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第四部:手紙の主

「久し振り。 最近どう?」


「お久し振りです。 これまで通り、厄介な出来事の連続でしたよ」


 馬を走らせ、はや幾日。

 長い道程を一気に走り抜け、港街へと俺は移動していた。宿屋の退去手続きをしなければならないし、本格的に活動拠点が変わることを予め冒険者ギルドに報告しておかねばならない。

 これからも冒険者としての身分は残したままとするつもりだが、今後も活動出来るかどうかは不明なままだ。

 宿屋の手続きは直ぐに終わった。元から荷物も少ないし、金の支払いも滞っている訳でもない。支配人から見れば俺は多くを求めない都合の良い人間に見えていたことだろう。

 そして直ぐにギルドにまで向かい、受付の人間に拠点移動の旨を伝える。突然の報告に受付の人間は随分と慌てたみたいだったが、それでも決定権を持つのは俺達冒険者側だ。

 

 理由も確りと存在している以上、彼等が阻害することは出来ない。

 唯一の方法として考えられるのは専属契約くらいなものだが、そちらについては手を出していないので問題は無い。

 冒険者が拠点を変えるのは日常茶飯事だ。それでも慌てていたのは、俺が組んでいる冒険者達も一緒に消えてしまうと考えたからに違いない。

 その証拠を示すかのように、俺の背後には数十日振りとなるナナエの姿があった。

 何時もの踊り子風の服を纏った彼女は手を挙げて俺に挨拶をしたが、それ以上の接触をしてくることはない。話し掛けるのならばそちらから来いということだ。

 半ば誘いである。そして、俺は敢えて彼女の誘いに乗る為に対面の席に座った。

 

「王宮の生活はどう? 随分と贅沢が出来ているんじゃないかな?」


「冗談は止めてくださいよ。 何時命の争奪戦が始まるかも解らない状況です。 なるべくハヌマーン様を立てるようにしましたが、注目が集まり始めています」


「そりゃね。 あの王子擬きを王子にしたいのならば、功績を次々と打ち立てるしかない。 そして、功績の数々を打ち立てれば嫌でも注目が向けられるものさ。 解っていなかった訳じゃないだろう?」


「勿論です。 ですが、解っていても愚痴を吐きたくなるものですよ」


 久方振りというには短いが、互いにとっては何ヶ月も会っていない感覚だ。

 不穏な雰囲気も無い。何時も通りのままに会話を重ね、言いたくも無い愚痴を零してしまった。これではやりたくないと思われかねないと咄嗟に水を飲んで落ち着かせるが、そもそもその動作だけでも彼女なら容易に察することが出来てしまう。


「随分鬱憤が溜まっているみたいだ。 冒険者として行動していた頃は自由だったからかな?」


「ははは、すみません。 再認識させられてしまいまして……やっぱり貴族は貴族なのだなと」


「まぁ、愚痴くらいなら幾らでも聞くさ。 私は別にそういう姿の君も嫌いではないからね」


 外套で隠しているというのに、彼女は俺の表情を見抜いていると言わんばかりに勝気な笑みを見せる。

 五年も一緒に行動していたのだ。少し離れた程度であの頃の関係性が変わることなど有り得ないし、変わってしまうようならばそれだけ希薄だったというだけだ。

 失望なんてしない。それをするのは家族ぐらい深い間柄の者とだけだ。

 彼女も彼女で俺の事を結婚しても良い異性としては認識していない。精々が仲の良い友人であり、それくらいの関係の方がよっぽど連携を取ることも出来る。

 

「それで、今後はどうするんだい?」


「王都に家を用意してもらいました。 そこで生活しつつ、現在調査中の特殊個体の討伐に専念するつもりです」


「成程、私達もそっちに引っ越した方が良いのかな」


「その点については、正直に言えばどちらでも構わないというのが本音です。 手を貸していただけるのであれば有難いですが、貴方には貴方の生活がある。 今後ますます貴族と接点を持ってしまう以上、下手に関われば逃げることは出来ません」


「――――その話、俺にも一枚噛ませてもらおうか」


 俺と彼女の会話に、突如として別の声が混ざる。

 横に視線を移せば、直ぐ隣で樽のジョッキを持った男が居た。その男の顔には随分と覚えがあるし、忘れようと思っても忘れられるものではない。

 口を思わず開けてしまったのは完全に油断だった。まさか彼が隣に居るとは思っておらず、完全な私服姿だったことも相まって視界に入ってもいなかった。

 そもそも気配すら無かったのだ。その原理は理解出来るものの、いきなりされるとは思ってもいなかった。

 バウアー。その名前を口にして、頭髪の無い男は嬉し気に顔を歪める。

 最後に別れてから一体どれだけ会っていなかったのだろうか。思わず頭に被っていたフードを脱ぎそうになり、慌ててその手を静止させた。

 

「来ているのなら来ていると教えてくださいよ。 吃驚したじゃないですかッ」


「ははは、すまんすまん。 随分と興味深いを話をしていたものだからな。 つい聞き耳を立ててしまった」


「ちなみに私は知っていたよ? まぁ、気付かれないように振舞ってはいたけどね」


 つまり二人揃って俺がバウアーに気付いていないのを利用していた訳だ。

 今回この三人が揃うのは偶然であったとはいえ、即興で悪戯を仕掛けるのは得意な二人である。驚かされた回数こそ少ないものの、嘘か本当か解らないような冗談もよく言っていたのを思い出す。

 そのままつい過去に意識を向けそうになるが、全員が揃ったのであれば話が早い。ナナエの手紙からある程度はバウアーも此方の状況を知っているだろうから、後は最近決まったことを説明すれば十分だ。

 なるべく小声で、三人だけに伝わるように説明する。

 特殊個体の討伐は今後冒険者にも依頼する予定だ。五年前に俺達が出会う切っ掛けとなった紫蟹のような個体の討伐を依頼されるかもしれないと説明すると、二人の表情に真剣なものが混ざった。

 強力な個体が今も世の中の何処かに潜んでいるかもしれない。その根源を発見次第撲滅しなければならないのだが、その前に特殊個体の報告が入れば動かねばならないが実状である。

 一体何体存在しているのかも不明な状態だ。それ故に騎士団だけで解決するには人手不足が否めない。


「つまり、今後は貴族の一員となりながらもその王子を世に認めさせるべく活動すると?」


「元より私の夢は騎士になることでしたから。 功績の全てを彼に渡し、私は私の望むままに行動する。 地位も名誉も興味が無いのですが、活動の為に必要であれば受け取らねばなりません」


「……ふむ、事情は大体理解した」


 話を聞いたバウアーは一度頷く。

 これだけ説明すれば彼女が送った手紙と合わさり、俺の言いたいことも理解する筈だ。

 彼ならば貴族同士との付き合いにも慣れている。それに彼の本質は冒険心だ。到達が難しい程に熱意を覚える質の存在であり、不遇の王子を世に認めさせるという行為の難しさに興味を引かれない訳がない。

 現に一枚噛ませろと彼は言ってきている。勿論慎重さも兼ね備えているので明確な結果が齎される可能性が無ければ参加しないが、現状においては十分に希望はある。

 ハヌマーンは前向きであるし、特殊個体の討伐以外にも貴族に不正について今後も調査はしていくつもりだ。貴族になったとはいえ、俺は一代限りのお飾りも同然。

 基本が戦闘や調査であるのは変わらず、寧ろ今後はより多くの調査を任せられるだろう。

 その際、人手はどれだけあっても十分とはならない。ナナエやバウアーの力を借りれるのであれば頼りになるが、それはつまり彼等も貴族の目につくことになる。

 幸せになってほしいのだ。二人には貴族によって不幸な目に合わず、一冒険者としての人生を全うしてほしい。

 

「お前のことだ。 そのハヌマーンという少年も信用に値する人物なのだろう」


「少なくとも悪意は持っていませんよ。 芯のある少年です」


「ならば、俺も協力しよう。 まさか仲間外れは無いだろう? 仕事も暫くは無いであろうしな」


「――有難うございます」


 深く、深く俺は頭を下げた。

 それに対してバウアーは俺の肩を優しく叩くだけであった。

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