席替えストラクト
夏休み明けから少しの期間が過ぎ、そろそろ文化祭が近付いてきた。その出し物は何にするのかについてはそれなりに激論というかなんというか、まあいろいろな意見は出た。
比較的僕のクラスでは物作りが得意だったり関連する部に入ってる子が多いこと、そして何より定番と言うこともあってお化け屋敷をやるのが良いんじゃないか、という声が強かったかな。
しかし、他のクラスも似たり寄ったりの考えをするだろうと言うこと、そして関連する部に入ってる子が多いが故にその子たちに頼りきりになってしまい、負担が一部に掛かりすぎかねないと洋輔と郁也くんが主張し、他の子たちもそれに同調した。
なんだかんだで演劇部の裏方専門としての僕の存在がそれなりに意識されていて、大がかりな『出し物』が作れるだろうなんて観測はあったようだけど、だからといってそこに負担をかけて良いのかと問われるとなかなか一方的に任せるとは言えなかったらしい。
別に僕ならば錬金術で一瞬だから問題ないんだけどね?
ま、それをすると他の子たちの遊びの部分が減るからな、ということで黙っておいた。
じゃあ何をするか。なかなかそれがああでもないこうでもないと決まらなかったわけだけど、そこで担任の緒方先生が手を打った。
「よし君たち。さくっと決めてくれたら席替えをしてもいいということにしようか」
一瞬しんっと教室が静まりかえり、そしてその直後クラス委員でもある佐藤くんが教壇に立つとそれまでの無秩序な言い合いはどこへやら、妙に統率された感じでクラスが動き始め、特に誰が言ったわけでもないのに山屋さんが黒板にここまでに出た案をさらさらと書き出し、書き終わるなり佐藤くんは言った。
「多数決。異存は?」
なし。
というわけで、案として出たのは次の四案。
一つ目は『隠れ鬼ゲーム』。三組から六人ほどを『鬼』として指定しておき、その鬼の半数以上からスタンプを貰うことで参加者の勝利。スタンプの数が多いほど景品が豪華になる、という感じの付加価値をつけることでゲーム感を出しつつ、他の出し物を見に行きながら出来るという点が評価されている。
二つ目は『アームレスリング』。ようするに腕相撲で、男子の部と女子の部に分けて行う。それぞれランクを何段階かに分けておき、その上の方に勝つことが出来れば景品あり。じゃあ下の方に勝つと何もないのかと言えばそうでもなくて、全てにおいて勝利をした子の名前を一定期間張り出す感じで栄誉を称え、そして最上位のランクに勝てた人が居ればその人の名前を、逆に誰も最上位のランクに勝てなければ敗北者リストとして張り出すとかもありかもしれな、とのこと。ちなみにいかにも男子が考えそうなものだけど、これを発案したのは女子である。
「ちなみにそのランクはどうやって決めるの?」
葵くんの問いかけに、発案者である前田さんは「実際にやってみれば解るわ」と真理を語った。けれど同時に洋輔と僕を見て、「まあ男子はあの二人がトップでしょうけど」とも。一体僕たちは何者だと思われているのだろうか。いや確かに僕はちょっと人間やめかけているけれど洋輔は一応真人間だぞ。魔法使えるだけで。
(それを真人間とは言わねえよ地球じゃ)
閑話休題。
三つ目は『ミニゲーム』。オセロや詰め将棋、モノポリーなどのボードゲーム系をはじめ、輪投げやリフティングなどいくらでもやりようはある。もちろん内容については別途相談しなきゃいけないけど、そのミニゲームの成績によって景品を出す、みたいな感じでどうかという提案だね。この提案は比較的、クラスの出し物を出す側としても楽しもうという魂胆が見える感じがする。詰め将棋とか葵くんがノリノリでやりそうだ。モノポリーはたしか人長くんが得意だったかな? 横見さんも強いとか言ってたっけ。
四つ目は『ブックメーカー』。文化祭当日に題材を六つ発表。その題材はYES/NOのどちらかで答えられる類いの物に限定される。で、受付締切は十一時、そしてその後文化祭が終わる直前に答え合わせをして、六問全部に正解している人がいたら発表して景品。全問正解でなくても正解数はそれぞれ発表される。但し、名前を出されるのを嫌がる人もいるかもしれないから、整理券もしくは登録番号式にするべきだろうとは発案者の渡辺さん。題材を用意するのは難しいけど、準備さえできていて、そして答えの確認が出来る態勢にあるならば、これを取る場合当日の大半を自由に行動できるという利点がある。
さて、というわけでこの四案を元に軽く議論というか利点と問題点を慣れた様子で佐藤くんが並べていくと、当然のようにその内容を山屋さんは記してゆく。何だろうこの二人、息がものすごい合ってるぞ。
「それじゃあ、多数決。本当ならば選挙式にするべきなんだろうけど……。そんな都合の良い物ないからね」
まあ、挙手だとたしかに偏りがあるからな。
「紙束はある?」
僕が手を上げてそう聞くと、佐藤くんは緒方先生に視線を向け、緒方先生は「そこに置いてあるもので良いなら自由に使ってくれ」と言った。そこに置かれた藁半紙は十分な枚数があるし大丈夫だろう。
「なら丁度いい箱があるかもしれない」
「え、なんで?」
「演劇部でね。使うかもしれないと思って作った奴が……。ちょっとロッカー開けてきていいですか、先生」
一応授業中なので確認を取ると、先生はいいよと頷いた。
ので、一度教室を出てしんとしたロッカーへと向かい、ロッカーの中でピュアキネシスを展開、簡易防音措置をした上でふぁんと錬金術を行使、それっぽいくじ引き箱を作成、材質は段ボールがメインで、手を入れる丸い穴にはリネンでそれとなく中身を隠す仕組みになっている。十分だろう。抱えてすぐに教室に戻り、そのまま教卓の上に箱を置く。
「これでいいかな」
「ナイス、渡来。でも何でこんな物を……」
「あはは、演劇部たる物小道具は充実させないとだからね」
「いや演劇部だって使わないだろこれ?」
蓬原くんの鋭い突っ込みが入った。ちょっと顔を背けて席に戻ると、それでも佐藤くんと山屋さんの行動は素早く、既に投票用紙が配られていた。
「紙には黒板にある案のナンバーだけで投票ってことにしよう。名前は要らない」
無記名型か。まあそれが妥当だろう。
というわけでそれぞれ記入をすると、佐藤くんがまず中身が空っぽである事を確認した上で箱を抱えて席を周り、全員の投票を得ていざ開票。
佐藤くんが読み上げ山屋さんがいつの間にか用意していた黒板の隅の集計表に正の字を使ってカウント、した結果は、だからすぐに出た。
「第一案、九票。第二案、十票。第三案、二票。第四案、十五票。よって、第四案のブックメーカーって方向で行きます。異論ありの人は挙手。……居ないようなので決定で。緒方先生。決まりました」
「うん。決まったことは嬉しいけれど、最初からそういう事はしてくれると先生がものすごく助かるんだよね。まあいいや。それじゃあ約束だ、席替えをしようじゃないか――もちろん、くじ引きだけど。渡来くん、この箱借りても良いかな?」
「もちろん」
というわけで箱は流用するらしい。
「ちなみに同じ箱でも良ければもう一つありますよ。予備に」
「でかした。持ってきてくれ」
「はあい」
「いや。なんであるんだよ」
「演劇部だからね」
我ながら涼太くんに対して苦しい言い訳をしている気がする。
席替えのくじ引きは至って単純で、番号の書かれた紙を一人一枚ずつ取り出していく形だ。当然男女で別になっている。細かく言うと、廊下側の一番前を一番としてそこから二番三番と続いていき、中央の列の一番目が七番目、窓側の列の一番前が十三番目。僕が今座っているところは一番最後なので十八番を引いた人がこの席になるというわけだね。
で、くじを引く順番はじゃんけんの勝ち抜き方式になった。残り物にはなんとやらと言うこともあるし、今回は勝ちに拘らずに適当に流すことにする。
「さあて」
ともあれ、男女に分かれてじゃんけん大会。
但し、男子の一番槍は佐藤くんにすることが最初に決まった。これはさっきの面倒な話し合いをまとめてくれたお礼のような物だ。女子も山屋さんが最初のようだ。もちろん普通にじゃんけんでもいいけれど、としたら、本人たちはまんざらでもなさそうに、くじ引きの先陣を切ることになった。
「十五番!」
「四番か」
と言うわけで佐藤くんが男子十五番、山屋さんは女子四番。
これまた九時を作っている間に書かれていた六かける六マスの表の該当するところに名前をそれぞれ記入して、次の子がくじを引き――
◇
「あっはははは! なんかすっごい偏ったな!」
とまあ。
放課後になって、改めて葵くんは笑いながらそう言った。
というわけで僕が座っているのは窓側の列、一番前。十三番の席なので、席替え前は郁也くんの位置だ。
で、なんで葵くんのそんなコメントが来ているかというと十四番の席を葵くんが引いたから。つまり僕の直ぐ後ろが葵くんなのだ。その後ろが佐藤くんだから、この班はなんとも偏った感じはたしかにあるよね。
一方で同じ班の女子はというと、僕の隣に当たる子が前田さんで、葵くんの横が斉藤さん、佐藤くんの横が東原さん。なんというか、ひしひしと紛らわしい感じがする。葵くんの名字は言うまでも無く前多、前田さんと読みが同じだ。で、東原さんは東原さんで、二つ後ろの席が東原さんなんだよね。何を考えてこの二人を同じクラスにしたんだろう。ちょっと考えれば不便そうだなあって解らないかな……名字が同じよりもなおわかりにくいぞ。
まあその辺はさておいて、他にもくじ引きはなかなか面白い結果を出していた。
たとえば洋輔は十八番、つまり僕がいたところになった。そんな洋輔の前が蓬原くんで、その前は梁田くん。まあここまでは良い。問題はその班の女子で、洋輔の隣が横見さん、梁田くんの隣が櫓木さんなのだ。蓬原くんの隣はさっきも言った東原さんだけど、横見さんと櫓木さんは班はそのままちょっと移動しただけになっている。席替えの意味が問われる気がした。
もっともその二人は席の移動があった分だけまだマシかもしれない。満足さんと信吾くんに至っては微動だにしなかったからな。席替えって本当になんだっけ? って感じだ。席が替わらなかった子はもう一度引き直しても、みたいな話は出たけど、結局それはしないことになった。変に特別扱いはしない方が良いだろう。
他に主だったところだと、涼太くんは中央の列、前から二番目で、隣二座っている女子が渡辺さん。ここでも奇妙な符合が起きてるね。他には昌くんが一番廊下側で、前から二番目。郁也くんは昌くんの二つ後ろ。なんだかんだくじ引きも良い仕事をすると言えば良い仕事をするんだよな……。
「確かに偏りがすごいね……でもまあ、これからよろしくね、前田くんも佐藤くんも」
「もちろん、オレのほうこそよろしくなー」
「俺も、だ」
……一人称的には少数派になってしまったか。
ちなみに席替えはあくまで席を変えるだけなので、ロッカーの位置は当然だけど変わらない。あっちは出席番号順だしね、そりゃそうだ。
但し、特別教室、たとえば化学室だとかで授業を受けるときは、今座ってる席を基準に座ることになるだろうとも先生は言っていた。ちょっと新鮮だ。
まあ隣じゃないとはいえ、右後ろに渡辺さんもいるし、そういう意味での不安はほぼ無いけど。でも僕、一番前になったんだよな。こっそり居眠りとか出来なさそうだ。
それはちょっと残念だけど、まあ、いっか。
◇
今日は部活もなかったため早く帰ってきてしまった。
ので、錬金術でもしていよう。
具体的には、ストラクトの杯関連。
そもそもストラクトの杯は、というかペルシ・オーマの杯やアニマ・ムスの杯もそうだけど、大体の場合で『杯』と名前がつけられている道具は錬金術の法則を逸脱する何かを保有している。
例えばペルシ・オーマの杯が抱えているのはラストリゾート、代償のある奇跡をそれでも実現させるという、極めてふわっとした目的の道具だ。
次にアニマ・ムスの杯だけれど、これは今更だけど錬金術では作ることができず、そもそも対象として選ぶ事も出来なかったなかった精神や意識、心といったそのもの、つまるところの魂魄を観測し干渉できるようにするという道具になる。
もう一つ、インフィニエの杯にも少しだけ触れておくと、半永久機関の発電機って感じ。概念的には錬金術で強引に作った核融合炉かな。まあ、あの世界には電気の概念がほぼないような物だったから、作ったところで酷く無駄な道具になるわけだけど、錬金術は電気をいまいち扱いきれなかったので、そういう意味で杯の名前は間違っていない。
さて、そんな道具と並べられているストラクトの杯とはじゃあ何か。
その杯に投入されたものが何であれ、そのまま液体化する道具だ。
『そのまま液体化する』という効果のために考案された道具だと言われていて、結果、それは温度などを変える事無くただ、液体に変換する。なので氷点下で凍らせた水、即ち氷をそれに投入すると『液体の氷』という奇妙なものも作れるけど、本来の用途は金属や宝石を液体化する、というものになる。
ストラクトの杯によって液体化された物の状態はデフォルトだと、杯の外に出した時点で元に戻る。
ただし、ストラクトの杯に拡張機能を付与することでどの程度維持するかを設定することが可能になっていて、例えば杯から一定距離離れるまで液体で固定する拡張機能もあれば、杯から取り出されて一定時間経過するまで固定する拡張機能もあるし、それらは複合させることも可能というわけだ……拡張機能の付与のほうが本体を作る何千倍も面倒なんだけどね。
で、だ。
『液体化する』という効果のために考案された。つまり、これを作った人はうっかりこれを作ったのではなく、ちゃんとそういう道具を作ろうとして成功させているわけである。
じゃあ何を液体化して、どうしたかったのかという点に当然話は向かうんだけど、その回答は至ってシンプル。錬金術の難易度を下げる、補助器具なのだ。
もちろん、固体のままのほうが取り扱いしやすい道具というものも多いんだけど、あらかじめ液体化しておくことでより取り扱いやすい、あるいはマテリアルとして認識しやすくなるものもあるのだ。金属とかは特に顕著らしい。
他にも、液体化することで簡単に『混ぜる』ことが出来るようになる。銅と錫を入れて液体の青銅にして、杯から取り出して青銅のプレート、とか。普通にふぁんで良いじゃんって感じだけど、それは錬金術師的な考え方である。
そしてこのストラクトの杯そのものはただ、そういう特殊な効果は持っているけど道具にすぎないわけで。つまり誰にだって扱えるのだ。
拡張機能の細かい数値や条件の設定には錬金術的な感覚が必要になるためその時セッティングされている状態でしか使えないけど、逆に言えばセッティングしている状態であれば使えるのだから、錬金術の才能を持たずとも様々な物を液体化し、混ぜるところまでは出来るという事でもあるわけで、洋輔でも常温化で鉄を液体に出来るわけだ。
「これはこれでなんか一日中遊べるな。スライム作った実験を思い出すぜ」
「そういえばスライムって材料なんだっけ?」
「……覚えてるけど教えねえよ。お前に教えたらなんかこう、魔物としてのスライムを作りそうだ」
あながち否定しきれない。けど、
「意識を与えるとしたらイミテーション、単純動作をさせるにしてもゴーレマンシー。どっちも僕には使えないんだよね」
だから作れそうにはない。
「思いっきり残念そうにしてるんじゃねえよ。作る気だったのかよやっぱり」
いやそれはどうだろう。一度作って満足しそうだよね。
「そしてその一度で世界を滅ぼすとかがありそうだからやめろ」
はあい。
で、話が大きく横に逸れているので戻すけど、これまで作っていなかったし使ってもなかったストラクトの杯をなぜ改めて作ったかと言えば、冬華が知っていた完全エッセンシアの作成法にこれが必須とされていたからだ。
厳密には完全エッセンシアの原料である陰陽凝固体を作るときに用いる。
僕の場合は各種エッセンシアを一度にふぁんと混ぜてゼリー状の物質を作り、それを改めて錬金することで陰陽凝固体を作成する。そのゼリー状を総合して『流動体』と錬金術としては表現するそうだ。
つまり僕の場合、『液体のエッセンシアA』かける『液体のエッセンシアB』で『エッセンシア流動体AB』を、そして『液体のエッセンシアB』かける『液体のエッセンシアA』で『エッセンシア流動体BA』を作り、『エッセンシア流動体AB』かける『エッセンシア流動体BA』に『中和緩衝材』を投入することで『エッセンシア陰陽凝固体AB』が作れるのでそう作っている。
なんだかまどろっこしく感じるけど、魔法における矛盾真理という応用と同じく、これは錬金術における応用というか決まり事というか、同別の法則を利用しているためだ。同じだけど違う物を材料とすることで普段と違った結果を出すと言う効果だね。
そして実際にはいちいちそんな面倒な作り方をすることも滅多になく、大概の場合は液体のエッセンシアAと液体のエッセンシアB、そして中和緩衝材をそれぞれ準備し、一気に陰陽凝固体にしてしまっている。
これに用いている錬金省略術とは中間素材を作ることが出来るだけの原材料が揃っていて、かつ完成品としての材料も揃っているなら、中間素材を作って・それを材料に完成品を作るという段階を踏むことなく、原材料から直接完成品にできる。で、この錬金省略術にはちょっと抜け道もあって、それを使うと錬金曖昧術とか錬金逆転術といった応用に進めることも出来るんだけど、まあそれはそれ。
僕の場合は応用としてというよりも素で『出来るんじゃない?』と決めつけてやってみたら出来たということもあって、特にこれといって特別なことをしているイメージや感覚も無いし、だからこそその錬金術のやり方は普通なのだと思い込んでいたんだけど、このあたりを説明していたら冬華が視線だけで人を殺せるような目をして僕を睨んできてた。それでもちゃんと説明を終えるまで話を全部聞いてくれたのは良いと思う。その後三時間以上かけて懇々と錬金術の授業をされたけど。冬華、異世界では先生もやっていただけあって、なかなか解りやすい説明だった。説明されたことをそのままやったら睨まれたのは理不尽でしかなかったけど。
閑話休題、僕のその作り方は邪道というか、難易度が非常に高い、けれど可能ならば一番手っ取り早い方法、なのだそうだ。冬華がまだ勇者として頑張っていた頃でも出来るかどうか。とはいえ全く覚えがないわけでもないらしく、トーラーさんとかが似たようなことを何度か出来たらしい。何度か出来た、つまり何度かしか出来ず、再現性がなかったとも。
じゃあ本来の作り方は?
まずは完成品となる陰陽凝固体ABのABにあたるエッセンシアA、エッセンシアBの凝固体を二つずつ用意する。例えば青+赤で陰陽凝固体を作るならば、エリクシルの凝固体である賢者の石とエクセリオンの凝固体である重の奇石を二つずつだ。
次にストラクトの杯を準備するか、先に用意しておき、そこにAの凝固体を一つ入れる。これによってストラクトの杯の中にはAの凝固体、が液体になったものが入っている状態になる。さっきの例で言うと賢者の石をストラクトの杯に投入し、賢者の石の液体を作成するわけだ。
ここで注意したいのは、液体化した賢者の石はエリクシルとは別物であるという事。材料のことを知っていると特に勘違いしやすいそうだけど、賢者の石が液体になったとしても、それはあくまで賢者の石であって、エリクシルと同じようには扱えない。逆にそれはどう見ても液体だけど、賢者の石として扱える。
話を進めよう、その次にBの凝固体を一つ入れる。これによってストラクトの杯の中にはAとBの凝固体が液体になった物が同時に入る、つまり混ざり合う。このABが混ざり合った液体を取り出すと、本来は個体である事もあって個体に戻るけど、この時点ではまだ陰陽凝固体にはならず、先に投入した方が中心に近く、後から投入した方が外面に近いという外側から中心にかけてグラデーションが綺麗な石になる。この石には特殊な効果が無く、本来のエッセンシア凝固体などとしての機能も失われているそうで、この状態を混濁凝固体と呼ぶ。
さて、ABの混濁凝固体、さっきの場合ならば青+赤の混濁凝固体が作れたならば、今度はその逆を作る。ABで入れる順番を逆にしてやればいいだけだ。つまり赤+青の混濁凝固体を作れば良い。このときも完成品は一度取り出す必要がある。
で、最後にどちらかの混濁凝固体を投入し、中和緩衝材を投入、そしてもう片方の混濁凝固体を投入する。こうすることでストラクトの杯の中身となる液体は、AとBの色にきっかり分かれる。そうしたら、それの中身をマテリアルとして認識、薬草と共に錬金することでようやく陰陽凝固体ABが完成する。
すごい手間が増えてるんだよな、あとコストも上がってる。僕の場合はエッセンシア凝固体ではなくエッセンシアからそのまま陰陽凝固体に出来るけど、この作り方だと凝固体をまず用意しなきゃ行けない。凝固体は原則液体のエッセンシアを二つ要求するから、材料が二倍。ただでさえ準備が面倒なものが多いわけで、そりゃ冬華でさえも『面倒』と賞するだけの事はある。
「要するにお前にとっては無用の長物っていうか無意味な工程なんだろ。なんで作ったんだよ。しかも小型化までして」
「あれ、小型化したって教えたっけ?」
「教えてもらっちゃねえけど、『どうしようかなあ流石に原典通りに作ると目立つよなあ数メートルあるし。家にも入らないし。キャットタワーって言い張れば……いや無理か……うーん……』って一昨日は一日中考えてたじゃねえか」
ああ、思考がが漏れたのか。
そう、ストラクトの杯は本来大型に分類される道具なのだ。具体的には高さ三メートル、直系一メートルくらいの円柱形。ただ、大きさはある程度の調節が利くタイプの道具でもあるという記述があったので可能な限り小さく小さくと作ってみた。
で、今回作ったのは直径二十センチ、深さ二十センチほどの円柱形。円柱と言うより見た目は鍋かな。調理器具が自室に置かれているというのも大概目立つんだけど、まあ演劇部用品と言い張ろう。次は現代劇だし。
「まあいいけどさその辺は。機能的にも問題ないみたいだし……しかしこの大きさだと本当に鍋だな」
「だよね。でもシチューは作れないよ。全部溶けちゃうから」
「あー。スープになるのか」
うん。材料によっては野菜ジュース……とかだけど。
「飲みたいなら作る?」
「嫌だぞ俺は」
だよね。僕もだ。
「で、小型化の下りは不自然じゃないようにで納得するが、なんで作ったんだって所の説明をしてくれ」
「一度は正規の方法で陰陽凝固体を作ってみたかった、というのが一つ目で」
僕はそう言って、しかし取り出したのは重の奇石、崩しの石、金の魔石。それぞれ赤、無色透明、黄色のエッセンシア凝固体を一つずつ。
「その先、三種類のエッセンシアを共立する鼎立凝固体の作成を狙ってるんだよね」
勇者として僕の錬金術や洋輔の魔法を引き継いだ、冬華でさえも作れないと判断するに至った。
裏を返せば、冬華でさえも似たようなことは考え、そして試行錯誤をしたと言うことだ。
もちろん、勇者としてさえも作れなかったというのはあるだろうけれど、彼女が引き継いだ僕や洋輔の力は必ずしも本当に僕たちのそのものではない。
「根拠はあるのか、それ」
「洋輔の剛柔剣は分類上感覚とはいえ、それに干渉するのは魔法だった。けれど彼女にはそれが再現し切れていないというのが一つ目。僕の錬金術に関しても、冬華は流動体を用いた陰陽凝固体が作れていないってのが二つ目。つまり僕と洋輔の錬金術や魔法の基礎的な部分は確かに引き継いだんだろうけど、才能全てが冬華に収まったわけじゃ無い。であるならば、あるいは冬華にさえ作れなくても僕にならば作れる、かもしれない。思い上がりでしかないようにみえて、でも、冬華は僕の錬金術を異常と捉えているし、洋輔の魔法解析能力も馬鹿げてると捉えてるからね。可能性はあると思う」
まあもっとも、それは魔法にせよ錬金術にせよ、発想や連想、そしてひらめきに思いつきといった才能とは別の部分、個性的な所に由来するからなんだろうな。才能は引き継いだ、けれど個性は引き継げなかった。だから冬華はあくまでもフユーシュ・セゾンという勇者として才能を再現して魔法や錬金術を代行したにすぎず、洋輔や僕がその場にいた時に使った魔法や錬金術とは別物だったのだろう。
もちろん――
「勇者にできて僕たちには出来ないことも多いだろうけれど。この件に関しては、僕ならばあるいはとやっぱり思っちゃうよ」
「……思い上がりだな」
「そうでもないんだな、この件に関しては」
「へえ。何だ、その根拠は」
「陰陽凝固体」
――陰陽凝固体の概念そのものは僕よりも前に作り出した人が居た。けれどその人は結局再現性を与えることが出来ず、また黒と白の組み合わせでしか作ることが出来なかった。
それに対して僕は全てのエッセンシアの組み合わせで作成し、その完成品は冬華が引き継いだ、はずである。
断片的に残された僕の遺品としての完成品、そして記録されていた白と黒の陰陽凝固体のレシピなどから、冬華はこれならば全種に適応できるであろうという真っ当な作り方を再現ならぬ再編したんだ。より一般的な形として、教科書に書き残せるような、多少面倒でもまだしも難易度の低い方法として。
いわば冬華の才能は、規格化。
それはすさまじい才能だと思う。
「規格化……」
「うん。他の人にも作れるように、使えるように、出来るように、規格化する力。結果だけを見るならば剛柔剣でさえも強引に再現してみせた、他人の真似を誰よりも得意とした彼女が行き着いた最果て」
けれど僕と洋輔は、彼女とは違う。
そりゃあ人が違うのだ、違って当然なんだけど、それでも僕たちと彼女には明白な違いがある。
「再現や再編を得意にした彼女とは違って、洋輔は分解と削除が、僕は構築と生成が得意だからね」
……トーラーさんはその辺も見抜いてたのかな。
「『君たちの本質は偏りすぎている。片や理解し消し去る力。片や構成し作り出す力。君たちの仲が良いことは世界にとっての幸福である。ならば人類にとっての不幸である。あまりにも偏った君たち二人がする全てを、理解も構想も出来ないのだから。そして君たち自身にとっては不運であるが、我々にとっては幸運である』――あの頃は僕にでも洋輔の才能がきちんと見えてなかったってのに、あの人は本当によくもまあ見抜いた物だよ」
とまあ、雑談をしている間にストラクトの杯を用いて、エッセンシア凝固体三種を合間合間に中和緩衝材を挟みつつ投入。ストラクトの杯の中には赤い液体と黄色い液体、そして色のない透明な液体が、円を綺麗に三分割したかのように分かれている。
ここまでは想定通りの反応だ。けれど三つの共立がこの程度で出来るとも思えない。実際、この状態ではマテリアルとしてそもそも認識できない、のか……。品質値も出ないしな。
そもそも三等分というのがイメージしにくいっていうのもあるんだよね、ケーキを三人で分けようとすると非常に困るとかそういう感じのイメージならば簡単に沸くけど、いざ『三つで一つ』となってるものは何があるか。
三色旗、まあ国旗とか、そういうのか。あとは三権分立……? いやこれは無理だな。それならまだ三色旗のほうが良さそうだ。けど三色旗みたいな分け方だと、あれは共立じゃなくてただ並べただけになってしまう。
陰陽凝固体はその点、あの陰陽魚のように二つが決して混ざり合わずしかし完全に繋がっていて、そしてお互いの中にもう片方の色が含まれることで楔となっているのが肝なんだと思う。つまりつなぎ合わせる何かと、けれど混ざっていないという状況が必要だ。
だからといって松竹梅は論外だし、天地人……、三才とも言うんだよね。けれどあれは共立とは違った概念な感じ。天地はともかくそれに人がタメとはなんとなく想像しにくいのだ。
もっと単純に考えてみよう。たとえば三つ巴とか。そういえば陰陽魚も巴型なんだよね。よし、じゃあその方向で考えよう。
けど三つ巴って陰陽魚とは違って隙間があるんじゃなかったかな……隙間を埋める何かが必要って事だ。
隙間を埋める物と言えば中和緩衝材、無色透明のエッセンシアであるアネスティージャとその凝固体である崩しの石、あとは空間を意味するワイルドカードであるフルエリアマテリアル……だけどどれもしっくりこないな。中和緩衝材はそもそも既に使っている。で、アネスティージャには隙間を埋めるのと同時に効果を止めるとかそういうニュアンスがあるから使いにくい。崩しの石も同様だ。となるとフルエリアマテリアルが出てくるんだけど、それは空間的な隙間に対するワイルドカードとしては最善だけど、今回は空間的な意味じゃなくて物質的な隙間だよね。微妙に求める物と違う。
となると、その隙間自体には何の意味も無いものを求めるか、あるいは鼎立させる三種類から何か共通項を引っ張り出して、その共通項で埋めるとか……? うーん。
「佳苗でも苦労するときはするんだよな……今更だけど」
「陰陽凝固体の時も大概苦労してたけどね」
あの時は洋輔がそれとなくヒントをくれたのだ。かき氷のように複数のシロップをかける、そんなニュアンスだったかな。
「そういや、なんで鼎立凝固体って言うんだ。名前、お前がつけたのか?」
「そうじゃないよ。冬華が……、決めた……?」
「ん?」
「いや、錬金術ってそういう数字ごとになんらかの名前が付いててさ。二つは陰陽、三つが鼎立、五つが正痕、七つが完曜」
もっとも、まともに使われるのは鼎立までで、その先の正痕や完曜なんてのは雑学のレベルなんだけどね。
「それでも名前は付いてた、と」
「うん。……そう考えると」
何かその言葉に意味がある、かもしれない。
ちなみに鼎立の鼎という字はかなえとも読む。僕の名前と同じだ。妙な漢字だけどその流れで覚えてるんだよね。
「あー。言われてみれば確かに鼎なのか」
「それこそ雑学だけどね……鼎は三本足の鉄鍋とか釜とか、そういうやつだし。意味的には三で間違いは無い」
……うん?
「おい。なんか碌でもないことをひらめいてないか」
「いや。難しく考えちゃ駄目なんだね、本当に」
陰陽凝固体の時もそうだったけど。
ということでふぁん。
はい完成、って想定外も起きたな。
「は?」
◇
『は?』
そんなわけで完成品である鼎立凝固体を冬華にも見せてみたら、昨晩洋輔がした反応と全く同じ反応を示した。しかも冬華の視線には殺意らしきものも含まれている。冗談だったら殴るだけで勘弁してあげるわ、とでも言いたげだ。
なのでとりあえず完成品を一枚投げ渡すと、冬華は危なげなくキャッチし、電気の光に透かすようにしてそれを観察した。
完成品は五百円玉と同じくらいの大きさのコイン。大きさのみならず分厚さも五百円玉に近い。ただ、そのコインには三つの巴型の宝石のように見えるものがはめ込まれていて、それぞれ赤、透明、黄色。今回材料に使ったエッセンシアと同じ色だ。
コインにはめ込まれている、というからにはそのコイン本体も存在するわけで、その本体はエナメル質な色合いで、透明。但し光を通すと赤や青や緑などの色はもちろん紫などの別な色にも見えるし、はっきりとした色もあればくすんだ色に見えることもある。なんだか絶えず色が変わる謎物質って感じだ。錬金術ではよくあることだけど。
『エッセンシア鼎立凝固体。作り方は簡単、ストラクトの杯に凝固体と中和緩衝材を順番に入れて、最後に「そのまま」錬金するだけで良いんだよ』
『そもまま……取り出さないでって事? でもその方法だとそもそもマテリアルとして認識……、いえ、まさか』
『その、まさかだよ。ストラクトの杯ごと錬金しちゃうんだ』
鼎立凝固体、の鼎にはかなえという読みがあり、それは三本足の鉄鍋のようなものだ。
錬金術にとって鍋や器というものは、杯と同じ補助道具である。ただ、補助道具としてのレベルはかなり低く、ごく初歩的なものだ。
ある程度錬金術に慣れると錬金鍋なんて使わなくてもとりあえず器に類する物があれば問題なくなるし、実際僕も袋やらピュアキネシスで作った箱やらを器代わりに使っていた時期もあった。
そして究極的には鍋や器はマテリアルを厳密に定義するためのものであるから、それが出来るならば必要もなくなる。今の僕がまさにその状態で、消音したいとかの理由があるときこそピュアキネシスを使った器を一瞬だけ作るけれど、どこに何があるのかさえ解っていれば器も距離もあまり関係なく錬金術は成立する。
尚、冬華も器を使う必要が無いタイプの錬金術師だったり。
だからこそ。
『ストラクトの杯の中に溶けたそれらが入っている状態で錬金をすることで、ストラクトの杯という道具の状態を変化させる。結果、その鼎立凝固体になるってワケ』
『……呆れた力業ね。しかもコストも度外視じゃない』
……確かにストラクトの杯、作る難易度は低めだけど、材料集めるのは大変だからなあ。
『まあいいわ。それで、これの効果は解ってるの?』
『一応は、ね』
錬金術としての活用法と、それ以外の活用法がある。
錬金術においてマテリアルとして利用する場合、鼎立凝固体はちょっと面白い性質を持つ。色計算だ。そしてその結果として出てきた色の凝固体と同じように振る舞う。
『色計算?』
『うん。それは赤+透明+黄色でしょ?』
その鼎立凝固体はつまり、赤+透明で赤であり、赤+黄色で橙色であり、透明+黄色で黄色であり、そして赤+透明+黄色で橙色でもあるから、その全ての凝固体として扱うことが出来るわけだ。
『なるほど……かしらね、でもそうやって使うと大分無駄になるわね。普通にそれぞれの凝固体を作った方が良いじゃない』
『僕も最初はそう思ったんだけど、面白い性質とは別に恐ろしい性質もあってね』
『へえ。それは?』
『これ、特異マテリアルとして使う分には消費しないんだよ』
『…………』
いくつか色計算には細かいルールはあるし、それはあくまでも特異マテリアルとして使う場合、だけれども。
『実際に無制限かどうかは、まだ確定してないけどね。少なくとも七百九十回使っても見ての通り、全くの劣化無し』
品質値的にも、補正値的にも変動は無かった。
『というわけで一通り作るつもりだけど、冬華も要る?』
『……欲しいわね。是非とも。けれどタダじゃあ貰えないわ。うーん』
冬華は結局、散々悩んだ挙句に黒板に何かを書き出した。
錬金復誦術……?
『錬金反復術は知ってるわね。特定の錬金術を材料がある限り延々と発動させ続ける応用』
『うん』
『その先よ。錬金復誦術。難易度は尋常じゃないけど、まああなたならばちょっと練習するだけで使えるようになっても驚かないわ。概念はここに書いておくから、それを元に試してみなさい。効果はそれを適応している間、特異マテリアルの効果を錬金省略術で省略する全ての工程に一括でかけることが出来る、そういうものよ』
◇
補正値の存在を知ったとき、僕は錬金術の新たな扉を開いた気がした。
けれど実際に扉をくぐったのは、この錬金復誦術を知ってからだった。
それは、なぜなら――
こぼれ話:
席替えは真面目にくじ引きをしました。ダイスより怖い結果になった。
※席替え後 『一年三組』席順
前 田・渡 来 加 藤・来 島 杢 代・圓 山
斉 藤・前 多 渡 辺・六 原 三ヶ田・弓 矢
東 原・佐 藤 古尾谷・上 木 遠 藤・泰 山
櫓 木・梁 田 平 良・人 長 山 屋・村 社
東 原・蓬 原 満 足・園 城 西 捻・湯 迫
横 見・鶴 来 春日井・水 森 山 吉・小野瀬
※席替え前 『一年三組』席順
杢 代・村 社 西 捻・鶴 来 東 原・上 木
山 屋・梁 田 東 原・人 長 遠 藤・小野瀬
山 吉・湯 迫 古尾谷・蓬 原 春日井・園 城
横 見・弓 矢 前 田・前 多 加 藤・来 島
櫓 木・六 原 満 足・圓 山 斉 藤・佐 藤
渡 辺・渡 来 三ヶ田・水 森 平 良・泰 山