プロローグ 10年前
ゆっくり自分のペースで連載していきたいです。
ド派手な演出やお色気シーンは少ないですが、1人の青年が苦しみながらも選択していく物語を綴っていければと思います。
聖歴1500年1月1日。
戦時中ではあったが、この日帝都には活気が満ちていた。
時刻はつい先ほど日が変わったばかり。
つまりは、新年を迎えたところだ。
この日は大陸の共通年号で1500年という節目を迎えた事もあり、盛大な祝宴が催されていた。
人々は普段の関係性を飛び越えて笑い合い、酒を酌み交わしている。
この日だけは大陸全土で行われている戦闘は全て停戦となっており、安心して新年を祝える事になっているのだ。
大陸は大雑把に言えば東の商業国家ダブリス、西の騎士王国レグルス、南の帝国アウルス、北の宗教国家イリウスの4国家からなる。
その4国家が戦争を開始してはや10年が経ち、終わりの見えない戦争に人々は疲弊していた。
その反動もあり、城下町での祝宴は大変な盛り上がりを見せている。
そんな祝宴を尻目に、城内は静けさを保っていた。
広大な敷地のうちの一角に近衛兵団の兵舎はあった。
広い兵舎の中にはポツンと1人だけが壁に寄りかかって立っている。
年の頃はまだまだ少年と言えるだろうが、表情に幼さは既になく、鋭い眼光でただ前を見つめていた。
近衛兵団の支給品であるプレートメイルはキッチリと磨かれており、暗がりの中でも光沢を放っている。
ガチャリと両開きの扉が開き、兵舎に人が入ってきた。
「ああ、やっぱりここにいたのか。交代の時間だぞ」
兵舎に入ってきた男はそう言いながら、腰に帯びた剣を外し棚に置く。
少年は無言で壁から背を離し、棚に置いてある自分の剣を掴むと、兵舎から出ようとした。
「相方のハインはもうレイブラント軍団長の部屋の前で待ってたぞ。急いでやれ」
同僚の言葉に少しだけ振り向いて頷くと、少年は廊下へと出て行く。
少年が向かうのは4階に位置する軍団長の部屋だ。
兵舎が1階にあるので、それなりの距離を移動する事になる。
歩調は早い、だが暗く静まり返った廊下に響く足音はほとんど聞こえない。
少年がいかに訓練されているかの証明の1つだろう。
階段を上がって程なくすると、松明で照らされた扉とその前に立つ同僚の姿が見えてきた。
相手も少年に気づいたようで、右手を上げて応えている。
「遅かったじゃないか。どこで油を売ってたんだ?女とでも会ってたのか?」
同僚のハインは揶揄うように少年の肩を叩く。
少年にそんな甲斐性が無いのはハインも承知だろうが、いつもの挨拶の様なものだ。
ハインは少年から見れば随分と年上で去年で20歳を迎えている。
鍛え抜かれたその身体はプレートメイルの上からでもはっきりとわかった。
「あなたがこの任務をする必要あったんですか?ハイン隊長。あなたは明日から第6軍の隊長なんですから、のんびり祝祭を楽しんでくれば良いのに」
少年は若干の面倒臭さを感じながらハインに顔を向ける。
「いやぁ隊長といっても、正式な任命式は明日の話だしな。それに、任命式の前に軍団長とも話しておきたかったんだ」
少年はそうですかと話を切ってドアをノックしようとするが、ハインが慌てて止めに入る。
「待て待て、今は奥方と息子さんが中にいらっしゃる。もうしばらく待ってから挨拶するとしよう」
それもそうだと少年は頷き、扉の右側に立つ。
それからしばらくして、ドアが開き女性と男の子が出てきた。
男の子は少年から見れば5つほど年下で、まだまだ幼いとしか言えない。
男の子は少年と視線を合わせると会釈をした。
「お兄さんがお父様を守ってくれる人なんですね!僕も将来、お兄さんみたいな剣士になりたいです!」
少年が苦笑いで返答に困っているのを尻目に、ハインは愉しそうな笑みを浮かべている。
そんな様子を見ていた母親は、息子の手を引くと改めて会釈をしてその場を離れて行った。
「おー、お前もファンが出来たみたいで良かったな」
ハインの言葉に少年はそっぽを向く。
「そんな冗談を言ってる暇があるなら、早く軍団長に挨拶しませんか?」
改めて、ハインは愉しそうに笑うと頷いた。
「そうだな。この頂いた剣のお礼も言わなくてはならんしな」
ハインの腰には柄に鷹の紋章が輝く白銀の剣があった。
それは、隊長就任の祝いとして、軍団長から贈られたものだ。
2人さ部屋に入ろうと、一旦閉まった扉の前に立つ。
その時だった。
ゴロゴロと空が鳴り、一瞬の間をおいて雷鳴の音が鳴り響いた。
同時に起こった爆音が2人の耳を打つ。
「おいおい、何が起こっているんだ?」
ハインの言葉を背中に受けながら、少年は廊下の窓に走る。
丁度、軍団長の部屋は城の外周に面しており、窓からは城下町が一望できるようになっていた。
少年の視界に映ったのは、炎上する城下町の一角だった。
祝宴で集まっていた人々が逃げ惑う姿が見て取れる。
「あんなところに落雷なんて」
少年が呆然と言葉を発した時、軍団長の部屋の扉が勢いよく開いた。
「何事だ」
部屋の中から現れたレイブラント軍団長はハインの姿を認めると、報告を求めた。
「城下町に落雷のようです。火災が起こっています」
ハインが少年の代わりに報告をすると、レイブラントは迷わずに命令を出す。
「ハインはここに残れ。君は近衛兵団の当直を探して人々の救出と火災の消火に当たるんだ」
少年はレイブラントと視線を交わすと、頷いて廊下を走る。
途中の廊下で同じように外を伺っていた団員数名に声をかけ、共に城下町を目指す。
少年達が城から出た時、空からは大粒の雨が降り出していた。
人々の誘導作業を開始してから約1時間が経過した。
雨脚は徐々に強くなり、落雷による火災は鎮火の兆しを見せている。
幸いにも死傷者は出ておらず、事態の収拾にそこまでの時間はかからなかった。
少年がずぶ濡れの状態で城へ帰還出来たのは既に2時を回った頃だったが、まだ気は抜けない。
ひとまず、兵舎に戻って最低限の身支度を整えると報告と任務に戻るためにレイブラントの部屋へと向かった。
疲労の色は濃かったが、朝6時の鐘が鳴るまではレイブラントの護衛という任務があるのだ。
4階にまで戻ってきた少年はハインの姿を探す。
しかし、廊下にその姿は無い。
不自然に思った次の瞬間、更なる違和感に眉をひそめて少年は気配を消した。
レイブラントの部屋の扉が半開きになり、蝶番が軋む音がしていたのだ。
ゆっくりと部屋へ近づき、腰のショートソードに手をかけながら中の様子を伺う。
本来、執務室である部屋には明かりが灯っているはずだったが、そこに明かりは無く、暗闇が広がっていた。
時折、鳴り響く雷の光で瞬間だけ部屋が照らされる。
そこに影は一つだけ。
その影は扉の反対側の壁側から微動だにしなかった。
そんな予感はあった。
少年は恐る恐る声をかける。
「レイブラント様」
瞬間、最大音量の雷鳴が響き渡り、部屋の中が明るく照らし出された。
少年はその光景に息を飲んだ。
壁際に立ち尽くすレイブラントの胸にはロングソードが深々と突き刺さっており、その白銀の剣の柄には鷹の紋章が輝いていた。