存在であれば認められている。特に貴族であれば愛人を囲っているのも日常だ。女性側も経済力のある男性に養ってもらえば安全も守れる。


 男は己の格と欲を満たし、女も己の格と身の安全を保証される訳だ。

 だから二人の母親が居る件については問題ではない。この場合問題とされるのは、やはり女王の気持ちだろう。

 王は別の女を作った。それが遊びであればまだ女王の格も保てるだろうが、王は保護を宣言している。少なくない情をその女性に対して向け、その傾き具合は今の貴族社会の中ではおよそ考えられないものだ。

 平民は貴族の消費物。そのような見方をされる現状において、平民を大事にする見方は異端も異端である。これが一貴族の起こしたことであれば少々噂される程度に収まるが、頂点がそうしたからこそざわめきも大きい。

 

「静まれ」


 だが、そのざわめきも王の一言によって容易く沈黙した。

 百獣の王者である彼を前にして、言う事を聞かないというのは有り得ない。場は瞬間的に氷結し、王が放つ次の言葉を今か今かと待ち受ける。


「ハヌマーンの母親に対して情を持っているのは認めよう。 愛しているのもその通りだ。 そして、この件についても既に女王は理解を示している。 それはこうしてハヌマーンが健やかに成長していることからも確かだ。 まぁ、多少は嫉妬されたがな?」


 唇を歪ませ、勝気な笑みを見せる男の姿。

 余裕の素振りを前にして、彼等の邪推は瞬く間に崩されていく。この王の前では良からぬ思考など何の意味も無いのだと思わされ、大人しく恭順することを言わずとも命令されるのだ。

 諦めろ。お前達が思うような結果には終わらない。言外に告げる王の言葉は実に強力で、決して戦わなくとも目の前の男には敵わないのだと骨身に染みてくる。

 だけれども、俺はそれを良しとはしない。俺が従うのはあくまでもハヌマーンのみだ。

 他がどれだけ命令したとしても、それが自身の考えと一致しない限りは従うつもりはない。人質のような特殊な事例が起きればその限りではないものの、正面からそのような行動を取る者は稀だ。

 

「第四王子は今現在勉強中の身だが、王子として正式に紹介した以上は仕事を任せるつもりだ。 その内容は第四王子の要望に合わせ、ギルドの長に任命する」


 続けての発表に場は再度ざわめいた。ギルドの長ともなれば、国防にも関わることとなる。

 それを未だ幼いハヌマーンに任せるなど正気の沙汰ではないし、俺だって何も知らない状態であれば後でいくらでも意見を口にしていただろう。

 外套の中で俺は口を歪める。

 条件は揃った。何をするにしても、これで後ろ盾の構築は完了だ。

 

 

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