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中間色々夢現  作者: 朝霞ちさめ
~夏~
4/25

力業なお年頃

 夏休みを終えて授業が始まる。

 憂鬱なような、久々の教室が楽しみのような、なんとも言えない状態で僕は洋輔と一緒に登校し、ひさしぶりにおはようとクラスメイト達に挨拶をすると、皆もおはようと帰してきた。

 クラスメイトの半分ほどは日焼けしていて、この夏休みでプールなり海なりに行ったのかもしれないし、あるいは野外系の運動部ならばそれでも日焼けは十分にしそうだな、とか思ってみたり。

 自分の席へと向かうと、涼太くんと昌くんが次々に改めておはようと言ってきたので、返事をしてっと。

 ……涼太くんはちょっとだけ日焼け気味、昌くんはがっつり日焼け組、と。

「いやあ、夏休みもあっという間だったね」

「本当だよね。もう少し長くあっても良いのに」

「だな」

 冗談めかして言う昌くんに対して涼太くんの言葉に万感の思いが込められているような気がした。スルーしよう。

「そうだ。佳苗、今日、転校生が来るんだって」

「転校生?」

「うん。うちのクラスじゃなくて、四組だったかな? なんだか机が増えてたって話だよ」「へえ」

 ……冬華のことかな。

(たぶんな)

 洋輔も同感か。

 大人しく最初はフリースクールから始めるべきだと思うんだけれどな。まあ、言葉の理解は出来るから問題は無いか……喋れないだけで。

 それに冬華もその勇者としての性質が剥がれたとはいえ、その前の状態、魔導師にして錬金術師の才能を持つフユーシュ・セゾンという一人の生徒だった頃も、既にどちらもそれなりには使いこなしていた。彼女はとにかく適応力がすごいのだ。

 だからこそ、学校という場に身を置くことで言葉に触れていれば、そうあまり時間を掛けずに言葉を喋れるようになっても驚きはしない。

「たしかその転校生って、渡来たちと似たようなアレだろ。復学組」

「……六原は知ってるの?」

「おれ、っていうより、前多の奴が仕入れてきたって感じだな。先生に聞いたんだと」

「ん? オレのこと呼んだ?」

 と、耳ざとくこちらに近寄ってきたのは葵くん。割と日焼け気味の部類か。部活じゃないだろうから、プールかな?

「おはよう、前多くん。いや、転校生の話をしてたんだけど……」

「あー。四組の。名前は何だったかな、来栖? だったと思うよ。女の子」

 やっぱりか。

「どこで聞いたんだ、それ」

「朝、四組の担任が知らない子と歩いてたから、何かなーって聞いてみた!」

 相変わらず積極的な前多くんだった。答える方もどうかしているか。

 なるほどととりあえず頷いていると、

「そうだ、佳苗。この前の演劇部の映像って持ってたりしない?」

「えっと……うちの学校のだけならば持ってるけども」

「見せてって言ったら……?」

 別に隠すようなものでもない。

「急ぎなら今日の放課後、軽音部と吹奏楽部、あとは裁縫部と工作部もか。そのあたりを招いて上映会があるよ。参加する?」

「する! オレと涼太と信吾の席お願い!」

「うん。昌くんはどうする?」

「そうだなあ」

 少し、昌くんは考えるようなそぶりを見せて。

「ボクも見たいかな。どうせだし一緒に見ようよ、弓矢」

「……だって。村社がその気になってるみたいだから、悪いけどもう二つ席をお願い」

「了解了解。任せといてねー」

 ということは、とりあえず五席……かな。

 湯迫くんの近くで席を確保しようっと。

 まあ。

 そんな形で少なくとも表面上は平穏に、学校生活は再開するのだった。

 蛇足になるけど、上映会は超好評。

 葵くんたちは『すっごい凝った編集だったね!』と褒めてくれたけど、『それ、無編集ノーカットなんだよね』、と答えると、五人に加えて湯迫くんも含めた六人が反応に困って表情をゆがめていたのを見て、そうだよなあ、やっぱりあの質の演劇っておかしいよなあ、と思った。



 そんな夏休み明けからわずか二日目のお昼休みのこと。

「渡来くん、ちょっといい?」

 と、珍しくも話しかけてきたのは平良(たいら)さんだった。名前はひとみだったかな……、クラスが同じ、と言う点を除くといまいち接点のない子なんだよね。席も遠いし女子だし。

 僕は比較的女子とも話す方だけど、それでもやっぱり男女間の間にある壁のようなものは大きいというか、なんというか。いざとなったらどかんと穴を開けるしかないだろう。

「どうしたの?」

「えっと、あの子があなたをじーっと見てるんだけど……心当たり、ある?」

 困り顔で平良さんは続ける。あの子、と視線を向けた先は教室の後ろの扉で、その向こうに立って僕をじっと睨むように見ていたその女子は、ほぼ新品の制服を着ていた。

 言うまでも無く……来栖冬華である。

「心当たりはないけど、多少の面識ならある……かな。本当に多少だけれど。ありがとう、平良さん。僕だけだったら気付くのが大分遅れたよ」

 間の悪いことに洋輔は掃除がちょっと遠方で、その掃除が終り次第そのまま校庭に遊びに行ってしまっている。まあそういう事もあるか。四六時中一緒というわけでもない、精神的な所はともかくね。

 ともあれ平良さんにありがとうと繰り返しつつ、冬華の前に移動。

 ……妙に教室が静かになってるような。皆僕たちがどう会話するのかに興味があるらしい。既に冬華が『ほとんど喋れない』ことは知れ渡ってるからな。

「どうしたの、冬華。なにか困ったことがあった?」

 問いかけると、冬華はうん、と頷いた。

「先生に解決して貰えそうなタイプ?」

 ううん、と横に首を振る。

「じゃあ僕が手伝うよ、出来る範囲でならね。ついてきて」

 うんうん、と頷く冬華を伴って、移動先は当然のように第二多目的室。

 カギを開けて中に入り、冬華も入ったところで扉を閉めてカギを掛け、電気をつけて全てのカーテンを閉じる。これでよし。

『この部屋はコーティングハルを使ってあってね。特定の魔法を行使し続けている限り発動する限定型だけど、まあ、そういうわけだから喋って大丈夫だよ』

『助かるわ。いやあ、色々と話しかけられても全く回答できないというのも考え物ね』

 うんざりとしながら冬華は言った。

 うんざりといっても、それは周囲に対する感情と言うより自分自身に対する感情のようだ。どうしてこんな簡単なこともできないのだろう、そんな感じかな?

『そして相変わらず鋭いわね、佳苗。いえ、なんだかカナエよりも鋭さは増している気がするわ』

『そう言って貰えるなら僕も成長できてるって事かな?』

 実際には魔王化の影響があったのか、それとも単に真偽判定が効率化してきたのか、どちらなのかは未だに解らなかったり。洋輔もじわじわと鋭くなってるから後者と考えたいけど、使い魔の契約を介して影響が及んでる可能性もあるからな……まあどうでも良いことと言えばどうでも良いことか。

『それで、何があったの?』

『やっぱり欲しいのよ。単語の互換表が』

 辞書かあ……。

 僕が解答を保留して考え始めると、冬華はでしょうね、そりゃあ渋るわよね、と頷く。

 彼女にとってはこの地球こそが異世界であるようなものなのだ、そして異世界の言葉を理解できないだけならばまだしも、彼女には言葉の意味を知ることだけは出来てしまうからややこしい。

 受動翻訳の魔法。どのような言語であれ、その意図を直接的に獲得するというもの……あんまりにも無差別なので、使い勝手が良いかどうかは別だけど、ともあれ冬華は話しかけられているその内容はわかっているのだ。

 ただ、その相手に合わせた言葉での返事が出来ないだけで。

 ならば受動翻訳の魔法を反転させればどうだろうかというのは当然の発想なんだけど……。

『上手くいかないのよ、それ。かといって毎回他人に受動翻訳の魔法をかけるわけにもいかないしね……』

 まあ、それもそうか。本来術者に発動するタイプの魔法を他人に掛けるのって高等技術だったと思うんだけど……さすがは天然魔導師。勇者になる前の才能に落とされても尚、そのポテンシャルは十分におかしい。

『確かに内緒話に使えなくなるリスクはあるけれど、佳苗達の場合はそれほど問題でも無いでしょう?』

『まあ、……そうだね』

 共有領域を介した発音のない会話……が、基本的には上だもんな、使い勝手。

 相手が寝てるときにメモを残しておきたいときくらいだろうか? それもピュアキネシスを絡めて特定の人が触れている時にしか表示されないタイプにしちゃえば問題は無いか。

『仕方ないか……冬華が不便ばかりというのもかわいそうだし。だからここからは交渉だけど、冬華、その単語の互換表って、異世界言語・日本語での発音・日本語での表記、の三種類、全部欲しい?』

『可能ならば。でも表記のほうは急ぎというわけでもないわね』

『つまり発音だけ解れば言いと』

『ええ』

 それならばやりようはある、かな。

 幸い異世界(あつち)の言葉は表音文字も存在するから、それを使って……、うん。

 錬金術でさくっと解決できるかな? いや、やめておいた方が良いな。多分出来るとは思うけど、ぶっつけ本番で使うのが僕ならともかく、他人が使うものはちょっとな。

 さすがに試作品をいくつか作りたい。

『……うん、わかった。ならば作ってくる。けどすぐには出来ないよ』

『ええ。どのくらい掛かるかしら?』

『とりあえず検証して……錬金術でなんとかなりそうなら何とかしちゃう。いくつか思いついたものはあるから、一つくらいは成功すると思うし、それならば明日には渡せるよ。一つも成功しなかったり上手い具合にいかなければ手書きになるかな……そうなると主要なものだけを抜き出しても一週間は欲しいかも』

『悪いわね、手間を掛けさせるわ。お礼と言ってはなんだけど』

 お礼?

『あなたたちが知りたがっているであろう事を一つ、教えてあげるわ』

『僕たちが知りたがっているであろう事……?』

 なんだろう。あの後のあの世界での出来事とか? 興味が無いと言えば嘘になる、けれどそこまで好奇心が強いというわけでもない。あの世界における僕たちの存在がなかったことにされてしまっている以上、いまさらそこを観測しても寂しいだけだ。

 あるいは別のこと……かな。この地球上で何かが起きていて、そのことを冬華は気付いている、僕たちは気付けていないとか。

 はたしてその回答は。

剛柔剣(ベクトラベル)に関して、色々と試行錯誤しているのを洋輔に聞いたわ。どうやら佳苗、あなたもそれに近しいなにかが行使できるようになった、けれどその原理がまるで違って困っている。そうよね?』

 ベクトラベル……、なるほど、確かに知りたがっていることだ。

 僕の眼鏡を条件とした矢印への干渉に近しいことは、確かに洋輔が持つ本家本元のそれと比べればかなり劣るとはいえ、他の何よりも剛柔剣(ベクトラベル)に近しい。

『私もまだ勇者だった頃に少しそのあたりを研究したんだけどね。結論だけ言うわ、洋輔ならばそれである程度は悟るでしょうよ』

 くすりと笑って、冬華は勇者(フユーシユ)として獲得したその叡智の一部を、僕に、そして洋輔に、教えてくれたのだった。

 そしてそれは、確かに一つのカギになり得るものだった。



 剛柔剣(ベクトラベル)

 洋輔が異世界(あつち)で獲得した特異な感覚とそれを利用した技術の総称。

 あらゆるものの動きを矢印として認知し、その認知した矢印の方向を変えたり形をゆがめたり、あるいは矢印の根元を別のなにかに付け替えたりするという、物質的な動きに対しては全て干渉しうるというでたらめなそれは、けれど異世界においてはフユーシュ・セゾンと呼ばれ、今は来栖冬華としてこの地球上に存在する彼女によって模倣(コピー)されていた。

 けれど、冬華が扱うそれは厳密には洋輔が扱うそれとは別物で、それを裏付けるかのように彼女自身も『剛柔剣(ベクトラベル)(アナザー)』とバージョン違いで名前をつけていたりもしたわけだけれど、実はこの剛柔剣(ベクトラベル)(アナザー)、洋輔にとっては不明な点があった。

 それが、動きを認知するその部分のこと。

 干渉するためにはその対象を認識できなければならない。冬華にはその特別な感覚が無かった、にもかかわらず彼女は実際に干渉をして見せている。せめてそこがはっきりとすれば、僕がバレーボールをしているときに発生させている剛柔剣(ベクトラベル)もどきのような現象にも説明が付くかもしれない、洋輔はそう言っていたわけだけれど……。

「ピュアキネシスの応用……、いやまあ、そりゃあ魔導師にとっては道理ではあるし、それに重力に関しても説明が付くなるほどって感じだけどよ……あいつもなかなかパワープレイヤーだな。強引にもほどがある」

 冬華から僕が受けた説明を改めて帰宅してから洋輔に語ると、洋輔は大いに呆れながらそんなことを言った。まあ、呆れながらと言ってもノートを開いて色々とメモをしているあたり一応原理の解析をしようとしているようだ。

 僕は僕で亀ちゃんこと飼い猫の亀ノ上と戯れていた。中途半端に長い黒い毛の猫、一度バッサリ普通に切ったらどうなるんだろう。……いややらないけれど。この中途半端な長さの毛が亀ちゃんのアイデンティティだもんな。

「透明化した極小、粒子サイズのピュアキネシスを任意の空間内に散布し、その全てのピュアキネシスの移動を関知する別の魔法と組み合わせることでその空間内部の動きを完全に把握、それによって認知とする。……これこそがまさしく、言うは易しだな。理論上は出来ても常識論で言えばやらねえよ普通」

「ふうん……? いまいちそれがどんな感じにすごいのかが解らないんだけど」

「似たようなことをやってみりゃ一発で解ると思うけどな。まあ、粒子サイズにまで小さくしたピュアキネシスを数兆、じゃ効かないかもな。それ以上の数を同時にばらまいて、その全ての所在をきちんと把握する。出来るか?」

 無理だよそんなの……そしてそんな無理を押し通してるのが冬華か。なるほど、そりゃあ洋輔があきれかえるわけだ。

「で、その説明を踏まえて、僕の剛柔剣(ベクトラベル)もどきは説明付きそう?」

「ああ。要するに『干渉するためには観測・認知をしなければならない』、そのルールは冬華にも適応されていたってわけだ。だからそういう事だろ」

 ……どういうことだろう。

 僕はそんな力業使えないんだけど。

「そもそもお前がその現象を引き起こせているのは現状だとバレーボールをやってるときに限られる。次にバレーボールをしているとき、お前は基本的に眼鏡(ゴーグル)をかけている。で、その現象が引き起こされているとき、お前はあの剛柔剣(ベクトラベル)の視界、矢印の視界を有効化している」

「うん」

「だからさ、お前も動きを観測、認知してるんだよ。眼鏡越しに矢印として。それを踏まえて、それに干渉してるってだけのことだ。かなり限定されている、バレーボールをしているとき以外はとくに使えないってのは、だからそこだろうな。お前、基本的には矢印の視界を有効化してねえし」

 まあ、邪魔だし。ぶっちゃけ。

「ってことは、矢印を表示してる状態ならバレーボールをして無くてもできるのかな?」

「やってみれば解るんじゃねえの?」

 それもそうか。

 眼鏡にきちんと魔力を通して機能を有効化、矢印視界を獲得……。

 手元に作ったピュアキネシスの球体を真上に投げて、それに意識を集中させ、その場に滞空とかどうだろう。意識を強く……、ん。

 だめか、ピュアキネシスの球体は普通に落ちてきた。

「使えないみたいだけど」

「バレーボールの時ほど集中はしてないだろう。それが原因じゃねえかな」

 ふむ?

 集中がスイッチ……つまり集中することに集中(コンセントレイト)しながらじゃないとだめ、とか?

 特に手応えがないんだよ。

 大体、バレーをしている最中にそんなことをしている暇はない。

「バレーをしているときには日常的、けれどそれ以外だとあまりやらないこと……があるなら、解りやすいんだけどな」

「そうだなあ……。時間の引き延ばし、とか……?」

 眼鏡の機能を能動的な方法でオンにして、時間感覚の引き延ばしを実施。ボールの矢印に干渉……できないか、そりゃそうだ。

「……そういや、錬金術的な道具でも、理想の動きがどうって道具があったよな?」

「ああ、うん。……理想の動き、か」

「気になるよな」

 確かに。と言うことで、そっちの機能をオンにして……あ。

 矢印、変えられるっぽい。

 おお、滞空もできる。矢印の剥奪移動とか、洋輔の奴、こんな愉しいことやってたのか。

 いやあんまり楽しくはないか……?

「できたできた」

「…………。錬金術的にその矢印に対して『理想の動き』を適応させる、って事になるのかね。どのみち、錬金術的な剛柔剣(ベクトラベル)の再現はこうして、とりあえず可能性として出てきたわけだ」

「錬金術的なというか、道具的なというかは微妙なところだけどね」

 矢印を弄ったまま、僕は眼鏡の矢印視界を一度無効化する。と、滞空させていたボールがすとんと落ちてきた。

 なるほど、認識できなくなったから、干渉できないってことか……。

「それにこれ、洋輔とは比べものにならないし、冬華と比べても尚制限が酷いかな。矢印が視界に入ってないと駄目かもしれない」

「もともと魔法に属するもんだからな。それを無理矢理道具で再現してるんだ、そのくらいの制約はかかるだろ。逆だってそうなんだしな」

 逆。というのは、錬金術の魔法による再現のことだろう。いわゆる、現代錬金術というやつだ。

 洋輔がそれに用いる特殊な錬金鍋の構造を把握していたこともあって、夏休みを費やして結構そのあたりの検証をしていたんだよね。

 その結果、現代錬金術をさらに一歩進めることに成功しているあたり、洋輔もなかなか大概だと思う。まあ、僕に言わせればそんな努力をするくらいなら大人しく普通の錬金術を覚えろって感じだけど、洋輔にはどうもまだマテリアルの認識というところが上手くいかないようだ。

「やれやれ。お互いに遠回りするくらいなら、やっぱりお互い助け合いのが良さそうだね」

「全面的に同意するぜ」

 それでも気になるところはさっさと検証済ませてしまおう、と言うことで洋輔とあれこれ色々と試したところ、一応次の結論を得た。

 まず、僕が行使できる剛柔剣(ベクトラベル)はやっぱり冬華のそれと比べてもかなり制限の増えたものだし、洋輔のそれと比べるとほとんど下位互換のような性能だけど、冬華のそれと比べると話が変わってくるし、洋輔のそれと比べても尚ちょっと独特なところがある。

 というのも適応できる範囲が違いすぎるのだ。

 冬華の剛柔剣(ベクトラベル)(アナザー)は粒子サイズのピュアキネシスを散布できている領域であればその中全てに対応できる反面その領域はさほど広くとれるモノではないこと、そして散布には多少時間が掛かると推測されること、さらにはかなりの力業であるが故に当然だけど消耗も激しいことが挙げられる。

 一方で僕の剛柔剣(ベクトラベル)は眼鏡越しに矢印が見えている状況であれば干渉できるけど、矢印が見えていない場合は干渉できないし、矢印が視界から完全に消えるとその時点で干渉それ自体が維持できなくなる。逆に言えば視界に矢印が少しでも入ってればセーフで、かつ視界が及ぶ範囲であれば距離に制限はない。

 視界が及ぶ範囲であれば距離に制限はない――とはいっても当然僕だって人間だから、視力には限界がある。それなりに視力は良い方だけど、さすがにある程度距離を離れると肉眼じゃ判別できないわけだ。わけなんだけど、ここでさて、一つ検討しなければならないことがある。

 そもそも僕は矢印を見るために眼鏡のレンズを使っているのだ。

 そして眼鏡のレンズを介してその視界を表示できるようにしているというだけで、別にそれ以外の媒体を介しても問題は無い。

 たとえばそれは、双眼鏡であるだとか。

 というわけで試しに双眼鏡に剛柔剣の矢印視界を付与して試してみたんだけど、特に問題なく遠くの矢印がくっきり見えて、かつそれにも干渉できるっぽいことが判明。望遠鏡とかでも矢印は表示できた。……天体望遠鏡とかでも問題は無かったし、つまり倍率とか媒体が関係ないわけだ。

 さて、ここで用いるのが『遠見のレンズ』という錬金術の用具。流す魔力の量に応じて可変式の倍率を与える虫眼鏡として本来は使うんだけど、これを二枚合わせて眼鏡のようにして使うとオペラグラスや双眼鏡などの類いとしても使えることは実証済み。で、流す魔力を増やせば増やすほど倍率はどんどんあがって、そこに理論上の限界値というものが存在しないらしい。

 じゃあ、それを今僕がかけている眼鏡に『機能拡張:遠見』として追加した上で矢印視界を有効化したら?

「なんだろうな……いや俺も興味があるから手伝うけど、これ、やっていいのか微妙なところじゃねえかな……」

「まあまあ」

 尚、『遠見のレンズ』の作成はかなり難易度の高い大魔法を絡める必要があるので洋輔の手伝いが必須だった。普通の魔法ならともかく大魔法だ、僕には使えないし。

 そんなわけで新たに『機能拡張:遠見』を獲得した眼鏡、の機能を有効化して、矢印視界も同時に有効化。流す魔力の量を徐々に上げて倍率の上がり方を確認、窓を開けて夜の空に浮かんだ半月を眺めながら調整。

 このあたりから洋輔がさすがに気になったらしく視界を共有、丁度良いので色々と確認して貰おう。『虚空の指輪(ヴォイド・リング)』などで魔力を百倍化、一時的に魔力を強制的に跳ね上げる特殊な薬品も使って更に魔力を上乗せしてどんどん倍率を上げると月の表面がくっきりと見えるようになった。そしてその表面に転がる石からは矢印が伸びていて、その矢印に干渉を試みる。あ、石が浮いた。

「…………」

「…………」

 機能を一度全部オフにして窓を閉め、改めて洋輔と向かい合う。

「洋輔。どうしよう」

「どうもこうもな。……たぶんお前の剛柔剣(ベクトラベル)は『見えているかどうか』だけなんだな、効果を適応できるかどうかの判定が。だからそんな馬鹿げた距離でも当然のように観測できるし干渉もできる……。いや待てよ、だとしたらその矢印視界さえ有効なら俺の視界からでも干渉できるのか?」

「……やってみる?」

「うっわー、すげえ気乗りしねえ……」

 と言いつつも洋輔は僕からは見えない、洋輔の部屋の手前側の方へと視線を向ける。それに合わせて洋輔と視界を共有、僕からは死角になっていて見えないけれど洋輔の視界からは普通に見える場所を観測。洋輔は自信の視界に矢印の表示を有効化していたらしく矢印がそちらでも見えたので、それに干渉を試みる……あ、動いた。

「なんだそれ。お前の剛柔剣(ベクトラベル)、俺のよりも距離的な意味ではずば抜けて上じゃねえの」

「代わりに自由自在って訳でもないから、まあ……」

 一度干渉結果をイメージするだけで矢印の操作は適応できるからそこまでの疲労感はないとはいえ、たくさんの対象を一気に操作するのは面倒そうだしな。しかも視界から完全に矢印が消えたらそこで効果が切れると考えると使い勝手が良いとも言い切れない。

 それに……。

「それに?」

「いや。目を塞がれたらそれだけで全部使えないから……」

「……あー」

 干渉できる範囲も、だから決して広いとは言えないのだ。

 月の表面をくっきり観測するのも虚空の指輪だけじゃ足りないし。

「いやそこを基準にするなよ。虚空の指輪込みならあれだろ、地平線の上に立ってる人の顔まで見えるだろ」

「いや、その人の目の色まで解ると思う」

「尚悪い」

 まあ、確かにね。

 ……『機能拡張:遠見』、もっと早くからつけておくべきだったかな。色別とかとも親和性が高いぞ、これ。

「洋輔もこれの指輪いる?」

「んー……、そうだな。一応くれ」

「了解」

 まあ、ふぃん、で終りなんだけど。

「そういえば冬華って錬金冪乗術使えるのかな……」

「べき……? なんだ、その不穏な錬金術の応用らしきものは」

「実際、錬金術の応用系でね。僕も学校でそれを習うはずだったんだけど、その前に帰ってきちゃったから……」

 冬華が使えるなら教えて貰った方が良いな、今後のためにも。



 翌朝、七時過ぎ。

 亀ちゃんによるお腹の上への飛び込みによって文字通りにたたき起こされ、若干亀ちゃんにお仕置きが必要かな、でもお仕置きもなにもカリカリ減量くらいかなと思いつつも目を覚まし、亀ちゃんを撫でておはおようさん。

 結局、冬華から頼まれた辞書は錬金術で作ることが出来た。受動翻訳の魔法を絡めれば案外なんとかなるもののようだ。一応中身はざっと確認した上で特に問題なかったし、このまま渡すつもり。

 ……実を言えばもう一段階先として、プレートに術者の魔力を使って文字を表示する電子辞書もどきというのも作れたんだけど、なんていうか、流石に目立つよねって問題が。

 便利さでいうなら間違いなくこっちの方が良いんだけど、流石に光るプレートはちょっと持ち歩かれると困る。

 僕が使ってる眼鏡みたいな視界への投影型で作れないかと考えてるんだけど、そのあたりは冬華と調整をしていく感じだろうか。というかマテリアル教えれば冬華のことだから自分で作れるんじゃないかな?

(いやお前を基準にするのはやめろ)

 とか思っていたら洋輔から突っ込みが入った。そういえば洋輔がいない。

 どこ行ったんだろう。

(いや、今日は俺、日直だから先に出るぞって昨日も言ったよな?)

 …………。

 別に忘れていたわけではない。

(いや認めろ)

 はぁい。

 さて、亀ちゃんを抱きかかえて体重測定。グラム単位でちょっと太っているけど、グラム単位とかさすがに誤差だな。

「さてと、亀ちゃん。起こしてくれてありがとう」

「にゃん」

「でも出来ればもうちょっと優しく起こして欲しいかな……」

 僕のリクエストに亀ちゃんは暫く考えるようなそぶりを見せて、「にゃん」と鳴いて爪を出した。ああ、ひっかいて起こせば良いかとそういう提案か。

「できればそれも無しで」

 亀ちゃんは呆れるような表情を浮かべ、そろそろ下ろせと主張。大人しく下ろすことに。

(なんで猫とそうも意思疎通が出来るんだろうな、お前は)

 さあ。でもなんとなく言ってることって解るよね。

(ねーよ)

 というかさっきから大分離れたところから的確に突っ込みを入れる方こそやめて頂きたい。今更だし僕も結構やってるけど。

(解ってるなら諦めろ)

 それもそうか。

 とりあえず亀ちゃんを連れて一階に降りて、そのまま朝ご飯をもしゃつく。僕はトースト、亀ちゃんはカリカリ。あ、減量するの忘れてた。まあいいや。別にダイエットが必要なわけでもない。

 あとはお水もちゃんと出してあげて、っと。僕が帰ってくるまでは家の中ならばあとは自由、といっても大抵僕の部屋でくつろいでいるらしいけど、まあいいや。

 ご飯を終えたら改めて顔を洗って、自室に戻って学生服に着替え。

 荷物は昨日まとめておいたけど改めて確認、問題なし。

「いってきまーす」

「いってらっしゃい」

 いつものように挨拶を交わして、いつものように荷物を抱えて登校。

 いつものようにと慣れては居るけど、アタッシュケースを持ち運ぶ学生って多分僕くらいだよなあ……。

 などと思いつつも普通に登校、いつもと大差の無い時間、だからこそ誰もが特に僕のそんな登校姿に驚きもしない。皆直ぐになれちゃったからな。

 上履きに履き替えて、三組の教室……ではなく、かといって演劇部の部室でも第二多目的室でもなく、ましてやバレー部の部室であるはずもなく、僕が向かったのは四組の教室である。

「あれ、渡来。珍しいな、どうした?」

 とは曲直部くん。

「おはよう。ちょっと彼女に用事があってね」

 視線を冬華に向けながら言うと、曲直部くんはへえ、と興味深げに視線を送ってきた。特に冷やかすようなことはしてこないようだ。

 というわけで冬華の席の上にアタッシュケースを置いて、と。

「おはよう、冬華。これの中身、冬華のお姉さんにお願いされてたやつだよ」

 僕が言うと、冬華は「おはよウ」とぎこちなく発音し、その後は小首をかしげた。

 心当たりがないんだけれど何の話をしているのかしら、そんな感じに。

『辞書』

『ああ』

 だからそんな短い会話を小声でして、意思疎通。

「ケースは演劇部の部室にでも戻してくれればいいよ。中にも書いてあるから」

 ええ解ったわ、ありがとう、そう言いたげに冬華は頷いたので、僕はそれにうなずき返して四組の教室を出ると、三組の自分の席へと向かうのだった。

(結局辞書ってどうやったんだ)

 ああ、英和辞典と受動翻訳の魔法。特異マテリアルとしては反転の効果を持つ鏡と項目制限の効果を持つ蓋で、三回実際に試して調整して、四回目で納得のいくものが作れた。

 項目制限もなかなかかけにくいからね。

(…………。世の中の翻訳家が泣きそうなことをしてるな。それで、項目って?)

 えーと、『あっちの言葉』『日本語での発音』、の羅列。

 日本語それ自体は書いてない。

(あー。つまりあれか、漢字辞典)

 …………。

 漢字辞典?

(ほら、漢字辞典ってさ、漢字があって、その読みがあるだろ。それとにていて、あっちの言葉があって、それの読みが書かれてる……って、違うのか?)

 いや、あってるけど……。

 ああ、そっか、そういう性質の辞典あったかあ……。

(……なんでいきなり黄昏れてるんだ)

 いやたぶん、それなら英和辞典に受動翻訳の魔法と漢字辞典だけで良い具合なの作れたなーって。

 最初から相談しておけば良かった。

(なまじなんでも作れる分だけ遠回りをするよな、佳苗って)

 自覚はあるんだけど、直し方がわからなくてね……。

「どうしたの、佳苗。なんだか今朝はずいぶんと表情が忙しいけど」

「……ああ、うん。おはよう、昌くん。ってあれ、涼太くんは?」

「さっきトイレに行った」

 なるほど。僕が寄り道したところですれ違ったか、なんて考えていたら戻ってきたので、いつも通りの朝となった。

 昌くんもそれ以上深くは聞いてこなかった、このあたりの身の引き方は本当に助かるな。

 今度晶くんむけに何か作っておこうっと。



『錬金冪乗術? ……佳苗ならとっくに使えるものだと思っていたけど』

『それがそういうわけでもないんだよね』

 第二多目的室で冬華と二人きり。なんか増えてきたなこのシチュエーション。

 なんて思いながらもとりあえず相談をすると、あなたにならばさほど難しい事でもないわよ、と、冬華は黒板にいくつかの図形を書いていった。

『冪乗術なんて名前が特別に付いているとは言え、実際には乗算術の延長にすぎないわ。ただ、乗算術と異なる点として、任意の物同士を掛け合わせることが出来ないという点だけに注意ね』

 図形は至って単純、一つ目の塊は丸い図形、かける、四角い図形。その上には『乗算術』と書いてある。まあ、そのままだ。

 で、二つ目の塊は丸い図形、かける、丸い図形。三つ目は四角い図形、かける、四角い図形で、その二つはまとめて『冪乗術』とも。

 それだけならば簡単そうだけど、今まで意図的には成功させたことがないんだよな、僕。

『同じものだけをまとめていく、のが、冪乗術の肝になるわ。これで解るかしら』

『同じ……』

 つまり道具として安定し、完全に同一と見做されるものでなければ成立しない、と言うこと、かな。

 ポーションとポーションでも成立するとは限らない、というかまず成立しないだろう。

 全く同じポーション同士でならば成立する……さて、となると同じの概念は何かな?

『品質値以外に参照するものってある?』

『さすがは最高ランクの錬金術師、話が早いわね。あるわ、それはあなたたちが帰還した後になるけれど、補正値と正式に名前がつけられているわね』

 ああ、僕たちがまだその異世界(せかい)に居たときは概念として薄かったのか。

 ということは、

『冬華がかなり頑張ったんだ?』

『どっちかというと私よりもトーラーかしら?』

『トーラー……って、トーラー・トークさん?』

『そうそう。あの人、錬金術師としては私よりついに上だったし、マリージア女史よりも上だったわよ』

 ふうむ、なんか納得だな。話が通じないと言うのが問題点っぽいけど。

『そうなのよね、全く会話が通じないわけじゃないから意思疎通は出来るんだけど、とても疲れるのが難点だったわ……あなたとどっちが素質は上だったかしらね』

 たぶんトーラーさんだろうなあ。僕のは転生ボーナスで習得した程度なのに対して、トーラーさんは天然物……ふむ。

 そう考えると洋輔(ヨーゼフ)にとってのフユーシュ、(カナエ)に対してのトーラーさんだったのかも。

 今となっては闇の中ならぬ、異世界のどこかだけど。

 まあ感傷は後にして、っと。

『話を戻すね。その補正値ってどうやって判別すれば良い?』

『品質値を完全に反転させる、が答えになるわね』

『完全に反転……鏡じゃだめなのか』

『本当に話が早いわ。生徒達にも見習って欲しいわね』

 まあ、鏡は単に反転するだけの道具だ。そして冬華がそのことを知らないわけもない、なのに敢えて完全にという冠詞をつけた。だから鏡では駄目ということだ。

 とはいえ、いまいち思いつかないな……、完全に反転する道具、完全なんだから完全エッセンシアとか? それを鏡で反転……、うーん。

『完全エッセンシアを反転させて完全な反転、って概念にしちゃえばいいのかな』

『…………。ええ、まあ、それでも実現は可能ね。でもすごいコストが高いし、手間も掛かるでしょう?』

『そう?』

『え? だって、ストラクトの杯とかいちいち使うの、面倒じゃない?』

『そんなの使ったことないよ僕』

 中に入れたものをその性質をそのままに液体にする道具だったっけ。あれの使い道がよくわかっていない僕だった。液体の鉄で遊んでみるとか? うーん。

『…………。ええまあ、トーラーやニム、マリージア女史たちとも話してたのよ。どうもあなた(カナエ)はストラクトの杯を使った痕跡がないのにどうやって完全エッセンシア作ったのかしらって。え、まって。本当にどうやって作ったの?』

『どうもこうも、陰陽凝固体全種を薬草と混ぜれば良いだけじゃない』

 他に方法あるのかな?

『その陰陽凝固体を作るためにストラクトの杯使うでしょ?』

『使わないよそんなの。一度ゼリー状のものにしてあげて、それを対極させて作れば良いんだから』

『…………。認識のずれが深刻ね……。佳苗、そのあたり詳しく教えて貰ってもいいかしら。できれば実演して欲しいわ。その代わりに私はあなたに完全な反転の特異マテリアルを教えてあげる、それでどう?』

『良いよ。別に、地球じゃ競合する相手が居るわけでもないし、そもそも錬金術も魔法も基本的には表だって使えないし』

『まあ、それもそうね。……先にこっちが教えるわ、完全な反転、それはね、薬草を錬金乗算術で二重にしたものよ。それが完全な反転を意味するの』

 ふむ。薬草二つ……ってずいぶんなローコストだな。完全エッセンシア作るのに一体いくつの薬草が必要だと思ってるんだか。

 ともあれ。

 その日、さらに表しの眼鏡には『機能拡張:補正値表示』が追加され、僕の錬金術は一つの転換期、あるいはパラダイムシフトのような事が起きたのだけれど、それはまた別のお話。

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