『まえがたり』
クリスマスを過ぎて冬休み。
そんなに長い休みではない、とはいえど長期休暇に違いは無く、また僕たちの通う中学校は所詮公立校だ、あまり部活も活発というわけではない。
そんな冬休みの初日は、とりあえず予定もなかったので、洋輔と一緒にちょっと買い物をしにいくことに。
「何を買うんだ、今日は」
「そろそろ入荷してるはずなんだよね。年末お約束のやつ」
「ん……おせち?」
「……おせちって年末のお約束だっけ?」
僕はどっちかというと年始のお約束というイメージがあるんだけど。
「あれ、違うのか。じゃあなんだ」
「いやほら、いつものだよ」
「だからいつものって何だよ……」
「猫雑貨店で干支をモチーフにしたグッズ出るじゃん?」
「…………。あー」
というわけで、今日買い物に向かっているのはお気に入りの猫雑貨店。
そのお店が扱っているのは猫に関する雑貨のみ。といっても猫用の道具を売ってるのではなく、猫グッズ、キャラクターモチーフとしての猫を専門にしたお店で、ちょっとした小物からシャツや傘、果ては絨毯とかも売っていたり。
絨毯欲しいけど高いからなあ。お金はあるけど中学生が現金で出せる額でもないし、かなり怪しまれそうだ。
で、そのお店は毎年の年末になると、『今年の干支』と『来年の干支』、そして『猫』の三種類の動物が含まれるグッズを入荷するのだ。マグカップとか、シールとか。
申年から酉年になるから、今日見つかるはずのグッズは、だから猿と鳥と猫が描かれているはずだ。正直とても混沌としていそうだな。でも去年も一昨年も、大差なく混沌としていたような気はする。でも不思議と可愛いのだ。
「ふっふっふ。去年までと違ってそれなりにお小遣いを確保してあるから、今年はいろいろ買えるしわくわくがとまらないよ」
「ああ、要約すると荷物持ちよろしくってところか」
「うん」
「まあ良いけどなそのくらい」
「流石洋輔!」
「全然心がこもってねえ……」
今更だろう、そんなこと。
「それでもお前が買い物をしたがるのは良いことか」
「それ、どういう意味?」
「だってお前、最近はますます『ふぁん』で終わらせるじゃねえか」
買うより作った方が早いし安いしなにより自分好みなことが殆どだからなあ。
「感心しないぜ、そういうの」
「どうして?」
「不経済だろ。金は天下の回りもの、使わないと意味が無い」
「時々洋輔の喩えって妙な方向に行くよね。昨晩は何のゲームしてたの?」
「ん、太閤立志伝」
ああ、やっぱり。
なんて雑談をしている間に猫雑貨店に到着し、まずは街頭に置かれたガチャガチャを確認。全部持ってる。
「持ってるのかよ」
「うん。この前コンプした」
「…………。あれ、もしかしてお前以外と散財してる?」
散財ってほどは使っていない。
「一日十回までって決めてるし」
「使いすぎだろ……」
毎日来てるわけじゃないし、それはそれ。
入店して静かな店内をざっと眺めて新商品をチェック。
「あのマット可愛い……あ、マグカップも新作が出てる。時計も新しい形のが出来てるのか。うわ、見てよ洋輔、ほら、この灰皿とかもいいよね!」
「いや佳苗、少なくとも灰皿は使わないだろ」
「亀ちゃんの餌をいれる皿にしようかなって」
「どんなチョイスだ」
使い道は後で考えよう。買うかどうかもまだ決めていないし。
で、とりあえず目的の干支グッズを発見。今年の干支グッズはお皿が三種類と変わり種ではフライパン、フォークとスプーンのセットに、シール、フォトフレーム、タオルにリュック、ハンカチか。豊作だ。
「……豊作だって、それはまさか」
「少なくとも干支グッズは全部買う。店員さん、すいません。今年の干支グッズは全部買うのでもう包装初めてくれますか」
「ああうん。今年も来たんだね。……お小遣いは足りるのかい?」
「十七万円持ってきました」
「うん、もうすこし君は加減を覚えるべきだね。わかった、とりあえず包装は始めておくよ」
店員さんも手慣れたものだよな。すっかり顔なじみだから当然か。
「佳苗、時間かかりそうか?」
「んー、まあ、十分くらいは見たいかな」
「んじゃ、店の前の椅子に座ってるから。会計終わったら呼んでくれ。ゆっくり選べよ」
「うん。ありがと」
結局買い物に費やしたのは十五分ほどだった。あんまりお店に居ても悩むだけだしね。
会計を終えて洋輔を呼び、荷物を分担。
結構、抱える感じだな……。
「全部でいくらだったんだ?」
「えっと、五万八千円くらい」
「また大胆に……」
「つい……」
本当は大きな人形とかも欲しかったんだけど……まあ亀ちゃんが嫉妬してバリバリする未来がみえたので、それは自重。
「ま、今日はそれでリラックスできたか?」
「……また、妙な事を聞いてくるね」
「だってお前がそこまで散財するの、やっぱおかしいだろ。なんかあったんじゃねえの?」
「あったといえばあったけど……、でも本当に買い物したかっただけって感じ。ほら、バレー部周りでまた喫茶店とトリヒキすることになりそうだったから、それがちょっと面倒かなーって」
「ああ……」
ちなみに今は既に帰り道。買いたいものは買い終えたし、荷物の量も多かったからだ。
で、結構抱える形で荷物があるため商店街を突っ切るのは厳しい。
そんなわけで裏道を通ることに。昼だし大丈夫だろう――なんて。
ぶっちゃけ、その瞬間が訪れるまでは思いもしなかったのだけど。
◇
ゆらり、と。
僕たちの眼前に現れたのは、あの野良猫だった。
すこしおずおずとしているような、そんな気がするのは気のせいだろうか。
そして相変わらず僕も洋輔もまるで身動きを取ることが出来ない。全ての動きが、さながら『一時停止』されているかのような、そんな感覚さえ受ける……渡鶴とのやりとりを試みても渡鶴に反応がないあたり、やっぱりこれは完全に時間が止まってる感じなのかな……。いや、時間だけか? 何か別のものも止まってるんじゃない?
「まったく、これだから乗り気じゃなかったんだけどなあ……まあこちらにもこちらの事情がある以上、しかたがないのだけれど。久しぶりだね、渡来佳苗、鶴来洋輔」
できればもう会いたくなかったけど、久しぶりだ。
「今日はちょっと、通達をしにきた。その上で君たちの都合を聞いて、それなりに譲歩しよう……と、そういう決まりになってね。ものすごく気が乗らないが、こうして現れたという次第だ」
うん、じゃあそのまま帰ればいい。とも思うけど、そういうわけにもいかないか。
で、通達って?
「えっと、君たちにはもう一度異世界に行って貰うことになったんだよね。これは決定事項だ。以前行って貰った世界とは違うから、いろいろと条件も違うのだが」
いや決定事項って。そういうのはもう無しにして欲しいんだけど。
「二人揃ってほぼ同じ事を考えないでくれたまえよ……、怖いなあもう。まあ、ここは正直に率直に表現しようか。君たちは『こちらの許容範囲を超えた』のだよ。それで、君たちをどうするか? というのがこちらのここ最近、喫緊で対処しなければならない問題になっていてね」
いやそれはそっちの都合であってこっちの都合は別なんだけど。
「いやいやいやいや、渡来佳苗。君の言うことは全くもってその通りだ。だからこそこうして来たのだよ。いいかい、渡来佳苗。そして鶴来洋輔。『こちら』も決して一枚岩の勢力ではないが、本来、君たちに対する処遇は『静観』で概ね一致していたのだ。だが君たちは少々、いろいろと『やり過ぎた』。かの世界のフユーシュ・セゾンを来栖冬華として復活させた時点ではまだ問題はさほどなかったんだ。こちらとしても想定内だったからね。けれど君は『亀ノ上』という存在を立証した。そこで『おや』と思いはじめ、少しずつ世論が変わってきてね? で、ほら、ちょっと前に君たち、ええと、ゴーレムだったかな? その後ろでふよふよとしている『にわとりバード』とやらと、『渡鶴』とやらを作っただろう? 前者はともかく後者、『渡鶴』。あれはちょっと、看過できない。そういう形で世論が傾いてしまったのだよ」
うん?
冬華はセーフで、亀ちゃんと渡鶴がアウト?
なのににわとりバードはセーフ。なんでだろう。
共通してそうなのは……えーと、ああ、ファジーライズを噛ませたイミテーションと、それに対応する肉体か。
…………。
もしかして立証って、つまり、命を作る事?
「理解が早くて助かるよ、渡来佳苗。だが鶴来洋輔のほうはいまいちピンときていないようだ……だから敢えて繰り返そう。我々が看過できないとしているそれはね、『命を作り、立証すること』なんだ。君たちが知るよしもないことは重々承知ではあるが、この世界の『命の総量』はそもそも定められている。だが君たちはそれと『別枠の命を作れてしまう』……それがどのような影響を世界にもたらすのか、それが正直読めないのだよ。だから」
だから?
「こちらとして上がった案は二つ。一つ、『元凶である渡来佳苗と鶴来洋輔を処分し、これ以上の例外を作らせない』という排除論。二つ、『影響観測を優先し、判明次第改めて対策を決定する』という先送り論。前者を主張する強硬派もそれなりに居る、というのがこの場合は問題でね……幸い、まだ一部だが。君たちがそれをやればやるほど、その一派は増えるだろう。そして後者も結局は先送りをするだけで、影響が判明し、それがこちらにとって都合の悪いことであれば、やはり君たちを排除すると言う決定になる可能性がある」
排除ねえ。全力で抵抗するけれど。
「分かっているよ、鶴来洋輔。渡来佳苗も似たようなことを考えている……そう、実際に君たちを排除するとそう決めれば、きっと君たちはこちらの想定もしていないような何かをしでかすのだろうね。それはきっとこちらにとっても大きなマイナスだ。だから現状では先送り論が優勢で、その上で先送りしたあとも排除ではなくなんとかして融和の方向にしたほうがいいだろう、そんな声が強い」
というかこの野良猫、まさかの民主主義ないし合議制なのか。世論がどうとかいってたし……。よく分からないなあ、野良猫界も。
いや、現状で与えられている程度の情報から理解できる方がおかしいか。
「だからこそ、君たちは今一度、とある世界に行って貰おう。そういう事になったんだ」
…………。
断れないのかな、これ。
断れないんだろうなあ……。
「その通り、君たちに拒否権はない。ただし前回のような大騒ぎにさせるのも気が引ける。だから君たちに対しての配慮として、今日は通達に来たのさ。……さほど猶予があるわけでもないが、そうだね。『今日中』に移動させることができるならば契約的には問題ないし、皆が寝静まった頃にでも起こしにいくから、そこで準備を整えて貰えるかな?」
準備を整えていない場合は?
「別に構わないよ、渡来佳苗。準備をせずにぐっすり眠っていても構わない。そのまま移動させるだけだ」
ああ、うん……そうだよな……。
あくまでも配慮だもんな。
「通達は以上だ。まあ安心したまえ、今回は『褒美』を用意しておいた。それは君たちにとって、きっとそれなりに価値のあるものだよ」
もったいぶるなあ。
ずばりと言って欲しい。
どうせ錬金術や魔法のような技術を地球上でも使えるようにとかそんなところでしょ?
「いや、それは原則的な所だからね。それとは別に褒美を用意するよ、渡来佳苗」
え?
と。
しかし僕の疑問は、そのな野良猫の言葉に対してではなかった。
ふと、その野良猫の影が大きくなったように見えたからだ。
徐々に徐々に、膨らむように。
「通達の完了を確認……、っと。さて、それじゃあ二人とも。頑張ってくれたまえ」
いやちょっとストップ。せめて僕と洋輔が持ってる荷物だけでも家に運んでおいて欲しいんだけど。
え、だって、せっかく買ったばかりの猫グッズだよ? こんな事故みたいなものでロストするとか笑えないじゃん!
「…………」
僕の抗議に呆れた様子を野良猫は浮かべる。
そんなさなかも、野良猫の影はどんどん広がっていて……まるでその野良猫に塗りつぶされるかのように、『墨』をぶちまけたかのように色あせて、そのまま黒一色へと溶けるように消えていって――
◇
認証エラーが発生。
発生時刻。2016年12月27日火曜日。15時22分02秒。
エラー種別を記録。
認証エラー。『マスタールート:渡来佳苗』が見つかりません。
認証エラー。『マスタールート:渡来佳苗』を認識できません。
認証エラー。『セカンドルート:鶴来洋輔』が見つかりません。
認証エラー。『セカンドルート:鶴来洋輔』を認識できません。
緊急時対策指定項目に従い自己修復を開始します。
ファーストフェイズ。クリアー。セカンドフェイズ。クリアー。サードフェイズ。クリアー。
オールクリアーを確認。
緊急時対策指定項目に則り以下の変更を行います。
権利付与。『デバッグルート:来栖冬華』を指定します。
第一段階。『デバッグルート:来栖冬華』を認識します。
第二段階。『デバッグルート:来栖冬華』に状況を説明します。
証人提起。『デバッグルート:来栖冬華』の提案により、以降の手順を省略します。
以上で緊急時対策指定項目に依る権限の付与を完了します。
証人提起。『デバッグルート:来栖冬華』の提案により、特殊記録を実行します。
記録日時。2016年12月27日火曜日。15時22分04秒。
記録内容は以下の文字列です。
置き土産にしては豪華すぎるわ、受け取れるもんですか。けれど少しの間借り受けるわね。でも早く帰っていらっしゃい、あなたたちがいないと私も困るわ。
記録内容は以上です。
それは救いに二人を求めた物語――善悪綯交夢現/原罪情勢夢現。『異世界に転生し帰還を遂げ』、またしても『異世界に転生』するに至った少年達の物語は、世界の未来を綯い交ぜに、原罪として紡がれる。