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中間色々夢現  作者: 朝霞ちさめ
~秋~
20/25

弓矢家地下に眠るもの

 昌くんの家にお邪魔するなり、

「こんにちは、渡来さん! それと郁也さんも!」

「こんにちは、晶くん」

「うん、こんにちは」

 と、晶くんの歓迎を受けた。

 厳密には郁也くんが晶くんの歓迎を受け、僕はゆーとに歓迎をうけたような気がする。

「とりあえず上がって。部屋に案内するよ」

「ありがとう、昌くん」

「どういたしまして。坊はいつもの部屋でいいよね」

「もちろん」

 そんなわけで、郁也くんはいつもどおり使っている部屋へ。

 僕が通されたのはそんな郁也くんの部屋の隣で、僕の家にある自室よりもやっぱり広いような……、それに割とお客用というか、一通りの家具が揃っている。流石にキッチンとかはないけど。

「適当に色々使っちゃってね。ご飯とかは食堂で食べることになるけど、飲み物とかお菓子は自由に持ち込め……、ゆーと? あれ? なんでここに居るの?」

「さっきから付いてきてたよ」

「にゃ」

「にゃ、じゃないよ。佳苗の猫寄せも大概だよね、本当に……ごめんね、迷惑かけて」

「そんなことないよ。僕は猫に包まれればそれだけで人生幸せである自信すらあるからね」

「鶴来が泣いてそうだ」

 うん?

 なんでそこで洋輔?

「まあいいけれど。ゆーとが邪魔になったら適当に捨て置いて。ゆーと、結構自由に家の中をあちこち移動してるから」

「わかった」

「それと荷物は適当に広げちゃって良いけれど、どうする? 洗濯はどうせぼくがやるし、やるものがあるなら出しておいて」

「全部任せるのは悪いなあ。手伝うよ」

「そう? 助かるな」

 体育着とかは流石に汗がちょっとね。

 というわけで、洗濯物袋にジャージは入れておく。

 さらに家から持ってきたバスタオルにハンドタオル、下着に着替えとパジャマも出して、組み立て式のスタンドをさくさくと組み立てたらハンガーを掛け、そこに学ランとスラックスを垂らしてはい完成。

「いや手際が良いのは今更だけど、え、何? 佳苗っていつもそんなもの持ち歩いてるの?」

「いやあいつもってワケじゃないよ? 演劇部があるときくらいかな」

「ああ……ってそれでも大概いつもなんじゃ」

 実際に結構便利なんだよね、組み立て式衣装スタンド。ちょっとした事に使えるし。

 ちなみに今日もってきているのは畳にダメージを与えないように形状の工夫をしておいた。

「にーちゃん、こっちオッケーだって」

「了解。それじゃ、坊も準備はできたみたいだし、お風呂済ませちゃおう」

「うん」

 持って行くのは洗濯物袋と着替え類、タオル類。

 石けんとかシャンプー類は準備してくれているということだったので任せてしまった。

 で、いざ通されたのは文字通りの大浴場……って、まあこれは知ってたけど、

「……これ、誰が使うの?」

「道場に通う人とかが、たまに?」

 まさかロッカールームまであるとは……。

 ううむ、本格的に銭湯に来たかのような感覚に襲われているけどまあそれはそれ。

 体育着を脱ぎ去ったところで、ふとゆーとと視線が合った。

 ゆーとはじとーっと僕を見ている。

 …………。

 ふむ。

「ねえ、昌くん。ゆーともお風呂に入れる?」

「え? ……いや、えっと、ちゃんと洗ってはいるけど、すごい暴れるから」

「大丈夫大丈夫。さあゆーと、おいで」

 というか、来い。

 僕の視線に屈したのか何なのか、ゆーとはととと、とゆっくり歩いてきたので抱きかかえて、そのまま肩の上にのせておくことに。

 そのまま下着も脱いで、いざ大浴場の間。

 そこにあるのは石畳風の床でカジュアルな空間、そして大きな浴槽はヒノキのようだ。

 広さもちょっとした銭湯より大きいかもしれないし、脇には水風呂まである。

 そして洗い場では一足先に晶くんと郁也くんが頭を洗い始めていた。

「おじゃましまーす」

「あ、佳……、え? 佳苗、ゆーと連れてきたの? 暴れるよ?」

「え、郁也さん何言って……うわあ本当に連れてきてる」

「ゆーとって普段、結構お風呂嫌がるんだ?」

「うん。にゃああああ! ってなって、洗ってる方もびしょびしょになるんだよ」

 ごめん晶くん、その表現はちょっとわかりにくい。

 身体を振ってってことか?

 まあ犬とかもよくやるしな。そういえば亀ちゃんはそれをあんまりしない気がする。

「それで、ゆーと用のバスタブはあるかな?」

「え?」

「その様子だとなさそうか。風呂桶一個借りるよ」

 ゆーとがびっくりしないようにゆっくりお湯をシャワー出だして、温度は思い切って下げていく。目安は大体人肌、ぬるま湯だ。

 そうしたらゆーとを風呂桶に入れて、まずは首からゆっくりとマッサージをするようにこね回しながらお湯を少しずつかけていく。

 最初こそびくっとして逃げようとするそぶりも見せたけど、そんなのは一瞬で、すぐにごろごろと心地よさそうに目をゆっくり閉じ始めた。

「よしよし、せっかくだしキレイにしようねー」

 猫用のシャンプーはあったので、せっかくなので丁重に洗っておこう。

 首元から背中、尻尾へと。シャンプーの量はきもち少なめ、マッサージも忘れずに。

 一通り洗い終えたら『すすぎ』の段階だ、こちらはシャンプーがちょっとも残らないように入念に、けれどあんまり長時間になるとゆーとにも負担になるので手早く済ませて、最後にきちんとタオルを押し当てて水気を取っていく。

 よしおしまい。

「手際が良すぎる……」

「見とれちゃったよ……」

「え、まだ頭洗ってるの?」

 もう七分は経ってるけど。

 どうやら猫を洗っている姿がちょっと不思議だったらしい。

「まあいいや。はいゆーと、あとは無駄に濡れちゃうからね、外で待ってて」

「にゃん」

「話の分かる良い子だね」

「おかしい。絶対におかしい。なんでゆーとがあんなに素直なの?」

「佳苗だからとしか言えない兄ちゃんを許してくれ……」

「いや実際、佳苗は猫に関してはなんか変だからね。いや猫に関さなくても割と変なところがあるけれど……」

 郁也くん、地味にディスるのはやめてほしい。

 そして晶くんもなるほどーって納得するのはどうかと思う。

 ……いや、正しいけどね?

 そんなこんなで四人並んで改めて、髪を洗って身体を洗って、人心地といったところでいざお湯に。

 室内とはいえ広いお風呂だ、具体的にはちょっと泳いで遊べるくらいに。いや泳げるほどの大きさはないか。

 もともと体付きが小さい方とはいえ中学生の男子が三人に小学生が一人一緒に入ってもとてつもない広々感、それぞれが四隅に居座ると若干声を大きめに出さないといけないような距離感があるんだから、やっぱり広すぎる部類だと思う。

 何人向けなんだこれ。いや聞いた方が早いか。

「ねえねえ、やたらと広いヒノキ風呂だけど、これ、何人くらいで使う事があるの?」

「道場関連で使う事がおおいから、大人の七、八人くらいが基準かな。多いときは十二人とか。それでもあんまり狭くはないよ」

「だろうね……」

「逆に普段は四人くらいなら、普通のお風呂を使っちゃうんだ。でもほら、せっかく佳苗も来るし、佳苗の泊まりなんて珍しいからね」

「あはは、嬉しいな。でもごめんね、かなり手間でしょうに」

「そうでもないよ。使う使わないに関係なく、どうせ毎日二回掃除はあるし」

 ああ、そうなのか。

 ていうかそりゃそうだよな。

「じゃあ、掃除も手伝うね」

「え、別にいいのに」

「せっかくだもの。こんな広いお風呂に、こんな広い家にお泊まり……、なかなか出来る体験でもない上、猫までいるんだから最高だよ」

「佳苗はぶれないなあ」

「渡来さんって猫の化身みたいですよね!」

「ああ、言えてる。しょうちゃん、やっぱりセンスあるよね」

「坊。ちょっと佳苗が不服そうだけど――」

 ちょっと?

「――かなり不服そうだけど」

「あはは、あきちゃんは人が良すぎるよ。そこが安心できるところでもあるんだけど……良い機会だし、アレしようよアレ」

「坊」

 おや……、明確に昌くんの声色が変わった?

「良い考えだと思ったんだけどなー。別に佳苗なら怒らないと思うし、誰にも言わないって」

「そうだとしても、あんまり良いことでもないんだから。というか晶もいるし」

「いいじゃん、しょうちゃんも一緒で」

「よくない」

 手を使った水鉄砲でばしゃりと郁也くんを攻撃しながら昌くんは言う。

 が、郁也くんはそれを華麗に回避。

 数秒の後、お湯掛け合戦が始まった。

「ねえ、晶くん。この二人、だいたいいつもこんな感じ?」

「うん……普通のお風呂でもだいたいいつもこんな感じ」

「そっか。仲が良いねえ」

「……渡来さんも」

 ん?

「渡来さんも鶴来さんと、こんな感じの、その、仲良い感じなんじゃないですか?」

「んー……僕、洋輔とはあんまり一緒にお風呂とか入らないしね。とくに最近は洋輔の方が嫌がるんだよ。今更恥ずかしいも何もないのにね」

「あー……。うん。なるほど」

 え、なんで僕は晶くんに納得されてるんだ。

 気付けば二人のお湯掛け合戦も中断していて、「マジか」などと昌くんが漏らしていた。

「てっきりぼくは鶴来が隠したがってるだけで、大概なのかと思い込んでたけど」

 そして、そんな言葉の背後にある感情に気付いて。

 僕はふと天井を見上げて、呟くように答える。

 天井まで銭湯っぽかった。

「洋輔は優しいからね。……僕はそんな洋輔だから」

 きっと契約をできてしまうほどに、心を許すことが出来たのだろうし。

 きっとそんな相手は未来永劫、洋輔以外には現れないだろう。

「……なんだ、自覚はしてるんだ」

「洋輔は知らないけどね」

「……鶴来は、佳苗を待ってるのかもね」

 待ってる、か。

 それでも僕は洋輔を、つれて行きたくないような。

 けれど、つれて行きたいような……。

「って、あれ? ねえ、ゆーとどこ行ったの?」

「え? ……あんまり気にしてなかったけど。いつも通り適当に遊びに行ったんじゃない?」

「…………」

 昌くん……たぶん今頃床がびしょ濡れだよ……。

 いや、まあ、いいか。

 せっかくの大浴場だ、水を差すのもなんか違う。

 僕はそんなことを勝手に思って、身体をゆったりと温めることにするのだった。

「……そうだ。あとで昌くんたちに面白いモノあげようか」

「面白いモノって?」

「一番最初に手に入れたとき、洋輔が二度と作……、二度と持ってくるなって言ったもの。この前ちょっと色々あって使いそうだったから用意したんだけど、使わなかったんだよね」

「ふうん。……なんだか禄でもなさそうだけど、鶴来が止めてるならなおさら。なにそれ?」

「身体に悪いモノじゃ無いと思うよ? まあ僕も正しい使い方は知らないんだけど」

 エッセンシアの一つだし、害があるタイプのものでもないし、ね。



 なお、お風呂に入っている間は洋輔に対して感覚共有の拒否と思考遮断をしていたので、この一件が露呈するのは週明けの学校でのことなので、もちろん今の僕に知るよしもないのである。



 お風呂上がり、さも当然のように出された牛乳をちびちびと飲んでいると、「さて」と昌くんが話を区切った。

 なんだろう。

 なお、ゆーとは思ったよりも濡れてなかったようで、それほど床は酷いことになっていなかった。ちょっと拭いただけで大丈夫だったしね。

「それじゃあ早速、地下行ってみようか」

「あれ、今日行くの?」

「明日の午後、道場を使う予定があるんだ。だからその前にすませないと……、かといって朝は落ち着かないかなって。もちろん、朝のほうが良いならそうするけど」

「いや、僕としては早くて構わないよ」

「じゃあ早速」

「ん」

 もちろん直行というわけでもなく、まずはそれぞれ部屋に戻って軽く準備はすることに。

 この前の林間学校にも持って行ったポーチバッグを装備した他、昨晩洋輔に無理矢理お願いして眼鏡のバージョンも上げており、『拡張機能:表示固定(スクリーンショット)』を256枚まで保存できるようにしてある。さすがにそれ以上は僕の技術的に厳しかった。錬金術的なものならともかく、魔法的な操作だったし……そっちは苦手なのだ。ちなみに色別とかも含めての表示固定になっているので、便利とも言えるし不便とも言える

 そもそも錬金術にせよ魔法にせよ、記憶への干渉が苦手だからなあ。記憶力を強化するとかそういうわかりやすいものが存在しないのだ。あったら間違いなく使ってたんだけど……無い物ねだりをしてもしかたがないか。

 で、ポーチバッグには一通りの工具が入れてある。分かりやすいところだと金槌やペンチ、小型のバール、ノミ、(きり)とか。流石にかさばるから(かんな)(のこぎり)は持ってきていない。マテリアルは持ってきているから、いざとなれば作れるけど。

 今更だけど錬金術って原則として質量保存の法則をガン無視してるんだよね。小さなものを大きなものに作り直すとかも出来るし。もちろんサイズの変更は品質値をがくっと下げてしまうことが大半だから、本来ならばそう易々とできないんだけど、品質値の固定がノーコストでできるようになっちゃったからなあ……。

 ともあれ一通りの工具はある。電気系統だとしたら……その時はその時考えよう。

 それと一応、賢者の石とかの治癒系統も持ち出して、っと。

 最後に洋輔から追加で貰っておいたひよこチック7号に鞄を見ておくように指示。僕以外の誰かが開けようとしたら知らせるように、だけどそれだけで良しということにした。杞憂で住むならそれでよし、そうでなくとも転ばぬ先の杖だ。

 これで準備は完了……、いや、あと紙束も持って行こう。

 今度こそ完了だ、と部屋を出ると既に廊下で郁也くんと昌くんが待機していた。

「二人とも早いね」

「いや佳苗が遅かっ……、えっと、思った以上に本格的な装備してない?」

「そう?」

 というか郁也くんにせよ昌くんにせよ、装備らしい装備をしていないんだけど。いくらなんでも軽装すぎない?

「必要かどうかは分からないけど、いざというときになんとか出来るような道具はいくつか持って行こうと思ってさ」

「ああ……うん。なんかやっぱり本格派だよね、佳苗は。まあいいや。こっちだよ」

 微妙に諦めの感情が交ざっているのが気にならないでもないけど、昌くんについて移動していくことに。ちなみに途中でゆーとと出会ったのだけど、地下までつれて行くのもなあ、ということで、「またあとでね」と一端送り出した。恐らく晶くんのところにいくか、あるならばお気に入りのスポットで休憩だろう。

 いざ道場に到着。

 前にもちらっと見たけれど、やっぱり広いよなあ。

 剣道用の竹刀が何本か掛けられていたり、あとは木刀とかも壁には展示されている。

 そして所々にお札が貼られてるけど、これは魔除けか風水か、そのあたりかな?

 それとも神社で貰ってきたやつかな。案外全部かもしれない。

「そうだ。佳苗なら初見でも地下の入り口とか看破できるんじゃない?」

「坊も時々妙に佳苗を過信してる気がする……」

 昌くんの呆れ声に苦笑を浮かべつつも、一応確かめてみる。

 ざっと周囲をながめて、んーと……。

 ちょっと道場の真ん中、から少し道場の奥側へと歩いて。

「ここの床が入り口か。んー……電動式とも思えないし、普通にずらせるのかな? ああ、開いた開いた。おー、ちゃんと階段なんだ。でも中は暗いね……懐中電灯持ってきておいて正解だったかな」

「…………」

「…………」

「どうしたの、二人とも」

「おかしい。ボクは確かに無茶ぶりをしたはずなのに、なんで?」

「坊も時々妙に佳苗を過信してるけど、佳苗はそれを余裕で超える事が多いよね……」

 今度は呆れ声が二つになっていた。なぜ。

 それでも二人は歩いてくると、まずは昌くんが最初に階段を降りてゆく。と、突然奥が明るくなった。

 これは……蛍光灯の光?

「大丈夫だよ、佳苗。とりあえずぼくたちが知ってる範囲では明かりが付くから」

「ああ、そうなんだ?」

「うん」

 つまり電気工事をしたってことだよな。そこまで隠しているわけでもないのか?

 洋輔の家にも地下シェルターとかあるし、その一環なのかもしれない。

 それなりの深さがある階段を降りきると、少し開けた、横に長細い空間に出た。その空間の奥には扉がどしんとある。

 階段から扉までは二メートル弱と近いけど、その開けた空間は横に長く、横方向には二十メートル近くはありそうだ。

 あと、扉と言うよりも門といったほうが適切な気がする。かなり年季の入った金属製で、ちょっとやそっとじゃあきそうにない。たぶんこれは上に持ち上げるタイプだな。

 ちなみに扉それ自体は二メートルちょっとで、上の方は壁が繋がっている。まあ、文字通りに門構えってところのようだ。

「ここまでは、ぼくたちでも簡単に入れたんだけど。この扉の先がもうわからなくてさ」

「ここまで、って。全然じゃない」

「うん」

 さて、状況を整理しよう。

 天井は昌くんの家、というかあの道場と比較してもなお五割は高く感じる。五メートルはあるかな? それでも階段で降りた深さと比較してみると、大胆な齟齬がそこにあり、つまり天井から地面までの距離もかなりあると言うことだ。具体的には一メートルは余裕であるかな。

 それと空気は淀んでいない。よくよく見れば階段側に通気口があったからそれだな。風が吹くほどではないけど、きちんと循環はさせているのだろう。

 で、明かりについてはこれも階段側にスイッチがあって、蛍光灯四つでこの空間を照らしている。

 んー。

「鍵穴……は、無しか。てことは普通に開ける感じだろうけど」

「ソレはもちろん試した。びくともしなかったんだよ」

「じゃあ一応やるだけやってみるか……」

 よし、と扉の下の方の出っ張りを掴んで。思いっきり持ち上げてみる。ずずっ、と、扉は一応、数センチほど動いた。

「うわあ。力業。ていうか佳苗の力が強すぎる……」

「いや……たぶんこれ、正規の手段じゃないね。すっごい重い」

 重力の干渉を抑えれば無理矢理開けられるかなとも思ったけど、なんかダメっぽい。単純な重さじゃなくて何かしらの仕掛けがされているんだろう。油圧式とか、あるいは歯車系か。

「頑張って無理矢理開けるのもできそうだけど、そうするとその仕掛けが壊れると思う。だからちゃんと仕掛けを解こう」

「力業のくせに妙に律儀だよね……」

「郁也くんは僕を何だと思ってるんだい……」

 さて、仕掛けがあるとしたら壁か床か天井か。

 そもそも壁も床も天井も、この扉のある方向に関していったって『岩』なんだよな。コンクリートじゃない。天然の空洞を利用した? あるいは現代技術が存在しない時代に作られたのか……、『僕』の言い分からしてこの奥には呪いの資料が保管されている。その資料がいつ頃作られたものなのかについては言及がなかった。言及するまでもなく見れば分かるってことだろう、この状況からしてもかなり古いんだろうな……。

 ただ、さっき扉を開けた感じでも特に埃が出てくるようなことはなかった。きちんと定期的に掃除されてるのか、あるいは掃除なんて必要がないくらいに密封されているのか。密封していても埃が生じないのかというとそれはなんか違うので、となると掃除されてるかな。

 ならば仕掛けのあたりにも動かした痕跡があるはず……、もちろん、その痕跡が目に見えるようなへまをしているとも思えないけど。

「んーと……ああ」

 周囲を見渡して納得し、ポーチバッグから取り出したのは三節棍ならぬ十五節混。

 一節あたり長さは二十センチ、かける十五で三百センチ。これでは足りそうにないので、更に追加で五節、これで四百センチ、っと。

「え、何その長いの」

「棒だけど」

「いやそれは見れば分かるけど。え、なんでそんなものも入れてるの?」

「本当は十メートルくらいの棒とかも持っておきたいんだけど、さすがに邪魔だからさ」

 それにどうしても必要になるようならばピュアキネシスで作れば良いし、五メートル分くらいまでは一応用意しておいたのだ。

 ともあれ、扉を前にして左に三歩、具体的には六十一センチ離れたところでその長い棒を天井に向けて、そのままこんっ、と突く。するとずずっと僕が突いた部分はカチッと音を立てて少しへこみ、その後ずずずずず、と重たい音を立てて扉が自動で開いていくのだった。

「うん、正解。ここが開けるスイッチだね」

「いや……、うん。えっと……。なんで一発で仕掛けを解いちゃうのかなあ。ぼくたちが散々散策しても見つからなかったのに……」

「理不尽だよね……」

 昌くんと郁也くんが次々と嘆いているけど気にしない方向で。

 ちなみになんで解ったのかと言えば至って単純で、スイッチとして一部を埋め込んでいる場合、そこだけ品質値が変化するのだ。さらに天井とちがって頻繁に触れるようなスイッチであるならば、当然だけどそこだけ劣化が激しくなる。品質値が下がると言い換えることも出来る以上、割と簡単に発見できるのである。

 かくして扉が開ききる。扉それ自体は、扉の上で左右の壁を繋いでいた部分に収納された感じかな。

 そして問題のその奥は、……あれ?

「ん……んん?」

 扉の奥はごく普通に開けた空間で、最低限の家具が一通り揃っているようにみえる。パーティションで区切られているのは最低限の配慮なのだろうか、ちらりと見える限り奥にはバスタブとシャワーにトイレがあるようだ。

 この空間それ自体が結構広めで、二十四畳くらいはあるかな? 天井の高さは階段がある方と比べるとちょっと低くなってるけど、それでもかなり広々とした空間という印象があるし、普通に電気も通っているようで、蛍光灯がある。

 うん。シェルターだなこれ。

 あるいは元々は別の用途で使っていたモノをシェルターにでっち上げたのか……。

「ずいぶんと豪華なシェルター……だね。洋輔の家にも地下シェルターはあるけど、そっちとは比べものにならないくらい」

「想定外だなあ……なんでこんなものが家にあるんだろう」

 昌くんは心の底から疑問を浮かべながら言う。昌くんにわからないことが僕たちに分かるわけもなく。

 とりあえず中に入ってスイッチをオン。普通に電気がついて、シェルター室がより鮮明に見えた。

 置かれている家具はやっぱり最低限だけど、一通りはある。具体的にはちゃぶ台、椅子、ベッドとか。ベッドは大きめサイズのものが一つ、壁際には二段ベッドが三つある。ちらっと見た限りシーツも布団も品質値は並程度にはあるし、特に古びた様子もない。むしろ新しい感じがする。

 それに、部屋の隅に積まれている段ボール箱……。

「非常食とかの備え、みたいだけど……どれも最近のだね。やっぱり定期的に手入れはされてる感じだ」

 僕がぼそりと呟くと、郁也くんはそうだね、と小さく頷いて床につーっと指を這わせた。特に埃は付かなかったらしく、パーフェクト、とか呟いている。何がだ。というか姑か。

「開かずの扉の先は安全地帯、まあそこまではまだしも、なんでぼくには教えてくれなかったんだろう……」

「場所が場所だし遊び場にされたら困るって思ったんじゃない?」

「ああ」

 それはあるか、と昌くん。

 あるのかよ。遊ぶ気なのかよ。

 とはいえ……。

「ねえ昌くん、もうちょっと詳細に調べても良いかな。時間掛かるけど」

「別に良いよ。ぼくの家みたいなものだし」

「あきちゃんの家っていうか、ともさんの家だけどね」

「まあね」

 許可も貰ったので、じゃあ、とざっとまずは周囲を確認。

 壁、床、天井。そのあたりは当然として、それ以外に置かれている家具だとか飾りだとか、あるいは明かりだとかに関しても品質値を片っ端から確認。

 数字として妙なものはふたつ、一つは蛍光灯に『被さる』かたちで表示される品質値『6112』で、もう一つはさっき入ってきた扉を前にしたとき左手側の壁に表示されている品質値『7169』。

 まずは壁の方を確認してみると、全く違和感は感じない。けれど手でさらりと触れてみると、極めてわずかな『隙間』があるような気はする。なるほど、ここも隠し扉だな……、シェルターなのに隠し扉? 耐久力とかで問題になるんじゃないかな。いやそもそも、上下水道に配管が通ってると言うのも疑問だし、発電機らしきものもないのに普通に電気は付いている。ということはシェルターってのは見せかけか? それにしては扉が頑丈すぎる……。

 やっぱり別の用途でこの部屋は用意されたんじゃないかな、それをシェルターもどきとして偽装している。うーん。偽装前の使い道が読み取りにくい。

 素直に考えるならばとても豪華な独房というか、監禁施設というか、隔離施設というか。そのあたりだけど。

 隠し扉を開けてから考えれば良いか。開け方はノーヒント、だけど間違いなくあの蛍光灯に被さって見える蛍光灯のものではない品質値が怪しいので先ほどの棒と同じものでちょっと突いてみる。

 するとかちっ、という音がして、ふっ、と隠し扉の方から風が吹いてきた、とおもったら、こちらは殆ど音も立てずにすうっと横にスライドしていく。ああ、入ってきた扉側に動いてる……から、構造的にもさほど問題は無い……、いやギミック的には問題なくても耐久性は犠牲になってるだろう、これ。

 扉が開ききったので中を確認すると、そこには部屋……はないな、廊下?

「いや佳苗、なんでそうもピンポイントでさくさくギミック解析できるの……?」

「勘」

「ああうん。佳苗にきいたぼくがダメだったね」

 その通りだ。

 懐中電灯で廊下を照らしてみると、廊下の長さは七メートル、横幅は一メートルで天井の高さは二メートル程度と、結構狭い。

 そして廊下はあるけど、突き当たりには扉らしきものはなく、また左右に道があるわけでもない。ただの行き止まり……。

「なんだろ、この廊下」

 郁也くんが中に入ろうとするのを僕は腕で阻害しつつ、すこし考える。

 罠が設置されてる可能性はあるかな? 色別的には問題ないんだけど。でも何もないというのも逆に怖い。と言うことは、扉が勝手に閉まるか、あるいは本当になにもないのか。

 ……何もない方っぽいかな。

 ただ、品質値のチェックは先にやらせて貰おう。案の定、突き当たりの壁は周囲の壁や床、天井とは品質値が異なるから、そこも隠し扉なのだろう。そして壁の一部に品質値がおかしい部分を発見、そこがスイッチかな?

 例の棒で突いてみると、かちっ、と音がして、けれどそれだけだった。

 今度は自動で動くタイプじゃないのか……でも何かロックがされたか、あるいはロックが解除されたかのような音はした。奥のあの壁が動かせるようになったはずだ。

「んー……」

「ねえ、佳苗。なんで唸りながらロープなんて出してるの?」

「ああ、いや。二人にちょっとお願いがあるんだけど」

「お願いは良いけど、なんで佳苗は自分の身体にロープを巻いてるのかな」

 郁也くんと昌くんで連携して突っ込みを入れてきた。妙な所でちょこちょこ入れてくるのはこの二人も大概だな。

「一応奥の壁が動くようになってるとは思うんだけど、もしかしたらこの通路に罠があるかもしれないから。何かが起きて僕が動けない状態になったらこれで引っ張ってほしいんだよ」

「ああ、命綱……」

 そういうことだ。

 多分大丈夫だとは思うけど。赤判定無いし。

 というわけで二人にロープの隅を持って貰って、僕は単身で奥に入っていく。案の定罠らしい罠はなく、普通に進むことが出来た。そして一番奥の壁、だけど……。

 とくに指を引っかけられる場所がない以上、引くタイプじゃないしスライドさせるタイプでもないだろう。となると、押すしかない。真ん中のあたりで力を入れてみると、扉は微妙に動いた。そして構造を理解、これ、中心軸が固定されている回るタイプの隠し扉だ。

 なので九十度きっちり回してあげて、その奥を懐中電灯で照らす。

 そこにあったのは、この通路までとは明らかに異なる空間で。

「…………、」

 棚がいくつか置かれている。そして棚には本ですらなく、『書簡』や『巻物』の類いがしまわれていた。品質値こそ最低限残っているけど、これは、扱いを誤れば一発でぼろぼろに崩壊しかねないな……。

 何年前のものだろう。数年とか数十年どころじゃないぞ、数百年でさえ収まるかどうか。下手をすれば千年単位で保管されてたのか?

 けど換気はされてるんだよな。空気の濃度に違和感はないし、多少のよどみはあるけれど、そこまで酷いよどみでもない。

「……隠し部屋があるね。中にはずいぶん古い巻物とかがあるみたい。入っても問題はなさそうだよ」

「古い巻物……?」

「うん。見えてるタイトルは達筆……というか旧字体? 旧字体ですらないな。古文の領域だけど、まあ、読むだけならなんとか」

 ロープを解いて回収すると、それに会わせて昌くんと郁也くんが揃って廊下を進んできた。そのまま内側を懐中電灯で照らしてやると、おおう、と二人が息を漏らした。

「でも、この中は明かりがないんだね。どうする? あっちの部屋まで運ぶ?」

「いやあ、そんな大胆に動かすと破損が怖い。だからこの部屋からは外に出さない」

「明かりは?」

「案ずるな、我に策あり……ってね」

 とりあえず回転させた扉から中に入って、ちょうど中心のあたりに懐中電灯をおくと光量を最大にして、その上に半球状の不透明なものを被せる。

 これで光がうまいこと拡散するわけだ。

「ああ、ビニール袋とかでできるなんちゃって間接照明か」

「そうそう。これ一個だとせいぜいこの部屋をほんのり照らせる程度だけど」

「……まさか」

「そのまさかだね」

 というわけでポーチバックから追加で懐中電灯を取り出して適当な距離を置いて設置していく。大分明るくなったけど、まだ不足かな?

 というわけでペンライトをさらに取り出して、

「まって。佳苗のそのポーチバッグ、いったい何をどんだけいれてるの?」

「色々たくさんだね」

 ちょっと投げやりに答えてごまかして、とりあえず取り出したペンライトはサイリウムとかの類いではなく、ボールペンのような見た目のライトのほうだ。

 これは僕が付けている眼鏡のツルの部分にくっつけることが出来るように作っておいたので、ぴったり僕が見ている方向を常に照らすことが出来るという代物だ。そして光の出し方も二種類、ひとつはスポットモード、普通の懐中電灯がやるような、一部分を光らせるもの。そしてもう一つは拡散モード、こっちは普通の懐中電灯ではなく、可能な限り広範囲に光を出すというものである。

 キャンプ用とかならばこの手のモードも搭載してることが多いけどね。

「テーブルが欲しいな」

「確かに。あっちの部屋から持ってくる?」

「一応コンパクトな奴ならば持ち歩いてるんだけど」

「待って。まさかそのポーチバッグに入ってるの?」

「半分正解かな。半分は不正解」

「どういうこと?」

 回答を示すためにも、とりあえず例の棒を分割。今日持ってきているのは二十センチのものが合計で八メートル分だから……えーと、高さは一メートルで良いかな。

 一メートルの棒を五本まず作り、その次に六十センチの棒を二つ作る。

 一メートルの棒から一つの両端を六十センチの棒の中心にカチっと接続させて、『工』の字の縦棒が長いやつにする。そしてそれぞれの六十センチの棒の両端に一メートルの棒の中心をカチッと接続、これで『土台』が作れるわけだ。

 それを床というか地面というか岩面というかにおいて、ポーチバッグから折り畳めるプレートを取り出し、それを『土台』の上に置いてやって、最後に『土台』の真上から磁石で固定。

「テーブルそのものはかさばるから、こんな感じで組み立てられるようにして持ち歩いてるんだよ」

「DIY精神が強すぎないかな?」

「だって無いと不便だよ」

「回答になってない……」

 まあ話を進めよう。明かりの一つをでっちあげた机の上に移動させて、っと。……その気になれば吊り下げ式の明かりにすることもできないことはないんだけど、この反応でやるのはちょっとな。

「とりあえず、そこの巻物から確認しようと思うんだけどいいかな?」

「まあ、いいんじゃない?」

「うん。正直読めそうにないけど」

 郁也くんはちょっと投げやりに、昌くんは困惑がちに承認してくれたので、ポーチバッグからきちんと手袋を取り出して両手に装着し、それとでっちあげたテーブルの上にもクロスを敷いてから、その巻物をゆっくりと移動させる。

「いやどこまでも準備周到じゃない……?」

 昌くんの抗議は今回無視。

 机の上に移動させた巻物の表題は、っと……。

「なんだろう、これ。読めないね」

「だよね。……佳苗は読めたりする?」

「『潮来(いたこ)陰陽允(おんようのじょう)言千口(いちぐち)慚記(ざんき)』、かな」

 受動翻訳を適応しても割と謎な感じだけど、ニュアンスとしては『慚記(ざんき)』というのが題名で、それを記したのが『潮来(いたこ)陰陽允(おんようのじょう)言千口(いちぐち)』って人かな? 名前が長い、というよりも、『潮来』が名前でそれ以降は称号とか階級とか……、いや、ニュアンスでは『言千口(いちぐち)』も名前だな。

「よくわからないけど、いたこいちぐちって人が書いた文書みたい。ネーミング的に日記の類いか、あるいは過去の歴史を書いたことか……」

「読めるのか……」

 紐を解いて巻物を慎重に展開していくと……え?

「あれ? でも、中身はなんか訳の分からない記号だね。タイトルはまだ、古文書とかで見るような読めない漢字もどきなんだけど」

 郁也くんが疑問を呈すると、その横で昌くんも頷くことで答えていた。

 いや、でもこれ……。

 あの異世界で使われていた、あの白黒(モノクロ)世界の言語だ。

 だから受動翻訳の魔法を使うまでもなく読めてしまう。

 はたしてそこに書かれていたのは、その(いみな)潮来(いたこ)言千口(いちぐち)、もしくは『トーク・トーク』と呼ばれた女性の、異世界漂流記だった。



 こうして僕たちの先人を、初めて確と認識する。

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