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光双のポルタ  作者: もものふ
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第1幕 -3

文明的な大看板の中央に鎮座する時計塔は、緻密な動きをする表面部分とは裏腹に、随分と原始的な造りになっていた。

ひとつひとつ職人の手で組ませたというレンガ造りの塔の中は、螺旋状の階段となっている。

見上げれば遥か上空から光が差し込んでいた。かなりの段数がありそうだ。

そんな状況に顔を引き攣らせれば、流石にトランクを持ってこれを上りきるのは酷だろうということで、蓮太郎は鍵のかかる塔の保管庫の中に荷物を置かせてくれる。

意を決して階段を上り始めれば、階数によって踊り場に作業場が備わった足場が組まれていることに気が付いた。ここで看板の動力となっている歯車の噛み合せに異常がないかだとか、看板の広告の張り替えなどをやっているのだと蓮太郎は自慢気に教えてくれる。

そんな内部施設の説明を涼しい顔で卒なくこなしながらどんどん階段を上っていく蓮太郎とは対照的に、上階に行くにつれて足元がおぼつかなくなる俺。手すりがあるだけありがたい。必死に手すりにしがみつきながら息も絶え絶え、震える足を何とか引き上げる。

そんな俺の様子を見た蓮太郎はにやりと口の端を上げた。


「さては篤也、良いところの出身だろう。足腰が弱いと見える」


別にそこまで自身を裕福だとは思ったことは無かった。しかし改めてそう言われてみれば、地元では父親が村役人だったこともあってそれなりに良い暮らしをしていたのかもしれない。移動は確かに馬車や列車を使っていた。自分の足でこんなに高い建物に上ったことも果たしてあっただろうか。記憶を辿っている俺に、先を行く蓮太郎は面白そうに呟く。


「僕は地元まで歩いて行き来しているよ」


「地元ってどこ?」


「川向こうの村」


「……え?」


そうさらりと言ってのける蓮太郎。俺は耳を疑った。

川向こうの村と言えば、歩いたとしたら3日はゆうに超える距離にある。確かに列車は通っていなかったはずだが、水路はあったはずだ。それを聞いてみるも、お金を無駄にしたくないの一点張りで。


「若いうちは体力をつけるべきだよ。それにせっかく出稼ぎに来ているんだ。稼いだお金は極力無駄にしたくはないからさ」


だから自身の身だしなみに気を使っていなかったのか。俺は1人で納得する。

確か、川向こうの村では養蚕業が盛んだと聞いたことがあった。文明開化したこの時代でも絹織物は高額で取引されており、村全体が栄えていると聞いていたが。

それとなく蓮太郎に聞いてみれば、ああ、と居心地悪そうに目線を逸らす。訳がありそうな様子に、言いたくなければ言わなくても良いと呟くも、蓮太郎は首を横に振り、話してくれる。


「僕が出稼ぎに来ている原因はそれだよ。実は地元の蚕がちょっとまずいことになっているんだ」


聞けば原因不明の病の流行で村中の蚕が次々に死んでしまっているらしい。絹織物で稼ぐことができない状況が続いているため、女性は引き続き生き残った数少ない蚕で絹織物を作り、男性は街に出稼ぎに行くか、一部の村の権力者達は外国に渡り蚕の病の原因究明に東奔西走しているのだそう。絹産業は今やこの国を支える一大産業だ。その大部分を担っていると言っても過言ではないのが川向こうの村だった。

国家から直々に援助や通訳を与えられて、国と村が結束して正式に病の原因解明に乗り出したと蓮太郎は口にする。俺は無知を反省した。


「俺の知らない所でそんなことになっていただなんて」


「篤也が謝ることじゃ無いよ。僕の村からしてみればかなりの一大事だけど、他の地域からすれば日常生活に全く影響が無いんだから。情報が流れてこないのも仕方が無いよ。それにこうやって国家政府から直々に良い稼ぎの求人を紹介してもらえるから、生活は保証されているんだ」


その高級案件の求人は、蓮太郎がかなりの技術力を備えているからだと思われるのだが。

そう素直に言って見せれば、蓮太郎はまあ、そうだよねと平然と頷いてみせた。


「昔から養蚕よりも、からくり弄りの方が好きだったんだ」


それにしてもかなりの天性の才のように思える。しかしこれ以上言うと、蓮太郎が天狗になるような気がしたので押し黙った。

身の上話をしているうちに、あんなにも長く感じた階段があと数段で終わりを迎えようとしていることに気づく。足に再び力を込めて、勢いに任せて一気に上り終えると。


視界が開けた。


風がぶわりと顔にかかる。吹き荒れる風の強さに思わず目を細めた。時計塔の上から眺める霧がかった街の様子は薄らぼけて見えるが、霧を割くように天にそびえるポルタ座だけははっきりとその目で確認できる。

もっと近くで目に焼き付けようと、俺は1歩前に進み出た。レンガ造りの壁に手を沿わせ、窓枠から身を少しだけ乗り出す。

俺の口からは自然と言葉が溢れ出ていた。


「夢だったんだ、ポルタ座の舞台に立つのが」


傍らで壁に寄りかかりながら静かに俯く蓮太郎は押し黙っていた。

独り言のように俺は続ける。


「子供の時に、たった1度だけ。ポルタ座で公演を見た。心を奪われたんだ。いつか自分もあの舞台に立ちたいって憧れだけでここまで来たこと、どうやら俺は酷く考えなしだったみたいだ」


蓮太郎は同調してくれた。


「ポルタ座で演目を観れた試しは1度もないけれど、とても人気だったことは知っているよ。そして、誰からも愛されていた。僕が初めてこの街へ出稼ぎに来た時、まだポルタ座は営業していたなぁ。ポルタ座から出てくる人たちの顔は皆輝いていたよ。素晴らしいものに触れて、憧れを抱く気持ち。何となく分かる気がする」


蓮太郎は寂しげに微笑み、首を横に振ってみせる。


「ポルタ座は悪くないんだよ、悪いのは」


そこまで言うとはっと思いとどまったかのように口を噤む。俺は思わず蓮太郎を振り返る。


「ごめん、今のは忘れて欲しい」


咄嗟に蓮太郎は顔を背けていた。

それを見た俺は苦笑する。


「そこまで言っておいて、それはないんじゃないか」


ばつが悪そうな顔をしている蓮太郎をよそに、どうしても気になった俺はその真相を教えてくれと必死になって頼み込んだ。自身の身の上話よりも頑なに口を割ろうとしない所を見ると、相当曰く付きな案件のようにも思える。

どんなに頼み込んでも蓮太郎は口を開いてはくれなかった。流石に駄目かと諦めようとしたその時に。蓮太郎は震える声を絞り出す。


「真実を知ったら、篤也は酷く後悔すると思うけど」


それでも知りたいの?

そう言わんばかりの目線を蓮太郎は俺に向けてくる。その目は悲しげで、しかしそれでいて鋭かった。

俺は吐き捨てるように言ってみせる。


「今更何を知ったとしても、この状況は変わらない。何にせよできることなんて限られてくるだろうし」


そっか、と小さく呟いた蓮太郎はもたれかかっていた壁から身を起こし俺の隣に並び立つ。


「今から言うことを、君は都合の良い作り話か何かだと笑うかもしれない。でも全て本当の話なんだ」


ポルタ座を見据えた彼の口から飛び出した言葉に俺は耳を疑うしかなかった。


「……篤也は『悪鬼』の存在って信じる?」



目が点になった。

何故、今その言葉がこの話の流れで発せられるのか。予想外の単語に到底理解が追いつかなかった。


「あ、悪鬼? それって妖の類いみたいな? いやぁ、そんなまさか」


笑い飛ばしてみるも、蓮太郎は大真面目な顔をしていて。とてもじゃないが冗談を言っている様子ではない。

うろたえる俺を横目に更に蓮太郎は続ける。


「悪鬼って言うより、異国の言葉を借りて『悪魔』と言うのが正しいのかもしれない。どう? 篤也は悪魔の存在が信じられる?」


あろう事か俺に答えを求めてくる蓮太郎が少し怖くなってしまって、口を閉じる。そんな俺のことを蓮太郎は責めることもなく、笑ってみせた。


「……篤也、やっぱり知らない方が幸せなこともあるよ」


戻ろう、と蓮太郎は話を切り上げて階段の方へ向かう。確かに風が吹き荒れる中で、身体がどんどん冷たくなってきた頃合ではあった。

しかし今、それを聞くことを拒んでしまえば、きっとポルタ座に対して未練が残ってしまう。それだけは何としてもあってはいけない。この街に来た意味がなくなってしまう。

蓮太郎を呼び止める。


「……真実を教えて欲しい」


「絶対、今の君では後悔するよ」


「それでも、知りたいんだ」


蓮太郎は真相を話して良いものかと見定めるように俺を見つめた。

先程は確かに思いがけず動揺してしまったが、ポルタ座の衰退には人間の力ではない、何かが関わっている。

察することができた今、その言葉を聞く心の準備は万端だった。

俺の決心が見て取れたのか、蓮太郎も心を決めたかのように俺に向き直る。


「わかったよ。話せば長くなる。結論から言うとね――」


蓮太郎は意を決して俺に話してくれた。


「ポルタ座は数年前、悪魔との取引で消滅させられてしまったんだ」

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