表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
中間色々夢現  作者: 朝霞ちさめ
~秋~
17/25

混ざり始めは気付きにくい

 予告したとおりに喫茶店パステルに訪れるとCLOSEDの札が掛かっていて、ガラス戸には『店長急病により数日間お休みを頂きます』と、整った文字で書かれていた。

 はて、急病。どういうことかな。そう思いつつも色別を有効化したまま、扉を開ける。

 尚、色別を有効化している場合視界が赤・青・緑の三色だけでグラデーションもなく影なども全てそれぞれ赤・青・緑の単色で表現されるため、色が同じものだと地面と空の区別も付かないなど、まっすぐ歩くことも難しい状態になるんだけど、身体的な問題は理想の動きの併用で徒歩をしてやれば問題は無く、視界的な問題は洋輔の視界を共有することでちょっとズレた場所からではあるけど、概ねの通常の視界も獲得できるという仕組みだったりする。

 とはいえ色別もいい加減アップデートしたいんだよな。こうも一緒くたにされるからこそ解りやすいってのはあるけど、こういう場面では使いにくさの方が目立ってしまう。半透明にオーバーレイする感じでとかならばさほど難しくはないだろうけど……。

 ま、それは無事に帰ってから考えよう。

 扉を開けると鍵は掛かっていなかった。まあ、外からうかがった時点ですごく解りやすかったけれど、中にはそれなりに人も居た。それなりにというか、七人ほど。

 全員見知った顔で、この喫茶店の従業員として働いている人たち、とオーナーさんだった。クロットさんの姿はなく、また、あと二人は最低でも従業員として働いてたはずなんだけど……。

 どこかに隠れてるかな? 一応警戒。

(だな。聞くまでもないが、色別は?)

 オーナーさんと五人が赤、二人だけ緑。

(なんだ、全員赤じゃないのか)

 うん。ただちらほら赤い食器類があるから解毒推奨ね、とこそこそ共有領域で情報を交換しつつ、僕はそれでも平静を装って言った。

「こんにちは。言ったとおりに来ましたが、お邪魔でしたか?」

「……いや、そんなことはない」

「それならば良かった。座っても?」

「ああ。そこの席で良いかな」

 そこの席、と指定されたのは喫茶店の中心にあたる場所だ。中心に当たる場所ということは裏を返せばどの方向に対しても距離があると言うことで、さも当然のように、店員さん達は僕たちを全方向を取り囲むような場所にそれとなく移動している。

 座るとすぐにアイスティが出され、当たり前のように隣り合わせに座った僕と洋輔、とは正面の席に、これまた当たり前のようにオーナーさんが座った。

 表面上は笑みを浮かべているけど……。

「君たち相手に建前というものが通じない事は解っている。……だからこそ本題を最初に切り出そう。『渡来佳苗くん』。君の部屋に侵入した工作員は二人、君の部屋の中で不思議なものをいくつかと、天井裏――屋根裏というべきかな、そこにも様々なものがあったと報告を受けた。実際にそのなかでも『不思議なもの』をいくつか接収している」

「罪の告白をするために呼び出したって事でもないでしょうに」

「……その過程で、二名の内の片方が不調を訴えてね。早めに切り上げたんだが、その後、二人共に痙攣などを起こして倒れてしまっている。二人は今、こちらで手配した医療施設だ」

「そうですか。それはお気の毒に。すぐに治るといいですね」

「あくまで関与は認めないということかい?」

「それ以前の問題でしょう」

 侵入したことも、道具を盗んだことも、現状謝罪はない。

 いやまあ、厳密にはオーナーさんがやったわけじゃないんだから、オーナーさんに謝られてもうん……って気はするけど、それでも道具を返すくらいのことはしてくれないと。

(けどこれ、微妙に罠だよな。どこまでバレているかをそれとなく鎌かけてるんだろ?)

 それに加えて、盗んでいった道具の効果……効果は無理でも名前くらいでヒントは欲しいってところだろうね。敢えてそこを教えてあげる必要も無い。

「他に何もないなら、僕たちは帰りますけれど」

「なに、もう少しゆっくりしていくと良い」

「今日はお休みだけど、明日は学校あるしな。特に何も『ない』みたいだし、帰ろうか、佳苗」

「そうだね」

「……つまり、我々と交渉するつもりがないと?」

 我々と敵対するつもりか、というニュアンスで放たれた言葉に、僕は肩をすくめる。

「先に敵対を選んだのはそっちでしょうに。独断で下が動いただけかもしれないし、オーナーさんが指示したのかもしれませんけど――ああ、前者ですか。だとしてもごめんなさいの一言もなく、盗んだものを返そうともしないのに、なんで僕たちがそれを許す必要がありますか」

「我々とてあまり荒事は好まないのだが」

 いやでも僕たちに過失はないぞ。

 勝手に罠に引っかかった方が悪い。正当な手順を踏めば罠も発動しないわけで。

「僕たちも好きじゃないですよ、そういうの。だから今日の所は帰るだけで済ませてあげても良いって考えてます」

「傲慢だな」

「そう思いますか」

「ああ。子供が大人にとる態度じゃないだろう」

「……じゃあ」

 日本的に考えればそうなんだけど、僕にせよ洋輔にせよ、異世界(あっち)の価値観も入ってるからなあ……。正直そこまで気にしていなかったりする。

(ほどほどにしておけよ)

 だから洋輔も止めるようなことはしないわけだ。

 色別を一時オフ。

「クロットさんはこの件ご存じなんですか?」

「…………」

「盗み出したものは解析に回しましたか?」

「…………」

「倒れた二人の様態はどの程度でしょうかね。本格的に体調が悪い? 大事をとって医療施設で検査をしている? 何が起きたのかを確認するための精密検査?」

「…………」

「盗み出したものは屋根裏のものだけ? 僕の部屋は? 洋輔の部屋は? 洋輔の家のシェルターは?」

「…………」

「盗聴器とピンカメラを設置する時に屋根裏に気付いた感じですか? なるほど、だとしたら運が良いんだか悪いだかですね」

「…………」

「少なくともオーナーさん。あなたは知ってたはずですよ。僕のこれを。『見ればほとんど正解に近しい真偽判定を行える』、『直接見ることができれば精度は上がる』、『言葉を自分でかければさらに精度が上がる』。解析に回しちゃったから返したくても返せない。倒れた二人のうちの片方は本格的に体調が悪く、もう一人は何が起きたかを確認するための精密検査。盗み出したのはシェルター以外から。屋根裏に気付いたのはピンカメラを設置しようとしたときに偶然。で、その全てが僕たちの帰宅とほぼ同時に機能を停止したことを訝しんでいる。ですか。ふうん……クロットさんが知ったらどう反応するやら」

 黙秘をしようと意味は無い。

 無論、普段のノリならば冬華くらいになるとある程度隠蔽もできるかもしれない程度でしかないんだけど、今の僕のように完全に意識を向けている状態では、冬華だろうと関係なく、確実に見抜ける。精度もまあ、悪くはない。

「洋輔。僕たちが知りたいことはもう解ったし、帰ろうか」

「良いのか? アレ、取り返さなくても」

「この場にないものをどうやって取り返すのかって話だよね……解析をしている場所を探っても良いけど、そこまでしたら流石に決裂が決定的になりすぎる。それに盗まれたものは全部代えがきく」

「まあ、そりゃそうか。けどこのまま帰るって、実質的なノーペナだぞ。それでいいのか?」

「クロットさんに知らせるのが先だね」

 それに自業自得とは言え、罠によって実害を被ってるのも二人居るし。

 一人は深刻でもう一人は検査程度、と言っていたから、恐らく発動したトラップは……、まあ、致死性はないし放っておいても半月ほどで快復するものだから、別にいっか。

「お互いに利用し利用される関係は、お互いに詮索しないと言う条件があったから成立していたんです。けれどもはや、その条件は砕かれた。冬華とのやりとりは学校でもできますし、夏樹さんとのやりとりはそこを介せばそれで済む――他にもやりようはいくらでもある。積極的に喫茶店(ここ)を中継地にする必要もありません」

 立ち上がって、通路を歩き出す。それでもオーナーさんは何も言わない。

 他の誰も、何もこれといって反応は示さない――色別は赤のまま、か。

 かといって何か、今すぐに仕掛けようって感じもないんだよな……。

(不気味だな。何を考えてるのかが解らない)

 うん。

 そして恐らくこれこそが、オーナーさんたちの考えた僕たちの持つ真偽判定への対策なのだろう。

 満点の回答、だと思う。

 真偽判定というのは嘘を吐いているのか本当のことを言っているのかを見分ける技術なのだ。それの応用だって、突き詰めればその本質は変わらない。

 心境把握(おみとおし)とかで相手の考えていることをほぼ正確に調べる、なんていうのも、要するに『こう考えてる?』という問いを『はい』が真になるまで何千回と繰り返す力業だから、今回のような状況にはとても弱い。

 『まだ決めていない』という状況に、とても弱い。

 知らない事でもどう考えているかは解るけど――まだ決めていない事に関しては把握のしようが無いのだ。決めてないってことは解るけど、何と何を検討しているのかとかは解らない。

 ましてや方向性さえ決めてない状況からでは流石に、真偽判定の領域から外れている。

 それでも色別的には赤判定だからなあ。何かをしてくる可能性はある。

「一つ聞かせて欲しいことがある」

 いざ扉に手をかけたその時だった。

 問いかけてきたのは、オーナーさん。

「…………。いいですよ、何ですか?」

「あの毒は昔……、ずいぶんと昔に一度だけ検出されたことのあるものと同型である、それが施設の結論だ。だがその毒はその一度以外では検出されたことがなく、製造者も不明だった。それをなぜ君が持っていた?」

 …………?

(毒……、って、そもそも何を仕掛けたんだお前)

 いやちょっと麻痺させる程度の麻痺毒がメインだよ。

 サブに使ってるのも毒としてのランクは低い。もっとも、錬金術由来の毒だから、地球上で一般的な西洋医学による対処は難しいというのは解る。

 それでも対処が絶対に無理というわけでもない。似たような症状に対する薬ならば有効なはずだ。

 具体的には半分が優しさでできてるあの薬とか。

(頭痛かよ)

 近いね。ちょっと熱を出させる毒だ。ただ、使い方次第では薬にもできるんだけど……まあそれはそれ。

 問題は錬金術由来の毒が、以前にも確認されてるって所だ。

「さあ、何ででしょうね」

「あくまでも白を切るか」

「いやあ。……でも、熱が出る程度でしょう?」

「…………?」

 ん?

 困惑が浮かんでいる……、って、どうして?

「まさかアナフィラキシーショックでもおこしましたか? そんなはずはないけど……」

「ああ、違う。あの、血液の血小板を破壊するという作用が問題だ」

「はい?」

 血小板を破壊する?

 そんな毒は無いぞ。いや作ればあるけど、作った覚えはないし、ましてや罠に仕掛けた覚えもない。

 何か別のものと反応した結果とか……なんて、さすがに可能性として低すぎる。

 僕が知らなかっただけでサブに使ってたあの毒にはそういう効果があったとか?

 いや、そんな効果は無いはず……特定の血液型に対してのみ効果を現す、みたいな毒もあったりするけど、あの毒はそういう物でもないし。

「片方は本格的に体調が悪い……、」

 だからふと、僕は先ほど僕が確信を得たそれを改めて呟き直す。

 おそらくはその一人が血液に異常を抱えたと言うことだろう。本格的に体調が悪い。そのつぶやきに対して全員が是と返してくる以上、かなり状況が悪いと言うことかもしれない。

 だとしたら僕たちを強引に、取引材料がない事が解っていても急いで呼び出したのは……。

(解毒薬、最悪でも抗体に近いものを作るための毒薬そのものを確保するためか?)

 たぶん。

 でも、そんな毒薬は持ってないぞ。

 だいたいせっかくの血を壊すなんてもったいない。

(実にお前らしい理由ではあるが……治せるのか?)

 本当に『毒』や『病』が原因ならば、毒消し薬やポワソンイクサルで治せる。それは間違いない。

 ……でも、もしもそうじゃないならば。

(……ま、やってみるか)

 そうだね。

「すいません。ちょっとテーブル借ります」

「ん?」

 手近なテーブルに持ってきていた鞄を置き蓋を開ける。

 一応、最悪の場合はここでちょっとしたバトルが起きる可能性も想定していたため、鞄の中身は結構危険物が多かったりする。まあ、本格的に危ないものは材料の状態なので、なぜか花火とかが入ってる程度か。

 ともあれ『念のため』程度に持ってきたポワソンイクサルと毒消し薬をアンプル状の入れ物にこっそりと錬金し直して、っと。尚この鞄はコーティングハルで加工してあるので、ふぁんといういつものあの音は一切漏れなかったりする。

「オーナーさん。これを」

 どうぞ、と僕は二つのアンプルを投げ渡す。オーナーさんはそれを少し慌てた様子で、けれどきちんと両方とも受け取った。

「青いアンプルを先に使ってください。そっちのほうが『弱め』です、希釈の必要は無し、経口摂取です。赤いアンプルの方はできるだけ後に使った方が良いです、そっちは『強い』ですから。そっちも経口摂取を推奨します。僕が仕掛けたトラップに使っていた薬品を中和するならば、青い方を三滴も摂取すればそれでほぼ即座に快復するはずですけど……」

「当然だがこの薬品も検査に回す。構わないね?」

「構いませんよ。それをどう扱おうとご自由に……実際、それでその人が治るとは僕も確約できません。それが本当に『毒』か、そうでないにせよ『病』であるならば治せると思います。ただ……注意点もありますが」

「聞いておこう。何だ?」

「どちらも『毒』や『病』には効果を示しますが、『薬』には効果が無いです。その前提の上で、これも差し上げます」

 今度はアンプルではなく、試験管にコルクで蓋をしたもの、を二つ。

「無色透明のほうが麻痺毒で、若干緑がかっている方が発熱させる偽薬毒です。トラップに仕掛けていたのはその二つだけなので、そっちで検証するならどうぞ。僕も僕なりに検証はしてみますけど……」

 僕がそういうとオーナーさんは大きく頷き、そして少し遠くからわざわざ別の人が近付いてきた。その手には小さな箱が握られていて、色別をかけてみると……あれ、緑だ。

 ていうか、他の人たちも緑になってる。

(ん?)

 いやだから、オーナーさんとかも赤じゃなくなってる。害意無し判定になったってわけだ。洋輔主観でもそうみたいだし……、どうやら警戒はされてるけど、とりあえず敵視は解いてくれたみたいだよ。

(そうか……、だとしたら色別の赤判定もギリギリ赤ってところだったのかもな)

 かもしれないね。

 色別は極端すぎる。閾値ギリギリとか、そのあたりの表現がないからなあ。

「この箱は? 特にびっくり箱というわけでもなさそうですけど……、なんか血の匂いがするような。B型かな……」

「…………。中身を知ってたのかい? 献体名はルーカ・シャフライ。血液型はお察しの通りB型だ。量は少ないが分析するには十分な血液と、こちらで分析した結果のペーパーは入れておいた。ロシア語だが読めるだろう?」

「ああ、そういう事ですか」

「いやどういうことだよ」

「パステルはパステルで僕が提出した薬品を調べる、だから僕たちは僕たちで血を調べて良いぞってこと」

 盗品そのものを返すことはできない、だからそれに代替する対価として用意してあった……かな、いや、別件用かもしれないか。最初から僕に用意していたならばちゃんと日本語で分析表は書かれているはずだ。

 とりあえずその場で開封してみると、中には試験管に密封された血液が四本。分析をするには十分な量だろう。

 保存状態と品質値からして……、

「採取は一時間くらい前ですか」

「…………」

 あってるらしい。

(いやそれ以上にドン引きされてるけどな)

 いやそれどころじゃないよ洋輔。

 最悪の予想がどうもあたりっぽい。

(……まじか)

 試験管の一本を洋輔に渡すと、洋輔はそれを透かすようにながめる。暫く凝視して、けれど気付いたのだろう。はあ、とため息を一つ吐き、僕に返してきた。

(だとしたらどうして『発動したのか』――だよな?)

 ……状況としては読めないこともないんだよね。

 屋根裏倉庫への侵入は僕にとってのピンチだった。

 もちろん、当初もゴーレムによる防衛は行っていたけど、トラップによる撃退は必ずしも成功するとは限らなかったし、多少の麻痺や発熱程度だと却って余計な詮索を誘うかもしれない。

 それでも僕は十分だと考えたけど……それを不足だと向こうは判定したってことなんじゃないかな。

(……まあ、その見立ては多分正しいだろうけど。どうするよ、これ)

 どうしようか……。

 ともあれ。

 僕だけではなく洋輔にさえ血を注視することで何が起きているのかが察せてしまう、そんな異常がそこにはあった。

 具体的には、『呪い』である。

 ようするに屋根裏倉庫に侵入されたことを僕たちはなんとかなる程度の問題だと考えたけど、『晶くんはそう考えなかった』――実際には晶くんがどうこうというより、呪いがそう判断してしまっただけだろうけど。

 それでも呪いが発動し、ルーカ・シャフライという人を襲ったのだろうと推測できる。

(弓矢に確認だな。弟の具合はどうか)

 そうだね。

 代替コストとして指定していた完全エッセンシアには特に異常無かったけど、一人を呪う程度ならば余裕で受けきれちゃうだろうから……こっちはあんまり参考にならないし。

「オーナーさん。今日はこれで失礼しますが、……その二つの薬でどうしようもないようなら改めて連絡をください。複数条件は付けさせて貰いますが、それでも確実に治しきることはできますから」

「大した自信だ。信じて良いのかな?」

「もちろん疑って貰って結構ですよ。そのためにも検証はどうぞ、ご自由に……但し、渡した薬を使わずに『治らない』とか言われても困りますけど」

「はは……、そんな嘘は吐かないよ。意味も無い」

「ですね。お互いにそれは意味が無い」

 じゃあ一端、さようなら。

 僕たちはそうして喫茶店(パステル)を去り――



 ――当然のように自宅ではなく、僕たちは直接昌くんの家へと向かった。当然、晶くんの状態を確かめるためにだ。

 インターフォンを鳴らし、応答したのは昌くん。

 僕たちの突然の来訪に驚き、それでも普通に応対をしてくれて、その後ろでは暴れる飼い猫のゆーとを抱きかかえる晶くんがいた。

 見た感じ、……うん。

「ごめんね、急に」

「ううん。どうかしたかな?」

「近くを通りかかって、ゆーとが見たくなって。……でも、ちょっと迷惑だったかな。晶くん、ちょっと具合悪いみたいだし」

「……そう、見えるかな」

 昌くんがおずおずと聞いてきて、僕と洋輔は同時にうん、と頷く。

 少なくとも万全の状況ではない。

 かといって眠たいとか、そういう類いの感じでもない。

「熱があるの?」

「……いや。熱はなんだけど、なんだか『疲れてる』らしいんだ」

「そっか……」

 疲労感。呪いの副作用……として考えるのが妥当だけど、完全エッセンシアによるコスト代替を貫通したって事になっちゃうんだよな。それは正直考えにくい。考えにくいけど、可能性としては一番高いし一番素直な読み解き方だ。

 ただなあ。

「僕が作ったやつ、コストの代替だけだからなあ……」

「うん?」

「いやいや。ちょっとゆーとと遊ぼうかな? とか魔が差したりもするけど、さすがに晶くんの具合のほうが心配だし、今日の所は出直すよ」

「そう? 外ではしゃぐのは遠慮してもらいたいけれど、部屋でお茶を飲むくらいならば大丈夫だよ」

「そうしたいのも山々だけど、どうせなら元気な晶くんとも遊びたいからね」

 それに手土産もないし。

「今度、またカステラでも持ってくるよ」

「あはは、それは楽しみだ。ありがとう、ごめんね」

 それはこっちの台詞だ、と一度わかれ、僕と洋輔は結局そのまま昌くんの家……のすぐ近く、八幡様こと大きな神社の敷地内に入った。

 まだ遅い時間というわけではないけれど、人の姿はない。もともとそんなに人の集まる場所でもないから、当然と言えば当然か。

 そして都合の良い場所というのもまた事実。

「それで佳苗、お前の見立ては?」

「……代替コストとして指定していた完全エッセンシアの消耗具合はかなり小さかった。だから『呪い』が発動したとしてもそんなに強くはないだろう、って思ってたんだけどね……。あの状況、コストじゃないのかもしれない」

「リスクってことか? でも確かあの道具、その辺も含めて問答無用だろ」

「うん。そうなると、ポワソンイクサルの例なのかもしれない」

「うん……?」

 ポワソンイクサル。

 エッセンシアの一種、『毒』を問答無用で消し去るという効果を持つそれには、それでも弱点が存在する。それは、『毒』しか消せないこと――錬金術的に『薬』と判断されているものは、たとえそれがどんなに害のあるものでも消すことができない。

 それと同じような状況だと推測したらどうだろう。

 現時点で晶くんに現れているあの症状はリスクでもコストでもなく効果(エフェクト)の部分であって、しかもそれはメリットの部分である、という可能性……。

「体調が悪くなることが、メリットねえ」

「やっぱり無いかな……」

「個々の性格にもよるが、学校を休める大義名分になる……とか、そういうメリットとして考える奴は居るだろうさ。けど弓矢の弟がそうかと聞かれると大いに疑問だな」

 同感だ。どっちかと言わずとも生真面目な子だし。

「そもそも具合が悪くなると言うより体調が悪い、だからな。熱はないけど疲れがあるってのは、仮病としては論外だろ」

 確かに。

 熱があるけど疲れてないほうがまだ休みやすいと思う。

「だからもっと別なところでメリットが発生している……と考えるのはどうだろうな」

「別なところ……」

「熱があるわけじゃない。具合が悪いわけじゃない、体調が悪いだけなんだ。疲労してるだけなんだ――俺にはなんとなく解るな」

「…………?」

「俺が剛柔剣(ベクトラベル)にフィルターを強引にかけてるのは知ってるよな」

「うん」

 洋輔の剛柔剣は、探知できる範囲内のあらゆるものの動きを知りうるという感覚がまず最初にあって、その感覚を頼りに干渉するところまでを含めた総称だ。

 ここで言うところの『あらゆるものの動きを知りうる』と言う部分は文字通りに『あらゆるもの』で、埃とか塵とかそういうものどころか、空気中を漂う酸素とか窒素とかそのあたりの原子の動き、果てはニュートリノとか光子(フォトン)の動きさえも察知しちゃうので、恐ろしく消耗するそうだ。

 で、そんな状況ではまともに生活をすることもできやしない。だから洋輔はフィルタリングという方向で、自身が持つその感覚を任意に『塞いだ』。

 たとえば分子や原子といった単位で動きを察知しても意味が無い。だからあまりにも小さすぎる者は除外対象だ。そこに埃だとか塵だとか、そのあたりもちまちまと詰み重ね、使い勝手と性能を保持しつつも日常生活に支障が無い程度のリスクで済むように、かなり面倒な条件をかけている。

「フィルターを部分的にでも外せば負担は増える。その代わりにできることは増えるがな。そしてこれは、『制限を外すことで疲労する代わりに何かができるようになる』って言い換えが可能だ。それを分解すると『制限をかけるかどうか』と『疲労するかどうか、何かができるかどうか』、になる」

 『制限をかければ』『疲労はしないけど何かができなくなる』。

 『制限をはずせば』『疲労するけど何かができるようになる』。

 ……てことは、晶くんの不調には原因が二つあったってことか?

 一つ目は呪いを行使することによる反動。

 二つ目は制限を解除することによる作用。

 反動はリスクやコストの類いだ、僕たちが用意したあの代替道具でことたりる。

 けど、作用となると……、確かに微妙だな。

 というか無理だろう。

 ダメージの肩代わりならばしてくれるけど、例えば魔法を使うときの魔力の消費を肩代わりするような道具ではない。

「洋輔の説が正しいとして、……僕も同感だけど、それが正しいとして。だとすると晶くんは呪いとはまた別の何かを持ってるって事になるよね。それが偶然発動してるから今、晶くんの具合は悪いってこと」

「あるいは呪いにも種類があるのかもな。……そもそも弓矢の弟が使っていたのは他人の幸運を願う呪いってのがお前の見立てだったわけだが、今回引き起こされているのは、『他人の不幸を願う呪い』。俺にしてみりゃ、お前にしてみてもどっちも『呪い』で同じものにしか見えねえけど、内部的には別もの……」

 洋輔の考え方はすっとするんだけど、だとしたらそれはそれで問題なんだよな……。

「……となると、真っ向から呪いを外さないとだめ、か」

「まあ……参ったな」

 今のところ僕たちが持っている呪いを外す方法は三つ。

 一つ目が抗呪(アンチカース)。魔法的に呪いに対する耐性を強化しまくることで呪いをはね除けるという力業。要求される魔力量が非常に多く、実質的に魔導師くらいにしか扱えない。

 二つ目が解呪(リムーブカース)。錬金術的に呪いが引き起こしている現象を取り外すという真っ当な解決策。道具という形になるけど対象をとるタイプなので、実質的に錬金術師専用で、更に言うならばこれに必要なマテリアルをそろえるのは非常にめんどくさい。七十個くらい要る上、汎用素材が半分すらないんだよね。

 三つ目は反呪(ディスカース)。魔法と錬金術を掛け合わせることで、仕掛けられた呪いを術者に跳ね返すことで逆説的に呪いを外すという抜け道で、魔法と錬金術の合わせ技による。比較的要求されるリソースも少ないから使い勝手で言えば一番マシ、なんだけど。

「少なくとも反呪(ディスカース)は駄目かあ……」

「やりゃあできるだろうが、反射した先が弓矢の弟になりそうだしな。論外だ」

 ごもっとも。

 となると僕か洋輔ががんばる、しかないんだけど……。

 そしてやればきっとできるんだけど。

「どっちも目立つ……」

「それな。どうするか……」

 魔法や錬金術の存在を知られるというリスクがそこに生じる。

 だから打つ手が――

『報告』

 ――選びにくいな、と。

 そんなことを考えかけた丁度その時、そんな合成音声のような、電子的で少し聞き取りにくい、それでも全く聞き取れないわけでもないような音がした。

『指定領域に変動あり。報告は以上。報告者、ひよこチック2号』

 その音を出した張本人は洋輔の背後にこっそりと、透明ながらに存在していたにわとりバードが発した音だ。

「一端帰ろう。どの手段をとるにせよ、準備が要るし……」

「そうだな。それに2号ってことは渡鶴との連動だから――」

 うん、と僕は洋輔に向けて頷く。

 何かが解決しているわけではない。

 むしろ問題がどんどん浮かび上がっていて、本当に前進できているのかどうかも怪しい。

 けどまあ。

「――お前が指定した領域ってのは」

「お察しの通り、ロジスの槍だよ。そこに変動があるって渡鶴は判断したけど、僕はそこに干渉していない」

 少なくとも変化は起きた。

 これを如何に成果に反映できるか、だな。



 こうして僕らは、また間違える。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ