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光双のポルタ  作者: もものふ
2/14

序章 -2

開演15分前。見たことのないほど豪華絢爛な洋風建築のポルタ座の内部をたっぷり家族で探検した後、少年らは自分たちに与えられた席へと向かった。

白い壁に映える赤い絨毯が敷かれた階段。大きな照明を仰ぎながら1段1段登っていくと、2階部分にバルコニー席が用意されている。会場への扉を開けると、もう既に観客たちは席へと着席し、開演までのしばしの間、盛り上がる気持ちを近くの観客同士で共有しあっていた。

会場内も赤を基調とした座席で埋め尽くされており、緞帳は金と赤のきらびやかな刺繍が目を引くデザインになっている。金色の細かな花々が美しい。

自分たちの席はバルコニー席の真ん中、いちばん最前列だった。視界を遮るものが何もないため、ステージ全体が見渡せる良席だ。これには少年の父親と母親も嬉々とした声を上げていた。

席に座り、少年は周りの観客の会話に耳を傾ける。本日の公演は、ポルタ座きっての実力者揃いのものであるということ。どの演者が見どころだとか、四方八方から聞こえてくるその情報に頭がいっぱいになった。

少年は父親に今日の演目について問う。



『ファンファーレ』


ポルタ座といったら、この演目だ、とファンは口を揃える。

裕福な生まれのお嬢様と、平民の男の結ばれるはずもない恋。その苦難を乗り越え、自分に正直に生きる人々の生き様に心を動かされるんだ……!

そう、少年の父親は熱く語ってみせる。

そんな父親へ少年は気の抜けた相槌を送ってやった。

欲を言うなら、武器や戦いが多く出てくる、見ていて動きが楽しい演目が良かったなぁ。少年は心の中で静かに呟いた。

しかし全く楽しみでないという訳では無い。あの女の子のせいかおかげか、その出番を心待ちにしている自分がいて。自分と同じ年頃の少女が、この舞台に立って大勢の観客の前でどんな演技を見せてくれるのか。少年は幕が上がるその瞬間をひたすらに待った。

やがて劇場内に低音が響き渡る。何か起こったのかと驚いた少年は思わず肩を震わせたが、母親が大丈夫となだめてくれた。これは開演の合図なのよ、とそっと耳打ちする。

同時に会場内が暗くなり、観客の視線は舞台前に垂れ下がった緞帳へと注がれた。

照明が金の刺繍を照らすと同時に、さっと幕が上がる。

いよいよ、始まるんだ。

少年は固唾を呑んで、その物語を見守った。


あの子の出番は少年が思っていたよりもすぐにやってきた。少女はヒロインのお嬢様の幼少期を演じるらしい。

適役だ。少年は直感的にそう思った。あの立ち振る舞いはお嬢様そのものだったから。

少女はたった1人で広い舞台に立っていた。ステージを独占している。観客の注目が一心に彼女に注がれていた。

少年ははっと息を呑んだ。彼女の手足は震えている。2階からでもはっきりと確認できた。こんなに大きな会場の中心で、これから大役を演じきらなければならない。その重圧、果たして自分だったら耐えられるだろうか。はらはらと、観ている少年も気が気でなかった。たった一瞬ではあるものの、面識がある分不思議と情が入ってしまい、気がつけば手に汗握りながら彼女の動きを待つ自分がいて。

頑張れ。彼女にどうか伝わりますように。

心の中で叫んだ。


閉ざされていた瞳がゆっくりと開かれる。

彼女の長い睫毛が持ち上がり、目の大きさがひときわ際立って。

彼女が口を開いた。

すると同時に表情がぱっと明るく華やいで。先程までの震えは一体どこへ行ってしまったのだろう。完全に彼女に役が乗り移る。

舞台の端から端までいっぱいに走り回り、お嬢様の感情を少女は身体全体を使って表現していた。

感情豊かにころころと変わる表情、声色。仕草ひとつひとつが愛おしくてたまらない。見ているこちらも何だか楽しく思えてきて。気づけば少年は更に物語に惹き込まれていた。

やがて最大の見せ場がやってくる。自分の住むお屋敷を飛び出して、お忍びで街に出かけることになったお嬢様の期待と不安が入り混じる感情を歌で表現する、という場面。

軽快な曲が流れると同時に、少女はドレスの裾を軽く持ち上げ、くるりくるりと舞踊りながらその声を会場に響き渡らせる。

歌声を聞いた瞬間、思わずぞわりと鳥肌が立つ。少年にとって初めての経験だった。

伸びやかな、透き通った声。耳に心地よく入り込んでくる。しかしその声の中には色々な感情が乗り移っていた。

今までに目にしたことがない人、建物、風景。

それらを初めて目に出来るという嬉しさの反面、見たことがないものに対して感じる不安。

そんな感情すらもその歌声からは感じ取れた。彼女の演技と相まって、その感動は増幅されて。

すごい。少年は無意識のうちに静かに呟いていた。初めて感じる胸の高鳴り。

自分自身でも誰でもない、物語の中だけの人物にここまで感情を作り込むことが出来るのか。

この物語はきっとこの演者の少女自身の物語なのではないだろうか。そう錯覚してしまうほどには、物語の中のお嬢様とこの少女とが重なり合って見えて。

彼女が歌い終わると同時に、少年は反射的に拍手を送っていた。自分が生きてきた中で1番大きく、長く手を叩いていたと思う。少年の手の平はひりひりと痛んだ。しかし構ってなどいられない。

凄いものを見せてもらった。感謝の気持ちを拍手に込めて。きっとこの会場内でいちばん少女の演技に感動しているのは自分だろう。彼女の演技は大人から見れば、まだまだ拙い演技なのかもしれない。しかし同年代の自分からしてみれば、彼女はスター演者のように思えてならなかった。


しばしの暗転の後、物語は数年後へ。

舞台が切り替わり、成長したお嬢様と平民の男性との出会いが展開された。

主役の男女2人の登場に会場は湧いた。しかし少年は、あの、自分と同年代の少女の演技が忘れられずにいて。

正直に言ってしまえば、少年にこの色恋の話は少しばかり難しかったのかもしれない。

大人達は2人を待ち受ける試練に一喜一憂していたが、少年にとってこの物語のクライマックスは彼女の登場シーンだった。そう言っても過言ではないくらいにはその後の舞台の内容について、残念な程、頭の中には入ってこなかった。

もちろん演目自体がつまらないのではない。この会場の大多数は最後の最後までこの物語に心掴まれていたことだろう。演者も最高の演技をゲストに披露していたし、歌唱力も伸びやかだった。

もっとあの子の演技を見ていたい。

そう、心のどこかで感じてしまう自分がいて。無意識のうちに少年は、彼女の演技に惚れていたのかもしれない。気がつけば舞台演目は終わりに差し掛かっていた。

最後は舞台演者全員で1曲歌う演出で。どんなに少ない出番だったとしても、この物語を彩ったいち登場人物であることには変わりがない。

声を合わせて皆で歌いながら、1人1人が観客に感謝の意を込めてお辞儀をしていく。

最後の曲だというだけあって、この公演の中でも気合が感じられる1曲だった。

ほぼ全ての演者が客席から拍手を受け取ったところで、万を辞して主役たちが登場する。

少年はここで再び目を奪われた。

主役の男性役者と女性役者に両手を繋がれて、さも真の主役だと言わんばかりにあの少女が舞台の中央に現れる。自分の目は間違いじゃなかった。心がこんなにもざわついたのは当然のことだったんだと少年は勝手に感動を覚えていた。

あの女の子は得意げにくるりとステージの中心で回ってみせて。誰よりも長く一礼をした。鳴り止まない拍手を全身で受け止めて。

やがて回りの観客たちが続々と席を立って声をかけ始めた。ありがとう、最高だった。思い思いに声かけをする様子を見て、少年も衝動的に立ち上がって叫んでいた。

その声が少女に届いていたかはわからない。たくさんの大人達の歓声に紛れて、消えてしまっていたのかもしれない。

しかし彼女は、不意に少年の方を向いた。

視線がぶつかる。少年はどきりとした。自分の声が届いたのだろうか。偶然であったとしてもそうであったなら、嬉しいことこの上がない。そんなことを思っていたら。

勘違いだったのかもしれない。

思い込みが激しかったのかもしれない。

でも少年はその出来事を都合よく受け取りたかった。受け取る以外なかったのだ。

彼女は確かに少年に向けて小さく手を振った。

役としてではなく。

彼女自身として、照れた様子で頬を染めながら。

ほんの一瞬だった。自分しか気づいていなかったかもしれない。そう考えたら胸の高鳴りが止まらなくて。

これが心を掴まれるという事か。少年は感動を覚えた。彼女を応援したい。少年は強く思った。いちファンの誕生の瞬間である。

舞台袖に演者がはけるまで、拍手は鳴り止まない。少年も拍手を送り続ける。たくさんの感謝を込めて。全ての演者に届くように。

この演劇は結果的に少年の価値観を大きく変えることとなる。

少年の初観劇の幕は閉じた。

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