冬が近付く
夜は晶くんもあわせて四人でパーティゲームをいくつかやってみた。
まず最初は定番のテレビゲーム、すごろくのようなルールも兼ねたこれとなると流石に僕にどうこうできるのはミニゲームの所だけなんだけど、まあそのミニゲームで全勝していれば流石に負けるわけもなく。
「いやなんでそんなに上手なの……やりこみプレイヤー?」
「そんなにやったことないよ。やりこむ時間もこの頃は無いしね」
「恐ろしい……次はこっち、レースゲームにしよう」
そして次はレースゲーム。四人一括で勝負なわけだけど、四コースの通しでタイム順位は僕、晶くん、郁也くん、昌くんだった。ちなみに全コーストップ。当然だ。
「なんか人間相手にしてる気がしないんだけど……」
「にーちゃん。忘れたの。渡来さんってあれだよ、格ゲーで僕に猶予1フレームのコンボを叩き込み続けてそのまま完封した人だよ」
「そうだった……」
そういえばそんなこともしたな。
「え? 佳苗って晶くんに勝ってるの?」
「うん。なんで?」
「なんでって……、晶くん、ゲキ強でしょ?」
そうなの?
「自慢みたいで恥ずかしいけど、実は全国大会に出たんだよ」
「へえ……知らなかった。僕も出てみようかな、タイミングが合ったら」
「そのときはボク、大人しく観客席から参加するね。いやほら。うん。渡来さんと格ゲーで勝負するの、割とこう、心が持って行かれる感じがして」
ちなみに猶予1フレームっていうと三十分の一秒ないし六十分の一秒くらい。というとすごい短時間に聞こえるけど、僕に関して言えばそうでもない。一秒を数万とか数億とか数兆とか、そういう単位に引き延ばせるし、引き延ばすまでもなく『理想の動き』の再生がきくからだ。
(おい、そこの人間チーター。バレなきゃセーフ理論はやめろ)
洋輔。そもそも僕はゲーム機にもゲームソフトにも干渉してないから、バレるもなにもないよ。
「じゃあゲームはゲームでもカードゲームやってみよう。トランプとか」
「ああ、それなら良いかも。何やる?」
「四人だから……とりあえずはババ抜き?」
という昌くんの提案でババ抜き開始。
当然一抜け。
「ぽ、ポーカー……」
郁也くんの提案でディーラーが居ないタイプのポーカーをやってみたのだけど、
「ストレートフラッシュ。ハートの9からキングまで。惜しい」
「ねえ。佳苗。なんで?」
「いやそれは僕も聞きたい」
運が向いてるのかな?
どうもトランプも駄目そうだ、ということで、次に引っ張り出されたのはまさかの将棋。いや別にやれというならやるけど。
「忘れてた……佳苗ってそうだ、前多と一緒に試合にも出てるんだった……」
完勝だった。
「なんかさ。にーちゃんがなすすべ無く負けるってすごい珍しいなあ。家族でも一番強いのに」
「ああ、やっぱりそうか」
「え?」
いやあ。
どう説明したものか、いやでもこれはプロの人に言われたことだもんな。そのまま伝えるしかないか。
「僕も原理はよく分からないんだけど、前にプロの棋士さんに見てもらったことがあってね。その人曰く、『僕は一定の基準よりも強い相手には勝てる』……らしいよ」
「うん……? 強い相手?」
「うん。逆に一定の基準よりも弱い相手には勝てないらしい」
さすがにこれは信じて貰えないかな、と思っていたのだけど、意外にも三人の反応は違った。
「そういえば佳苗は剣道……いや、あれは剣道とは違うけど、ぼくより強いんだよね」
「そっか、あきちゃんに勝てる……、え、あきちゃんに? ボクが薙刀持っても勝てないのに?」
「うん」
「待って」
郁也くんのメインウェポンが薙刀みたいに聞こえるんだけど。
と、確認を取ると、元々郁也くんが習得している『武術』は、どちらかといえば合気道などの素手における戦闘を前提にしたものらしい。
ただそれでも敢えて武器を取るならば薙刀や槍といった長いもの。使いこなせるならばと言う前提は必要だけど、そりゃリーチがあるほうが強いからな。納得だ。
「ボクは槍よりも薙刀のほうが得意だからね。それでもあきちゃんの剣道にはついて行けないけど」
「…………、」
確かに昌くん、剣道強かったなあ。
「にーちゃんに剣でも勝てるなら化け物だけど、本当なの?」
「化け物って……晶、それは失礼だよ」
「でもでも、何をやらせてもおかしいし、ゆーともあっさり手懐けてるし。さっきからゆーと、佳苗さんの頭の上なのにまるで疲れるそぶりも見せてないよ」
「まあこのくらいの小猫なら特に……」
若干重いけどそれだけだ。
「いや爪とか、立ってない?」
「大丈夫大丈夫。普段は知らないけど、少なくとも僕に対して爪を出したりはしないから」
「さすがキャットマスター」
待って郁也くん。その呼び名はなんか致命的にダサい。
「父さんとならどっちが強いかな。気になるね」
「あ、それはボクも気になる」
「ぼくもちょっと気になるかな……」
「えっと、朋さんだっけ。昌くんたちのお父さんって強――」
「強いよ」
強いの、という問いかけをするまでもなく。
断定するように答えたのは郁也くんだった。
「ただ、朋さんの主戦力は剣道とはちょっとズレてるけど。それでもボクじゃ相手にならないし、あきちゃんでも滅多に一本取れない程度には強いんだ」
「へえ……って待って、どんな過剰評価されてるのかな僕。それほど強くないよ?」
「いやぼくにあっさり勝っておいてそれは通らない」
「正直あの時昌くんだってちょっと手を抜いてたし、なにより昌くんはあの時剣道で戦ってくれたけど、実際は剣道じゃないんでしょ?」
「それを『実践で感じ取れる』時点で渡来さんも強いと思うけど……」
うぐ……晶くんまでそっち側にいくとは。いや最初から向こう側か。
「佳苗がよかったら、だけど。ボクたちの無念を晴らすべく朋さんに挑戦してみてよ。そして見事に負けてきて!」
「いや坊。それはちょっとどうかと思う」
「それもそうか。じゃあボクたちの無念を晴らすべく朋さんに挑戦してきてよ。そして全力を尽くしてきて!」
「なんだろう、直前に本音が漏れてるからなんとも回答しがたい」
ゆーとはどう思う、と頭上のゆーとを撫でると、高い鳴き声でにゃあ、とだけ。
ううむ。
「まあ、僕は別に良いけどね……、でも、僕は本当に、そこまで強くないからね?」
「いいよいいよ。佳苗が負けたらボクたちとしては思い通りだし、それに佳苗が勝ったとしたらそれはそれでボクたちにしてみれば大歓迎の出来事だしね」
だから本音。
とはいえ、もう夜ということで、実際に手合わせをするのは明日にすることに。
ちょうど午前は道場の準備もあるから、そこでいいかという昌くんの問いかけにもちろんと答えると、さも当然のように晶くんが飛び出して朋さんに連絡を取って、
「じゃあ、明日の朝八時頃から、仕合ということで」
「うん。……うん? 仕合? 手合わせじゃなくて?」
「なんか父さんもちょっとやる気みたいだよ」
晶くんが珍しくもにやりと笑って言う。
やる分には良いけど、僕よりも洋輔の方が適任なんだけどなあ……切った張ったは、特に。
「さてと。それじゃあそろそろ遅いし、それぞれ寝るとしようか」
「そうだね。ゆーとは普段どこで寝てるの?」
「だいたいボクと一緒かな。たまににーちゃんの方にいくようになってきたけど」
「そっか」
とりあえずゆーとを晶くんに手渡すと、ゆーとはもがいてあっさりと晶くんの手の内から逃れ、するりと床に降りると僕の身体をよじ登って肩までやってきた。
「……えっと。佳苗、ゆーとはどうも、佳苗と一緒に寝たがってるみたいだけど、良いかな?」
「僕は良いけど……、晶くんはどうする?」
「ちょっとショック……」
「じゃあ一緒に寝る?」
「いいの?」
「僕は良いよ。晶くんがいいなら」
「じゃあそうする!」
「ふうん」
と、そんなやりとりを見ていた郁也くんは興味深そうに頷くと、笑って言った。
「あきちゃんの言葉を疑ってたわけじゃないけど、本当に佳苗は凄いね。晶ちゃんがここまで懐く相手なんて、家族以外じゃボクくらいだと思ってたよ」
それはとても良いことだ、と。
◇
年下の子と一緒に寝るというのもなんだか妙な気分だなあ、とか思いつつも、二人してゆーとをかわいがりながらそのまますうっと眠りについて、翌朝。
「おはよう、佳苗」
「おはよう、昌くん」
部屋を出たところでばったり出会った昌くんと挨拶をしつつ、一緒に洗面所へと向かうことにした。
「郁也くんは?」
「坊ならまだぐっすり。晶は?」
「ゆーとの背中に手を置いて微睡んでたからそのままだね」
「起こしちゃっても良かったのに」
「いやあ。まだ朝も早いからさ」
まあね、と昌くんが答えたところで洗面所。
丁度良く時計もあったので改めて時刻を確認。
朝の五時半。まあ、早いというか早すぎるというか。
「晶の寝相、悪くなかった?」
「むしろ僕がやばかったかも……。ていうか僕、一度寝ちゃうとまず起きないからね。蹴られても」
「それは鈍感にもほどがあるなあ。寝てる間に何されるかわからないよ」
「敵意には敏感だからその辺は大丈夫」
「大丈夫かなあ……」
顔を洗って歯磨きをする合間にそんな他愛のない会話をして、っと。
「ふう、さっぱり」
「同じく。どうする、佳苗は先にご飯たべる?」
「いや、皆と一緒で食べよう。にしても、昌くんはこんな時間に起きて何してるの?」
「朝は身体を少し動かすんだよ。主に掃除でね。それが終わって時間があれば、ちょっと素振りくらいはするけれど」
「なるほど。じゃあ掃除、手伝うよ」
「別に良いのに」
「手持ち無沙汰だし、ついでついで」
「それなら、おねがい」
もちろん部屋に戻ってゆーとを撫でているというのも有意義に違いは無いのだけど、とか思いつつも、今は昌くんを優先しておく。
一緒に道場へと改めて向かって掃除用品を借りたら、そのままきちんとお掃除開始。
なかなかに広い道場なだけあって、掃き掃除をするだけでも結構大変だ。ぞうきんがけも考えると結構時間掛かるかもな。ましてやこれを一人でやろうとしたら大変だろうに。
そんなことを話しかけようともしたけれど、いつにもまして真剣な様子の昌くんを見て断念。別に怒られるようなことはないはずだ、けれど、たぶんこれは昌くんのルーチンなんだと思う。
毎朝起きたら道場をキレイにすることで精神を整える、みたいな。
これも一種の『集中することに集中』になるのかもしれない。
結局会話を挟むことはなく、何をするのかは昌くんから真偽判定を絡めていろいろとやるべきことを読み取っていざ終えると、
「ふう……大満足。なんか普段よりも大分楽に出来たなあ……って思ったけど、そりゃあ二人でやれば当然か……」
とてつもなく満足そうに言って、昌くんはにへらと普段とは違った笑みを浮かべた。
こんな表情は初めて見るかもしれない。
「佳苗はどうだった?」
「そうだね。大きな場所を掃除するとやっぱり楽しくなるっていうのは、あるかな。それと……なんだか少しずつ、少しずつ、空気が澄んでいくような感じもした」
「それは良かった。心が澄んでる証拠だよ」
心が澄む……それはどっちかというと猫に囲まれているときの方が感じるけれど、ただ文字通りの意味でもなさそうだ。
「昌くんは毎朝、こうやってるの?」
「必ずしも、ではないよ。忙しいときとかは別件を優先することもあるし、父さんが先にやっちゃってることもあるからね。でも、大体はそうかな……」
「いいなあ、そういう習慣があるのは」
「佳苗にはないの?」
「んー……」
普段、朝起きてやることか。
とりあえず錬金術を数回やって魔力を溜めておくのと、薬草のストック確認して足りなければ追加で作っておくのと……、そのくらいか?
「あんまり無いかも」
「そっか。これ、って決めておくと、その日の自分の調子とかも分かって良いよ」
ああ、なるほど。
むしろその体調把握が主目的か、と納得。
「そうだね。何か適当な事を見つけてみるか……亀ちゃんとじゃれるとか」
「いや猫とじゃれるのはルーチン化が難しいと思う」
それもそうか。いくら僕でも猫の行動までは精密に指定できないし……。
「じゃあ、話を変えようか。佳苗、父さんと仕合するわけだけれど、武器はどれを使う? 一応、この道場に置いてあるのは全部練習に使えるやつで、竹刀、木刀、薙刀、槍あたりになるけれど」
「んー。郁也くんのお父さんは何を使うのかな?」
「佳苗が竹刀を持つならば竹刀であわせるだろうね。それ以外なら木刀」
ってことは剣道というより剣術寄りなのかな……、さすがに筋肉の付き方から何を使うのかとかが見抜ける僕ではない。冬華ならやりかねないけど、洋輔にもできないだろう。
で、僕に提示されている武器は竹刀、木刀、薙刀、槍。
単純に考えればリーチの長い武器の方が強い。けど、薙刀は正直、まともに扱ったことが無い上、まともに使っている人を見た回数がかなり少ない。
槍はその点まだマシだけど、思考が追いつくかは微妙だ。理想の動きの再生で『それっぽい』動きならばできるだろうけど、それ止まりだし。
となると竹刀か木刀か。こっちの二つは剣の応用でなんとかなる。
で、竹刀を持てば相手も竹刀、木刀を持てば相手も木刀。
ここで注意としては、僕が竹刀を持ったところで、やるのは剣道じゃないと言うことだ。それは奇をてらうという意味ではアリだろうけど、話を聞いている限り昌くんでもかなり手強いと感じる相手だ。そんな奇策が通用するかな?
ならば使いにくい武器で奇策をしかけるよりも、扱いやすい武器で色々な人の動きを再生したほうがいいかもしれない。魔法に依存しない純粋な剣士ってさほど見てきたわけじゃないけど、それでも居ないわけじゃないし、教員の中にもその類いの人が居たからな。あの人のコピーでそれなりには戦えるはず。
最悪目の前の相手を模倣することも考えよう。
「なら木刀かな」
「へえ。佳苗ならば何を使いこなしても驚かないけど、一応理由を聞いても良いかな」
「薙刀はまともに持ったことがないし、槍もちょっとね。振り回すには僕の体格が足りなさそう。剣道ができるわけでもないから、それならば使いやすい木刀がいい」
「なるほど。防具はどうしようか」
「寸止めすれば良いんでしょ?」
「あはは、自信があっていいね」
父さんに一撃入れるのは難しいよ、と昌くん。
実際僕も微妙だとは思う。
「仕合をする時、服装はどうする? そのまま私服でも構わないけれど、道場着でよければ貸し出せるよ」
「借りても良いかな。そっちのほうがそれっぽいから」
「了解。出してくるか」
「いや、その前にご飯じゃない?」
「ああ。それもそうだね……じゃあ、そろそろ坊たちも起こそうか。良い時間だ」
そうかな?
まだちょっと早いと思うけど。
「佳苗は悪いけど、晶を起こしてくれるかな」
「もちろん」
◇
晶くんは目覚めが良いタイプだったようで、かるく声を掛けたら簡単に起きた。微妙にゆーとの位置が変わっていたので、ゆーとが布石を打つかのようにちょっと動いていてくれたのかもしれない。どちらも良い子だ。
で、ゆーとを抱えて顔を洗いに行く晶くん。特に抵抗するそぶりがないと言うことは、ゆーとにとってもこれが日常なのかな?
気になったので一応軽く後ろから見ていたら、ゆーとには洗面所で朝ご飯が出されていた。納得。とはいえゆーとも多少眠気が残っているのか、あるいはそれを奪う者が居ないことを悟っているからか、ずいぶんとのんびりと食べている。まだ寝ぼけ半分なのかもしれない。
で、その後は皆で揃って朝ご飯。
朝食を準備したのは朋さんで、まるで旅館で出てくるような和食セットという感じ。そして味もごくごく当たり前のように美味しい。すごいな……。
食事中は話をしてはいけませんタイプの家庭ではないことが昨夜の段階で判明していることもあって、ちょっと雑談を交えつつの食事で、この後の仕合についてもちょっと話したり。
一応ハンデは無し、単純な仕合。お互いに武器は木刀一本だけ、一本の時点で勝負あり。そのあたりはあっさりと話が通ったのだけど、さすがに防具については少し悶着がついた。
とはいえ僕にわざと当ててくるような事を朋さんがするわけもないし、朋さんとしても僕の攻撃をまず受けるわけがないという自負があったようで、結局防具はお互いに着けないことに。防具を着けないからこそ、当ててはいけない。そこは厳守だけども。
「佳苗。できたら一発頭に打ち込んであげてね」
「昌。そういう事は私が聞いていないところで言いなさい」
「渡来さん、頑張って!」
「晶。少しはお父さんを応援しなさい」
「佳苗ならなんだかんだ良い勝負しそうだもんね。あはは楽しみ」
「郁也くん。君も少しはフォローしよう」
そして全体的にスルーされているあたり、朋さんって割と不憫な気がする。
最後の最後に締まらないとかあいうよく分からない補正があるらしいから、そのせいで舐められてるだけかな?
別に悪意があってそんなやりとりをしているわけでもなく、
「父さんだって頑張ってよ。簡単に負けられたりした日にはおじいちゃんが黙ってないから」
「……善処します」
なんて、一応そんな応援もあったけど、とってつけた感は否めないよなあ。
というわけで食べ終えて、ごちそうさま。
とても美味しかったので、お礼の仕合は全力を尽くすことにしよう。
昌くんから借りた道場着を持って一端部屋に戻り、着替えてから眼鏡を外して、バレー部で使っている方のスポーツ眼鏡をかけ直す。
和そのものな感じの道場着と会わせてみるとびっくりするほど似合わないけど、まあやむを得ない。
準備完了。
一足先に道場へと向かおうとすると、途中でゆーとを抱えた晶くんが待っていた。
「渡来さん。一緒にいきましょう!」
「そうだね」
晶くんとゆーとを引き連れて、そのまま道場へと到着。
とはいえ微妙に空気を読んでいるのか、ゆーとは晶くんの肩の上で眠たげにうつらうつらとしていて、走り回るような事はしていない。
……もしやってたら昌くんあたりが悲しみそうだしな。
「木刀はそこにあるやつならば、どれでも自由にって」
「じゃあこれかな」
敢えて選んでよいと言われたのは、微妙に長さが異なるからだろう。
僕が選んだのはもっとも長さが中間的なもの。一般的な木刀と比べればちょっと短めかな……、ま、扱いやすい程度だとは思う。
そして、もう一本。
「別に二本以上持っても良いんだよね?」
「へ? ……えっと、もちろん問題は無いはず、だけど。まさか二刀流?」
と、答えたのは昌くんだった。
木刀を手にしている一瞬の間に来ていたらしい。
「ダメなら普通にやるよ」
「別にダメじゃないよ。ただ、二刀流なんて基本的にはデメリットのほうが目立つと思ってさ」
「ああ。昌くんが想像してるような二刀流とは違うと思う」
と言うわけで、もう一本の木刀を手に取る。手に取ったのは特に短めの木刀で、それは左手に構える。これでよし。
「脇差し……」
「あるいは盾かな。どうもねー。僕にはこういうスタイルが向いてるらしくって」
というより、普通の戦闘が得意ではないため、基本形を取るしかないというのが現実なのだけど。両手に木刀を構えて、軽く振ってみる。バランスは……ほぼほぼ理想的かな。右手側をもう少し重くしたいけど、これ以上長くすると再現が難しい。
「洋輔ならばまともにやるんだろうけど」
でもそれは、洋輔の話。洋輔は洋輔で、僕は僕だ。
道場の中心に歩いて行って、まずは気負って構えを取る――ついで理想の構えを取る。
大丈夫。再生に問題は無い。あとはそれこそ、相手次第。
「すごいな。『そういう構え』は初めて見るけれど、なんだか随分と様になってるみたい」
「にーちゃんがいうならそうなんだろうけど……渡来さんって、剣術に心得があるの? そうは見えないんだけど」
「まさか。見よう見まねだよ。戦闘なんて洋輔にやらせれば良い」
人には向き不向きがあるし、ね。
というわけでちょっと準備運動をして、時間を待つ。
果たして、やってきたのは道場着を纏った朋さんで、朋さんが取ったのはもっとも長い木刀だった。すっと構えられた木刀が振り上げられると、少し遅れて風の裂かれる音がする。素早い。いや、スピードそのものは普通だ。ひたすらに綺麗なだけで。
「ふうん、二刀……、また面白い構えを取るものだ。ただの憧れからやっているならばまだしも、きちんとそれを様にしている」
そして昌くんと同じようなことを言って、朋さんも道場の真ん中へと。
離れたところに、昌くんと、少し緊張しているような郁也くん。晶くんはわくわくを隠せずに居て、そんな晶くんの肩の上ではくああ、と、ゆーとがあくびをしていた。
人間の都合なんぞ知ったことか、そんな感じに。
「木刀はその二本でいいのかい」
「はい。これ以上長いと使いにくいので」
だからこれで。
仕合は道場の真ん中にある印、から少し離れて向かい合い、「いざ尋常に」と郁也くん。
そう、いざ尋常に。
ただし正々堂々とは言わず。
◇
「始め!」
号令が下ると同時に、小手調べだろうか、無造作に朋さんは懐に踏み込んできて、そのまま木刀を僕の右肩めがけて素早く振り下ろしてきた――いや、さっきも感じたけど、やっぱり早いわけじゃないんだ。
あまりにもブレがなさ過ぎる。動作が洗練されすぎている。一挙一動その全てに無駄がなく、だから素早く感じるのだろう。それはつまり身体的あるいは肉体的な素早さではなく、技術としての早さという意味合いが強い。
だからこそ対応もそこまで難しいわけじゃない。その一撃自体はただの攻撃で、だから普通に避ける……、返しもあるよなあ。ならば逸らすが一番か。
左手に握った短い木刀で一撃を加えてくる木刀をまずは受ける。そして力の向きなどをきちっと認識してから逸らす形に重心などをずらして外側にはじき、それと並行するように右手で握った木刀では突きを選択。ほとんど最速で入れた突きだ、威力はさほど無いにせよ、最初から避ける気がなければ避けきることは難しい。
が、朋さんは自身の武器を手放すことで回避の選択肢を広げた。突きという攻撃は点に対する攻撃であるが故に、その点から身体を外すことが出来れば簡単に回避できるし、そこから強引に斬り下げなり斬り上げなりに変化させるとなると威力ががた落ちする。一瞬で大胆に回避する事を決断できたんだ、そのあたりを受けきれると判断されてるかな。
ならばと、朋さんが木刀を手放すことが確定した時点で、僕も突きを試みた右手の木刀を放棄、左手の木刀は手首を使って上に投げつつ右腕は朋さんの攻撃を牽制して、放棄された結果慣性で空中に残っていた木刀を左手で掴むとそのまま朋さんに斬りかかる。
それは想定外だったのか、朋さんは後ろに引くようだったので、上に投げた短い木刀は右手で改めて握りしめ、この時点での結果としては僕は左右の木刀を持ち替えて、朋さんは素手になる。もちろんこれで『一連』はまだ終わらせたくないので、右手に構えた短い木刀をこれまた手首で朋さんに投げつけつつ回避を強要、左手の木刀で朋さんに左から斬り上げ……ようとしたら朋さんは投げつけられた木刀を回避せずにはたき落としていて、ああ、やっぱりこの人は強いんだなと思う。僕の斬り上げにきっちりタイミングを合わせてすっと手を添えるように木刀をあっさり受け止められたので、投げつけた結果はたき落とされた木刀を右足で蹴り上げて朋さんの肩を狙うと、これは朋さんとて想定外の様子、一瞬だけど躊躇があった。この躊躇は当然、とがめていかなければならないだろう。
左手の木刀に僕は右手も添えて両手持ち、からの右手の慣性で軌道変更。木刀を上から手を添えるだけで完全に止められている、というのも要するに力の向きをきっちりあわせられているから現象としてはそうなっているだけだ、ほんの少しの変更ならば簡単に朋さんも随時力を入れ直せるだろうけれど、回避をするにあたっての一瞬の躊躇がそのタイミングをワンテンポだけ遅らせる。そしてそのワンテンポだけで抑止から抜け出せる以上、捻るように木刀を揺らして朋さんの左脇腹を捉え、そのまま打ち抜いてしまうのもありかな、とか思ったけど、やめておいた。
ぴたり、と。
ちょうど道場着にあわせて、木刀は止めている。
「……うわあ。実戦だったら命がなかったなあ」
「いやあ、どうでしょうね。実戦だったらあんな思い切った回避をされた時点で僕は逃げると思いますよ? あんまり得意じゃないし……」
「今の動きを見て『得意じゃない』と言われてもね」
やれやれ、と朋さんは両手を挙げた。
とりあえず、一本だ。
「……あれ。なんか、いろいろと展開が早くてよく分からないんだけど……、始めって合図をしてから三秒たらずなんだけど、え、もう終わってるの?」
「ああ。渡来くんの勝ち、私の負け。剣術かとも思ったが、君のそれは有名所の剣術とは合わないな……それ以前に君のそれはなんというか、人間技じゃないね。『理論値』という感じだ。ワンミスで全てが崩壊するような『つなぎ』を、一切ミスしなかったという所か。それに加えて、どこまで意図していたのかは分からないけれど、君の『後出し』は少々えげつない」
そして当然のように色々と見抜かれている。
後出しの所も気付かれてるあたり、この人やっぱり強いな。身体強化だけだと洋輔じゃ勝てないかもしれない。冬華ならなんとかなるかな? もちろん全力全開ならばそもそも勝負を成立させないというのは僕も含めてそうだけど……。
「後出しってどういうこと、父さん」
「ん……そうだなあ。全部。全部という表現でも間違いではないだろう」
「全部……?」
「私が木刀を手放すと決めた瞬間に、それを悟ったかのように渡来くんは攻め手を変えた。そこからほとんど渡来くんのペースだ。つまり最初の一発で勝負を決めることが出来なかった時点で、私は徐々に追い詰められて、あっさりと王手詰みまで持って行かれたわけだな」
「あー。納得」
と、ハテナを飛ばしている昌くんの隣で郁也くんがぽんと手を叩いていた。思いのほか大きな音がなったからか、その横の晶くん、の肩の上で眠そうにしていたゆーとが驚いている。
「バレーやってるときも、佳苗は『相手の行動が決まった瞬間に動いてる』んだよね。あれがバレー以外の仕合でも適応できるってことか。……え? それ、佳苗って無敵じゃない?」
「まさか。僕は無敵にほど遠いよ」
床に落ちた木刀を拾い上げて、きちんとそれは否定しておく。
「一対一だからなんとかなるだけ。一対複数になったら、僕はたぶんまともに抵抗すら出来ないよ」
防衛魔法ありならばどうとでもなるけど、それを言うなら洋輔がやっぱりどうしようもないわけで。
「渡来くん。君の師匠は誰だい? 君みたいな強さともなると師がいるとおもうのだが……」
「師匠ですか。この世にはいませんね……」
「……ああ。そうか。済まない、悪い事を聞いた」
「…………。いえ」
この世にはいないと言うか、この世界には居ないというか、そういうニュアンスだったんだけど、がっつり誤解されたな……。誘導してないのに。まあ良いけど。
「それで、昌。これで満足したかい」
「うん。これで未練は断ち切れたかな……流石にあんな動きをされると、剣道部のお手伝いをお願いするわけにも行かないし。当初の予定通り、坊にお願いするよ」
「それが良いだろうな」
うん?
……なるほど、僕には僕の目的があったように、昌くんにも魂胆はあったのか。全然気付かなかった。
そして、そのことを追求するよりも前に。
「昌の無茶に付き合ってくれたお礼だ。渡来くん。私が昨晩の間に知り得た『潮来言千口』という人物について、教えよう」
朋さんは機先を制するようにそう言った。
◇
冬の始まりと共に明かされるのは、弓矢と村社の原点にして原典。
潮来言千口の、『大仕賭け』――