師走の決着サッカー編
努力をしても、強引に進める事が出来るとは限らないんだなあ。
そんな事を思い知りながらも、それでも僕と洋輔はそれぞれの暮らしを、ごくごく自然に進めていた。
というか自然にしか進むことしかできなかった。
理由は単純。
『たいましゅ』の正体が、僕と洋輔、そして『僕たち』によって概ね判明したからだ。
『たいましゅ』とは本来、『退魔呪』と書くべき技術である。
その名の通り、魔を退ける呪い。陰陽道による呪いの制御を、潮来言千口はやりとげたと言うことだ。
理論的な事は分かったので使えるかなと試してみたんだけど、僕にも洋輔にもダメだった。ただし、冬華には使えるらしい。さすがに『再現』を特異としているだけのことはある。
最初はその程度の認識だったのだけど、すぐに改めることになった。理由は単純、僕が『魔』の判定を受けることだ。
いや、魔物を判別する方法がないから別に魔王化にリスクなんてないよ、なんてことをあれほど言っておいた手前言いにくいんだけど、まさかの方向からバレる可能性があったということである。
幸い現代において、『退魔呪』の正しい指南書が日本語で書かれていなかった上僕が見つけるまで事実上の封印状態にあったこと、その間は口伝でのみ残された技術であり『たいましゅ』としてかなり弱体化していたこともあってか、晶くん曰く『なんか僕をみると他の人と違うような気がする』程度の感覚らしい。
だからこそ色々と無茶なお願いも聞いてくれるんだけど、あまり利用するべきじゃないだろう。どうも弓矢家にも何か事情があるようだし……。
そんなわけで、言ってしまえば実害があるわけでもなく、また晶くんが悩まされている疲れ目についても当面はエリクシルでどうにでもなると言うことが判明した事もあって、優先度がかなり下がったわけだ。
それでも疑問が残っているとしたら、やっぱり一人だけ敢えて『遠ざけられている』昌くんなんだけど……そして僕の推測としてはやっぱり昌くんが勇者なんじゃないかという可能性なんだけど、これについては『僕たち』どころか僕さえも含めて疑問が出た。
勇者としての素質の封印ってできるのか。
少なくとも勇者を超える階位の干渉がない限りはムリで、そして魔王は勇者と同等だから、じゃあムリじゃん。と言うことである。
だから、当面は放棄。
なにか大きな変化が無い限りはスルーするべきだとされて、自然に進む事になっているのである。
自然にといっても、やるべき事はやっているし、相応の裏工作もやってるんだけど。
「で、かーくん。なんか聞いていた話とだいぶ違うんだが?」
「え、そんなことないですよ藍沢先輩。ちゃんと学校の校庭でのサッカー勝負、でしょう?」
「…………」
黙り込んでにらみつけてくる藍沢先輩に、僕は無言でゼッケンを渡す。
ゼッケンナンバーは2だ。
「ただ、ちょっと規模が大きくなりましたけど」
「『ちょっと』?」
「ええ。ちょっと」
僕の弁明に、はあ、と大きく大きくため息を吐いて、藍沢先輩はゼッケンを手に取り、改めてコートを眺めた。
校庭一杯を使って、中学サッカーの基準とされるサイズはきちんと確保済み。採寸もパーフェクト、そのあたりは僕がやったわけじゃないけどね。
じゃあ誰がやったのか?
洋輔ではないし、来島くんでもない。
「これで『ちょっと』はさすがにムリだろ」
「往生際が悪ぃぞ、のりとー!」
少し遠くから聞こえてきたそんな太陽色の声に、呆れ顔を浮かべながらも苦笑も漏らして藍沢先輩は「まあいいや」と切り替えた。
太陽色。
それは、カミッロさんの声である。
藍沢先輩vs来島くん。
この戦いを実現するために奔走したのは洋輔やサッカー部の面々、そして一年三組の連中だけではなく、来島くんが今在籍しており、そしてかつて藍沢先輩が所属していた古巣でもあるサッカーのユースチームも動いてくれたのだ。
結果、コートの整備から審判の手配までをチーム側がやってくれた。選手まではさすがに調達してくれなかったけど、それでもサッカー部の面々、そして三組を中心に僕たちが集めた面々で無事に人数も揃ったし、なにより。
「で、かーくん。お前が味方なのは心強いが、どこで何をしてくれるのかな」
「色々と相談はしたんですけど、藍沢先輩たちに守備を任せる都合もありますからね。ミッドフィルダーです」
「てっきりフォワードかと思ったが」
「そっちには適任を配置しておきました」
「へえ。あのちっこいのか?」
「藍沢先輩。僕のほうがちっこいですけど?」
「お前は例外だ」
「…………」
まあこの距離なら聞こえてないかな……、うん。
ちっこいの、と表されたのは葵くんである。
少し整理しよう。
藍沢先輩チームは藍沢先輩を主軸にして、ユースチームから正キーパーの三城さんと、以前藍沢先輩と肩を並べたディフェンダーである葛葉さん、そして時雨さんが参加している。……ディフェンダー二人は実は高校一年生なので中学サッカーか? と聞かれると微妙だけど、一年くらいはセーフ。セーフと言うことにして欲しい。
で、藍沢先輩側のチームは守備今の三人にに加えて藍沢先輩という、ユースチームにおけるほぼ理想型が揃っているわけだから、他のメンバーはバランスを取るべく可能な限り素人に近づけている。結果、漁火先輩、水原先輩、郁也くん、徳久くん、蓬原くん、葵くんに僕がメンバーとして選出された。
ポジションとしては葵くんがセンターフォワード、漁火先輩と蓬原くんが左右のウィングを固めて、残りのメンバーでミッドフィルダー。但しあんまりにも素人が多いので、こっちのチームは割と交代要員を多く持っている。
さらに言うと、キャプテンは藍沢先輩とはいえどそれでは防御に集中できないかもしれないという危惧もあったので、年功序列を採用、水原先輩に丸投げすることになった。
「実際素人だけどいいのかなあ」
「最悪僕にボールをくれたらなんとかします」
「オッケー。まあうん。佳苗でダメならダメだな」
妙な信頼もされている気がする……。
だから一応、ここでもう一手こそりと吹き込んでおいた。
さて、こちら側の布陣は以上の通り。
じゃあ相手側、つまり来島くん側はというと、フォワードに来島くんとカミッロさん。
ミッドフィルダーとディフェンダー、キーパーにはサッカー部のスタメンが見事に結集している始末。
なお、洋輔は『リベロ』として参加している。あえて分類するならミッドフィルダー扱いらしいけど、試合中キーパー以外のどれでもやるんだそうで。流石と言えば流石だった。
で、これは僕と洋輔の間で当然のように決めたことだけど、この試合中、剛柔剣による干渉は禁止としている。但し、矢印を見るのはセーフだ。これは洋輔のその感覚を止めることが難しかったからで、ならばこっちも解禁しちゃった方が楽という結論が出てしまった。いずれは制限する方法もみつけなきゃなあ。
そのあたりは置いといても、今回のセットアップ、思った以上に大規模になっている。
どこから聞きつけたのか、立ち見ながら観客までいる始末だ。ユースの子なのかな? あるいは関係の無い子もいるかもしれない。僕よりも小さい子がいるし、小学生とかも混ざってそうだな。なんでだろ。
(どこからもなんでもなにも、カミッロ先輩がきたからだろ)
ああ、そりゃそうか、全国区のフォワードだもんな……。失念していた。
「ともあれ、藍沢先輩」
「なんだ」
「相手はやたらと強い二人組に加えて、スタメンがほぼ揃ってます」
「そうだな」
「あれ、素人に止められます?」
「ムリだろうな」
ですよね。
「とはいえ、ディフェンスラインは突破させねーさ。安心しろ、かーくん。むしろお前が攻めてくれないと点が取れない。引き分け狙いは負けも同じだぞ」
「藍沢先輩にカウンター能力があるのは知ってますけど」
「ディフェンダーがカウンターをするときってのはそのディフェンダーが居なくても大丈夫な、よっぽど頼りになる代役が……、かーくんが居るな……」
「まてのりと。さすがにそれは無理筋だろ。いやそいつが大概な身体能力ってのは聞いてるけど、え、そこまでなのか?」
「シャトルランテストでカンストを始め体力テストの成績が基本学年で三位以内、次期男子バレーボールU15代表内定、他にもゴールを一人で運ぶ怪力だぞ」
「いやのりと流石にそれは盛りすぎ……、え、マジで?」
「先輩。さすがにゴールを一人で運ぶのはちょっと目立つのでやりたくないです」
「『やりたくない』であって、必要ならやるだろ?」
「まあ、他に人が居ないなら」
「な?」
な? って……。
しかもそれで納得してるのか守備先輩一同。
「藍沢が冗談を言うとも思えないし……ね。ただ、それだけ能力があるならカウンターは藍沢任せじゃなくて、君に頑張って欲しいけれど」
「できる限りでは頑張りますけど、たぶん僕はほとんどそっちで働けません」
「ん? さっきいざとなったら自分に回せって言ってただろ」
「いざとなったら、ですよ。たぶんそんな状況はこないんで」
「なんでだ」
「相手に洋輔がいます」
「…………」
「人数差を付けないで僕を抑えたがるならば、洋輔が間違いなく常時マークしてきますからね。で、その時はその時で僕としても都合は良い」
洋輔の攻撃参加を防げるという意味で。
もちろん、そこまで有効かと聞かれると微妙だけど。フォワード二人が全国区だし。
幸いミッドフィルダーは普通のサッカー部基準でのスタメンだから、そこまでとんでもない器量があるわけじゃない。だから攻めの起点はかなり制約されるはず、なのだ。
洋輔さえいなければ。
けれど現実としては洋輔がいる。洋輔を起点にされたら正直厄介所の騒ぎじゃないし、最悪の場合洋輔が直にストライカーをやってくる可能性もある。それがリベロの厄介なところだ。もちろんメタ読みをするならば今回のセッティング、セットアップは、来島くんと藍沢先輩を戦わせたいというものが根底だから、まずやってこないとは思うんだけど。
「ま、化け物には化け物か」
「先輩。化け物扱いは酷くありません?」
「いやお前、この前バレーの特集で『怪物リベロ』って呼ばれてただろ?」
「あれは怪物なのでいいんです」
「…………」
わからん、そんなあきらめ顔の藍沢先輩に、笑って助け船を出したのはゴールキーパーの三城さんだった。
「仲が良いなあ、お前ら。演劇部ってあれか、お笑いとかもやってんのかな?」
訂正しよう。助け船ではなく茶々を入れられただけのようだ。一瞬藍沢先輩と目を合わせると、どうやら気持ちは同じらしい。
僕と先輩は二人揃って無視を決め込んだ。
「いや、本当に仲が良いと思ってるんだぜ?」
試合が始まるまで、あと、十五分。
◇
コイントスの結果、こっち側のチームでキックオフ。
最初にボールに触れるのは漁火先輩、それに合わせるのは葵くん。
なお、葵くんをセンターフォワードに置いてもらったのは僕である――いや、葵くんなら何か面白い事をやらかしてくれそうだなあという勝手な希望を押し通したというのが真相だけど、もちろん舐めているわけじゃない。
漁火先輩にせよ蓬原くんをウィングに配置している意図はむしろ主軸をその二人として考えるというもので、葵くんには常に前線で起点になって貰うことにしたわけだ。この意図は水原先輩にも伝えてある……んだけど、水原先輩もサッカー選手としては素人なので精密なパスは出せないだろう。それでもやらないよりかは面白いし。
ホイッスルが鳴って、いざ試合開始。
漁火先輩がちょんと触れると、葵くんはまさかのヒールパスで水原先輩にパスを出しつつそのまま前へと特攻……なんか随分と手慣れてる感があるけど、あれ、本人は『できたら格好いい!』だけで試してみて偶然成功しちゃったってやつだな。その証拠に成功した張本人が『マジ!?』と一番驚いているし。
けれどそんなことに水原先輩は気付いていないようだ。元々親交があれば別だけど、そうじゃないなら勘違いしてもおかしくないか……。
少し迷って、けれど水原先輩は少し前に進んで葵くんにパス……ってそりゃ取られるよね。
「なにをのんびりと観察してるんだ」
「どうせそっちから来ると思ってたからね」
「やる気を出せよ」
「もちろん出すよ。洋輔に仕事はさせない」
「奇遇だな。俺もお前に仕事をさせちゃあ勝てないと思ってる」
だからといってコートの隅っこでお互いににらみ合っていてもしかたがない。
無駄だとは分かっていても、一応なんとか逃げ切りを模索しながら状況を確認。取られたボールはあっさりとカミッロさんに渡っていて、けれどカミッロさんの無茶なシュートは成立しなかった。足を大きく振ったときには既にボールがそこになかったのだ。何が起きたのかといえば、藍沢先輩がすっと盗んでいた。
鉄壁、城壁、その他諸々、藍沢先輩がとにかく守備に優れているとは知っていたし、いろいろと呼ばれていることは知っていたけど、たとえばシュートをことごとく止める……とか、その方向だと思ってたし、映像ではそっちのほうが多かったんだけどな。
妙に綺麗に、恐ろしいまでに静かに、いつのまにやらボールを奪っている。そんな感じがする。そしてちらりと藍沢先輩はこちらを見た。いやムリだよ。そう視線で訴えると、
「漁火ー」
と声を張り、思いっきり足を振り抜くと、ボールはさも当然のようにコートのほぼほぼ対角線上にいたはずの漁火先輩、その足下にドンピシャで収まっていた。
うわあ。
漁火先輩がサッカー得意だったらそのままトントン拍子でシュートできてたかもしれない。
でもまあ、漁火先輩もサッカーだと、カテゴリとしては素人なんだよね。ボールをトラップするのにちょっと手間取り、その手間取っている間にサッカー部のディフェンスに圧迫されていて、しかたなしに漁火先輩は少し前に出てきていた郁也くんにパス。
郁也くんはそれを殆どワンタッチで葵くんへとパスを出すと、葵くんは待ってましたと言わんばかりにボレーの形でシュートを実行。ボールは大きく横に逸れ……ええ……?
「なあ、佳苗。あいつってさ、球技大会でもそうだったし、あとは体育の授業でもそうだが、なんだ。妙な神様に憑かれてるのか?」
「ああ、トリックスター的な神様とか?」
「おう」
「否定しきれない……」
大きく横に逸れたはずのボールには、しかしボレーシュートだからか軸が大きくズレたようで、結果かなり強い横回転が掛かっている。横回転が強く掛かったボールは横に大きくカーブして、結果、明らかに外れているはずのコースだったそのシュートが、枠内ギリギリへと飛んでいき、
「んっ」
けれどぱすっと、そのボールを見事にキーパーが受け止めた。
洋輔がリベロとして立っているのは、そのキーパーができる子のおかげだったりするんだけど……ま、つまり、洋輔を前線に立たせることで喪う守備力を最低限補える人材であり、現サッカー部のレギュラー、正キーパーだ。たとえ妙な方向、妙な角度からのシュートでも、きちんと受けるか……。
「まあ俺がその辺は鍛えてるしな」
「…………」
余計なことを。
ともあれキーパーのクリアリングからミッドフィルダーがすっとパスを差し込んだ、のは、今度は来島くんへ。来島くんはそれを『後ろ向きに』ヒールだけでトラップし、そのままシュート体勢に入……った? と思ったら、ヒールでトラップしたボールは良い具合に頭を越えて来島くんの前にするすると吸い込まれるように、そしてお膳立てがされたかのように綺麗な形でシュートが成立しそうになっている。
それにいち早く反応したのはディフェンダーの時雨さん。可能ならばシュートを止める、できなくてもコースを絞る、そんな役割が見てとれるような形でのほとんど先手を打つようなもので、それを見るや藍沢先輩が更に絞り込み、きちんと葛葉さんもカミッロ先輩を塞いでいる。
そんな状況が見えているのか野生の勘か、まあ、見えてるんだろうな。来島くんはシュートのモーションを僅かに変えて、シュートのコースを調整をしたのかな?
簡単にあの防御陣を割られるとは思えないけど、まるで無策というのも嫌だな。かといって僕があそこに行くと洋輔も参加させちゃうわけで……。
「同じチームになるとそれはそれで問題だけど、別のチームだと更に問題だったねこれ。実質的な十対十になってるし」
「だな。俺たちは大人しく審判でもやっとくべきだったかもしれねえ。後の祭りだが」
「まったくだよ」
シュートは時雨さんが見事に跳ね返し、ふわっとボールがこちらに飛んでくる。
こうなると僕と洋輔のどっちがボールを取るかでちょっと話が変わるんだよな……、そして単純な身体能力ならば洋輔が上、咄嗟の行動ならば僕が上。
ならば僕がやるべきは一つ。
「――っ!」
「徳久くんっ!」
「よくやった!」
『後出し』。
洋輔がトラップしてボールを持った時点で理想の動きを再現、ボール強奪からの即座にパスである。
「いやいや……やっぱそれもずりぃぞ」
「ルールに触れることはしてないよ?」
「この野郎……」
剛柔剣の干渉禁止。
でも理想の動きは駄目とは言われてないし、時間認知間隔の操作も当然活用できるし。
とはいえ……だ。
「これだけで早々簡単に勝たせてはくれないでしょ?」
「当然だな」
◇
前半終了してインターバル。
現在の得点は0対0と互角の様相。
但し、シュートの本数はこちらが7回に対して、あちらのシュートの本数は17とダブルスコアどころかトリプルスコア一歩手前の状況だ。
「やっぱりぼこぼこ打たれるな」
「それを毎回完全に止めてるあたりはさすがの鉄壁だけども。どう、のりと。体力は持ちそう?」
「延長になるとどうだかな。だが現状ならば問題は無い」
ディフェンダー三人組がそんな会話をしつつも、僕たち助っ人組に視線を向けている。
ようするに、『いくらでもゴールは守るから、一点はとってこい』というワケだ。
ちなみにこちらが放った7回のシュートで枠内は6回。相手のキーパーをどうにか突破しなといけないらしい。
「個人技にはあまり期待できない、とはいえチームプレーよりかはまだマシか。せめてかーくんが前衛に立てれば違うんだがな」
「やろうと思えば出来ると思いますけど、変わりにあっちも洋輔がフリーになるんで……。身内びいきと思われるかもしれませんけど、それでも、来島くんがもう一人増えるようなものですよ。それに前半はカミッロさん、そこまで本気って様子でもなかったし」
「なんだ……かーくんはカミッロの状態まで把握してたのか?」
「見ればやる気は分かります」
スポドリを飲みつつ、とりあえずで答えておく。
「だからといって遊び半分って感じでもないんですよね。手探りって言うか……」
「かーくん。時間は有限だ。ズバッと言ってくれ」
「値踏みしてる感じです。『藍沢先輩がどこまで復調しているのか』、『藍沢先輩以外のメンバーの動きはどうなのか』。その上でこっちのチームの攻撃面はほとんど見切ってますね。『これなら点はとられない』と踏んでる……、ただ、僕ともう一人、前多くんは警戒されてますが」
「え、オレ?」
うん。
とりあえず頷くと、葵くんはきょとんと首をかしげた。
「なんで?」
「なんで……、なんで、か……」
と答えたのは水原先輩である。というか葵くん以外の全員がだいたい似たような感想を抱いているだろう。たぶん。
こちらのシュートの回数は7回。
内、葵くんが打ったのは4回で、枠内3回。唯一枠内を外したシュートが一回あり、それは完全な宇宙開発ではあったのだけれど、それ以外の3回の内訳を見るとちょっと評価も変わってくる。
一回目のシュートは例の超カーブ。あんなシュートをまともに意図して撃てるのはプロくらいだろう。学生でもある程度頑張って色々とかみ合えばいける、その程度だと思う。
二回目のシュートが宇宙開発なのでそれはおいておく。
三回目はとっても綺麗なループシュート。相手の頭上高くを超えてそのままゴールに突き刺さりそうだったのだけど、これを『偶然そこにいた』キーパーの肩の辺りにほぼ直撃、結果としてはそれで防御されたけど、あれは運でしかない。入ってておかしくないシュートだった。
四回目はヘディング……、まあ、ヘディングという形になる、のかな。頭突きだったけど。漁火先輩のシュートがキーパーに弾かれ、それに頭突きをかました所、おそらくは偶然、ボールの芯を捉えたのだろう。ボールはもの凄い速度でゴールを目指し、咄嗟に腕を上げたキーパーの腕にあたった結果逸れてゴールポストに弾かれたものの、これも逸れてなければ突き刺さっていた。
……いや、この結果だけを聞くと超すごいサッカー選手なんだけど、全ては葵くんの思いつきと偶然とが色々とかみ合ってそうなっただけで、本人に実力があるのかと言われると疑問ではあるけれど、それにしたって前半で三回相手のゴールを脅かしたのだ、警戒されて当然である。
まあ、今上げた部分は良いところだけだ。
それの三倍くらいはミスしていて、たとえばパスをトラップできずにそのまま相手チームに献上したり、たぶんパスを出そうとしたんだろうなあと分からない事は無いけれど相手チームにパスしていたり、あるいは誰も居ないところにパスをしたり、ボールが来るはずのない場所にいたり、そもそもオフサイドなんだけどという場所でボールを要求していたりと問題は山積みだった。
それでもやっぱり警戒に値する。それが僕の評価だし、恐らく洋輔もそう考えるだろう。だから後半はマークが増える、と思う。
上手な選手の上手なプレーと違い、単にそのスポーツを楽しむという真っ当な遊びをしている葵くんのプレーは読みにくいというか、読めないからなあ。
場合によっては洋輔が葵くんにマークを変えるかもしれない。そうしたら僕を誰が抑えに来るか、だけど……。
「かーくん、直感で良いんだが、よーくんは後半どうすると思う? 継続してお前を抑えるか?」
「微妙なところですね。僕を抑えるか、前多くんを抑えるか。僕を抑えるのが王道ですけど、前多くんのプレーをそもそも発生させたくないだろうし、ならば前多くんを抑えて僕を別の誰かに任せる、とか」
「というか、佳苗さ、かーくんって呼ばれても特に何も反応しないんだ?」
「藍沢先輩は演劇部の先輩でもあるから、なんか慣れちゃってるんだよね」
「じゃあ今後はボクもかーくんって」
「葵くん?」
「やめます」
話の分かる子で助かる。
「いや寸劇してるところ悪いけど、このままだとゴール割れるか微妙じゃない? それに佳苗は考慮してないっぽいけど、鶴来だって攻撃参加してくるかもしれないし」
「否定は仕切れないよね。場合によってはフォーメーションを大幅に変える事もありうる」
郁也くんに続けて徳久くん。悩んでいると、蓬原くんが「なあ」と手を上げた。
「確かに洋輔は怖いけど、二人がかりならば多少は制約も掛けられるよな? ならばオレと水原先輩で封じ込めて、佳苗をフリーにしちゃうってのは?」
「あり、かも。正直おれがやるより渡来のほうがよっぽどパスは通るだろうし」
「んー……」
どうだろうなあ。そりゃ、パスは出せるだろうけど、正確な判断が出来るかどうかは別なわけで。
「先輩達、僕が苦手なのは知ってますよね?」
「ありゃセッターの話だろ。サッカーの司令塔は別だし、それに渡来が一番前多の動きを読めそうだからな。なんとしてでも一点は取らなきゃだめだ。せっかく手伝ってるんだから、勝ちたいだろ?」
漁火先輩の言う通りなので頷くと、
「ならば手伝え。それと村社、まだ体力は大丈夫か?」
「とりあえずは。でも半分くらいが限界かもしれない」
「なら弓矢に声を掛けておけ、どうせあいつに任せるんだろう」
「うん」
と、トントン拍子で話が進んでいった。
なんだかんだリーダーシップがあるんだよな、漁火先輩って。
そしてそんな漁火先輩を見て、藍沢先輩はなにやら嬉しそうに頷いている。
「なんだか楽しそうですね。どうしたんですか?」
「かーくんに良い先輩が出来たと思ってな」
「藍沢先輩たちも良い先輩だと思ってるんですよ、これでも」
「そう言ってくれると嬉しいが、おれたちはもう卒業だからな……」
言葉の後半は、少し寂しげで。
……この戦いは負けられないなあ。
来島くんには悪いけど――ちょっと、試すだけ試してみるか。
◇
前半はこっちチームからスタートだったので、後半は相手チームからのスタート。
ホイッスルと同時にマークに動き始める一同を確認しつつも、とりあえず葵くんと漁火先輩はとにかく前の方で待つように指示してある。
一方で僕に近寄ってくる洋輔には蓬原くんと水原先輩が二人がかりでマーク。洋輔はこれに面食らったようだ。
「!」
そして相手チーム、つまり来島くんたちはそれが完全に想定外だったらしい。んー。洋輔のことだからな。『佳苗が俺のマークを他人にやらせることはまずねーだろ』とかそんなことを言ってたのかもしれない。
そうじゃなかったとしても、『たかが二人で』洋輔を抑えきれるわけがないと思ってたのかな。実際それは間違っていない。間違っていないけれど。
「ちょ……、佳苗の差し金かこれ!」
「あはは、悪いな、洋輔。悪いけどオレたちも勝ちに行きたいんでね」
ボールを現在持っているのは来島くん。一気に切り込んでくるようだったので郁也くんにちょっと横からちょっかいを出して貰い、それを当然のようにするりと抜ける来島くん……の足下、ボールに対して『理想の動き』でさらりと貰った時点でフィールドの状態を確認。大丈夫、今ならば葵くんにパスを出してもオフサイドにはならない。
ので、葵くんにとって最も『気持ちよい』ようなパスを出す。そういう理想を思い描き、それを実現できるように『身体の動きを再生』する。
どんっ、と思い切った音がして、ハーフラインから結構自陣側に押し込まれていたところから一気にボールは相手陣へ、ライナー的な感じで鋭くゴールに直行。けれど少し『高い』からゴールポストに直撃、相手のキーパーはあっぶねえ、みたいな表情を浮かべて視線をポストに向けていた。
「ボールから目を離すな!」
洋輔の叫びは、けれど一手遅い。
そしてそのゴールポストに跳ね返ったボールは葵くんの正面に、そして葵くんが無造作に右足を振り抜くと、ボールはかなり強いドライブ回転を伴ってゴールに向かう。ぐいんと思いっきり地面側に軌道を歪ませたそんなシュートに、けれど相手キーパーは反応――仕切れず。
ふぁさっ、と。
相手のゴールネットを、葵くんのシュートが揺らし、得点を知らせるホイッスルが鳴った――ここまで、後半開始から三十一秒。
洋輔をたった二人で抑えきれるはずがない。というのは、洋輔の身体的な能力が尋常じゃないからで、けれどそれも厳密には強化魔法に依る身体的な強化と、剛柔剣の干渉はないにせよ認識における、事実上の『三百六十度死角なし』というその感知能力の高さに由来する。
けれど僕もそうであるように、洋輔だって『一人で複数を相手にする』というシチュエーションはあまり得意ではない。というより洋輔の方がより顕著なレベルで苦手なのだ、実は。だからそれを突けば、『少しの間』ならばかなり行動を制限できる。
……ただ、『少しの間』という制限付き。それは洋輔が洋輔なりに『対処法』を思いつくまでの間しか通用しないからだ。もちろん、決して長い時間ではない。洋輔の適応力はかなり高い。
だから数十秒……長く見積もっても三十秒。
「分かってるとは思うが、もう時間切れだぜ。……残り時間を守りきる、佳苗にそれが出来るか?」
してやられた、といった表情ではあったけど、リスタートまでの短い時間で洋輔はそう挑発をかけてくる。
「……僕には、どうだろうね。けれど……」
まあ、ここは普通に答えよう。
「藍沢先輩達を信じてるよ。とりあえずはね」
「いやそこはとりあえずじゃダメだろ……」
◇
結局、スコアは1対0。
守り切って藍沢先輩の勝利――とはいえ、さすがにあんな『まぐれあたり』のような一点だけで勝ち負けが決まるというのもなんだかなあという感想を抱く子が結構居て、それでも張本人である藍沢先輩に言わせれば「なかなかにかーくんらしい刺激的な勝ち方ではあったぞ」で、もう一人の当事者である来島くんに言わせれば「いやあもうあれは仕方ないかなー。いやたたすけをフリーにしてたこっちの判断ミスだよ実際」となり、さらりと混ざり込んでいたカミッロさんに言わせれば「スーパーシュートだよねえ。君たちサッカーやるべきじゃない?」である。僕は丁重にお断りしておいたけど、微妙に葵くんが乗り気になっていて、とりあえず応援はしておくことにした。