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光双のポルタ  作者: もものふ
3/14

序章 -3

その後、約束通り両親に大型百貨店に連れて行ってもらい、少年は初めてのパフェを堪能する。

その味は酷く甘ったるく感じた。

パフェの味は決して悪くは無いはずなのに。甘い砂糖の味がする、果物がたくさん乗った食べ物。それ以外の感想が湧いて出てこないのだ。

あの歓劇の衝撃の後にこの甘い食べ物は喉を通らない。少年は残りを両親に食べてもらい、やっとの思いでパフェを完食した。

百貨店の中を見て回る時も少年は常に惚けた様子で。何か欲しいかと父親に聞かれても暫く返答ができず。両親が顔を見合わせて心配するくらいには少年は心ここに在らずの状態だった。とりあえず誕生日プレゼントにと新しい文房具を買ってもらった。帰宅した後、自分の家の近所の雑貨屋でも買えることに気づくのはもう少し先のことである。

帰路につくための路面列車に乗り込んでも少年は上の空の様子だった。たまらず父親が少年に声をかける。


「つまらなかったかい」


少年はふと我に返り、首を横に振った。むしろその逆であることを恥ずかしがりながらも父親に伝える。

自分が今日家を出る直前まで不機嫌であったこと、そのことについてもこの場で両親に謝った。両親たちはそんな少年の言葉に酷く喜んだ。連れてきて良かった。両親は安堵した。これで我が子が何か得てくれれば。今日というこの日がこれからの糧になってくれれば。


「何か感じるものはあったかな」


父親の優しい問いかけに、少年は目を輝かせて答えた。

その返答を聞いた瞬間、両親の目が点になる。

予想外の答えに両親は顔を見合わせた。


「……本当にそう思うの?」


せっかくの我が子の純粋な思いを否定してはいけない。そうは思っても聞き返す他なくて。

母親もゆっくり、自分にも言い聞かせるようにして問うた。

少年の表情は酷く晴れやかだった。自分の意志を曲げるつもりはこれっぽっちも無さそうで。

いとも簡単にその答えを再び口にする。


「僕もあの舞台に立ちたい」


曇ひとつない夕焼け空。

息子の曇りない瞳に夕日がきらきら輝いて。


一体どうしたものかと両親は頭を抱えた。

きっと、幼い少年のことだ。数日も経てば舞台の感動も薄れて違うものに興味が移ることだろう。そうに違いない。悲しかったが両親らは自分たちを納得させることにした。

しかしその考えがいかに浅はかだったか、のちに思い知ることとなる。

少年の熱は冷めることなく増す一方で。来る日に備えて自分のスキルを磨く我が子を見守る両親の心境は穏やかではなかった。


大切なひとり息子。

原因を作った自分たちに非があることは間違いない。

10歳の誕生日のあの日。ポルタ座での出来事は少年に大きな、否、大きすぎる夢を与えた。

心の底から少年の夢を応援してやりたい。両親は何度そう思ったか。しかし心のどこかで彼にその夢を諦めるよう願っている自分たちもいて。

いくらなんでも無謀すぎる。堅実ではない。そう考えてしまうのが情けなかった。

1人息子ゆえ、自分たちの家を継いでもらわなければならない。

そんな現実も足枷になって、両親は少年の夢を素直に応援できずにいた。

だが、きっとあの子はまたあの場所に行きたいと言い出す。そんな日が来てしまう。

両親はその日が来ることを何度も恐れた。


月日の流れは早い。気がつけば、あの日より10年の歳月が経っていた。

その間、ポルタ座のある街へは出向かなかった。ポルタ座を次に目にするのは、自分がしっかりと夢へと歩み出そうと決めた時だ。そう、彼は心に誓っていた。

少年は両親に思いを告げる。母親は泣いていた。親不孝な自分を許して欲しい。そう声をかければ父親までもが涙を流し始めてしまう。

両親も声を詰まらせながら少年に謝った。素直に夢を応援出来ないことを許して欲しい。少年自身も自分が家を継がなければいけないことは重々承知していたし、むしろ自分に3年もの時間を与えてくれた両親に感謝の気持ちでいっぱいだった。

3年間。その期限内にポルタ座の大舞台に立てなければ家へ戻り、潔く夢を諦める。そう約束して。

少年は再びあの街へと旅立つ。


10年という歳月は、文明を大きく開花させた。

幼かったあの頃、街をゆっくりと巡っていた路面列車はいつの間にかこの国の大都と結ばれ、組み敷かれた線路の上を汽車が忙しなく行き来している。その路線は例外なく、彼の田舎の生まれ故郷にも張り巡らされるようになっていた。

10年前のあの日よりも格段にポルタ座に赴くことが容易になっていたことも、間違いなく彼の夢を後押しする要因のひとつとなっていて。

青年は最寄りの駅から汽車に乗り込み、家族へと、そして故郷へとしばしの別れを告げる。状況はどうであれ、自分に残された時間はきっかり3年だ。それまでに何としてもポルタ座の舞台に上がりたい。

それがどんなに困難なことか、無謀なことかだなんて、彼自身が1番良く分かっていた。自分より優れた才能を持つ役者なんてきっとごまんといるだろう。

しかしどうしても忘れられなかったのだ。

あの日見たステージを。あの少女の演技を。歌声を。

青年はこの10年間その情景を思い返し、ポルタ座への思いを馳せた。あの少女は今頃どうしているだろうか。ポルタ座の舞台に今も立っているのだろうか。

――また、会えるだろうか。


青年は駅のホームへと降り立つ。街は長い歳月を確かに刻んでいた。

10年前のあの日、自分の頭上に広がっていた青空は再び青年を出迎えてくれることはなく。

天に向かって伸びる幾つもの煙突からは白煙が立ち昇り、果てしない曇天が広がっていた。街は慌ただしく、路面列車と馬車と、そして人の波が道を行き交っている。

厳選した最小限の荷物が入ったトランクを抱えて、青年は街並みを見て回る。

両親と来た時よりも街は栄えているようで。多種多様な店がこの街のメインストリートに軒を揃えていた。

青年は足を止め、とある建物を見上げる。

あの日、家族でパフェを食べた百貨店。以前と変わらずそこに存在していたことに安心感を覚える。

あの時は観劇の衝撃で喉を全く通ってくれなかったが、今だったら美味しく食べられるだろうか。後で立ち寄ろうと静かに決意し、彼はポルタ座への道を行く。

以前にも増して高層建造物が増えたものだと驚いた。地方都市にしてはなかなか栄えている方ではないだろうか。青年は自分勝手に評価し、納得の面持ちだ。

そんな街並みを観光しつつ、少年の頃の心さながらに歩みを進める彼であったが、心に僅かな引っかかりがあって。

あの日のような高揚感が湧き上がらないのだ。

ポルタ座がいくら経っても見えてこない。

それもそのはず、この煙に巻かれた街並みでは、あの巨城は霧に隠れてしまうのだ。青年は早くあの城の全貌を目にしたいと思った。あの漆黒の扉、そして溢れかえる観客たちも。青年は歩みを進める。

待ち望んだ今日というこの日。ポルタ座に入団させてもらおうとあの日からずっと、彼は心に決めていた。

きっと相手にされないだろうし、追い返されてしまうに違いない。

そんなこと最初から分かり切っている。しかし、青年は諦める気なんて微塵も無かった。ずっと思い描いていた自分の夢のため、そしてあの少女に会うために。

ポルタ座に入団できるのであれば例え雑用係だとしても何でもいい。スターの演技を間近で見れるのであれば、自分の糧になる。1歩1歩、確実に前に進むしかない。青年は決意し、力強く地面を踏みしめた。

やがて、見覚えのある通りに差し掛かる。ポルタ座まであともう少し。流石にもうその姿が見えてもおかしくないのだが。流行る気持ちを抑えられず思わず足早になった。



青年は空を見上げる。


自分が10年間、思い、焦がれ、待ち望んでいた瞬間がやって来た。

曇天にそびえる巨大な建物。この街で1、2を争う大きさは未だ健在だ。青年の目頭が熱くなる。この街に戻ってきたのだという実感がじわりと湧いてきた。

あの時と変わらない胸の高鳴り。

自分の夢への第1歩を今、確かに踏み出したんだ。青年は武者震いする。

しかしふと疑念がよぎった。


何かがおかしい。


自分が今、目の前にしているあの建物は10年前と全く変わりがないのに。自分の気持ちもあの時と同じくらい高揚しているというのに。

何かが足らないのだ。

青年は辺りをゆっくりと見渡す。

――人がいない。


あんなにも活気に溢れていたポルタ座は今や街外れの孤城と化していた。

きっと休演日なのだろう。

青年は悪い予感を払拭しようと、都合の良い考えを頭の中に思い描く。

しかしすぐに彼の予想は打ち砕かれることとなる。

ポルタ座の前にそびえ立つ扉を前にして、青年は空いた口が塞がらなかった。

黒塗りの扉は巨城を守ってはいなかった。

だらんとだらしなく開きっぱなしになった扉は白く薄汚れていて。

あの時のような威圧的な雰囲気はどこへ行ってしまったのか。

現実と夢の世界を繋げる扉は、今や隔たりなく部外者の侵入を許している。

意を決して扉の中を覗き、青年は息を呑んだ。

雑草が伸びきり、荒れ果てた広場。長期間何も手入れされていないように思えた。

信じられなかった。あの時、自分が見たものは幻だったのではないか。そう錯覚してしまうくらいに、ポルタ座に以前の面影を重ねることはできなかった。

このポルタ座の広場で、確かに自分はあの少女と出会ったのだ。純白のドレスに身を包んだ少女と言葉を交わして。

青年の心は酷く冷えきっていた。ポルタ座に人の気配はなく、廃墟のようで。

今まで自分が思い描いていたものは本当に夢であったのか。

10年という歳月は残酷なものだ。

辺りはこんなにも発展を遂げているというのに。

このポルタ座だけは時代に取り残されて、忘れられて。

青年は目を伏せる。これが、この街の栄華の象徴だったポルタ座の現在。

目も当てられなかった。時間とは残酷だ。人の興味はすぐに移り変わる。一過性の流行は時に爆発的に盛り上がりを見せるが、波が引いたようにどこかに消えてしまう。

青年はせめて、ポルタ座の外観を目に焼き付けて帰りたいと思った。あの日見たポルタ座の面影をどこかに見出したくて。ゆっくりと広場に足を踏み入れる。あの時と同じ場所のはずなのに。心が締め付けられて。

ゆっくりと、じっくりと。

歩みを進めるうちに気づけば青年の目からは涙が零れ落ちていた。

広場を抜けて建物に近づく。家族で見上げたあの緻密な装飾は今も尚健在だった。懐かしさがこみ上げる。

ふと入口前に目線を移せば、そこには白い薔薇が玄関口の柱に絡みついていて。

甘い香りが青年を引き寄せる。その白はまるで、あの子を彷彿とさせた。

白いドレススカートの裾を持ち上げて笑う少女の笑顔は青年の脳裏から離れることはなく。今でもずっと鮮明に思い出される。

青年は白く、小さな薔薇にあの少女の面影をみた。

真っ白に、純白に、咲き乱れる薔薇の花にそっと手を添えて。

静かに彼は涙を流す。今だけは過去の思い出に浸っていたくて。

自分の心を射止めた、尊敬するあの少女に、もし再び相まみえることができたなら。

また貴女の演技を間近で見たかった。

そして出来ることなら、共に舞台に立つ夢を見ていたかった。

あと少しだけ、涙を流していたい。もう少しだけ過去に縋っていても罰は当たらないだろうから。

人気のないこの大衆演劇座にはきっと誰も近づくはずがない。いい歳した青年が涙を流していたとしても誰も気づくはずもない。

――そう、思っていた。


「……どちら様?」


透き通った女性の声。反射的に声の方を振り向けば、怪訝そうに首を傾げる『彼女』がいて。

青年は目を見開く。醜態を晒していることを気恥ずかしく思う余裕すらなく。

長い睫毛、桜色の唇。すらりと伸びた色白の手足が淡い色のワンピースから覗いていて。

青年は、確信した。



『演劇館 ポルタ座』


この国の都よりずっと離れた片田舎の中心街で、過去、その名を轟かせた大衆演劇座。

時代の波に呑まれ、今や客足は遠のき、あの頃のような活気は微塵も感じられない。

しかし、この瞬間、青年と女性の出会いこそがこのポルタ座の運命を大きく変えることとなる。


これは演劇館ポルタ座が、再びの栄華を取り戻すまでの物語。

その幕が今、上がろうとしていた。

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