演劇部は一つの完成形として
「かーくんって呆れるほど力持ちだけれど、よーくんも大概だよねー」
八月も終盤。
学校や家から遠く離れた、とあるホールに僕たちは演劇部として訪れていた。
今日は唯一、演劇の発表会における本番と同じ舞台を使えるリハーサルの日なのである……もっとも、それほど長い時間できるわけでもない。
二時間しかないから、準備と撤収を考えると通しで二回できるかどうか、だからこそ準備はテキパキと、セットの持ち込みもかなりの駆け足で行うわけである。
「皆方部長。衣装はどうします?」
「本当は着てやりたいんだけど、もし万が一破れたりしたら大変じゃないかしら? って話になったのよ。ナタリアたちと」
「気にしないでください。今日中に全部どうせ直します、着替えちゃってくださいね」
「そりゃ頼りになるな」
と、荷物を置いて言ったのは藍沢先輩だった。
その後ろには二人の男子。どちらも三年生、今回の助っ人である。
「それじゃ着替えてくるが……、みちそー、りーりんとナタリアはどこに行った?」
「りーりんなら照明のところ、ナタリアなら音響よ。ナタリア聞こえてる?」
皆方部長が舞台から客席に向けてそう喋ると、『ええ、聞こえてますよ』とスピーカー越しにナタリア先輩の声が聞こえた。
「着替えて集合しましょう。通しの前に確認しないと」
『わかりました。りーりんは私が連れて行くわ』
「うん」
そうしてね、と皆方部長は満足そうに頷き、僕に視線を向けてきた。僕は手持ちのセットをどすんとその場に置き、どうしましたかと視線で問いかける。
「どこで着替えれば良いかな?」
「…………」
それ、僕に聞かれてもわかんないんだけど。
「常識的に考えれば控え室ですけど……、そこの天蓋セットとか、個室代わりに使えないこともないですね」
「ああ、じゃあそこでいいや」
それでいいのか、中三女子。
「藍沢先輩たちは裏手で着替えると良いかと。あ、助っ人のみなさんに合わせてある程度合わせてはあります。衣装ケースに名前かいておいたので、そちらを着用してください。きついとかあったら言ってくれれば、手直ししちゃいますから」
「ああ、うん……。ところで、えっと、渡来だったっけ。お前にせよ、そっちの鶴来だったけ、あいつにせよ、なんだその力は。お前達みたいな細腕でどっから出てくるんだ」
「え?」
何か重い物なんて持ってたっけ?
ちょっとしたセットくらいしか持ってないけど。
「これ、軽いですよ?」
「……何キロ?」
「十八キロちょっとだったかな……」
「いや、片手でひょいっと持てるもんじゃないだろそれ」
いやあでも持てる物は持てるし。
僕がそんなことを考えていると、洋輔が隣で大きなため息をついていた。
まあ、うん。
「時間には限りがありますから、僕たちはさっさと展開します。先輩方も着替えをどうぞ。洋輔、そっちの石壁プレート組み立てておいて。手順は……前にもやったよね」
「オッケー、脚立は? 固定は紐だよな」
「舞台袖においてある。紐は上の鉄骨と結んでくれる?」
「了解」
洋輔が作業に入り、僕もセットを軽く重ねてカチカチと固定していく。
そんな様を見て、助っ人の一人が言った。
「俺たちの後輩、割と人間やめてる様な気がするんだが?」
それは軽口だったと思うけれど、僕に関してはそれほど間違いでも無いというのがなんとも……。
◇
白雪姫、鹿倉祭脚本、発表会バージョン。
その物語は白雪姫が十歳の誕生日を迎えた誕生日、を祝う宴から始まる。
豪華な城の大広間、祝われる白雪姫。そんな白雪姫に王様と王妃様は優しく接し、そしてそつなく儀式は終わると、白雪姫は満足に包まれながらも天蓋の付いたベッドで眠りについた。
その頃、王妃様は鏡に問いかける。
『鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだあれ?』
鏡に映った王妃の姿は美しく、故にその背後から王様は王妃に答える。
『それは王妃に他ならない、そうじゃないかね』
王妃は満足そうに頷きつつも、そんな王様の言葉に少しだけ、不審を抱いた。
その不審は小さな不審。その日から毎日、王妃はその問いかけをまるで呪詛のように繰り返した。『鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだあれ?』と。王様はそれに毎回、律儀に王妃だと答え続けた。
そんなある日のこと。
『お母様、お母様。近頃城下ではお母様がより美しくなられたと噂されているようですわ。とても誇らしい! 私もお母様のように美しくなりたいのだけれど、どうすればよろしくて?』
白雪姫の無邪気な問いかけに、王妃は笑みを浮かべて答える。
『あなたは十分美しいわ。あとは時があなたをより美しくするでしょうね、可愛い可愛い、白雪姫』
だがその回答が良くなかった。王妃は気付いてしまったのだ。そして気付いてしまった王妃は、それをいつものように呪詛のようなその問いを終えた後、王様にぶつけた。
『鏡よ鏡、世界で一番可愛いのはだあれ?』
『それは――』
王様は言いよどんだ。王妃はだから、そこで白雪姫がそうなのだと判断した。
けれど、王妃にしてみても白雪姫は可愛い娘だ。だからこの時点ではそうよねと納得するだけだった。
しかし嫉妬の火は一度でも付いてしまうとどんどんと強く燃えさかる。
王様が白雪姫を褒めた。
王様が白雪姫を気遣った。
王様が白雪姫に声を掛けた。
それまでは全く気にしなかったような出来事が、少しずつ妬ましくなっていった。
王妃はそのことを自覚して、鏡に映る自分の顔が、酷く恐ろしい物に見えてしまった。だから王妃は考えた。
『私はあの子が妬ましい』
それは王様の寵愛を奪うからだ。
王様と白雪姫は親子であるからこそ、そのかわいがりはより強いのだろう。
血のつながりを持たない自分よりもよっぽど――きっと将来は美しい子になるだろう、だからそうなればきっと、自分よりも白雪姫が愛される。
『私はあの子が好きなのに』
妬ましい、妬ましい、妬ましい。けれど、白雪姫のことが可愛い。可愛くて、仕方が無い。排除したい訳でもないのだ。
それに、白雪姫のかわいさが、そして将来はきっと美しい子になるだろうというその言葉も全てが本音の本心で、そんな美しい娘を持つことが出来て幸せだとも思っている。
美しさに罪はない。可愛いことにも罪はない。あるとしたら、その美しさに王様が目移りすることだ。
王妃は秘密裏に、白雪姫にじいやとして指導役をしている男を呼び出した。その男は狩人をしている。そんなじいやに王妃はそんな本心を相談した。そしてじいやは聞いた。
『ならばあの姫を消してしまえばよろしい』
『そんなことを考えるあなたを消して方がいい気がするわ』
『ならば顔を傷つけるとか』
『そんなことをしてみなさい、あなたの顔……、いえ、あなたの子供達の顔を身体をずたずたにしてやるわ』
『王妃様。では結局、どうされたいのですか』
『それが解らないから聞いているのよ』
結局じいやに妙案はなく、その日、じいやは帰っていった。
そんなじいやの帰り道、じいやは白雪姫を視界に捉えた。白雪姫は花に包まれ、彼女の周囲には光があふれている。
『♪~~』
鼻歌を口ずさむ白雪姫に、じいやは目を奪われた。
王妃が気にするのも理解できる、確かにとても可愛いし、確かにとても美しい。
親もそれを喜んでいる、だからこそ王妃は悩んでいるのだろうと理解して、じいやは手荷物から銃を取り出した。
『あら、じいや。ご機嫌麗しゅう、今日の狩りの成果はいかがかしら?』
『姫。姫、あなたは可愛ゆうございますな』
『おかしなことを言うのね。けれど不思議ねおかしいわ、なぜじいやは城の中で銃を出しているのかしら?』
『それは――』
じいやはそんな白雪姫の問いに目を覚ました。今自分は何をしかけたのか、それを理解したからだ。
だからじいやは何も言わずに、そのままその場を立ち去った。
『奇妙な事もあるものね、じいやのことがわからないわ』
去り際に白雪姫は小さく呟く。じいやはその日を境に、彼女たちの前に姿を見せることはなかった。暫くしてから、白雪姫はそんな出会いがあったのよ、と食事の場で親に伝える。王様は『そうか、じいやも忙しい人だからな』と答え、王妃は『そうね』とうなずきつつも、じいやがしようとしたことを理解した。
このままでは、ならない。このままだと王妃はそう遠くないうちに、白雪姫を害してしまうだろう。夫の寵愛を独占するために。だけれど甚だ不本意だ。なんとか別の手段を、夫も自分も悲しまずに済み、姫を遠ざける何かをしなければ。
そんなある日のことだった。
隣国の王子が国賓として訪れ、それを祝う宴の場にて、白雪姫は王子に問いかけた。
『わあ、王子様。王子様。あなたはとても凜々しいけれど、不思議と力は弱そうね?』
とても失礼なことだった。だから王様も王妃様もぞっとしたけれど、王子は笑みをたたえて答えた。
『私のような者が剣を振るうなどより、国の猛者に振るわせる場を与えたいからね。万事がそうだ、全てを自分でやる必要は無い』
『それもそうよね。私は花に囲まれて、お歌を歌って微睡んでいたいわ。だってそれが幸せだもの』
そんなやりとりを続け、いよいよ宴は終わりを迎える。その日のうちに王子は王妃と国王に改めて会見の場をもうけると、その場である提案をした。
『私はとあるお方に薦められて、この国へと訪れたのでございます。そのお方の目は真に正しく、故に私は正式に、この場においてお伝えしたい。どうか、どうか、あの姫を、我が妻に娶ることはできませぬか』
王様は回答を保留した。王子も即日で答えが来るとは思っていなかった、だからその場は直ぐに引き下がった。
一方で王妃はこの提案に喜んだ。王子と契れば国王の姫への思いは断てる、そう解ったからだ。それ以来、王妃は時折お忍びで、王子と調整を繰り返した。
『鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだあれ?』
『鏡よ鏡、世界で一番可愛いのはだあれ?』
美しくあれ、可愛くあれ。王妃の問いは色を帯び、だんだんと王様も察し始める。
一月ほどしたころに、王様は姫を呼び出した。そしてその場で提案した。
『白雪姫よ。もしもお前が望むのであれば、お前は隣国の王女となるか』
白雪姫は少し考えて、首を横に振った。
『いいえ、いいえ、お父様。私はこの国のお姫様。私はこの国の王になるわ』
『残念だが白雪姫よ。お前は女だ。だから王にはなれぬ。女王にならばなれるのだが』
『ええ、そうなの? 残念だわ。女王よりも王女様のほうが、私はとても嬉しいわ。そうね、そうね、ならばお父様、お父様。私は彼の元に行けば良いのかしら?』
あくまで明るく姫は問う。国王は静かに頷いた。
そして月日は少し過ぎ、王子が再び訪れる。
『姫よ、白雪姫よ。世界で一番可愛いものよ。私と契って貰えるだろうか』
『ええ、もちろんよ、王子様。私はあなたと共にゆくわ』
その場で婚約は成立し、姫はそのまま、王子と共に隣国へ。
それを見送った王様を、王妃は少し強引に寝室へと連れ込み問うた。
『あなた、あなた。世界で一番美しく、世界で一番可愛いのはだれかしら?』
『それは王妃にほかならぬ』
◇
通しのリハーサルを終えて、うん、と。
観劇をしていた顧問、緒方先生と、洋輔、そして音響や照明などの手伝いに呼ばれたうちの数人が頷いた。
「なんだろうな。品質というかクォリティというか、そういう意味で言うと尋常じゃない仕上がりなんだが、これ、中学生の演劇部がやる内容では無いと思うぜ」
照明の当たり具合で衣装の色が変わって見えるのはCGもかくやだったし、妙に背景音が豪華でドラマみたいだった、とは洋輔の感想。
そんな率直な感想に答えたのは祭先輩だった。
「ふっふっふ。そういう意外性こそが重要なんっすよ。よーくん、楽しんでくれたっすか?」
「おかげさまで」
でもやり過ぎだな、と洋輔は僕に伝えてくる。
そう思わないこともない。
実際、衣装関係とかセットこそ僕が色々と準備したのは事実なのだから。
とはいえ背景音や劇伴は僕が作った物じゃないし、照明だって僕は素人、生徒が試行錯誤した結果実際に出来たというものだ。
それに衣装にせよセットにせよ、特別、妙な効果をつけた物は一つも無い。すべて地球上で一般的なものを組み合わせただけだしね。
錬金術によるそういったものの調達は確かに、数段階は演劇部に楽をさせたと思うけども、別に僕がいなければいないで、そこそこの衣装とセットを調達し、そして大体似たような完成度に仕上げてきただろう。
「とはいえちょっと反省っすねえ。セットとか衣装がなまじ豪華だったんで、脚本がちょっと適当なところが出てきちゃってるっす」
「そう……なんですか?」
「普段は衣装とかセットの制約が出て、それを如何に脚本で補うか、っすからね」
なるほど……ところが今回は衣装とセットに制約がなかった、だから脚本をほとんど弄らないで済んでしまった。調整はしたけどその程度、補うまではいっていない。
完成度は確かに高いけど、それは舞台としての演劇としての判断であって、脚本としては微妙なところだと祭先輩は読んでいるようだ。
「とはいえ、これ以上脚本はいじれないかな。やむを得ないとはいえ、せっかくかーくんに作って貰ったアイテムがいくつか作れないのは残念っす」
「あんまり考え成しに作った僕も悪いですから」
使われなかったアイテム代表は七人の小人の人形だ。その下りが丸々カットされている以上当然と言えば当然なんだけど、まあ、使い道無しと言うことで箱の中。
当初案では白雪姫の結婚式のシーンでちらっと出せたんだけど、時間的制約のために白雪姫の結婚式のシーンがカット。
なので今回の白雪姫、主役はむしろ王妃様なんだよね。
学校で何人かの生徒と教師を招いて行った秘密公演で得られた感想をまとめると『白雪姫を題材としているのは解るけれど白雪姫である必要があるかどうかがわからない』とか、そんな感じ。それでも全体的に評価は高かった、ひいき目なところはあっただろうし、シナリオ重視の人からすると微妙な反応だったのも事実だけれど。
「衣装の手直し、必要ならやりますけれど」
「そうっすねえ。今のところは大丈夫かな? もう一度通しやった後、修繕はお願いすると思うっすけど」
「わかりました」
頼んだっすよ、と祭先輩は再び舞台に上っていく。
それを見送り、僕は洋輔に言葉を向けた。
「それでどう思う、このシナリオ」
「さっきも言ったが、中学生がやるシナリオではないな」
「それは同感」
「でもまあハッピーエンド……、ハッピーエンドなのか? 微妙なところだぜ。じいやはこれ、生きてるパターンだよな、隣国で」
多分ね。
実際、裏設定のようなものはあるようだ。気になったら聞いてくれとは言われていたけど、特に気にすることでもないので聞かなかった。
「それならば特に死人も出てこない。実に良い終わりだ」
「洋輔って以外とハッピーエンド好きだよね」
「それ以外も好きってだけだけどな」
まあ。
二度目の通しリハーサルが目の前では始まっていて、一度目とあまり変わりの無い、けれど微妙に立ち位置などが調整されていて、さすがの修正力だなあと思う。まだ二回目なのにここまでできるのか。専用の劇場とか用意したらすごいことになりそうだ。
でもその時は是非、茱萸坂さんとかも呼んで手伝ってもらいたいな……そういえば茱萸坂さん、明日の本番は来てくれるって話だったっけ。美土代先輩も連れてくるのかな?
その日のリハーサルはそつなく終了し、衣装を預かると僕は一足先にホテルへと洋輔と一緒に戻った。修繕に時間を当てたい、そう言って。
(ふぁん、で終わりだろ?)
まあね。
◇
全国中学校演劇部発表会。
題材、テーマは不問。一校あたりの持ち時間は準備から撤収までで計測し、それぞれ同一。
現代劇を取る学校もあれば童話を取る学校もあるし、創作劇を取る学校もあれば元々存在する脚本をそのまま再現している学校もある。
セットから衣装からものすごく凝っている学校があれば、逆にセットや衣装は最低限しか用意せずに演技力だけで魅せてくる学校もある。
ホールのキャパシティはそれなりに大きく、各学校の関係者以外にも多少の一般人が観劇できる程度の広さが合った。そんな一角、僕たちの学校に向けて用意された席に座っているのは、昨日の段階で既に来ていた子たち以外にも一年生から三年生まで数人が居た。どうやら各部の三年生が来ているようだ、二年生も時々いるけど数は少ない。
来島くんも呼んでみたんだけど、軽音部としても近くに発表会を控えているので、ちょっと参加が厳しいとのこと。動画は欲しいとのことだったので、後で渡すことになるだろう。
さて、他校の発表が続く。
演劇部、と一言で言ってもその特色はかなり強く出る物なのだな。演技の仕方、というか声の出し方から音響・照明の使い方まで様々だ。すごい学校だと音響も照明もほとんどノータッチ、照明もオン・オフのどちらかだけという状態で、なのにとても引き込んでくる演技をするところがあった。それで成立させる現代劇ってすごいな。
別の切り口からすごいなと思った学校は、ミュージカルっぽい形でやってきた学校だろう。ミュージカルというかオペラ……? いや、ミュージカルのほうが近いかな? 常に謡うように物語が進んでいく。楽曲は作ったのかな、だとしたら大した者だけど。
それぞれとは違った意味で『うおっ』、と思った学校もある。白雪姫を題材にした学校があったのだ。しかも王道ど真ん中、物語をそのまま演じる形で。しかも人数は僕たちの学校よりも多いし、セットや音楽、衣装もなかなか凝っている。うーむ、被った、みたいな事を皆方部長が呟いていた、同感だ。でも私たちのそれは少し変則だから大丈夫じゃないかしら、ナタリア先輩はそう補足している。
そうそう、ナタリア先輩といえば、実はこの会場にナタリア先輩の妹にあたる来栖冬華が来栖夏樹さんと一緒に来ている。二階席だから挨拶しにいくにもちょっと遠いんだよね、帰りにナタリア先輩が紹介してくれると言う話になっているからその時までちょっと待つことになるだろう。クロットさんも今は冬華と同じ所に居るらしい、娘の晴れ舞台だ、見に来ないわけもない。
あとは茱萸坂さんたちだけど、彼女たちは彼女たちが今通っている学校、の中等部の区画にいるらしい。納得。
そんなこんなでそろそろ順番。
演劇に関わる面々がぞろぞろと移動を始める、僕と洋輔も一緒だ。
ちなみにセットの移動とかは全部先輩がやるんだけど、それでも僕たちがいるのは、万が一にでもセットや衣装が演技中に破損した際などの補助をするというのがメインになる。実際、結構セットは大がかりな物が多いからな。壊れたら危ないし。
準備を始めつつ、一つ前の学校の演劇が終了。
短い限られた時間でテキパキとやるべき事をやっていき、最後に衣装を確認。よし。
「衣装問題なし」
「セットも問題なしだ」
「音響準備よし」
「照明ポイント確認済み」
「舞台上の印も昨日と一切変化無しっす」
「うん。皆ありがとうなんだよ。それじゃあ、見せつけてやるんだよ――私たちの全力をね!」
かくして、僕は初めて、演劇部の発表会本番を迎えたのである。
◇
そこに作られた演劇は、一つの物語装置としてそこに顕現した。
大げさではなく本当に、秘密公演やリハーサルの時とは明らかにレベルが違う。
光が音が舞台を彩り、舞台に踊る縁者達が、確かにそこに存在する誰かであるかのように動いてゆく。別世界からそんな一場面をここに展開したのだと言われればそれで納得してしまいそうなほどに。
先の展開を知っているのに、不思議と引き込まれてゆく。
結末だって知っているのに、なぜか次はどうなるのかと期待する。
これが演劇部の本気。
発表会向けに調整されて調律された、皆方部長の、ナタリア先輩の、藍沢先輩の、祭先輩の全力なのか。
光も音も自在に操るかのように、アジャストされているかのように、全てがきちんとタイムテーブル通りに動く。効果音は綺麗に当てはまり、照明はあらゆる物を表現してゆく。それは登場人物の感情であったり、あるいはその舞台の環境であったり。
目の前で実際に行われている演劇とは思えないような、演劇をあとから編集したって言われたらそれはそれで納得できてしまいそうな光景。けれどそれ以上に、その場に本当に白雪姫が王妃が王様が王子様がじいやがその他の人々が、本当にいるかのようで――
「あなた、あなた。世界で一番美しく、世界で一番可愛いのはだれかしら?」
「それは王妃にほかならぬ」
――最後の台詞が紡がれて、ぴったり音が鳴り止んで、ふっと舞台が真っ暗になる。そして、観客席にライトが戻り、演目の終了である事を理解した観客達は盛大な拍手を舞台へと送った。舞台袖から見るそんな観客達は総立ちで、スタンディングオベーションというものが実際に送られるとこうも圧力を感じるのかと思う。
けれどこの圧力にも似た感覚は、圧迫感ではなく幸福感さえ与えてくる。ああ、これが先輩達の言っていたことなのか……と、思う。
思うけど今はそれどころじゃない。
「洋輔」
「おう」
照明が落ちている間にさっさとセットを撤収させ、そのまま急いで分解していく。他の学校の発表の邪魔になってしまっては心証がとても悪くなるからね。洋輔と僕とで分担して、きっちり大型セットはパーツに分解、それ以外のセットも手伝いに来てくれた先輩を使って回収、ちゃんと順番通りに並べ直す。結局全ての処理が終わったのは、次の学校の演技が中盤に差し掛かった頃だった。
「かーくんかーくん、衣装なんだけどこのまま着ていてもいいかしら?」
「えっと……、それは運営側がオッケーと言ったなら良いと思いますけど」
派手すぎないかな、白雪姫にしろ王妃様にしろ王子様にしろ。王様はギリギリ言い逃れの……いや駄目だな。うん。
「それもそうか。らんでん、運営規則はどうだったかしら?」
「アウトです」
「残念!」
表彰されることがあるならばその時に改めて着替えれば良いだろう。見た目こそ完璧なドレスだけど、着脱のしやすさは確保している。
……というか、普通のドレスがどういう構造なのかがいまいち解らなかったから、普通の服を前提に作っただけなんだけどね。
「それじゃあ着替えてくるけれど、そのまえにかーくん、ちょっとこっちへ」
うん?
なんだろう、と思いつつも呼ばれるがままに皆方部長の方へと向かうと、皆方部長は僕を強く抱きしめ、「ありがとう」、と言った。
「あなたのおかげで最高の舞台に出来たの。あなたには感謝をいくつ述べても足りないくらいよ。私だけじゃない、らんでんもナタリアもりーりんだってそう思ってる。だから、ありがとう」
「……どういたしまして。でも、僕も圧倒されちゃいました」
抱きしめて来る腕が弱まったところで、僕は少し距離を取って率直な感想を言うことにした。
「リハーサルの時とは全然違った。本番の皆さんは、本当に起きていることをそこに再現しているかのような……そんな感じで」
「ふふ、全てが上手くいくときはああなるのよ。本番までに調整できて良かったわ」
心底安心するように補足してくれたのはナタリア先輩だった。
どうやら最後の最後まで、効果音のタイミングなどを調整し続けていたらしい。放送関係の生徒がものすごい頑張ったと言うことだろう。補足のように出してくれた祭先輩の台本は秒単位でタイムライン化されていて、参考に出来そうもなかった。
タイムライン化するところまではまだしも、実際にそれを実行するってどんだけだ。そんなの大人のプロだって難しいんじゃないのか。
それにあの出来ならば優秀賞、いや、最優秀賞を……うん?
いや、待てよ。
「ところで今更ですけれど、この発表会って表彰ありましたっけ?」
「明確な表彰ならば無いぞ。ただ、最優秀賞と優秀賞のようなものならばある」
とは藍沢先輩の補足。
「その枠に準じる形で、高校の演劇大会に特別枠として出場が推薦されるってわけだ。去年も俺たちもそこで枠を貰えた。今年は……どうかな。貰えたら嬉しいが」
「そうね。色々な場で発表できるならば愉しいわ」
なるほど、そういう事か。
改めて話を聞いてみると、都とか関東とか、そういう地域レベルでならば金賞などの表彰があるらしい。でもここはただの発表会、という体面らしい。なるほど。
尚、地区大会は秋に事実上の予選があって、冬に大がかりなちゃんとした大会になるんだそうで。そっちはたしか現代劇をどうこうとか言ってたな。
「ともあれ、撤収しよう! 他の学校の演劇も楽しんで、生かせるところは私たちでも研究するのよ!」
皆方部長が音頭を取ると、皆が改めて作業に戻る。
そして。
◇
閉会の挨拶で名指しされた学校は二つ。
一つは無事にと言うか何というか、僕たちの学校。
一方でもう一つの学校は、あのセットや衣装をほとんど用いなかった学校、演技力のみによって全てをカバーして見せたあの学校だった。
そして閉会式の後、正式に高校演劇大会への特別枠として推薦する主旨の打診があり、それを緒方先生はほとんど即決に近い形で受け容れた。
これにより、僕たちは高校生に混じっての演劇大会へ出場することが決まったわけである――まあ、特別枠。たぶん賞とかは貰えないタイプなんだろうな。参加できるだけってだけでも名誉なのだろう。
そこで披露する演目は自由。つまり今回この場で発表した物をそのままもう一度再現しても良いし、別のものをやっても良いと言うことらしい。
「いや、別の物を準備するにはちょっと時間が無いっすよ? 過去の演目のリメイク……だって、時間的に間に合うかどうか。秋大会に向けて脚本もしないといけないっすから」
「それもそうなのよね。となると今回の再現かしら、舞台が違う分だけ調整は必要でしょうけど。かーくん、頑張ってくれる?」
「もちろんです、部長。なにか気になった点があったら教えてくださいね、ちょこちょこと直します」
頼りになるねー、と満足そうに頷く皆方部長に、僕も笑って頷く。
そんなところで、応援というか観劇しにきてくれた人たちと合流。
「改めまして、本日は応援ありがとうございました!」
皆方部長に合わせて皆でお辞儀をすると、拍手が帰ってきた。
……ああ、これが大会の勝ちか。
バレーの時とは違った意味で、いろいろな実感がわいてくる。
僕は舞台に直接出たわけじゃない。けれど僕が作った物が一部なりとも評価されたのだ、それがとても嬉しい。
(まあ全部、錬金術だけどな)
洋輔、黙ってて。
(俺は一言も喋ってないぞ)
いや、確かにそうなんだけど……。
全く。せっかくの感動や感傷が台無しだ。
ともあれちょっとだけ自由時間が発生したので、そこを使って茱萸坂さんにまずは会いに行こうとしたのだけど、茱萸坂さんは江藤さんもつれていて、皆方部長と会話を始めていたので後回し。
次に目に入ったのは冬華ちゃんで、軽く手を挙げて合図を出してみるとめざとく、僕たちを捉えてきた。
「こんにちは、冬華ちゃん」
「こんにちワ」
大分言葉も様になってきたな。
『まあ、こんにちは、とまたね、の二つだけならばこんなものよ』
ああうん。そういう……。
『それとちゃん付けは要らないわ、あなたたちと私の仲ですもの』
それもそうか。軽く頷きつつも夏樹さんに視線を向ける。夏樹さんはクロットさんと一緒に、何も言わずに僕たちを見ていた。
夏樹さんはともかくクロットさんは『洗いざらい喋りなさいその方が楽に終わるわよあなたも私もそして私たちも』みたいな感じだったけど、見なかったことにする。
『今度学校という施設に私も通うことになったわ。勉強をするところだということは解ったのだけれど、具体的にはどんな勉強をするのかしら? やっぱり軍の動かし方とか?』
「いやそれは無いよ。算数……算術とか、理科とか、そういう奴」
『でも、ええと、体育だっけ。そういう運動の場もあるのでしょう。槍があると良いのだけど』
「いやそれも無いね。走ったりボールを使ったりするだけだよ」
『ボール……、ボールを武器にするの? また難しい事を考えるわね』
駄目だ、文化が違う。
僕がお手上げのポーズを取ると、冬華は冗談よ、と笑った。
「わかってるよ」
『なら良いのだけれど。たぶんあなたたちと同じ所に通うことになるわ、言葉が通じるのがあなたたちだけだから』
「そっか」
『それで聞いておきたいことがあるのよね。翻訳まではいかなくても重要な単語の互換表みたいなもの、作ったりしてないかしら』
「無いな。俺たちもそれは悩んでたんだけど」
『そう……内緒話をするためには確かに、あまり知られるべき事でも無いか』
その通り。暗号として用いる事がある以上、ならば翻訳するための辞書の類いは作らない方が良いだろう、というのが僕と洋輔の結論だった。
例え不信感を抱かれたとしても、僕と洋輔、そして冬華以外には理解できないのだから、解析されることもまずないはずだし。多分だけど。
『仕方ないわね、地道に覚えるか』
そうしてくれるとありがたい。
結局、その後もいくつか冬華と話した後、また後ほど、と一旦分かれることに。
さて、次は茱萸坂さんとお話ししよう。
◇
いざ帰宅して、久々に自分の部屋、自分のベッドに飛び込むと、なんだか身体が火照っているような気がした。バレーの試合を終えたときよりももっとドキドキしている。やっぱりあの時、皆方部長達が魅せたあの光景が目に焼き付いているからだろう。
動画のデータも貰った、今度見直そう。
けれど。
「それでどうするんだ、佳苗。受けるのか、あの話」
「んー……。皆方部長は受けた方が良い、って言ってくれてるんだけど」
あの話。
それはやはり、演劇部に関連する話だった。
正確には、僕たちの学校ではない方の、高校演劇大会への特別枠として推薦されたもう一校の演劇部からの打診で、衣装を数着作ってくれないか、みたいなものだ。
「時間がね。どうしても」
「時間ねえ」
もちろん、作るだけならば錬金術でふぁんと終わらせるだけだ。一瞬で終わるだろう。
けれどそれは僕の都合。
表向きには時間を掛けて作っている、と言うことにしている以上、その提案を受けるとなるとバレー部の活動を邪魔しかねない。バレー部の練習をしているだけで文句を言われそうだ。
「同じ学校なら良いんだよ。でも別の学校からの依頼となると……。緒方先生も当然だけど、それ以外にも色々とちょこちょこと進捗を聞かれるだろう。それがめんどくさい」
「別にさくっと仕上げれば良いじゃねえか」
「洋輔の言うとおり、僕はさくっと錬金術で仕上げちゃうのがこの場合は問題でさ。ほら、途中経過の写真を下さいって聞かれたとき、僕には途中経過なんてないなって」
「あー……」
一発で完成品にしてしまうというのも、だから問題なのだ、この場合は。
「じゃあ、断るか?」
「……そう、だね」
少なくとも受けることは出来ない。ただ、完全に断るのも何か気が引ける。
「どうしてだ」
「……あの学校の演技にセットと衣装がついたら、どうなるのかなって。すごく、気になった」
確かに。
僕たちの学校、僕たちの演劇部は圧倒することが出来た。
演技力。衣装。セット。音楽。環境音。照明。あらゆるものを全力で活用し、そして完璧にそれらが同期された結果、完璧な舞台がそこでは出来たのだろう。
だから他の学校よりもより目立った。引き立った。当然だ、だって必要なものを全てそろえたのだから。成功させるために全力を尽くし、成功に必要なものを全て準備したのだから、成功して当然なのだ。
その一方であの学校は、セットや衣装を用意できそうになかった、だから用意しないでも演技だけでそれを補おうとした。その結果、あの舞台が生まれた。確かにセットも衣装も最低限の最小限だった、けれどそれを補ってあまりある全力の演技で、観客達を引き込んだ。
演技力の一面だけで言えば、あの学校の方が上なのだ。
だからそこに衣装やセットを提供し、実際にどのようなものが仕上がるのか。それにはとても興味がある。
「なるほどな。……とはいえ、実際問題お前達ほどには活かせないだろうな。お前達の演劇部がアドリブ性を極限まで削っているのに対して、あっちの学校はアドリブをどんどん取り入れて、偶発的な事象全てを舞台に仕上げたって感じだろ」
それは……そうかもしれないな。まあ、あの学校の台本を読んだことがあるわけじゃないから、なんとも言えないけれど。
「それでも、衣装やセットでさえもアドリブとして使いこなす可能性があるよ。それはそれで愉しそうだと思わない?」
「まあ……たしかに」
だからそこに興味はある。興味はあるけど、僕はバレー部を辞めようとは思っていない。見てみたいという気持ちはあるしそれはそれで愉しそうだけど、けれどバレー部の活動を制限されてもいいわけではない。
「部としては手伝えない、個人として隙間時間で良いならば……。それが最大限の譲歩かな」
「それで相手が納得するか?」
たぶん……しないだろう。
「それでも、僕が一方的に断ったって事にはならない……よね」
「……まあ、そうかもしれないけれど」
なんともな。
「緒方先生に相談してみると良いだろ。俺たちだけで結論を出そうとしてもそりゃ無理な話だ」
「そう。……そうだね、大人を頼るか」
「ああ」
◇
これは後日談になるのだけれど。
結局、緒方先生に相談したところ、相手もやってくれたらラッキー程度で端からさほどの期待はしていないだろう、だからそういうときはきっぱり断ってしまった方が良い、と、そうアドバイスを受け、そうすることにした。
その上で、個人的な手伝いで良いならば全く受け付けることが出来ないわけでもないと言うことも伝えてもらい、実際にそれ以降何点か衣装を作ることになったのだけど、それくらいの緩いつながりで済み、そしてその緩いつながりを獲得できたとも言える。
この結果が僕にとって良いことなのか、それとも悪いことなのか。
それはきっと、もっと先にならないと解らないんだろうなあ。