誘いの矢文
急いで帰ってロジスの槍の中身を確認すると、そこには見覚えのないものが複数入っていた。
一つは石。石というか鶯色のエッセンシア凝固体だな。コーティングハルの凝固体、創の消石か。
別の一つは封筒、おそらくは手紙か。表題は『僕へ』と書かれていて、けれど僕にはそれを書いた覚えがない以上、『僕じゃない僕』が、『僕』あるいは『また別の僕』に送ったものだろう。
最後の一つはほぼ透明と言って過言ではないほどの透明度のあっる十角柱で、これに見覚えはなかった。品質値的には結構高いけどそれだけで、特にこれといって道具として特別な効果を持っているわけでもないらしい。形が大事って事かな?
「早速その手紙を開けてみようぜ」
「そう、だね」
とりあえず一番当たり障りもなさそうだしな。
重の奇石の効果で完成品を二つにして、完成品の一つには『出現位置を変えない』、もう一つは『出現位置を手の上』に、けれど完成品とマテリアルとしての手紙で内容は変えないようにちょっと細工。
これで現物はそのまま残しつつ手元に取り出すというわけだ。
改めて封筒を確認すると、『僕へ』、と表には書かれていて、裏には『渡来佳苗』と書いてあった。封をするシールは猫のもので、僕が持っている物と同じ奴だと思う。お気に入りのシリーズだしな。
一応の警戒をしながら中身を確認、中には手紙が三枚。
洋輔と一緒に、読み進めることに。
まずは一枚目、に書かれていたのは、
『創の消石が通じるならばそれが一番。とりあえず使ってみて。駄目ならば二枚目』
と。
「どういう意味だ?」
「創の消石は周囲の音を一定時間封じ込めるって効果だ。で、その石を物理的に破壊すると、封じ込められた音が再生される。異世界では消音器として使う事が稀にあるくらいだったけど、使い捨てのレコーダーとしても使えるから……たぶん、アレの中に僕とかの声が入ってるんだろうね」
「けど、駄目ならばって保険も打たれてるぞ」
「品質値を変えるくらいならば録音内容に違いは無いんだけど、流石に槍を介するとなると初期化されてるかも? と思ったんじゃない?」
僕もそのあたりはかなり微妙だと考えている。
だからこそSDカードとかのフラッシュメモリ系で良いとも思うんだけど、あえて創の消石を使ったのか、それともその僕にはフラッシュメモリという発想がなかったのか。
どちらにせよ、一度槍の中に入っていた創の消石をふぁん、とまた取り出して、物理的に破壊。
ぱぁん、とはじけるような音がしてから、それは封じ込めていた音を再生し始めた。
あくまで機能に忠実に。
◇
『ん、録音開始。してるはず。あー、でもこれだと僕たちにも聞こえないって問題があるな……まあいいか。えーと、とりあえずは自己紹介だ。僕は渡来佳苗。中学一年生、部活は演劇部に所属している。バレー部も兼部してて、どっちがメインとも言えないけどね。……で、僕の想定が正しいならば、これを聞いているのは渡来佳苗……だよね? 洋輔もそこにいるかな? フユーシュも? 最後の一人は微妙だけど、少なくとも僕が洋輔と決別するなんてことはたとえば洋輔が猫を踏んづけたりしないかぎりは無いはずだから、洋輔に関しては居るよね。居ないにしたってこの内容をどうせ話すだろうから同じだ。
『前置きはこのあたりにしておこう。品質値は高めてあるとは言え、時間も無いしね。ここから早口になるけど、僕だし大丈夫だよね?
『まず、僕が知り得た情報。弓矢晶という子をそっちの僕は知ってるかな。あの槍を作ってくれたということは、たぶん晶くんから僕の伝言を伝えられたと思うし、たぶん知ってるよね? でもまあもしも知らないならば、別の方法でこの槍を作ったならば、直ぐに探してくるべきだ。八幡様の直ぐ近くにある大きな家が弓矢くんの家だよ。クラスメイトに昌くんがいると思うから、その弟って言った方が早いだろう。
『で、その弓矢晶くんは、呪いを行使することができる。それも二系統の呪いがね。……ま、ようするに同時に二つの呪いを行使できるって才能だ。すごいよね。すごさが解らないならば、呪いに関して知識が少ないって事だと思うけれど、ならばやっぱり、昌くん経由が一番の近道だろう。昌くんの家に併設されている道場には地下室がある。その地下室の奥には書庫があって、その書庫には呪いに関する情報があるんだ。但し、昌くんはその存在を知らない。弟の晶くんとお姉さんの日さんは知ってるから、晶くんと仲良くなって、お泊まりでもしにいくと良いだろうね。そのついでにそれとなく話を切り出せば良い。心理を誘導するのも、悪くない。呪いが使えるという点はすごいけど、別に真偽判定に特段なにか心得があるわけでもないようだから、問題はないんじゃないかな。
『ともかく、まずは晶くんについてを知って欲しい。そうすればなぜ僕が「君」に連絡を取るにあたって晶くんを選んだのかは解ってくれる、はずだ。あの子が持っている力は、呪いではない別な力は、それもまた二つある。
『一つは見分ける力。
『一つは見届ける力。
『僕はその両方を利用させて貰って、「僕」に、つまり「君」に連絡をとったんだ。連絡をなんとしてでもとらなければならない理由があったんだ。
『教えて欲しい。「君」は一体、何をしたの?
『何故、来栖冬華が突然、この地球に現れたのか。もし知っているならばその説明を、して欲しい』
◇
「途中からほんっとうに早口だったな。正直聞き取れなかったんだが、要約すると?」
「連絡をしたのは僕で間違いない。晶くんの力を利用した。晶くんは呪いを二系統使える。呪いについての詳細は晶くんの、あるいは昌くんの家の道場に存在する地下室の奥が書庫になってて資料があるからそこを調べればいい。ただし僕が利用した晶くんの力は呪いとはまた別の二つで、見分ける力と見届ける力。ソレを使ってでも連絡を取らなければいけない事が起きた。来栖冬華が突然現れた。その理由がその僕たちには解らなかった……だからそのあたりを知ってるならば教えてくれ、って所」
想定の範囲内といえば、まあ、範囲内なのかな……うーん。
「あの野良猫がちらっと漏らしてた『複数の地球』が、キーワードっぽいね」
「……複数、か。それに加えて、見分ける力と見届ける力ねえ」
見分ける。見届ける。
それを使う事で連絡を取った。逆に言えばそれを使えば連絡が取れるとその僕は考えた。確信ではないにせよ、かなり高い確率でいけると判断するに十分だったということだ。
その上で、じゃあその二つの力とはどんなものだろう?
特に見えている世界が違うとかそういう事は無いと晶くんについて、昌くんが語ったことがある。けれどこの伝言で僕が提示した情報によると、そもそも昌くんだけが呪いに関して知識を持っていないらしい。その一環で隠されているだけか?
「……駄目だね、情報がちょっと足りない」
「ん」
手紙をめくっていくと、二枚目には概ね、先ほどの伝言の内容を整理したような情報外書かれていた。創の消石が使えるかどうかわからなかったからその保険ってことだろう。
そして三枚目は、僕の家を中心とした地図。そこそこ広い範囲で描かれていて、基本は白黒、けれどいくつかの場所は赤、青、緑の三色でマーク塗りつぶされていたり、黄色く囲まれたりしている。
特に補足は無い……けど、僕の家や洋輔の家、昌くんの家が青くなってたり、よく刑事の三好さんたちが監視に来ている近くのマンションが赤くなっていたりしているあたり、色別に準拠かな?
あえて緑にされているところも、よくよく見ればたとえば郁也くんの家だったり学校だったり、信吾くんだとか友達の家ばかりなので、おそらくは『特に親交のある場所』って事だろう。
「ん……だとしたらおかしいな。ここも緑なり青なりに塗られているべきだろ?」
「そうだね。実際、『黄色く囲まれてはいる』んだけど」
特に塗りつぶしはされていないのはおかしいんじゃないか、と洋輔が指摘したのは江藤さんの猫屋敷だ。黄色い線でぐるっと囲まれてはいるけど、特に緑にも青にも、当然赤にもなっていない。
他に気になるのは喫茶店かな? そこも着色されていない、けれど黄色く囲まれた場所となっている。
逆に、着色されているけど黄色で囲まれているのは、葵くんの家。葵くんの家は青く塗りつぶしされてるけど、黄色で囲まれていた。
あとはちょっとわかりにくいけど、昌くんの家の中心からちょっと北にズレたところにも小さく黄色い丸がある。
「よく気付いたな……ほとんど点じゃねえか」
「いや、結構解りやすいよ」
「そうかあ?」
視覚的には気付きにくいけど、流れとしてはそこにも黄色があるべきだし……ね。
つまり。
「赤、緑、青の三色は色別の結果。但し緑は原則記さない、敢えて記される緑は『その僕』にとって友好関係のある緑。黄色で囲まれているのは、『違うこと』……だと思う」
「違うこと……」
見分ける力、見届ける力。その前者、見分ける力。
晶くんが持っているというその才能を晶くん自身に使わせたのか、あるいは錬金術的、魔法的な応用で模倣したのかは解らないけど、ともあれそれによって自分の居る地球とそれ以外の地球において違う場所を見分けて、そこをメモした……と考えるのはどうだろうか。
強引だけど、僕ならそうする。
「お前がそうするなら、そしてその『佳苗』もお前と根本的なところが同じならば似たような事を考える、か」
たぶんね。
「けど、だとしたら注釈くらい入れりゃあいいのにな」
「録音した後にこの地図を追加したのかどうかにもよるけど、僕のことだからね……。もちろんその僕が僕と全く同じように考えるならだけど、『あ、補足忘れた。まあいいやもう作っちゃったし作り直すのも面倒だし、だいたい相手も僕なんだからどうせわかるでしょ』ってなったんじゃないかな」
「ものすっげえ自然に思い浮かぶけど、お前のその時々訳のわからない方向にずぼらになるのは何なんだろうな」
それは僕もよくわかっていない。やる気スイッチが突然オフになる感じかな。
「だとしても……。ともあれ、地図はどうも、違うところが確かにちらほらあるよね」
「そうだな。江藤さんの家、喫茶店、前多の家、弓矢の家。それに……与和の家と、あとこの家は誰の家だ?」
指で差された場所を思い出そうとしてみる。通ったことはある道だ、けど……。
「特に用事があって行ったことがある場所じゃあないなあ……。えっと、住所は……」
四の三十八、どっかで見覚えはある住所なんだよな……、なんだっけ。
友達……じゃないよな、小学校が同じだった子で違う中学校に行った子だとしたら、まだ記憶があるはずだ。そこら辺に引っかからない。けど見覚えはある。
住所だけってことか? なら部活関係の名簿で見たとか……、名簿。名簿?
「藍沢先輩……? の、家かな?」
「ああ。そういやあの人四丁目住まいか」
「たぶん。明日、演劇部があるから、そこで名簿で確認するなり本人に聞くなりしてみるよ」
「そうだな」
他にも何カ所か黄色く囲われた所はあって、その数は全部で十カ所ほど。
多いような少ないような。回るとなると一週間くらいはかかるかな? いや、その程度で済みそうだと考えれば良いか。
「とはいえ、前多の家にせよ与和の家にせよ、それと藍沢先輩の家らしき場所にせよ。なんか微妙なところもあれば、喫茶店も含まれる。どういうことだろうな?」
「さあ……。回ってみれば解るのか、それとも回ってみても解らないのか。どちらにせよ場所ごとに確定して、それと昌くんの家を探って……。今週末は泊まりに行くか。洋輔はどうする?」
「いや週末に泊まりに行くか、って、それじゃ遅いだろ。喫茶店からの催促は明日にでも来る可能性が高い」
それは……そうか。
となると、『僕』に肝要なところを聞いた方が早いかな……?
ティクスの籠を介し、ロジスの槍に変更を与えることで情報交換を頼むと、五分もしないうちに返事としての変更がやってきた。
それによると、どうやらフラッシュメモリの読み込みはできたそうだけど、パソコンの準備が大変だから手紙でお願いしたいとのこと。
言われてみればごもっともなのでそこには同意しつつ、同時に書かれていた情報を読み取っていくと、その呪いの件を解決できるであろう方法がそこには記されていた。
ただ、その方法は僕も洋輔も真っ先に思い立ったもので、けれど敢えて排除したものだった。当然はいそうですかと助言の通りにやるわけにも行かないので、改めて確認をとると、それでも手紙越しの『僕』は自信満々にこう手紙を記した。
『ちょっと前までだったら困ったけど、槍が完成している今ならば何ら問題ない。それにそもそも、永続的に措置をするってのはいくら僕たちでも無理。なんせあれは、僕たちの原理と階位が同じだからさ。詳しくは昌くんの家で調べてみて。見つからなければそれはそれで重要な問題だから教えてね』
と。
そして、そこに併記されていた呪いの性質は次の通り。
呪いは術者に強く依存する。
呪いは必ず術者と関連付けられていて、それは術者が存在しなくなれば呪いも存在しなくなるということと同じである。
呪いを外す技術というのは強引に解除するから目立つのであって、自然な消滅であれば周囲に影響は発生しない。
「なるほど、納得はできる。けど……」
「ああ。気になるな。俺たちの原理と階位って何の話だ?」
昌くんの家を調べれば解る、とも書いてある以上、そうするべきなのだろう。
「とりあえず今日……はもう無理か。それでも明日中に冬華に事情を説明して、手伝って貰おう。晶くんの呪いを封印するの、僕たちだけじゃきついし」
◇
『手伝うのは構わないけれど。そうねえ』
一通り情報交換を行い、その後僕の説明を聞き終えるなり、冬華はふぃんと何かを生み出した。
何か、というか、あれはイタコの札だな。
『先に訊いておくけれど、その封印は一時的、しかも短時間でもいいのよね?』
『うん。どうして?』
『あなたたちの理不尽な魔法ほど私はずば抜けていないという事よ。対象が視認できてる状態でもなければ、そんな精密さを要求される魔法が早々使えるもんですか』
呆れるように冬華は言って、けれど苦笑を交えたまま、僕にイタコの札を三枚渡してくる。どんな魔法入れてるんだろう。
『その札に込めているものは、魔導師ならばそんなに難しいものでもないわ。ただ複雑なだけ……連想をかなりの数入れなければいけないだけ。そして、単体では魔法として殆ど意味が無いわ。魔力の無駄遣いになるわね』
『全部同時に使えば良いのかな』
『まずは要求魔力を先に説明するわ。品質値30000のカプ・リキッドを二つくらいになるかしらね、まああなたの場合、虚空の指輪で百倍化できるんでしょうし、品質値600以上のカプ・リキッドなんてあなたにとっては朝飯前でしょう?』
うん、と頷く。実際、品質値600以下のカプ・リキッドを作る方が手間だもんな。
そしてそれに代替する程度ならば、金の魔石からでもなんとかなりそうだ。
『それともう一つ。それは普通に使うんじゃなくて、錬金術的に使わないとだめよ』
『対象との関連付けって事かな』
『ええ。血とか、髪の毛とか、唾液とか。とりあえず個人を特定できるものが必要ね。そんなもの、都合良く……』
ふぁん。
はい、完成。
『何作ってるのよ』
『晶くんの血』
『どうやって作ったのよ』
『いや、他人の血を作る時って、ぶっちゃけ遺伝子型がきっちり特定・指定できれば問題ないでしょ? だからこの眼鏡に付与してる「配置記憶」の効果を拡大解釈して、そこに主要な友人とかの遺伝子情報を保存してるんだ』
ちなみに保存されているのは意味があるかどうかはさておき僕が最初で、そこから洋輔、冬華、昌くん、郁也くん、晶くん、葵くん、信吾くん、徳久くん、咲くんと続いている。あとは効果は確かめてないけど一応亀ちゃん。
『普通の錬金術師によっぽど文句を言われた私でさえもあなたの錬金術には突っ込みを入れたくなるわね……。佳苗の錬金術はなんていうのかしら、いや魔法もそうみたいだから全体的になんでしょうけど、その「拡大解釈」とか「解釈を置き換え」とか「解釈の縮小」とか、なんでそうも膨大な冗長性を持たせられるのよ……』
『感覚的な問題だからね……洋輔も最近は解釈の置き換えはできるようになってきたし、訓練次第だと思うよ。冬華も頑張ってみれば?』
『いえ、それは単に使い魔の契約が悪さしてるんじゃないの……?』
どっちだろう……。
とまあ話が逸れまくってるので一端戻して、作った晶くんの血は冬華がくれたイタコの札と一緒にしておこう。あとは本人が確認出来る場所をなんとか作ってやればよい。
こっちの準備はもう終わってるしね。
『それにしても、複数存在する私……ね。それについてはあなたに一任するけれど、呪いについての資料館っていうのは妙ね。私たちのあの世界にとっても、呪いなんて技術をまともに纏めた資料なんて存在しなかったわよ』
『そうだけど、実際に僕が確認しちゃってるみたいだからなんともね……。というか冬華、ついでだから聞いておくけど、あの世界で呪いの権威っていうと誰になる?』
『権威……有名人、呪いの使い手として名を残した人って意味よね? まあそんな存在には正直心当たりがないわ。すくなくとも存命の人物の中で呪いを自在に使いこなす、なんて変態はいなかったわ』
変態って。
『けれど歴史上ならば何人か名前は出せるかしら。たとえばトーク・トークって人。随分昔の人物で、当時「魔法」をようやく確立した勇者と仲が良かった一族の一人ね』
ん……トーク、勇者?
『トークって、あのトーラー・トークさんの?』
『そうね、彼はその人物の子孫にあたるはずよ』
『が、勇者だったの?』
『いえいえ。勇者の名前はエブラスだったかしらね? ただ、その勇者が特にひいきにした何人かがいて、そのうちの一人が、トーク・トーク。幼くして呪いを使いこなしていたと記録されているわ。状況からしてそのトーク・トークって人物の血縁者は授かりの御子なんでしょうね、そして勇者がその御子を消費した結果、トーク・トークだけが残ったと』
『…………』
『どうしたの?』
『……うん。いや、納得しただけ』
僕たちと同じ原理と階位、とあの『僕』は言っていたけど……。
なるほど、それはそのままの意味か。
晶くん本人がそうなんじゃなくて、先祖か縁者か、どちらにせよ何らかの関係がある人物が僕たちと同じ、来たりの御子だったと。
僕の錬金術や洋輔の魔法のように、その人物は呪いを持ち帰ったと。
『どちらにせよ、昌くんの家はきちんと調べる必要がありそうか……。調査結果、冬華にも教えるつもりだけど』
『そうしてくれるとありがたいけれど、方法は?』
『洋輔からこれを預かってる。どうぞ』
これ。
と、渡したのはひよこチック5号である。
『……なにこれ?』
『洋輔の背後に居るゴーレム、にわとりバードの子機でね。ちょっとした意思疎通ならばでいるのと、子機は親機に情報を渡せるんだ。それと、親機も子機に簡単な命令なら出せて、簡単な魔法なら使わせることができるって』
『は?』
『普段は透明化させてもよし、色を変えてストラップみたいにしてもよし。あ、マテリアルに完全エッセンシアを混ぜてるからちょっとやそっとじゃ壊れないし、安心してね』
『は?』
あれ?
なんか冬華のリアクションがおかしい。
『待ちなさい佳苗。このゴーレム、魔法が使えるの?』
『いやえっと、正確には、洋輔がどんな魔法を使うのかを指示しないとだめだけどね』
『魔力はどこから引っ張ってるのよ』
『ゴーレムが保有してるらしいよ』
『は?』
なんだか思いっきり威圧された。
『そう……そうなの……。佳苗は分からずに作ったんでしょうしまあ良しとして、洋輔は分かってて作ったわねきっと。これはちょっとお仕置きが必要かしら』
(俺は逃げるぞ)
ごめん洋輔。もう冬華、窓から飛び降りてダイレクトに洋輔の横に着地するコースだと思う。
ファイト。
(他人事かよ!)
いやね?
僕はこれからたぶん先生に怒られるからね。
なんで冬華を止めなかったんだ! って。
(……グッドラック)
などというやりとりから三分後。
案の定、表面上は笑みを浮かべ、しかし明白に怒気をはらんだ状態でやってきた緒方先生に、僕は平謝りすることになったのだけど、考えてみればこの場合って僕には過失ないんじゃない?
◇
「体育テストの時の佳苗も大概だったけどさ」
五時間目の授業を終えて、休み時間。
とはいえ今日の五、六時間目は林間学校を経ての感想文を書く特別授業なので、あんまり休み時間という感じもしない。
「四組の来栖のやつも大概ぶっとんだ身体能力なんだね」
ちょっとうらやましがるように、けれどそれ以上にドン引きするような感覚を残しつつ葵くんが言った。
お昼休み、四階にある第二多目的室から洋輔の真横にどすんと着地したとき、洋輔の前に葵くんが居たらしい。それまで一緒に遊んでいたら突然洋輔の動きが止まって何かなと思ったら空から冬華がふってきたと。
そして砂煙が収まる前に洋輔が脱兎のごとく駆け出すと、全力で狩りに挑む獅子のごとく冬華は何事もなかったかのように、洋輔をさも当然のように追跡した。
そんな校庭での光景は僕もちょっとだけ第二多目的室から見てたけど、うん。
洋輔のなりふり構わない全力疾走に猛然と追いかける冬華という図はシュールだったけど、たぶんあれは世界記録が狙える走りだろう。結局チャイムが鳴るまで延々走ってたしな……。
「女子にあんなにも情熱的に追いかけられるのはいい……いやでも、あの待てェ殺しはしない捕まれェ! って追いかけてくるのはちょっといやか。捕まったら半殺しはされそうだし」
「あれは男子の夢だけど、別な意味で夢に出そうだよな……」
葵くんの羨望からの恐怖に対して、徳久くんは心の底から同意するように頷く。ごもっともなのかもしれない。僕からすればシュールだけど、横で見てる分にはシュール以上にホラーかも……。
そしてそんな全力疾走をし続けたにも関わらずさほど疲れた様子をみせない洋輔にせよ冬華にせよ、それどころじゃなかったと二人は言うだろうけど、大分目立ったんだろうなあ。
「でも俺としてはなんていうか複雑だな……」
「複雑って?」
「いや。ほら、俺は陸上部だけどさ。なんとも、あいつらよりも早く走れる自信が無い」
「あれはもうギャグ時空だったと諦めた方が良いんじゃない?」
本格的に悩み始める徳久くんに、けれど葵くんはさらりと厳しいフォローを入れた。
ギャグ時空って。いや納得しかけたけど。
「それに佳苗だってあれと同じ事できそうだし」
「いやあ……僕は遠慮したい。疲れるし」
「やれば出来るのか……」
特にこれといって制限なしなら一番動けるのは僕だという自身もあるし、ここは大きく頷いておく。実際にやるかと言われたらやるわけがないけども。
「陸上部で思い出したんだけど、佳苗、与和の話は聞いてる?」
「来島くんの?」
なんかあったっけ?
特に話は……ああ、
「洋輔が何か企んでる、みたいなことならばちらっと。その件かな」
「恐らく。お前からの説得行けそうか?」
「やれと言われればやるよ」
来島くんの件、というのは、どうやらサッカー絡みの案件らしい。
前に洋輔がちらっと漏らしてたけど、なんとかして藍沢先輩を来島くんと戦わせたいというやつだろう。
もちろん藍沢先輩を説得してそれでおしまいではなく、場所から人から色々と集めなければならないのでまた難しいんだけど。
「演劇部も一段落ついてるし、受験のほうが本格化する前に挟んだほうがいいだろうね……となると、そう時間的猶予もないのか」
「うん。頼めるか?」
「説得までならば別に良いよ。でもその先のセッティングはどうなってるの?」
「それは俺と洋輔でなんとかする、つもりだ」
ふむ。徳久くんがやるなら問題は無いだろう。
「それで、人数的な問題もあってさ。洋輔にはもうお願いしてあるんだけど、佳苗、お前も参加してくれないか?」
「んっと……演劇部とバレー部を優先しちゃうけど、それ以外なら」
「助かる。前多もやるだろ?」
「んー。やりたいけど、オレ、運動は得意じゃないよ?」
「やりたいならやるべきだよ」
それに葵くんの場合、球技大会の一件もある。
楽しむためのプレーという意味では最高級だし、バスケの時ほどじゃないにしてもとんでもシュートは飛び出しそうだ。
大体、技術が伴わないだけで司令塔に適正はありそうなんだよね。
などと言っている間に休み時間がおわり、本日最後の授業。
といってもさっきまでとやることは変わらない。
「ところで渡来くん。君、さっきから上の空だけど、やる気はどうしたんだい?」
「もう終わったんで、考えしててもいいかなって」
「…………」
◇
そしてその日の放課後。
帰る前の昌くんを捕まえて、
「ちょっといい?」
と切り出すと、昌くんは珍しい、といった感じで応対してきた。
「別に良いけれど、あんまり長時間だと困るかな。部活あるから」
「そこまで時間は掛からないよ。いや、実は金曜日にもしよかったら、いやとても迷惑だとは思うんだけど、昌くんがよかったらちょっと、昌くんの家にお泊まりで遊びに行っちゃだめかなって思って」
「へ? いやまあ、別に部屋ならいくらでもあまってるし、来客用のセットもあるから良いけど……。珍しいね、佳苗から持ちかけてくるなんて。何かあったの?」
「いやあ。ちょっと亀ちゃんが拗ねちゃっててさ、寝てるときにケンカしてるのがちょっと鬱陶しくて……」
「佳苗が猫で困るというのは本当に珍しいなあ……」
いや昌くんは一体人をなんだと思ってるんだ。僕だって猫に困ることはあるぞ。ごく稀に。
(だいたい五年に一回くらいだがな)
そして突っ込みはせめて見えるところから入れて欲しい。反論できないじゃないか。
「いいよ。金曜日……なら、どうする、学校帰りにそのまま来るかな?」
「うーん……そうしたいのもやまやまだけど、金曜日はバレー部があるからなあ」
一番暑い時期はとっくに過ぎて涼しくなってきたとはいえど、流石に運動をすれば汗をかいちゃうわけで。そんな状態で遊びに行くというのは微妙に気が引ける。
「そういう事ならうち、大浴場もあるから。そこでゆっくりしてみる?」
「え、そんな施設もあるの昌くんち」
「奥の方にね。ほら、道場の鍛錬が終わった後にひとっ風呂、とかが出来るようになってるんだよ」
納得……していいのかなこれは。
「さすがに温泉じゃないけども、それはいいよね」
「もちろん。じゃあ金曜日、帰りがけにそのままお邪魔しようかな……」
「わかった。準備しておくよ。村社はどうする?」
「んー。そういうことならボクもお邪魔しようかな」
と、こちらも部活に向けて準備を始めている郁也くんが答える。
結構頻繁に泊まってるみたいな話もしてたっけ。
「佳苗がいっしょならあそこももしかしたら開けられるかもしれないし。せっかくだから色々と探検しようか」
探検?
僕が不審がっているのに気付いたのか、補足するように郁也くんは言葉を続けた。
「あきちゃんの家、隠し階段がちらほらあってさ。そのひとつが地下室に繋がってるところまではボクたちだけでも行けたんだけど、そこにある扉が開かなくてねー。何があるのかな? ってボクとあきちゃんの間では積年の疑問なんだよ」
◇
手間が省けた、と洋輔ならば称するだろう。
けれど僕には、途方もない厄介ごとが目の前にあるようにしか思えなかったのだった。