秋は深まり
喫茶店から連絡が来たのは、意外なことに僕たちの想像よりも一日遅かった。
それでもまあ連絡は連絡だったし、
『受け取った物に不備があったようだ』
という表現からして、やっぱりポワソンイクサルや毒消し薬ではどうにもならなかったようである。
毒とか病ならばともかく、呪いはちょっとなあ。
そんなわけで、学校帰りに喫茶店へと向かって、と。
ちなみに洋輔はサッカー周りの調整があるため今日は一緒ではない。
「挨拶もほどほどですいませんけど、あの二種類はきちんと投与したんですよね」
「ああ。……まあ、数滴はサンプルとして保管させて貰っているが」
「数滴……そのくらいならば大丈夫か。もう一つ確認ですけど、悪化してますか? それとも現状維持くらい?」
「現状維持……だな。昨日のお昼と夕方に指定された順で投与したところで、悪化は止っている」
なるほど。
学校用の鞄から取り出したのは黒い立方体だ。一辺は十五センチになっているけど、大きさに特に理由はない。
「この箱の中の薬品を急ぎ投与してください。昨日投与した二つの薬品と関連付けられているので、これ単体ではそもそも効果が出ません」
「……また、怪しげな薬を用意してくるものだね」
「怪しげなのは今更ですよ。僕にせよ喫茶店にせよ。投与方法は経口を推奨しますけど、それすらできないならば注射でも問題ないです」
箱をオーナーさんに渡すと、オーナーさんはそれをすぐさま隣の別の従業員に渡し、その従業員はすっと店から去って行く。どうやらすぐに投与するようだ。
「こっちでも献体の血はちょっと確かめたんですけども」
「ああ、どうだった?」
「やっぱり血小板がないとこくが薄いんですね」
「…………」
「……冗談ですよ?」
「……よかった。てっきり本当に飲んだのかと」
失敬な。
血を浴びるのはともかく飲む方はあんまりすきじゃないのだ。
「さっきの薬品だが、効果はどの程度で現れるのかわかるかな?」
「そうですね。多少の個人差はやっぱりありますよ。ただ、遅くても一分かと」
「そうか。……一分?」
「はい。本来なら投与した瞬間に効果が完全にでるタイプのものなんですけど、今回は身体全体にわたってますからね。完全な復帰までは十秒くらいはかかるかもしれない」
「……なんだ、それは。魔法か何かか?」
「まさか」
惜しい。錬金術だ。
なお、あの箱の中に入れておいた薬品とは、この前僕が作った毒消し薬とポワソンイクサルを指定した『錬金制限術』によるロックをかけただけのエリクシルである。
錬金制限術というのは、それを使って作られた完成品が持つ効果を制限するという応用で、本来は毒消し薬に錬金制限術をかけることで『特定の毒にしか効果が無い毒消し薬』とかいった形で指定する技術だったりする。
それの解釈をちょっと変更して、『ある状況が揃ったときにしか効果が無い完成品』という形で完成させたというだけのことである。
(おう、その件で冬華が話をしたいとさっき校庭に殴り込みにきたぞ)
そして部活を休んででも喫茶店を優先したのは大正解だったようだ。
(まあ『佳苗だししかたないか……』って納得してたけどな)
冬華も冬華で大概な適応力と思うんだよなあ。
それはそうとして、じゃあなんでエリクシルを今回提供したのかというと、これは順序を立てて考えると分かりやすい。
実は既に呪いは解けているのだ。『症状が悪化していない』、『現状維持の状況』という点で確認が取れた。
昨日は授業が終わった後、僕と洋輔でそのまま晶くんの呪いを七秒間という短期間ではあったけど、封印したのだ。だからそれ以降、症状の悪化がないならば、呪いは解けている可能性が高い。実際献体のものとして渡されていた血からも呪いの反応は消えてたし。
けど、それだけでは呪いの効果を排除しただけだ。
これは呪いという現象で考えるから難しいだけで、病気と言い換えても言い。
病原菌は既に退治した。でもそれだけなのだ。
これ以上悪化はしないけど、すぐに万全の体調に治るわけでもない。
病気によって消耗した体力や傷ついた体内のさまざまな部分が癒やされるまでには時間をかけるしかない。
で、今回の呪いをより詳細に病気に言い換えるならば『血小板を崩壊させる病気』で、それは既に治っているけど、病気が治ったからと言って即座に血小板が元通りに戻るわけがない。
だからエリクシルを使い、強引かつ強制的に『健康体』にするのだ。
品質値的には生きていれば問答無用で元通りになる程度のエリクシルだし、問題は無いと思う。まあ副作用として、虫歯だろうが糖尿病だろうが、肝炎だろうとなんだろうと全部治っちゃうんだけど……。
まあいいや。制限もかけてある以上、転用は難しいはずだし。
「さてと。オーナーさん、コーヒーあたりを頂いても良いですか」
「うん? 構わないが」
てっきりすぐに帰るつもりだと思っていた、そんなニュアンスでオーナーさんは言う。
だから僕も悪びれずに答えることにした。
「薬を使った結果を聞くまでは帰りません。治ってないならばその献体を貰わないと対処のしようも無いですからね」
「……抜け目ないものだ」
「お互い様でしょうに」
「まったくだ。ところで本当にコーヒーでいいのかい。普段ならばアイスティだよね?」
「たまには気分を変えたいというのもあるんですけど」
「けど?」
「眠気飛ばしたくて……」
「……確かに今日は眠たげだが、何かあったのかい?」
はい、と僕は素直に頷くことにした。
「いえ。オーナーさんたちからの連絡、ぶっちゃけ昨日来ると思ってたんですよ僕たち。だから昨日はいつ連絡が来てもいいように起きてたというか……」
「……徹夜してくれてたのか」
「亀ちゃんと遊んでたから特に苦でもないんですけどね」
「亀ちゃん?」
「飼い猫です」
「猫なのに亀?」
「フルネームは亀ノ上ですよ。かわいいでしょ?」
「……おじさんには最近の子のセンスがちょっと理解しきれないかなあ」
やっぱり変なのかなあ、亀ちゃんの名前。行けてると思うんだけど。
「てっきり亀部の隠語かと思ったのだがね」
「……あれ? オーナーさん達は亀部のこと知ってるんですか?」
「ああ。そこに所属していたOBが一人同胞に居るからね」
「そうなんですか」
意外なところに関係者って居るんだな……。ていうかこれチャンスだな。
「オーナーさん。その亀部って結局どんな部活なんですか? 誰も僕には教えてくれないんですよね。洋輔もクラスメイトもみんな、なんかこう、はぐらかしてくるというか」
「ふむ。まずこの世界が亀の甲羅の上にあるものだと考えてみるんだ。そうするとほら、亀を飼うという事は世界を作ると言うことに――」
「もういいです……」
オーナーさんまではぐらかしてくるって。
ますます何の部活なんだ、亀部。
そんなよくわからないやりとりも交えつつ、三十分ほど経過したところで回復したという報告が慌ただしく入ってきた。
無事に治ったようだ。
ならば長居も無用か。
「言っておきますが、今回は特例みたいなものですよ。次から勝手に侵入して盗み出すようなことが起きても、当然ですけど助けません」
「……ああ。強く言い聞かせておこう。それに」
君と敵対するよりも協力関係にあったほうがよっぽど利益になりそうだ、と。
オーナーさんはメモの中身をちらりと見てからそう答えた。
メモの中身は見えないけど、たぶん献体の状況が書いてあるんだろうな。
「……一つだけ聞かせて欲しいのだが」
「なんですか?」
「結局、注射で投与したそうなのだが……。何がどういう薬品だったんだ、あれは。網膜剥離で失明していた左目の視力が回復している、といった報告がある」
「…………」
あー。
網膜剥離……錬金術的には『怪我』だもんな。そりゃエリクシルで治るか。
そもそも腕や足だってにょきっとはえる事を考えると、まあ、それよりかは自然現象と言い張れるだろう。
(いや無理筋にもほどがあるぞ)
かといって医学的に説明なんてできないしさあ……。
「僕としても驚きですね、そんな効果。薬品としては、滅多に手に入らない物だと言う説明になります」
だから僕は、ごまかして改めて帰ることにした。
ばれたかな?
それでも指摘がなかったというのは、今の所はまだ協力関係にあったほうがいいという打算だろう。
これはこれで、心地よい関係と言えないこともないけれど……。
ま、喫茶店はこれで、なんとかしたということにしておこう。
とりあえず、今は。
◇
金曜日、放課後。
緊急の集まりがあったので演劇部の部室に向かって、ついでなので確認事項を済ませておいて、といったところで少し遅れてナタリア先輩と祭先輩が一緒にやってきた。
「あら、今日はかーくんが一番早かったのね。ごきげんよう」
「おはよーっすよ、かーくん。荷物が多いっすねえ」
「こんにちは。バレー部もありますけど、その後ちょっと直行する用事がありまして」
なるほど、と二人が納得するように頷くと、あっさりと僕の希望を理解したらしく、
「じゃあ手早く済ませるっすよ」
と祭先輩、改め祭部長が微笑みを湛えて場を区切った。
今日集まったのは他でもない。卒業式の前に行われる送別会において実施する予定の演目候補の制定だ。
現状で役者として確実に使えるのが祭部長とナタリア先輩。
そこに兼部しているとはいえメインを演劇部に置いている僕が一応存在する反面、僕は演劇部の裏作業をメインにしている以上、演技力には疑問が残るし、そこまで複雑な役回りは不可。
となると実質的にはやっぱり、祭部長とナタリア先輩の二人でなんとかするわけだ。
「白雪姫に続けて、美女と野獣とか。ちょっと考えたっすけど……かーくんにはかなり無茶振りすることになるっすね」
「特殊メイクはちょっと……着ぐるみくらいならば作れると思いますけど」
「ああ、そっち方向なら大丈夫なのね」
特殊メイクもやり方さえ分かればなあ。再現は出来ると思う。探せば動画とか出てくるかな?
「なら完全に排除するまででもないか。とはいえ、美女と野獣は演目として可能と言うだけで、送別会に相応しいかというとまた考え物よね」
「そうっすねえ……。…………。ところでかーくん。かーくんは美女と野獣の内容、覚えてるっすよね?」
え? ……えっと。
「なんやかんやで男の貴族が野獣になる呪い的な物を受けて迫害されていたなんて状態がまずあって、ある時あらわれた娘を浚って豪華丁寧にもてなし尽くしていたら娘が逆玉チャンスと見做したんだけど家族によって救出されちゃって、なんとか家族の目を盗んでもう一度野獣のところに言って告白したら呪いが解けて野獣が普通の男性になった的な感じでしたっけ?」
「かーくんはロミオとジュリエットのときもそうだったけど、何かと童話の女性を悪女として覚える癖があるようね……」
あれ、間違ってたか。
だいたいあってると思うんだけど。
「悪女云々はさておいても、どちらかといえば『これから始まるであろう生活に至るまでの物語』っすからねえ。題材として『送り出す』とは違ってるっすよ」
そして祭先輩はそういいつつ、僕に絵本を渡してきた。
表題は美女と野獣。
どうやら実際に読んで答え合わせしてこいということのようだった。後で読もうっと。
「そういう意味だと悲劇は論外ですよね。喜劇ってジャンルでもファルスとかは違うか」
「ええ。そのあたりも踏まえて考えると結構絞られるのよ。絞られるって言うか、やれることが減るというか」
確かに。
しんみりするのは違うよなあ。
そりゃあ、脚本段階の改変である程度はなんとかなるだろうけども、限度はある。
「銀河鉄道の夜……は、ハッピーエンドとも言えないか」
「卒業生に向けてやる演目もないわね」
「ちなみに去年は何やってるんですか?」
「現代劇ね」
また参考にしにくいものか……。
「送別会までに時間はありますし、セット面は万全を約束できるとは思いますけど……。軽音部にせよ吹奏楽部にせよ、そっち方面はちょっと時間掛かると思いますし。題材のふわっとした方向性だけでも決めておいた方が良いかもしれないですね」
「方向性なら決まってるっすよ。結局の所やるべきは門出の祝福っすからねー」
門出の祝福、つまりこれから大きく変わる環境に対する祝福というかなんというか、まあそういうメッセージ性が欲しい、と。
改めて思い浮かぶ物もないんだよなあ。
「古典的な……というとあれですけど、古典的な劇って悲劇が多くて、せっかくハッピーエンドがあっても『送り出す』とはニュアンスが違うような気がしますね」
「それはまあその通りなんだけど、何かかーくんらしい発想で思い当たる物とかないかしら?」
「……どこぞの国民的RPGの第一作目でもやってみます?」
「ああ、最後に旅立つんだっけあれ……」
ナタリア先輩、まさかプレイしたことあるのか。
「案外それでもいいかもしれないっすね。勇者とお姫様、あとは魔王役が居て、とらわれのお姫様を勇者が助け、魔王を倒して新天地へと。うん、悪くない」
「配役はどうするの? まさかかーくんを勇者にするわけにもいかないわ、個人的にはそれも見てみたいけど」
「そうっすねえ。かといって自分でやるのもなんか……」
「なら、消去法でナタリア先輩ですか」
「待ちなさいかーくん。お姫様はその場合どうなるのかしら?」
僕か祭先輩か。
ならば、
「祭先輩?」
「……まさかの性転換系っすか。女勇者が浚われた王子を救出して魔王と戦う……、ああ、これはこれで使い古された発想ではあるっすけど、昨今では原作そのものに近い劇が公式にあったっすからねえ。そのくらいはしないとだめかあ」
「それにりーりん、メリットはまだあるわ。音楽よ」
「あー。もともと楽曲があるっすからそのアレンジですむっすか」
話が纏まったようだ。
その後も少し確認をして、ならばということで僕は軽くそれっぽい道具を何点か準備しておこうということに。
「あの作品と言えばあの剣ですけど……どうします? 普通に金属で作っちゃってもいいですか? さすがに刃は付けませんけど」
「付けて貰っても困惑でしかないわ。……ていうか、金属? 重いんじゃないそれ? 私はかーくんじゃないから、そんなに重たい物は振り回せないわよ」
「自分もっすね」
「ならば金属じゃなくてソレっぽい素材で代用するかあ……」
「……なにかしらね。かーくんにお願いしたら日本刀も普通に作ってくれそうだわ。実際、太刀とか作れるの?」
「本物と全く同一のものをって意味ならば辛いですけど、資料が揃ってるならば可能な限り再現はしますよ?」
「そこはムリですっていって欲しかったわ」
いやぶっちゃけ僕は認識したらあとは『ふぁん』でだからな……。
と、ふと時計をながめたらなかなか良い時間。
「さてと。それじゃあ僕はバレー部に出てきます」
「了解。気をつけてね」
「ファイトっすよー。また来週!」
「はい。また来週、ナタリア先輩、祭部長」
「ああ、何度呼ばれても嬉しいものっすねえ」
◇
バレー部の部室に到着したら、急いで着替えて荷物はしまい、ふと部室の窓から校庭を見やる……と、サッカー部として活動している洋輔はそれらしくきちんと皆にあわせていて、けれどやっぱり何歩かは抜けているらしい。
そして既に引退しているはずだけど、体育着姿で当然のように紛れ込んでいる藍沢先輩。高校からサッカーに本腰を戻す以上、少しずつ感覚を戻したいのかな? 洋輔達も強い先輩相手に練習できるならそれで良いという所かもしれない。
ま、それ以上になんとか説得しようとしてるんだろうけど。
来島くんと藍沢先輩のマッチアップ、か。
たしかにやらせてあげたいといえば、やらせてあげたい事だけど……。
どうしたものかなあとか考えつつ、自分の部活に意識を向ける。今日は体育館の半面を使うらしい、時間的にはもう基礎練も半ばって所かな?
慌てて合流、ただし戸締まりも忘れずに。
そして体育館でとりあえずの準備運動を、と軽く挨拶に向かったところでだった。
「あ、渡来。ちょっとこっち」
「はい?」
と、呼び込んできたのは土井先輩。
見れば郁也くんも一緒で、微妙に二人とも表情が硬い。
「どうしました?」
「今度の練習試合の相手が決まったんだけど……」
「ああ、それはよかった。でもなんで二人とも、そんな微妙な表情に……」
「いや。後からコーチの説明もあるはずだけど、実はその練習試合の相手がひとつ条件を付けてきてるらしいんだ」
条件?
土井先輩の言葉に首をかしげていると、補足するように続きを述べたのは郁也くんだった。
「佳苗をリベロとして出さないこと。普通の選手としてなら可、だって」
「じゃあ僕は見学モードでやってましょうか」
「いや、出来れば参加して欲しいんだけどね。佳苗のレシーブ力はやっぱり欲しいよ。相手も相手、格上だし」
格上?
郁也くんがそんな表現を使う相手はそれこそ紫苑クラスか。
でも紫苑相手だったら僕にも連絡はきてるはず……。
いや、そもそも僕をリベロとして出さない、って条件はそもそも、本来リベロ専門と思われてるはずの僕を参加させないって意味になる。もちろんそういう意味ならば断れるはずだ。
それでもコーチは断らなかった。断れなかった。断れない理由があるとしたら、それはむしろ解釈としての問題であって、本来の要請は『僕をリベロとして出さないこと』ではなく、『僕をリベロ以外のポジションで使うこと』ってニュアンスが強かったのかな。
コーチは僕がレシーブ以外もその気になれば出来ることを知っている。その気にならないだけで。だから無理矢理でも経験させて、実際に試合での運用に耐えうるかどうかの判断がしたい、とか……自意識過剰かな?
そうじゃないにしても、練習試合の相手は僕のリベロ以外の能力を知りたがってるって感じかな。そしてあわよくばセカンドリベロの情報も欲しいとか。
けどやっぱり、コーチがはいそうですかとうなずける条件でもないはずだ。こっちからも条件を付けたのか、それともコーチが絶対に断れない相手だったのか。
「相手はどこ……なんですか?」
「私立日熊中学校」
ん……?
聞き覚えはあるんだけど、明確に覚えてる感じでもないな……いや、全国大会に出てたのは覚えてるけど。紫苑に負けたんだったかな。
ていうか。
「それ、たしか九州の学校だったような」
「うん。あっちがこっちの方まで遠征するんだ。その三日目の練習試合の相手に、ウチを指定してきたって話」
また、妙な指名を……いや、待てよ。
日熊。日熊?
「思い出した……。日熊の監督って確か……」
「そう。男子U-15代表の監督さん」
「うわあ断れない……」
「そういう事」
え、でもなんでそんな人が僕なんかに興味持ってんだろう。
「僕なんかになんで興味持ってるんだろう、みたいな顔をしてるけど……。あのさ、佳苗。大会で佳苗がやった常時スーパーレシーブ、大概話題になってるからね。それに鳩原前部長は地域選抜経由で日熊の日沢監督と接点があるはずだから……、鳩原前部長がそのことを日沢監督に聞かれて、鳩原前部長が答えて興味を持たれたって感じだとボクは思う」
郁也くんも大概僕のことを分かってきてるような……、まあその辺はさておき、なるほど。そこの接点があったか。
鳩原先輩はよかれと思ってか緊張してか、僕がスパイクとかサーブもできないことはない、みたいな事は伝えたんだろう。ならばそっち方面も一応見ておきたい、と日沢監督が考えた……。
「一応確認しておきますけど、出ないってのはナシですよね」
「まあ、相手が相手だからな。できれば……。ただ、渡来がどうしても嫌だというならば出ないでも良いと思う。条件はあくまで『渡来佳苗をリベロとして試合に出さないこと』だし、ならば試合に出場しなくても、それこそ練習試合そのものを休んだって違反にはならない」
土井先輩はそう言ってくれるけど、けどこれは出ないといろいろとギクシャクするだろう。ソレは不本意だ。結構真面目にバレーボールはやるつもりだし……。
「分かりました。……じゃあ、今日から一応、普通のプレイヤーとしても練習しておきます。けど、代わりのリベロはどうするんですか?」
「うちでブロックが強いのは水原だからまず除外。漁火も攻撃専門だからな、リベロにしてどうするって感じになる。俺はセッターで、じゃあ風間か? って聞かれると……」
「消去法で言うなら、風間先輩もアリだとは思いますよ。ブロックもレシーブも高水準で纏まってますし。ただ、風間先輩はそれと同じくらいに攻撃もできるだけ、ちょっともったいないんですよね」
「うん。一年はどうなんだ、郁也」
「まずボク自身は、論外。レシーブなんて不確定要素の塊はボクの苦手ポイントです。咲は……やって出来ないことはない、かな。でも基本的に、攻めっ気が強いですからね。その点は鷲塚も一緒です。逆に鷹岡は守勢があれで得意なんですけど……、鷲塚と鷹岡ってそこまで熱心ってわけでもないので」
「微妙って事だな」
郁也くんはともかく、土井先輩、いや、ここでは土井部長と呼ぶべきか。
土井部長は部長らしく、あっさりと見切りを付けているようだった。
相手も相手だからなあ。
紫苑に負けたところとはいえど、全国区。格で言えばうちよりかははるかに上だろう。
「リベロとして渡来を使えないとはいえど、渡来ならばスタメン起用が間違いない。この時点で俺、漁火、風間、水原、渡来の五人が決まる。そこに村社と曲直部を使い分ける感じ……だけど。このメンツならリベロ要らないか」
「伝達役としてのリベロは魅力的ですけどね。佳苗が常にフィールドにいるって考えると、まあ、要らないかな?」
うんうん。
リベロとして参加しないだけで、基本はファーストタッチのリベロの動きだろうし。
「俺と郁也、と、曲直部から二人ってのが妥当か。うん、コーチには俺からも少し話してみる。それと渡来は今日、基礎練終わったらちょっと郁也と組んでスパイク何本か試してみてくれ。俺と水原でブロック、レシーブは風間と曲直部、鷹岡、……と、鷲塚も入れるか。それでどの程度いけるか試してみたい」
「はい」
「わかりました」
スパイク、アタックかあ。
いまいち好きじゃないんだけどなあ、なんて思いつつも、まずは準備運動。
怪我をしてもどうとでもなるけど、怪我なんてしないにこしたことはない。
それを終えたら体育館をぐるっと数周走って身体を温め、さて、オッケー。
コートは既に準備が済んでいたので、僕は郁也くんのいる側に参加する。
その場でサインの確認、大体どこに上げるのかとかは郁也くんがサインを出してくれるそうだから、それを見てずばっと動けば良いようだ。
「よし、それじゃあ十本くらい試してみるか」
コーチの声とホイッスルの音で、そのお試しスパイク十本勝負が始まる。
結果から言おう。
ブロック貫通三回、レシーブ貫通四回、残り三回はラインギリギリにきっちり叩き込むことが出来た。
こんなもんか。
「渡来。お前、なんでそんなにできるのにリベロなんてやってるんだ。漁火もびっくりな決定力だぞ、これ」
「いやいや、正直今のはその漁火先輩と鳩原先輩の真似っこみたいなものですから。それにトスもきっちり安定してましたし」
「うん、いや、普通はリベロができる動きじゃないし、ましてや体格が全く違うのにどうして真似っこできるのかって話なんだけどな?」
正確には紫苑やその他、全国大会で戦った全てのアタッカーのいいとこ取りをしているので、そりゃあ決定力が高くて当然なんだけどね。
体格の違いで如実に表れる力の強さは強化でどうにでもなるし、身長が足りないならばその分だけ高くジャンプすれば良いだけだし。
「なんか渡来って、助走付ければネット超えられそうじゃない?」
ふと思い立ったかのように言ったのは水原先輩で、こいつならやりかねん、みたいな表情を皆が向けてくる。いや、向けてくるのは良いけど。
「ムリですよ」
一応否定しておこう。
やれば出来るんだけど、それを徳久くんが聞きつけたら面倒ごとになりそうだ。
「なんかなあ。守備力最強、攻撃力搭載、但し身長は低い。ってなると打点の低さやらスタミナが問題になる、はずなんだけれど」
ちらり、とコーチは郁也くんを見て言う。
郁也くんも決してスタミナが全くないわけじゃない。僕がバレー部に入った頃は大分控えめだったけど、今となっては並程度にはあるのだろう。
そもそもスタミナが無かったわけじゃないのだ。バレーボールに適した使い方を知らなかったというだけで……効率が極めて悪かっただけで、むしろスタミナ面は並以上にはあった。ランダム性のない決まった動きを繰り返すのが得意だと郁也くんは言っていたし、実際セッターという役割においてそれは遺憾なく発揮されているけれど、その根底にあるのが武術の型であるからか、実はそれなりに応用も利くわけである。
咄嗟に手を出すことは出来るし、器用に身体を操れる。だから郁也くんも近頃は、レシーブやアタックもやや苦手程度にまでは押し上げているし、この調子ならば本当に来年度になるころにはそのあたりも並以上になり、来年のいまごろには高水準になっているんじゃないかというのが僕の予想だ。
だからコーチが郁也くんを参考にするのはちょっと間違っている。確かに現状で言うと補助力最強、守備力搭載、但し身長は低く、スタミナ面と打点の低さが問題……ではあるんだけど、身長が伸びようと伸びまいと、解決してしまえるだろう。
「今の渡来は守備力最強、攻撃力も実は最強格、スタミナおばけで打点も並以上。……本人に攻めっけが無いせいでリベロをやっているだけで、渡来の本職はリベロじゃなくてオールラウンダーなのかもな……いや、そういえば渡来ってサーブはどうなんだっけ?」
「コーチ。ここに居る全員のサーブを完コピした挙句、対戦相手のビデオを見るだけで完コピしてみせるのが佳苗です」
「オーケイ、指導者としてはどう指導して良いか分からないけど仲間で良かったし、元選手としてはなんだこの才能の化け物って感じだし、いや本当に、渡来がリベロ以外で出てきたら絶望すると思うぞ、他校は」
そうかな?
「結局の所一人で出来るスポーツでもないですし。流石に言い過ぎですよ」
「いや……、どうだろう。渡来ってさ、コート内に人が居なければ、相手のスパイクが打たれてからほぼ前面にとどくだろ。だからお前が延々『落とさずに返すだけ』を続ければ、相手が自滅して勝ちそう気がする……カテナチオ的な?」
「……漁火先輩まで」
ていうかそれ、もうバレーボールじゃないじゃん。
「どのみち。渡来のバレーボールに問題があるとしたら」
結局、場を閉めるように言葉を結んだのは風間部長で。
「あんまりにも渡来のレシーブが完璧すぎるから、セッターが基本甘やかされるってのが一つ。それと渡来以外はレシーブをする必要が殆ど無いから、結果的にレシーブの腕がどんどん下がるって事だよ。だからレシーブ練習増やそう、コーチと渡来でついでにスパイク練習もして貰う形で」
いつもの逆か。まあ、それはそれで楽しそうだからいいけど、疲れるんだよなあ、スパイクとかは。
◇
秋が深まるその日、冬の直前。
僕は郁也くんを伴って、昌くんの家へとそのままお邪魔することになる。