(1)
「あっ」
はっと気づいた時には全てが手遅れだった。そしてすぐに後悔が全身に雪崩れ込んでくる。ただ起きているだけで回避出来たのに、私はそんな簡単な事も出来ずに降りるべき駅で降りられずに乗り過ごしてしまったらしい。
「しまった……」
声に出しても何の救いにもならない後悔の呪文をこぼしながら、ふらっと席から立ち上がる。
「あれ……?」
やってしまったという事は分かっていた。だが、ドアから見える窓の外には何の光もないどころか、景色一つ見えない。あるのは無骨な黒一色の壁のみだ。
――これは、まさか……。
どうやら事態は最初に自分が思っていたものよりもっと悪いらしいという事に気付き始める。
自分は確か昨夜最終でこの電車に乗り込んだ。座席にどかっと座り込んだ。猛烈に疲れていた。当たり前のように目を閉じた。
そこから記憶がない。あまりの疲れで意識を失うかのように眠りに落ちてしまった。そしてその結果がこれだ。
どうやらこの電車、私を乗せたまま車庫にまで入ってしまったらしい。
――どうしよう。
私は呆然としながら、座席に腰を落とした。ひどい脱力感が全身に覆いかぶさってきた。
――帰らなきゃ。
こんな所で閉じ込められている場合ではない。家で一人待つ弟のもとに私は帰らなければならない。早く。
樹理雄の笑顔が脳裏にちらつく。
早く。早く。早く。
だめだ。しっかりしなければ。呆然としていた頭を奮い起こす。そうすると当然の疑問が頭の中にようやく浮かび上がる。
――どうして誰も起こしてくれなかったのか。
最終電車など特にそうだろうが、最後まで乗車した客をそのまま残すなんて事は普通あり得ない事ではないか。車掌がちゃんと見回って私の肩を叩いて起こすべきではないか。
そう考えると私の過失でもあるが、鉄道会社の責務でもあるのではないか。そう思い始めると先程までの脱力感や焦燥感が怒りへと変換されていく。文句の一つでも言わなければ気がおさまらない。早く帰らなければならないのに。
――車掌はどこだ。
怒りを覚えながら私は電車内にいるであろうはずの車掌を探し出すことにした。
探すと言っても、車両の中をひたすら進んでいけばいいだけなのだから簡単な作業なのだが。ずんずんと車両間を私は突き進んでいく。しかし進めば進むほどに怒りが弱まり不安が強まっていく。
全く変わり映えのない景色。窓の外の景色は以前漆黒のままだ。不審が頭をよぎる。
こんなにも黒いものだろうか?
ここが車庫の中であれば暗いのは理解できる。だが多少なりとも何か少しぐらい外の状況が見えてもいいものではないか。こんなにも何も見えないとなると、まるでこの車両だけ別のどこかに隔離されているか、別世界にいるような。
ここは今何車両目だろうか。
私はひたすら車掌を求めて歩き続けた。




