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中間色々夢現  作者: 朝霞ちさめ
~夏~
6/25

経済への影響を鑑みて

超説明回。

 文化祭を前に、演劇部としては現代劇の準備を行っている。

 と言っても、白雪姫の時のようなセットや道具をフルに使うものではなく、むしろ数点の小道具以外はほとんど使わず、精々衣装のみを用いてあとは脚本勝負という形だったため、僕の出番は大分少なかった。

 衣装作ったくらいかな?

 小道具もちょっとだけ作ったけど、それだけだし。

 まあそんなわけで、バレー部の活動に専念……と言いたいところだけど、そのバレー部の活動もそこまで活発というわけではない。まあ、これにはちょっと理由があって。

「……鳩原部長って偉大だったんだなあ」

 と、ぼやきながら頭を抱えている土井先輩が全てかもしれなかった。

 その鳩原部長は既に部活にはほとんど来ていない。夏のあの大会が引退試合だったそうだ。

 より正確には、実は八月にももう一度大会に出るチャンスはあった。あったんだけど、予算的な問題で諦めざるを得なかった。

 もしも僕たちがあの時、大人しく決勝トーナメントを一回戦で負けていればそこにも参加できたかもしれない、と思うとやっぱり心が痛むんだよなあ……。

「切り替えろよ、地広」

 そして鳩原部長が指名した次の部長は土井先輩ではなく風間先輩だった。

 何でだろうと思ったんだけど、土井先輩が部長になるとセッターでかつ部長と言うことになる。それは結構、オーバーワークになるかもしれないと言うことらしい。

 なら鳩原部長に近い性質の漁火先輩で良いんじゃないかともおもったけど、漁火先輩はこう、リーダーシップが豪快すぎるところがあるので、妥当というか、何というか。

 だからこそ風間先輩か水原先輩か、このどちらになるかは微妙なところだったんだけど、すんなりと風間先輩が選ばれた。あらかじめ相談してたんだろうな。

「それに」

「それに?」

「鳩原部長なら今頃ヒィヒィ言ってると思うぞ」

 風間先輩、あらため、風間部長はどこか遠くを眺めながらそんなことを言う。

 自然と皆の視線がそんな遠くへと向かったのは言うまでも無い。

 鳩原部長は確かに中学校の部活としてのバレー部は引退した、けれど、まだバレーは続けるらしい。実際今も地区選抜のチームの練習に参加しているはずだ。七五三先輩との組み合わせ、すんなりと慣れてればいいけれど。

「けどさ、渡来。本当にお前はよかったのか?」

「何がですか?」

「いや、選抜。断ったんだろ?」

「ああ……前も言いましたけど」

 どさくさに紛れて咲くんが打ち込んだサーブをきちんと上げて、いつものように籠に戻しつつ話を続けた。いい加減皆慣れてきたようで、いちいち突っ込みが入ることもなくなった。良いことだ。

「地域選抜の大会、リベロ制度無いんですよ。僕が行ったところで役に立ちません」

「いや無理があるよ、佳苗」

 と、今度は郁也くんがサーブを打ち込みながら言う。

「実際、このところちょこちょこと試行錯誤はしてるけど。佳苗ってスパイクもそつなく出来るし」

「いやあ、あれは疲れるからあんまりやりたくない……。ていうか僕のこの楽をしたがる性格でそんな選抜とかに呼ばれても、チームの士気下げちゃうって」

「あー」

 いや郁也くん、そこは否定してくれて良いところなんだけど。

 ま、そんなわけで鳩原部長は部活は引退、ただし選抜に呼ばれて次の大会に出場予定。一方で僕たち二年生以下の一同は新人戦に備えて色々と試行錯誤中と言ったところだ。

 試行錯誤中と言えば聞こえは良いけど、まあ、ちょっと纏まりとか緊張感がない感じかな。しかも、三年生は鳩原部長だけだったから……。

「そういえば。風間部長、練習試合の相手、決まったんですか?」

「今、コーチがなんとか決めようとしてくれてるんだけど。なかなかね」

「決まりませんか」

「うん。どこを選んでも角が立つってぼやいてたよ」

 半年前なら考えられないな、と風間先輩もぼやき始めた。

 練習試合の相手なんてものはそうそう見つからなかったらしい。近隣の公立校でバレー部を機能させてるところが少なめということもあった。

 が、前回出場した大会であろうことか僕たちはなかなかの成績を出してしまった。ダークホースも良いところだ、他の学校にとっては想定外、大きな衝撃を伴う躍進だったらしく、あれ以来、練習試合の申し込みが殺到しているというのが現状である。

 中には大会の優勝校とか準優勝校とか、そういう所も入っているし、当然のように紫苑も声をかけている。というか紫苑が一番アグレッシヴかな、僕とか郁也くんにも直でお願いできないかな、みたいなことを連絡してきてるし。

「とはいえ、この状況じゃなあ。なんとか柱を立てないと……」

 僕が呟くと、はあ、と二年生の四人が一斉にため息を吐いた。

 自覚はしていたらしい。

 唯一の三年生だった鳩原部長はこの四人をきっちりとまとめ上げる楔だったんだろう、そしてその楔が外れた今、この四人はちょっと方向性がズレている。

 それぞれやる気は満ちているしそれに対応するだけの苦労をする覚悟も出来ている。けど、目指すところがちょっと違っていて、その違いが齟齬を生んでいるのだろう。

「駄目だな、この様子だと。先輩達が纏まらないと、こっちじゃどうしようもないぞ」

 咲くんの指摘に僕と郁也くんが即座に頷き、鷲塚くんたちも恐る恐ると頷く。

 要するに皆、それが問題だとは解っているんだ。ただそこに干渉して良い物かどうかが解らない。ただでさえ先輩と後輩、たかが一年、されど一年。歴然とした差はある……とはいえこのままだとな。

 新人戦、たぶんそんなに勝てないだろう。それは不本意だ。

 個人的に好みじゃないから、あんまりやりたくは無いんだけど……こういう時だ。

 諦めて使おうっと。

「先輩方。ちょっと相談があるんで、集まってくれますか」

 真偽判定応用編――感情整備(いいきかせ)



 バレー部のごたごたを解決しつつ帰宅し、自室に戻って屋根裏のゴーレムから中間素材をいくつか受け取り机の上に展開したところで、

「お前らしくもない」

 と、そんな呆れ声が聞こえてきた。

 洋輔の姿は見えないんだけど……ってことはベッドに寝転がってるな。

「そういう洋輔もらしくないじゃん。サッカー部、今日はどうしたの?」

「三年が引退して、それに合わせて色々と激変中って所だな」

 あー。

 バレー部もそうだった、サッカー部も大概か。

「藍沢先輩のあれ、どうなったの?」

「あれって?」

「なんかほら、来島くんが一度真剣に戦いたい、みたいなこと言ってたじゃん。あれ」

「ああ……その話な。来年にならば実現のチャンスはあるが、今年はきついだろうな」

 ……ふうん?

「いや他人事じゃねえぞ、佳苗。その理由が演劇部だからな。文化部だからか少人数なくせに名門だからか、演劇部だけ引退が遅えんだよ。そのせいで引退試合とかを組んでもあの人演劇部優先しちゃうからな……」

「あー……」

 藍沢先輩らしい判断だけど、もうちょっと考えてあげて欲しいな。

「皆方部長にチクっとこうか? 皆方部長から言って貰えば藍沢先輩の気も変わるかも」

「だなあ。頼んだ」

「うん」

 最悪それでも上手くいかなければこっちも感情整備(いいきかせ)だな。

「最悪は頼むかもな」

 あれ。

「珍しい。洋輔のことだから怒ると思ってたんだけど?」

「そりゃ普段なら許さねえけど、来島も大概フラストレーション溜めてるからな。それがかわいそうだし」

「なるほどね」

 洋輔にとっては藍沢先輩よりも来島くんの方が近しい、か。ならば多少強引でも来島くんを優先したがるのもおかしな話じゃない。

「ま、お前がやる気ないなら別に良いけどな。それ、正直俺もあんまり好きじゃねえ」

「実際、あんまり気持ちの良いことでもないからね……」

 感情整備(いいきかせ)。真偽判定応用編、洋輔には全く扱えないタイプの技術……その名が示すように、それは他人の感情を整備する。好きの方向をずらしたり、嫌いの方向をずらしたり、そういう微調整をすることで、他人の心情を『誘導』ではなく『上書き』する技術だ。

 まあ、好きな物を嫌いと思わせたり嫌いな物を好きにするくらいならば難しいなりになんとかなっても、全くの無関心に好きや嫌いの感情を与えるのとか、その逆は途方もなく難しいんだけど。正直出来る気がしない。

 そういう意味においては万能とは言いがたいし汎用とも言えないだろう。それでも十分他人の人生を狂わせる程度のことは出来てしまう。だからあんまり好きじゃないし、積極的に使いたいとも思えない技術なのだ。

「いや今更感があるけどなお前の場合。裁鋏にせよ糸にせよ」

「僕はその辺使ったことないからセーフ」

 どこがと聞かれると微妙だけど。

 それに何度か作ってはいるし。

 とまあそんなわけで、一旦情報の共有を打ち切り、ちょっと錬金術の作業を進める。

 さきほどゴーレムに取り出しておいて貰ったのは青いエッセンシアの凝固体である賢者の石だ。エリクシルの凝固体であり範囲に回復効果を与える通常の機能と、特異マテリアルとしては完成品の品質値を上昇させる効果を持つ。

 で、これの材料は僕の場合、エリクシルが二つと中和緩衝剤。ここで材料とするエリクシルは本来、品質値もしくは補正値のどちらかが異なっていないと成立しないんだけど、いちいちばらけさせて作るのも面倒なので錬金曖昧術という一部の数値を曖昧に扱う応用で強引に成立させている。

 本来作る分にはむしろ品質値も補正値も完全に同一で作り上げる方が大変なんだけど、僕は重の奇石、赤のエッセンシアの凝固体を特異マテリアルとして使って、『完成品を二重にする』の効果を適応してエリクシルとかを作るから同一になっちゃうんだよね。仕方が無い。

 でもまあ、そういう強引な作り方が基本になっていたからこそ、今回は助けられたのかもしれない。

 というわけで、錬金復誦術についてちょっと考えてみよう。

 そもそも錬金復誦術は概念として、錬金反復術の延長、発展系に当たる。

 但し、その技術そのものはむしろ錬金省略術との相性が極めて良い。

 効果は特定の特異マテリアルを指定することで、指定した錬金術の全てにその特異マテリアルの効果を与える、というもの……うん、なんかちょっとわかりにくいぞ。

 ここは大分ズレが出るけど食べ物で例えよう。

 トーストがあるとする。

 で、そのトーストにジャムを塗るジャムトーストを作るというのが今回の目的だとしよう。

 ジャムはマーマレードやストロベリー、ブルーベリーだとか複数あって、その分だけトーストを作りたい。

 そしてそのジャムトーストをさらに美味しくするためにバターも使うということにしよう。

 さて、これを錬金術的に言い直すと、

『トースト+マーマレードジャムに特異マテリアルとしてバターを追加』

『トースト+ストロベリージャムに特異マテリアルとしてバターを追加』

『トースト+ブルーベリージャムに特異マテリアルとしてバターを追加』

 という三つの錬金術になるわけだ。錬金一括術による一括での錬金は可能だけど、それぞれマテリアルを区別して認識しなければならず、ちょっと面倒になる。

 なので、錬金冗長術によってジャムの部分を単に『ジャム』とだけ指定することで、

『トースト+ジャム(冗長術適応)に特異マテリアルとしてバターを追加』

 とすることが出来て、そうなると錬金一括術による一括錬金がとても簡単だ。

 このとき要求される材料(マテリアル)は『トースト』と『ジャム』と『バター』が完成品の数だけ当然必要になる。錬金一括術は一括で錬金するだけで、材料を減らしてくれるものではないからね。

 けれどここに錬金復誦術を挟むとちょっと変わる。

 錬金復誦術は特異マテリアルを指定することで、指定した錬金術の全ての特異マテリアルの効果を与えられる。

 つまり、

『トースト+ジャム(冗長術適応)』を指定した『バター(復誦術による全適応)』

 だ。

 そしてこのとき、バターは復誦術で指定する一つがあれば、全てに対してそれを使ったということに出来る。

 つまり要求される材料(マテリアル)が『トースト』と『ジャム』は完成品の数だけ必要なのは変わらないけど、特異マテリアルとして扱う『バター』は一つあればそれでいい。

 いまいち恩恵がわかりにくいだろうか?

「一周回ってわかりにくいな確かに」

「……ふむ。僕のの錬金術に適応すると……賢者の石でも作ってみるか」

 さて、賢者の石の材料はエリクシル二つに中和緩衝剤。

 中和緩衝剤は薬草から作るのが一番手っ取り早く効率的。

 エリクシルはポーションと毒消し薬から作れて、ポーションは薬草と水、毒消し薬は薬草と毒に関するものがあればそれで作れる。

 よって賢者の石を原材料まで分解すると、薬草が五つ、水が二つ、毒が二つ、になる。

 で、本来ならばちゃんとポーションと毒消し薬を二つずつ作って、エリクシルを二つ作って、中和緩衝剤も作って、賢者の石を作る……と段階を踏む必要があるけれど、錬金省略術によって途中経過を全てやったということにして、原材料から即賢者の石が作れるわけだ。

 それを更に考えてみよう。重の奇石という特異マテリアルを用いると、完成品が二重になる。つまり一つしか作れないはずの材料から、二つの完成品ができるのだ。

 よって、

『ポーション+毒消し薬に特異マテリアルとして重の奇石を追加』

 でエリクシルが二つ完成品として発生するから、中和緩衝剤を追加することで賢者の石になる。つまり重の奇石を消費することで薬草二つに水一つに毒一つが節約できるわけだ。

 注意するべきは、重の奇石は消耗品だということ。そして通常はこっちのほうがコストが高いので、どうせ使うならば完成品としての賢者の石、の部分を二倍にしたほうが絶対にいい。それこそ、そもそもエリクシルが一つ作れる材料しかない! とかならばやむを得ないと思うけど、特異マテリアルを消耗する以上、それは仕方が無いことだった。

 じゃあ、つい最近になって作り出せた鼎立凝固体という、特異マテリアルとしては効果を持つのに消耗しない道具を使うならどうなるか?

 残念ながらその場合は省略術を諦めるのがベストになる。

 錬金省略術は『材料が揃ってないと使えない、かつ、消費されないことが解っていても省略術の中で一つの材料を重複して指定することが出来ない』ためである。

 よって、『薬草が五つ、水が二つ、毒が二つ』の原材料に鼎立凝固体を利用し、かつ省略術を指定しないならば、

『薬草+水に特異マテリアルとして鼎立凝固体→ポーション二つ(、が二回)』

『薬草+毒に特異マテリアルとして鼎立凝固体→毒消し薬二つ(、が二回)』

『薬草に特異マテリアルとして鼎立凝固体→中和緩衝剤二つ』

 ……という下ごしらえによってポーション四つ、毒消し四つ、中和緩衝剤二つ。更に、

『ポーション+毒消し薬に特異マテリアルとして鼎立凝固体→エリクシル二つ(、が四回)』

 でエリクシルが八つでき、

『エリクシル二つ(曖昧術による見做し同別)×中和緩衝剤に特異マテリアルとして鼎立凝固体→賢者の石二つ(、が二回)』

 で賢者の石が四つ作れ、エリクシルも四つ余る。

 省略術を使った場合は最大でも同じ材料から『賢者の石二つ』しか作れない。最後の賢者の石を作る段階で鼎立凝固体を特異マテリアルとして利用するだけになるからね。それと比べると、省略術を使わなければ完成品は更に倍になり、しかも副産物としてエリクシルがよっつおまけで付いてくるんだからそっちの方がお得だ。

 ただ、これは錬金省略術が『材料が揃ってないと使えない、かつ、消費されないことが解っていても省略術の中で一つの材料を重複して指定することが出来ない』からである。

 そこに今回出てきた錬金復誦術を絡めてみよう。

 復誦術で指定する一つがあれば、全てに対してそれを使ったということに出来る。

 これはつまり、『薬草が五つ、水が二つ、毒が二つ』から『賢者の石一つ』を作るという錬金省略術の最後に特異マテリアルとして鼎立凝固体をかけた場合、『賢者の石二つと鼎立凝固体』が残るというのが省略術に鼎立凝固体での倍加をかけた一般的な形、なんだけど、錬金術の部分全てに『特異マテリアルとして鼎立凝固体を復誦する』ことで、『薬草が五つ、水が二つ、毒が二つ』から『賢者の石四つとエリクシル四つに鼎立凝固体』を生み出せるわけだ。

「……わかりにくいんだけど、えっと?」

「普通は一つしか作れない物を二つ作れるので満足してたら、完成品が四つになっておまけもさらについてくるようになった」

「うわあ」

「洋輔。まだ本題に入ってないんだよ、僕」

「は? いや十分本題だろそれ」

「いや。たぶんこの活用は冬華もまだ想定してなかったと思う」

 省略術に復誦術をひっかけるのは悪用の部類だろう。どっちかと言わずとも。

 けれどその悪用もぶっちゃけ、かなり大人しい部類だと思う。

「え、それで大人しい?」

「うん」

 冬華は復誦術を『反復術の延長』とした。実際概念としては反復術に近いし。

 そして反復術というのは特定の錬金術をマテリアルが存在するかぎり行い続けるというもので、『一気に全てを作る』一括術や省略術とは違い『延々と一つを作り続ける』って形になる。

「…………? 微妙な違いだが……、敢えて言うって事は悪用があるんだな」

「うん」

 マテリアルがある限り錬金術が連続して行使され続ける。

 じゃあマテリアルと完成品が同じである場合はどうなるか?

 そもそも錬金術は一部の例外を除き、何らかの変化を与えない限り成立しない。

 ポーションだけを錬金することはできず、それに何らかの状態の変化だったり品質値や補正値の変化が起きるとようやく、錬金術として成立しうる。

 変化がおきれば必ずしも成立するわけではなく、一部の組み合わせではそれでも尚錬金術として成立しないこともあって、それが実は重の奇石が持つ『完成品を二重にする』という効果だ。

 だから、薬草に特異マテリアルとして重の奇石をつかって錬金術を行使しても、薬草が二つにはならない。何も起きないか、中和緩衝剤が二つできるかのどちらかだ。

 また、ほとんどの道具は同じ道具同士を掛け合わせた場合、錬金術の応用である錬金圧縮術が適応されてしまう。

 つまりポーションとポーションを錬金したとき、二つのポーションが一つ分のポーションの大きさにコンパクトにまとめられる、みたいな感じ。百倍が基本とは言え、実は二倍から可能であるのがこの場合はデメリットになる。

「ん、んん?」

 圧縮術よりも優先されるものの代表例は重金と呼ばれる物で、金と金を錬金術して作ることが出来るものである。これはさらに重金と重金を錬金することで二倍重金……と、どんどん次の段階に進んでいく。

「いやまて、確か賢者の石の効果って……」

「そう。賢者の石は特異マテリアルとして扱うならば、完成品の品質値を6800増やす効果を持つ」

 で、これは重の奇石と違い、品質値に加算という変動を起こす道具であるから、そもそも品質値を持たない薬草でなければ何に対してでも錬金術として成立させることが出来る。

 だから例えば気に入った指輪があるとする。指輪を増やしたいならば重の奇石を使うのは確定として、重の奇石だけでは錬金術が成立しないから、重の奇石に加えて賢者の石を特異マテリアルとして更にかませることでその指輪の品質値を6800増やした上で完成品が二つ、つまり指輪が二つになる。

 ちなみにこれは抜け道や裏技と呼ばれるようなもので、錬金術という技術の隙とか欠陥を利用したものとも言える。だから本来は成立させるべきではないんだけど、まあ、僕だし。それに鼎立凝固体がこんな性質だからこそ道があると言うだけで、本来は使いにくい抜け道だ。

「……えっと。賢者の石って、つまりエッセンシア凝固体だな?」

「うん」

「鼎立凝固体にもなりうる?」

「なるね」

 特異マテリアルとして使ってもなくならない、賢者の石互換の効果を持つ鼎立凝固体。その材料に青と透明のエッセンシア凝固体を含めておけばいい。

「……追加で質問だが、反復術においてマテリアルとして指定される物の品質値は固定されるのか?」

「固定することも出来るし範囲を指定することも出来るよ。特定の数値だけ、特定の数値から特定の数値の間とか、逆に指定しないことも出来る」

「…………」

 この様子だと洋輔も悪用法に気付いたようだ。

 そう。

 特異マテリアルは一つしか使えないわけじゃない。複数を一つの錬金術に絡めることだって出来るんだ。

 だからこそ、

『(任意の物に特異マテリアルとして賢者の石互換の鼎立凝固体)に特異マテリアルとして重の奇石互換の鼎立凝固体→任意の物の品質値が6800加算されたものが二つ(に加えて消費されない鼎立凝固体二種が残る)』

 なんてことが出来てしまう。

 そしてこれは、マテリアルとして『任意の物、賢者の石互換の鼎立凝固体、重の奇石互換の鼎立凝固体』をそれぞれ指定し、かつ鼎立凝固体二種を復誦させつつ、この錬金術を反復させてしまえば、どうなるか?

「任意の物として指定されたものが増え続けるんだ。増える度に品質値が6800ずつ上がってね」

「……いや」

 よって、だ。

「鼎立凝固体が存在し、かつ反復術と復誦術が扱える錬金術師が居たとき、その錬金術師は生き物でないならば大概の物の品質値を上昇させつつ任意の物を増やし続けることができる――理論上は、ね」

 だから試してみることにする。



 うん。

 自重しよっと。

 それが僕の結論だった。

「おう。始める前に自重しておけ。どうするんだこれ」

「どうしようもないよ……」

 というわけで、増やしたのは金貨である。金貨と言っても地球上で流通している物ではなく、単にコイン状にして分量を固定しただけだけど。

 金貨は純金製、当然純度100%で、一枚あたりの重さは二十グラム。

 最初は一枚だけだったそれに錬金反復術と錬金復誦術をかねてかけたらじゃらじゃらじゃらじゃらと一気に増え始めたのでとりあえず単純理論は達成したと判断、即停止。

 それでも最初は一枚しかなかった金貨が数秒で三百枚ほどに増えたので大概だ。

 で、『単純理論は』と区切ったのはその先があると言うことの裏返しだ。

 といってもさらなる応用というわけではなく、既存の応用をさらに一つ追加するだけで、その一つの追加も錬金曖昧術という簡単なものだ。

 そしてその曖昧術をかける対象は、

『(任意の物に特異マテリアルとして賢者の石互換の鼎立凝固体)に特異マテリアルとして重の奇石互換の鼎立凝固体→任意の物の品質値が6800加算されたものが二つ(に加えて消費されない鼎立凝固体二種が残る)』

 における一番最初に出てくる『任意の物』、の数量の部分。

 従来は任意の物として『金貨』を指定していたから、その金貨を一つずつ増やす形になっていた。

 で、その数量の部分を曖昧にすることで、近くにある全ての金貨が対象になる。

 最初が一枚でも、一枚が二枚に増え、その『二枚の金貨』が二重になるから四枚に、そして『四枚の金貨』が二重になって八枚に……。

 まあ、この倍々ゲームは一瞬で手がつけられないレベルになるのが解りきっていたので、六回までと制限をかけておいたんだけど、その曖昧術の曖昧さをちょっと見誤った。

 最初に三百枚ほどある金貨全てが認識されたのだ。

 結果、二万枚の金貨が誕生。一枚が二十グラムなので当然、四百キロほどの重さになる。やばいのは明白だったのでちょっと重力操作でごまかした。

「で、本当にどうするんだコレ」

「とりあえず圧縮して屋根裏行き。いつぞやの圧縮薬草みたいな措置かな……」

「まあ、妥当か」

 そういうわけだ。錬金圧縮術でなんとかなる範囲に落とし込んで屋根裏倉庫行き、ちなみに金が一グラム四千円と考えると、これで十六億円くらい?

 ……暫くお金には困らなさそうだな。うん。

「で、さらに改良もしないと」

「は? この期に及んでか?」

「うん。このままだと品質値が上がりっぱなしだからさ」

 というわけで、錬金反復術に条件をさらにつける。

 奇数回目は普通に行い、偶数回目には鏡を復誦術適応する、みたいな感じかな。

 ああ、でも鏡は消耗品だな……となると、鏡による反転を引っかけるのはきついか?

 んー。

 いや、そこまで難しく考える必要は無い。錬金一括術も含めてやれば……いやそうすると鏡がじわじわ増える。奇数回と偶数回で分けるだけ、とかの分岐ならばともかく、細かい錬金分岐術は苦手な部類だからなあ。反復に復誦を既に使って一括も混ぜて……はちょっと、失敗しかねない。

「いや、ならば品質値を上げなきゃいいだろ」

「それが出来たら苦労しない……」

「でもほら、天地人の魔石だっけ? あれ使えば品質値が固定できるんだろ?」

「……天の魔石が30000に固定、地の魔石が6800に固定、人の魔石が0に固定だね。固定って言うか、その時の完成品の品質値を原則それにするって感じだけど」

「ならそれと重の奇石でやれば品質値が固定できる。そうじゃないのか」

「そうじゃないんだよ。今言った三つの凝固体は賢者の石と違って、数値の変動じゃなくて数値の固定だからなのか、それだけで錬金し……、ても、成功しないことが大半……? ああ、いや、でもそうか。洋輔の言う通りだね」

「ん? なんだ、やっぱりできるのか」

 正確にはそれだけでは出来ない。成立させることが難しいという意味で、絶対に無理というわけじゃない。

 更に言うと天の魔石は作るコストがとっても高く、そう易々と使える物じゃないというのもある。まあ作ろうと思えば作れるし問題は無い……し、なにより鼎立凝固体にしちゃえば使い放題か。

 というわけで白+透明、までは決定。もう一色は何にしようかな。とりあえずで赤紫(ノワールイクサル)でも混ぜておくか。

「ノワールイクサルってあんまりお前も使ってないよな。効果なんだっけ?」

「液体エッセンシアとしてだと一時的に魔力を跳ね上げて、そのあとゼロにするリスクつきのドーピング薬。僕にせよ洋輔にせよ基本的には使い道がないね。凝固体の名前は『理性の石』で、特異マテリアルとして使うと魔法の付与が簡単になる補助用具」

 それはそれで、滅多に使わない類いの凝固体だ。これを作れるようになった頃にはもう錬金付与術とかの土台はしっかりあったし、アレを使うほうがめんどくさい。それこそ自転車の補助輪と同じ感じで。

「滅多に使わない石だからこそ、こういうときには丁度いいと考えるわけか」

「そういうこと」

 特異マテリアルとして鼎立凝固体は消費しないとはいえ、一つの鼎立凝固体から複数の効果を得るのは現状ではできない。さらなる応用系で可能に出来るかもしれないけど、まあそれは将来考えよう。

 そして現状、鼎立凝固体の本来の効果は使う気も無いしね。

「……本来の効果。そういやお前、それの道具としての効果についてはコメントを全力で避けてるよな。何なんだ、結局」

「いや、避けてたわけじゃないよ? ただ一つ二つ三つ作った程度じゃ判断が難しかったんだ。ま、ここまで種類を作ると流石に見えてくるけどね」

 言いつつも錬金省略術や一括術で原材料から直接鼎立凝固体を作成。コイン状のそれとサイズを合わせたコインケースに入れて、と。

「でも、見えてきた効果もどうも一貫性がない。いや、一貫性はあるんだけど……。効果が意味不明なんだよ」

「どっちだよ」

「……冬華の助言も欲しいんだよね、正直。ただ」

 もしも僕の推測が正しいならば。

 これは本来、もっとありふれた道具であったはずなのだ。

「ありふれた……?」

 少し、考えるようにして。

 それでも洋輔だって魔導師として、それなりどころじゃなく深く知識を持っているんだ。そりゃあたどり着くだろう。

「まさか――」



 第一の法則、第一法。錬金術。

 第二の法則、第二法。魔法。

 番外の法外、除外法。呪い。

 僕と洋輔が知りうる限りにおいて、あの世界に存在した魔法的な現象はそれが全てである。真偽判定とかはもう魔法に近い気がするけど心理学が異状に発達しているだけ。

 ただ、それはあくまでも僕たちが知りうる範囲、であって、実際には僕たちが知らないだけで別な法則があった可能性もある。

『で、それを聞きに来たと?』

『うん。もちろんタダでとは言わないよ』

『物を渡されても困るわよ』

『解ってる。だからこそ、鼎立凝固体の道具としての効果を教える。それでどう?』

『……あなた、本当に錬金術の完成品に込められた効果が見抜けちゃうのね』

 いやあ、なんか。大体解るって言うか。

 ちなみに機能や効果を視覚的に表現し見せてくれる拡張機能とかも眼鏡には付いてるんだけど、それをオンにする必要も無いし別に眼鏡をかけていなくても問題なかったから、たぶん僕の性質的な部分なんだろう。

 洋輔も魔法を一瞬で理解するし。それの錬金術版みたいな。

『いいわよ、別に。といっても私も直接見たことがあるわけじゃないわ、ニムが伝承として遺していたものを教えてくれた程度だけれど。曰く、第三法とは始原の法。かつて世界にたしかに在った、けれど失せてしまった法則。発動条件は一切不明――ただ、私が勇者として在った時代までに第三法として研究されていたものがおそらくは始原法とイコールである事をヒストリアは示唆し続けていたし、それは限りなく魔法に近い現象らしいわ』

 魔法に限りなく近い、というと……、

『発想と連想、ってこと?』

『いえ、そのあたりは解らないわ。ただ効果が近い可能性が高いとヒストリアは示唆していた。ニムの個人的な見解としては、「かつてワールドコールが適応される前に存在したかもしれない、現代において魔法と呼ばれる技術の本来の姿。もしくは、かつては確かに行使できた、けれどワールドコールによって無効化されてしまったかつての魔法なんじゃないかな――と、吾輩はかの魔王と対峙してそう考えた。フユーシュ・セゾン、君が勇者となるに至ったかの最果ての(コンティネンタル)祭壇(アルター)こそが第三法に限りなく近いのではないかともね」――って感じよ』

『頼りになる記憶力だよね、冬華って。でも僕も聞いてた事だな、それは』

『あら、そうなの? それと訂正すると、記憶力についてはニムだから覚えてるだけよ』

 なんだろう、突如として惚気(のろけ)られたような気がする。

 良いやスルーしよう。

最果ての(コンティネンタル)祭壇(アルター)、か。それがあの大迷宮の別名になるのかな?』

『ヒストリアの記録的には大迷宮は全て最果ての(コンティネンタル)祭壇(アルター)である、だそうよ。ただ、魔法を発動していると言うよりも錬金術的な発動に近いし、けれど錬金術でも魔法でもない何かが発動しているんじゃないかってね』

 僕たちが挑んだかの大迷宮は全何十層もある途方もない規模のものだった。

 まあ、下に行けば行くほど狭くなるタイプだったから、そういう意味ではさほど苦労はしていなかったけれど。壁も破れたし。

『ああ、そのことなんだけど。そういえばあの後大分経った頃、あの時遭遇した魔王、つまりアネモシティアだけれど、彼女と邂逅する機会があってね。その時に色々と世間話をしていたら、こんなことを言ってたわよ。「あの来たりの御子、錬金術の使い手のほうはいくら何でも無茶をしすぎよねえ。幸い一つも壊れなかったけれど、一つでもかけていたら私がなんとかしなければならなかったのよ」って。でも直ぐ後に「あ、今の無し。忘れてちょうだい」って言われたから、何が壊れたのかとかは聞けてないのよね』

 魔王の証言つき、か。

 となると最果ての(コンティネンタル)祭壇(アルター)の本質は……ああ、ならばやっぱり……。

『うん。じゃあとりあえずの仮説は出来たし、冬華。これあげるね』

 これは元々約束していた方のお返し。

 つまり、鼎立凝固体全種のセットだ。

 ちなみに総数はまさかの八百十六種。

 百枚収納できるコインケースが九つである。

『…………。あなた、陰陽凝固体の時も似たようなことをやったんですって?』

『あの時は百五十三種類くらいだったかな? 今回の方がちょっと多いよ』

『ちょっと?』

 いやかなりかもしれない。うん。

 でもほら、占有体積は大して変わらないし。陰陽凝固体と違って一枚一枚は薄いコインだからね。

『僕も一セットもってるし、洋輔にも渡しておいた』

『邪魔がったでしょう、正直』

『最初はね』

 受け取ろうともしなかったし。

 けれど結局は受け取った。

 そして今更ながら、今、冬華と話しているのは冬華の家である。

 洋輔も特に部活があるわけじゃないけど、今ごろは家でいろいろと試行錯誤している最中だろう。

『それを渡したところで、冬華。鼎立凝固体の道具としての効果。教えるね』

『……禄でもなさそうね。何なのかしら』

『コインを二種類以上重ねて光を通すことで発動するんだよ。「魔法によく似た、けれど魔法とは全然原理が異なる現象」が』

『…………』

 例えば青+黄+緑の鼎立凝固体と赤+青+白の凝固体を重ねて、コイン状のそれに光を通すと、その光の投影先に『明かり』ができる。それはまるで光源を作る魔法のようなものであって、一定時間が経過する、もしくは黒+灰+白のコイン単体を通した光を投影された『明かり』にかざすと消える。

『第三法……? いえ、そのものとも思えないわね。となると……』

『うん。鼎立凝固体は、「第三法を再現する道具」なんだと僕は思ってる』

『解らないわよ。錬金術に鍋があるように、魔法に杖があるように、第三法の補助器具がこのコインである可能性が……否定しきれないわ』

 そうなんだよなあ……。

 でもその可能性を考えると、僕が第三法を扱えるって事になってしまうのだ。

『私も独自に試してみるか……、全く、碌でもない物を作ってくれたわね』

『いやあ。まあ、そういう使い方をしなくても、消費しない特異マテリアルって便利だよ、やっぱり。冬華に教えて貰った復誦術を省略術とかと一緒にやると無制限に物も増やせるし。まさか完全エッセンシアの量産までできるとは思わなかった』

『待ちなさい。え、待って。なにそれ。私の知らない事やってない?』

 え?

 あれ?



 かくして、僕がくぐった錬金術のパラダイムシフトという進歩の扉は、第三法によるのか魔法をさえも巻き込んで――だからゆらぎはより強く、地球(へいわ)という得がたい何かを侵していった。

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