吉凶占う? 秘密の共有
およそ千年前の人物――潮来言千口。
平安時代において京にあり、陰陽道を究め陰陽寮に所属。最終経歴は陰陽允、これはトップから数えて三番目。
そもそも陰陽寮というのは、当時の気象庁という表現が近いそうだ。もちろん占いのような側面もあったようだけど、天気を予報し時間を管理し暦を付ける、そんな組織のトップから三番目なのだから、大重鎮と言えよう。
けれど彼女は、あまり長くその地位にとどまることはなかった。
弟子として数人を取ると、京から遠く離れた当時の僻地――今となってはそれなりに栄えているこの街だけど、かつては田畑があったかも怪しいような未開の地に拠点を移して、そこで弟子達と共に開墾をしながら九十八まで生きたとされる。
村社と弓矢がまだ家を分けていなかった当時の、共通のご先祖様。
ちなみに村社と弓矢に家が分かれたのは安土桃山時代前後とされているので、五百年ほどは一つの家系だった……らしい。理由は、一子相伝の技があったからとか。
その技に関して詳しいことを朋さんは知らない。
ただ、それの名前が『たいましゅ』と発音するものである、ということは知っているらしい。おそらくは『対魔呪』のことかなあ、とも思ったんだけど、
『古い文書だが、こんな補足資料もあってね』
と、見せられた古文書レベルの古い本の表題は、『退魔呪』。こっちでも『たいましゅ』と読めるんだよな……。うーん。
まあ話を進めよう。
そんな一子相伝の技は、けれどついに限界が来た。そこでその家系は家を六つに割った。
現代において残っているその家は、村社と弓矢の二つだけで、残りの四つは既に滅亡というか、いつの間にか断絶、喪われていたそうだ。
それに危機感を覚え、村社と弓矢が再び手を取ったのが二世紀は前のこと。そして朋さんの二つ上、昌くんたちから数えるならば三つ上の世代で大きく状況が変わり、そこから更に一つの世代を挟む頃にはかつて村社邸だったこの屋敷は弓矢邸となり、村社家は転居したという。
表向きその理由は当時の弓矢家の忠義に報いるためとされているけれど、そして実際にその側面も強いけど、そうしたほうがいいというある種の副材料があった。
それが先ほど補足資料として提示された『退魔呪』という文書の中に書かれた地図で、地図によればこの屋敷周辺は『弓矢』と名前があえて書かれているのだ。
(潮来言千口と弓矢、村社が繋がってるのは確定で良いのかね)
どうだろう。千年だよ、千年。肯定するのも否定するのも難しい。
対魔呪だか退魔呪だかは知らないけど、それだって指定された血統でしか扱えないという縛りがあるとも思えない。適正という意味で遺伝を狙うとかはあるだろうけど、弟子も一緒に開墾がどうとか言ってるからなあ。
(ああ、そうか。弟子達の後継者って可能性もあるんだな)
うん。
ただ、潮来言千口は来たりの御子……僕たちの先輩で間違いは無いだろうし、僕たちと同じ白黒世界に飛ばされたというのも間違いないとは思う。
いくつか気になる符号もあるからね。
(イタコの札のことか? だとすると時系列としてちょっと怪しいところがあるだろ)
それが実際、そうでもない。
洋輔が問題視しているのは、潮来言千口という人物が消費されたことであの世界に魔法が作られた、だとしたらその魔法を一時保存する効果を持つイタコの札と潮来言千口に関係はないんじゃなか、そういうことだよね?
(おう)
多分誤解してると思うから言っておこう。そもそも潮来言千口は錬金術師じゃない。
彼女から『イタコイチグチ』という名前を聞いていた錬金術の使い手が、彼女を消費して作られた技術を一時保存する効果を持つものを作り出した。
であるならば、時系列的な問題は無い。
(まあ……そうだけど。けど、消費された時点で存在がなかったことになる。世界から記憶が失われる。カナエ・リバーやヨーゼフ・ミュゼがそうであったように、トーク・トークという存在も『いなかった』ということになるんだろ?)
そう。居なかったことになり、僕や洋輔は結局道具を残しただけだった。
逆に言えば作ったものは、結果は残せるんだ。
だから彼女は異世界に子供を残す事が出来た。実際には都合があうように変更が大雑把に行われてるんだろうけど、その事実は、その結果は残っている。
そして、カナエ・リバーやヨーゼフ・ミュゼがそうであったように、『覚えている誰か』が存在する余地は残っている。
その消費を行った張本人、そしてその消費が行われた祭壇に存在した人物だ。
(…………)
当時からヒストリアがあったのかどうかは知らない。
けれどそこには、最低でも一人、トーク・トークを消費することが出来る勇者がいた。そしてその勇者は確実に、記憶を残している。
で、冬華がそうであったように、勇者になることであらゆる技術が後付けされる。
その範囲で勇者が錬金術を習得していてもおかしくない。
(つまり、勇者がその世界から消費されたトーク・トークを参考に魔法をもたらすと同時に、その技術に関連する道具を作って、それにトーク・トークの『地球での』名前をあてた……って事か?)
うん。
ここまで状況は揃ってる。ならばもう、素直に読み解いていいと思う。
で、だよ。それがどうやって弓矢、村社に繋がるのか、って点なんだけど……。
洋輔。そのためにも一つ確認をしたい。
魔導師という素質は見れば分かる。そうだよね?
(は? ……まあ、そうだけど)
でも冬華は、そもそも魔導師というのはあるものの再現だとも言っていた。
その件に関しては洋輔もちょっと話してくれたことがあったよね。
一応覚えているつもりだけど、もう一度教えて欲しい。
(再現しようとしたのは血液型だ。そして魔導師の血統、つまりミュゼとかそのあたりは、ある血液型を目指すに当たって、血液型に合わせて家系を作ったんだよ)
なんで?
(最初に魔導師って言われた奴がちょっとどころじゃなく特殊な血液型だったらしい。その血液型である、イコール、魔導師と言えてしまうほどにな。それはあえて比べるならばO型だけど、ちょっとそれとは別のところで違いがあ……る……?)
最初の魔導師。
それはほぼ間違いなく、材料になったトーク・トークの血縁だ。
そこに基準が合わされていて、それを基準として魔導師という規格が産まれた。
さて、洋輔。
僕はそれとなく知っているつもりだけど、改めて確認させて欲しい。
洋輔の血液型は?
(O型……の、rhマイナス)
だよね。
そしてヨーゼフ・ミュゼとしての身体に流れていた血も、そうだった。そうだよね?
(……ああ)
僕とカナエ・リバーも関係としては同じだ。血液型は変わっていない。
……来栖冬華と、フユーシュ・セゾンですら同じだった。
(…………。弓矢と村社は、イコールで魔導師とされるボンベイ型……いやでも、潮来言千口がそうだったかどうかなんて確認のしようがないだろ?)
確認のしようがあると言ったら?
それもさほど理不尽でもない方法でね。
(は?)
潮来言千口が残した文書の中に一つ、血を墨の代わりに使っていたものがあった。
その血をフルブラッドマテリアル……つまり赤いエッセンシア、エクセリオンのことだけど、それと反応させてその『血』を再現したんだ。
結果はボンベイ型。Oh型だった。
(……いや。地味に理不尽ではあるが)
僕たちと同じように潮来言千口も血液型それ自体は変わっていないのだとしたら、あの世界での彼女もまたOh型である可能性がある。
そんな珍しい血液型、そうそうあるもんじゃあない。
それに、六つあったはずの血筋の四つがいつの間にか断絶した……って下りも、Oh型を維持できなかったって考えれば簡単だ。
(確かに、そりゃそうだが……。こじつけまくりだな)
千年も昔のことを考えてるんだ。もうこじつけまくるくらいしか手がないよ。
ていうかここまでやってもまだ、潮来言千口と弓矢家、村社家が確実に繋がってるって証拠になんないんだよね……。
(だなあ……。もういっそ気にしないで良いんじゃねえの、そこ。つーかなんで気にしてるんだ?)
呪いに関しての情報を突き詰めるため……だけど、言われてみれば確かに、誰の祖先が誰々で、ってあんまり関係ないかも。
ただ、勇者との関係はやっぱり気になっちゃうかなあ……。
(イタコの札を作ったかもしれない勇者、ね)
いやそっちじゃない。
(ん? 冬華か?)
それも違う。
潮来言千口が予言した『勇者』だよ。
(六つの日の、二つ。か)
それを文字通りに受けとるならば、昌くんなんだ。
でも実際には昌くんは勇者としての力は持っていないし、どっちかというと対魔呪らしきものを使っているのは晶くん。
ここの齟齬をなんとかしないと、なんかやっぱりもやもやが残る。
それに……。
(……勇者のあり方)
……うん。
白黒の世界において勇者とは『授かりの御子』、つまり僕たちのような来たりの御子という契約……が『失敗した』時に産まれる副産物だった。
地球のあるこの世界での勇者の定義は不明だ。だから必ずしもそうじゃない、かもしれない。
かもしれないけど、もしも条件が同じなら。
(弓矢か、弓矢の弟か。そのどちらかが元は異世界の住人だった……なんて可能性、ねえ。突拍子もない発想だが、だとすると『階位が同じ』もクリアできる可能性があるのか)
そう。
だから今は決めつけで、とにかくそれらしきことを調べなければ。
あの世界で僕たちが、ニムによって断定されたように。
(佳苗。問題の文書は複製できるか?)
技術的な意味?
それとも理論的な意味?
(両方だ)
技術的にはやってみないと分からない。
理論的には複製じゃなくて、厳密には同じものを同じように、二セット出作り直すって形だ。
魔法を使っているならばそれはなんとかなるだろう。けれど言霊とか呪いを絡めているものを複製できるのか? ってのは検証のしようもないから……。
物質的に存在してる部分に関しては、だからほとんど問題が無い。
一方でそれ以外の部分、あの昌くんたちには認識できなかった光の文字のほうはムリかもしれないし、できるかもしれない。呪いならまだしも言霊に領域が及ぶなら、さすがにそれを絡めた応用をやったことはないし。
(ダメ元は?)
それを原因として言霊だか呪いだかのその技術が解除される可能性がある。そしてそうなったとき、再起動できる仕掛けなら良いけど、再起動のできない仕掛けだったらどうしようもない。
(それもそうか)
一応、視覚的に表示できる部分は全部拡張機能の表示固定で記録してあるから、それを元にしたものでよければ適当に作れるけど。
(んじゃ、それでいい。とりあえず俺にも読ませてくれ)
了解。
えっと、今洋輔は……部屋か。
そっちに、にわとりバード、いるんだよね?
(おう。……なんか理不尽な匂いがしてきたが、なんだ?)
手順一、ひよこチックを参照。
手順二、『ひよこチックの位置情報』を取得。
手順三、『ひよこチック』を曖昧化。『にわとりバード』に換喩。
手順四、『にわとりバードの位置情報』に置き換え。
手順五、錬金術の完成品の位置を『にわとりバードの位置情報』の知覚に変更。
ふぁん。
というわけで、洋輔の手元に全五十二枚の紙が作られたはずだ。
(冬華に言いつけるからな)
大丈夫。
(ほう。あいつにもできると?)
いや、そもそもこんな横着はにわとりバードとひよこチックという存在的には同じで、けれど親機子機に分裂できるなんて性質を持ち、かつ常にお互いにあらゆる情報をタイムラグなく共有しているなんていう道具がある前提がないと成り立たない。
つまり冬華はまだしも錬金術的に解釈が成り立つ僕ではなく、そもそもそんなとんでもゴーレムを作った洋輔にむしろ理不尽を抱くだろう。
(いやこいつらを作ったの、ゴーレマンシーの意味合いでは確かに俺だが、お前もがっつり絡んでるからな?)
…………。
(それにお前、別に完成品の位置なんて屋根裏倉庫なり槍の近くなりを指定する分にはものすごい簡単だろ。で、そこから渡鶴を使って俺に渡すくらいは出来るだろうし……)
……まあ、それはそうなんだけど。
ここはお互いに冬華には言わないと言うことで落ち着こうじゃないか。
僕たちは話し合えるはずだ。
(…………。まあ良いけどよ。それでお前、今日は何時頃に帰るんだ)
夕方かな。
夕飯前には帰るよ。家庭教師も来るし。
(オッケー。ああ、それともう一つ)
うん?
(弓矢の弟となんとか一対一の状況を作って、そこで真偽判定を強めにかけておいてくれ。佳苗じゃない『佳苗』、あの槍を使って連絡を取ってるそいつの言葉も気になるが、なにより俺がどうも弓矢の弟に引っかかる)
引っかかるって、何が?
(もちろん、ゲスの勘ぐりかもしれねえけどさ。そいつ、実は自覚して使ってたんじゃねえのか……地下室どころか隠し部屋さえ、場合によっては知ってたんじゃねえのかって、疑問でな)
◇
あえて引き離すまでもなく、廊下……縁側? 庭に面した日の当たる廊下に、晶くんはゆーとと一緒にくつろいでいた。特にこれといって何かをしているのではなく、ゆーとも晶くんもぼーっとひなたぼっこしているだけのようだ。
というか二人……というと微妙に違うけど、まあ二人とも似たような表情で目を瞑っているのを見ると、なんだか印象が似ている感じだ。もっとも、ゆーとから感じられるゆーとの意思は『やれやれ面倒のかかる子分だ仕方ない少しは一緒に居てやるか』という感じなのだけど……。
ともあれ、すっと。
そんな晶くんの隣に座ると、ゆーとがぴくり、と反応し、うっすらと目を開けて僕に顔を向けてきた。ゆーとが動いたことでだろう、晶くんも気付いたようで、「あ」と、声をあげる。
「ごめんね。ゆっくりしている所、邪魔だったかな」
「いえ!」
「ならばよかった。ゆーと、ちょっと撫でても良い?」
「もちろん!」
許可も貰ったのでおいで、と手招きをすると、ゆーとはさも当然のように僕に飛び込んできたので、足の上にのせて撫で撫でと。さっきまでののびのびとした感じではないけれど、これはこれで満足という感じのゆーとを見て、ちょっと寂しそうに晶くんは笑った。
一応、フォローしておくか。
「やっぱり僕だと、晶くんほどは安心できないみたいだね」
「…………? そうなんですか?」
「うん。『これはこれでいいけど落ち着かない』、そんな感じ。実際ほら、ゆーとは目をきちんと開けてきょろきょろ見てるでしょう」
「言われてみれば」
もちろん、普段の僕ならばもうちょっとどうにかする方法はあるんだけど……。
ゆーとだって猫なのだ。猫を誑すのは僕の得意分野だし。
(おい猫誑し)
褒め言葉だ。
(…………)
けどまあ、今の僕は晶くんにとって全くの無害というわけじゃない。そんな微妙な違いを、ゆーとは……猫は、察してしまうのだ。僕たち人間が気付けないような、小さな小さなニュアンスの違いを。
「にーちゃんたちはどうしたんですか?」
「二人は今、お風呂の掃除中。僕も手伝うよって言ったんだけど、仕合で頑張った分は休んでなよ、って言われちゃった」
「にーちゃんらしいなあ」
にへらと笑って、晶くんはぽりぽりと頬を描いた。少し恥じらうようではあったけど、その根本には自慢があるようだ。自慢の兄、か。
「にーちゃんは、ボクなんかよりもずっとずっとすごいんですよ。今のボクは、そんなにーちゃんの借り物、みたいな」
「…………?」
「聞きに来たんですよね。地下で見たものについて」
「……話が早いのは助かるけれど、なんでそうだと思ったの?」
「伝言を伝えたのはボクで、その伝言は渡来さんに伝えたものが全部じゃないって事です」
ようするに。
「全部仕組みの一環、だったか」
「ごめんなさい」
「いやあ。僕にもメリットはあるから……別に怒るようなことも不満を持つこともないけれど。ならば直球で聞こうか。ねえ、晶くん。いつから地下のアレを知ってたの?」
「ずっと前から」
ぱたん、と。
廊下に身体を倒してあおむけになりながら、晶くんは言う。
右目は茶色。
左目は青色。
オッドアイ。
「にーちゃんたちは知りません。ねーちゃんは詳しく知ってるはずですよ。だからねーちゃんはこの家から離れた」
「なんでかな。地下室の存在がそんなにまずいの?」
「いいえ。もっと根本的なところです。ねーちゃんは見分けちゃう……ボクよりもずっと多くを、とても細かく。だから、にーちゃんから離れなきゃいけなかった」
「…………?」
「にーちゃんを起こしちゃいますから」
まるで眠っている、みたいな言い方だ。
いや、実際にそうなのかな?
今の昌くんは眠っている。いや、起きてるよ。今だってお風呂掃除してるし。
だとすると眠るとか起きるというのは概念的なもので、もっと漠然としたものだよな……。
起こすというか醒めるなのかな、その場合。
「渡来さんに内緒で聞いてみたいことがあったんです。いいですか?」
「うん? 大概のことならば答えるけれど、どうしたの?」
「他人と違うことって、怖くないですか?」
「うーん。もう慣れた……いや」
ゆーとを抱きかかえて、僕は首を振る。
この質問のニュアンスがかなり微妙だ。
微妙というか……僕が思っている以上に張り詰めた質問というか。
「僕はもう、開き直っちゃってる部分もあるからね」
「開き直る……」
「違うから自分がいる。違うから自分が区別できる。そんな感じ」
「……ああ。なるほど。逆なんですね、発想が」
晶くんは納得したように頷くと、僕に……というより、ゆーとに手を伸ばした。
ゆーとも空気を読んだのか、あるいはここは自分の出番だと思ったのか、晶くんの方に行きたがっていたので、そのまま渡してやると、ゆーとは晶くんと目を合わせ、晶くんもゆーとと目を合わせて。
「ボクもいつか、そう割り切れるかなあ」
なんて、小さく呟いた。
ちょっと、弱々しく聞こえたのは……まあ、気のせいじゃないんだろうな。
「すみません。本当はお手伝いしたいんですけど、ボクはそこまで詳しく知らないんです。詳しいことは、ねーちゃんに聞いてくれますか? ねーちゃんは……ねーちゃんだけは、直接『おばあちゃん』からお話を聞いているので」
「お話? おばあちゃん?」
「はい。なんだか、随分と昔から語り継がれている言い伝え、らしいですけど……。その中に、『家の下には合歓の最果て、見るものなるは弓矢のように。見分けるものに見届けるもの、君よ「つくり」と「うせ」を捲くが命と心せよ』……って感じの一節がある、なんだかわかりにくいお話でした」
確かに、わかりにくい話だけど……。背景を知ってると、それとなく意味していることが分かるな。
見分けるものに見届けるもの。前者は日お姉さん、ならば後者が晶くんか?
その場合は昌くんが迷子になるけど……、この一節には含まれていないってだけかもしれないし、それにあえて省かれている可能性もある。
だとしたら色々と聞いてみるべきだな……日さんに。
晶くんがこれ以上の情報を持っているというわけでも、ないようだし。
「わかった。ありがとうね、晶くん」
「いえ」
「お礼に一つ、根本的な解決方法じゃないんだけど、ちょっとだけ楽にできそうなものをあげよう」
「かいけつ……?」
「昌くんたちにも、色は違うけど一瓶ずつあげたからねー。晶くんにもあげないと不公平って感じもするし」
「え?」
というわけで、引っ張り出したのは青いエッセンシアが入ったガラス瓶。
当然、中身はエリクシルである。品質値も三万と、普通に高級品だ。
「どうしようもなく疲れたら、それを数滴でいい。身体のどこかにつけるんだ。それだけで大分変わるから」
「…………? おまじない、みたいな?」
「そうだね。でも、できるかぎり皆には内緒だよ?」
「はい。……えっと、にーちゃんにも?」
「そうしてくれると助かるかな」
◇
結局、その日の夕方になって、僕は今度こそ帰宅することになった。帰りがけ、途中までは郁也くんと一緒に道を歩いて、そこでああでもないこうでもないとちょっと雑談。
それに交えて、
「……ねえ、佳苗。昨日貰ったやつなんだけど」
「うん。ああ、使ってみた? どうだった?」
「えっと……あれ、また貰えるかな?」
別に良いよ、と答えると、郁也くんは小躍りするように喜んだ。そこまで喜ぶもんなのかな……? あれ、僕も使ったことはあるけど、ぼーっとするだけだったような。
それこそ、そんな感覚が溜まらないとかそういう類いなのであれば別に良いけれど。
「じゃあ、今度部活……、の前に学校があるか。なら学校で渡すよ」
「うん。お願い」
お願いまでされてしまった。今度は大容量タイプで作ってみようっと。
そんなこんなで分かれ道、郁也くんはまた来週だ。
何事もなく帰宅すると、「おかえりなさい」とお母さん。お父さんはお出かけ中らしい。
「ただいま。泊まりに行ってた間、何かあった?」
「少し亀ちゃんが興奮気味だったくらいかしら」
「何時頃?」
「夜中の二時過ぎね」
「じゃあいつものか」
「ええ」
猫は夜も気にせずはしゃぐからなあ。亀ちゃんだって同じと言うことか。
もちろん本格的に騒ぎすぎていれば洋輔がなんとかしているだろうから、さほどの心配はしていなかったり。
色々と話を済ませて二階にあがり、自室に戻っていざ一息、だ。
「お帰りんさい」
「ただいま。どう、何か発見はあった?」
「んー。ちょっと気になる事はあるけど、現状でお前以上には解釈も咀嚼もできてねえや。それえで、弓矢のお姉さんとのつなぎは取ったのか?」
「うん。朋さんにお願いしておいた。都合の良い時間を今度連絡して貰うことになってる」
「そりゃよかった。それで当面の回答は得たいところだな」
ごもっともだ。
といったところで棚の上から亀ちゃんがダイブしてきたのでキャッチしてよしよしと撫でてやると、亀ちゃんは不承不承といった感じではあるけれど、それでもまんざらでもなさそうににゃあと鳴いた。
「ところで佳苗、亀ちゃんの用事が片付いたらちょっと確認したいんだが」
「うん? 別に今でも良いよ。どうしたの?」
「いや、お前、弓矢の弟にエリクシルなんかやってたけど、いいのか?」
「ああ、それのこと。別にいいんじゃない。晶くんなら変に使う事も無いだろうし、秘密って約束したから当面は守ってくれると思う」
「当面ねえ」
一年ちょっとは大丈夫だろう。
それが僕の推測だ。それ以上は微妙なので供給を絶つ必要があるかもしれない。
「まあいいや。お前の見立てをここは信じるとして」
「うん……? あれ、今のもしかして前振り?」
「おう。弓矢と村社にやったエリクシルは何色だ? 黄色あたりか?」
「ううん?」
カプ・リキッドなんて渡しても効果が無い。
「じゃあ透明?」
「まさか」
アネスティージャなんて渡したら大騒ぎだよ。あんな速効性の高い麻酔薬。
「じゃあ、赤?」
「違う」
エクセリオンは輸血に使えるからありといえばありだけど、それだけだ。
「じゃあ何をやったんだよ。えっと、キラ・リキッドだっけ? あの何でも調味料か?」
「ううん。惜しいけど違うよ。あげたのは桃色」
「桃色?」
「うん」
「桃色?」
「そうだけど」
なぜ二度聞く。
と思ったら、ガラッと窓が開けられた。そして洋輔がすっと僕の部屋へと移動してくると、丁寧に窓を閉めていた。つまり防音をオンにしたということだ。
「ばっかじゃねえの! なんつーもんを渡してるんだよ!」
「え、え? でもあれ、別にぼーっとするだけでしょ? ていうかあれに関しては僕が効果を検証しようとすると洋輔が邪魔するし、辞書もそのページだけ破られちゃったからいまいちわかんないんだけど」
「この大馬鹿者!」
なんだか丁寧に怒鳴られた。
いや……、なんか理不尽なんだけど。
「大体だな、お前自身が効果も知らないようなもんをどうして渡そうという発想がでてくるんだよ」
「僕自身は効果をよく知らないけど、ほら、洋輔が何度か作ってくれーって言ってきたことあったでしょ。その時と雰囲気が似てたから?」
「お前のそのピンポイントな記憶力は何なんだ……」
僕としてはその洋輔のピンポイントな地雷がよく分からない。
桃色のエッセンシア――ラブ・リキッド。
繰り返すけど、効果は不明。調べようとする度に洋輔が邪魔してくるのが印象的な道具だった。その割りに作ってくれと頼んでくることもあるからますます謎が深まっていたり。
名前的には親愛を深めるとかそういう感じだと思うんだけどね。
「……たしかさっき、村社と分かれるときに追加要求されてたよな」
「ああ、聞いてたんだ」
「ん、まあ環境音としてだけど……。お前、本気で作ってやるつもりか?」
「そりゃあ、洋輔に作ってと言われて作るのと同じようなもんだよ」
洋輔ほど親しい相手ではないにせよ、友達、あるいは親友にも近いような子だ。頼まれたならば手伝ってあげたい。さすがにエリクシルとかははいそうですか、と渡せないけどね。
「オーケー分かった。お前の失敗を教えてやるよ」
「失敗?」
「ああ。まあお前の失敗っつーか、俺の失敗でもあるんだけどな……」
やれやれ、と首を振りながら、洋輔は言う。
「もうこれ以上の情報封鎖も無理そうだしな。村社と弓矢が漏らしかねん。それなら俺が教えた方がまだマシだ」
◇
その日、ついに洋輔は情報封鎖を解いた。
結果は……まあ。
翌日、つまり日曜日は一日中、お互いにカーテンを開けることができなかった、という事実だけを述べておこう。
徐々に広がる秘密の範囲。
吉と出るか、凶と出るか、それともどちらも出ないのか。