二つが一つか二つで一つか
ロジスの槍、ティクスの籠。
これら二つの道具をまずは完成させる事ができればあるいはこの状況を打破する可能性がある以上、優先するべきはこちらだと言われたら反論のしようもない。
振替休日一日目、の午前を使って、多少強引な応用も含めて色々と試してはみたんだけど、そうそうとっかかりが見つかるわけもなく。
せめて目の前に完成品が一個あれば比較しながらマテリアルを追求できるんだけどな。
「なんだよ、お手上げか」
「そもそも概念的にいまいち掴みきれてないんだよね……完成品が目の前にあればそんな概念を逆算もできるんだけど、過去の記憶から再現しろって言われてできるほうがおかしい」
「その辺を聞けば他の錬金術師達もお前がまだ人間なんだなあと納得するだろうな」
いや洋輔。
別に僕は錬金術ならなんでも出来たわけじゃない。
限りなく『できない』に近い苦手な初歩的な応用でさえもあるのだから。
「別にその辺はどうでも良い。で、お手上げとなると冬華を呼ぶしかねえな」
「そうだね……」
でもなあ、冬華もたぶん僕と同じだろう。
「同じって?」
「現物が目の前にあるならまだしも、記憶にちらっと残ってる道具を再現するのは厳しいって事……僕たちが帰った後、冬華が勇者だったころ、その道具も含めてマテリアルの探求とかをしてたりしたらさくっと出てくるだろうけど、そうでもなければ線が薄い」
「……妙に断定するな」
「性質的な問題だよ」
得意分野の違いとも言う。
「前にも言った気がするけど、洋輔は削除が得意で、僕は生成が得意。その流れで言えば冬華は再現が得意って感じなんだけど……だからこそ、僕と冬華は現物が目の前に一つでもあればそれを作れるんだ。冬華の場合は『正しい手順で』、僕の場合はとりあえず完成させるって違いは出てくるけどね」
「そう聞くと一長一短だな」
その通り。
とりあえず僕が作れれば良いならば僕の方が大抵の場合で有利だ、中間素材をすっ飛ばしたり本当の意味で最低限のマテリアルで完成まで持って行けるし。
けれど他の人にも作れるようにする所まで踏まえれば、冬華の右に出るものは居ないだろう。
「前にそのあたりで冬華とちょっと話したことがあってさ。冬華曰く、『偶然の発見を何度も再現して見せるのが僕で、しっかりと発見した手順を導くのが冬華』だそうだ」
「あー……、妙なまでにすとっと腑に落ちる表現だな……」
それはどちらにとっても、褒め台詞とも受け取れるし貶し言葉とも受け取れる。
そもそも、『どんな難問でも解きうる代わりにその解き方を他人に説明できない』ってのと『どんな問題にも公式を提示しうる代わりにその回答法は大概の場合で遠回りになる』ってものだから、一長一短どころか比較対象になり得てないのだけど。
「ともあれ、目の前に現物がある状態ならば僕と冬華はたぶんそれを再現できるよ。手段は違うだろうけどね。で、目の前に現物がない状態でも僕ならばあるいは作りうるけど、冬華にはそれができない。『今そこで確認できていないものを作る』のは再現の領域じゃないからさ」
「……ん、だとしたら冬華を呼ぶのはリスクしかねえのか? 役立たずって事だろ?」
「洋輔は時々びっくりな極論になるよね。僕も人のこと言えないけど」
「じゃあなんでだ」
「彼女が勇者だったころに場合によってはマテリアルの調査をしているかもしれない。そうでないにしたって、補正値なんて概念、僕がまだあの異世界に居た頃は定義すらされてなかったのもそうだけど、冬華のおかげで錬金術は数段階進歩していて、僕にはその知識が無い。もしかしたら今回作る奴は、その知識が必要になる……かも、しれない」
ま、その辺はちょっと薄いかな。
とはいえ、今回作りたいもののマテリアルを直接知っている可能性が低くても、それに近しい道具のことを知っている可能性はある。そこからさらに発展させていけばあるいは、とも思うわけだ。
だから冬華を呼ぶことだって、リスクしか無いわけじゃなく、ちゃんと相応のメリットもあると言える。それでもリスクが目立つのはもはや仕方が無いことだ。
「ま。冬華を呼ぶ前にちょっと確認。洋輔、何か思いついたこととかないかな」
「俺は錬金術はからっきしだからなあ……。結局佳苗、お前は現状、槍も籠も作れてないんだよな」
その通り。
どちらもまるで成功するそぶりがない。
「ロジスの槍とティクスの籠、か。俺さ、そのネーミングと使い方を聞いて一つ気になったことがあるんだが」
「うん?」
「実は『二つの道具』じゃなくて、両方あわせて一つの道具なんじゃねえの?」
えっと、ロジスの槍とティクスの籠という道具が別々にあるんじゃなくて、『ロジスの槍とティクスの籠』という一つの道具……ってことか?
「それとお前、前に距離に指定の無い『檻』を作っただろ。『檻』の『お』を『や』にできれば『槍』だ」
「前半はそういえば、って納得するけど、後半はちょっとな」
「そうだろうけどな」
……けれど、ふうん。
たしかに、その通り。
最初から二つの道具を同時に使うことを前提とした一つずつの道具が二つある、と僕は考えていたけど、そもそも二つで一つの道具であって、その二つを片方ずつでも使えないわけじゃない、って類いの道具だったと言う可能性もあるのか。
だとすると問題はロジスの槍とティクスの籠というネーミング、なんだけど。
「ロジスとティクス……じゃなくて、ロジスティクスって事になるのかな」
「だとしたら話はもっと単純化できそうだろ。ロジスティクスといや流通の効率化とか、あるいは兵站とか、その手の意味だろ」
効果的にも決して間違ってないんだよな。距離を無視して特定の領域を共有させることで流通の効率化を図る。兵站としてみるにしたって、たとえばその共有の領域に食料を後方から入れて、前線で取り出せばいいわけで。
あー。
「洋輔の発想は正解かもね……」
「何か掴んだか」
「うん、おかげさまで。それで、流通とか兵站を示唆できて、かつ槍と籠。どちらも指定するもの、だから……」
マテリアルとして推測されるものもしぼり込めそうだ。
……うん。
「命の檻で距離の制限を外す。その上で槍が座標を指定するんだから、座標を意味する地図がいる。その座標を意味する地図それ自体が籠の特性としての共有領域の指定も兼ねるとしたら、その領域における排他と干渉不可の性質に、他のものとの同期もさせなきゃいけなくて……」
同期の性質を与えることができる特異マテリアルは銅製のツール、食器とかでも良いので銅のスプーンでも作ってそれで良いだろう。排他の性質はフルマテリアルを反転させればそれで事足りて、干渉不可は赤色灯とガラスの特異マテリアル複合を応用でかませれば良いはず。肝となる流通の部分は動くという効果を方向付ける必要があるわけだから、レールのようなものを敷いておく感じかな。うん、面倒だからレールそのものを使おう。
品質値は大分心配だけど、とりあえず一度作るだけ作ってみることにする。
地図は社会で使っている地図帳からとも考えたけど大分面倒だったので、スマホの地図アプリを使って位置情報サービスをオン、自分を中心にした狭い範囲の地図を表示させ、それを眼鏡にずいぶん前に追加していた機能、『一時停止』を利用して、それを参照した魔法と紙で錬金することでふぃん、と強引に紙に映し出す。
「なんか理不尽を見た気がするぜ」
「洋輔」
「ん?」
「たぶんもっと理不尽な事が起きるよ」
「…………」
というわけで、ふっ、ふぁん。
なんか珍しい音がしたけれど、これは応用の問題だから特に異常というわけでもない。
そして完成品が現れる場所として指定した場所には、確かに見覚えのある道具が二つあった。
ちょっと控えめサイズ、けれど真横に置かれたキャットタワーと比較してもまだ少し大きいような円柱が一つ目で、その横にごろんと転がっているのは虫取り籠のような籠である。大きさは……亀ちゃんを押し込もうと思えば押し込めるけど、かなりきついだろうなってくらいかな。
「……もう完成したのか」
「いや、まだ作っただけだから、未完成」
「なんか言葉がおかしいと思うんだが」
それもそうだ。
「槍と籠はもうこれで完成してる。けど、これじゃあ単に完成させただけなんだ。『あらゆる場面において僕がそれと同じものを作れと言われたとき、真っ先に思い浮かぶであろうもの』として作り直さないと、槍を介したやりとりができない」
「……もうちょっと解りやすく説明してくれ」
「現状無線機が手に入ったけど、チャンネルを合わせてないからこのまま放っておいても誰と繋がるか解らない」
「理解した」
なので僕ならばそう設定するであろうというチャンネルを補正値と品質値で表現しなければならない。
僕のことだからこの手の品質値を固定と言われたら迷わず30000にするだろう。天の魔石で一発だし。補正値は……まあ、洋輔の誕生日だよな。
あらためてふぁん、ふぁん、と調整をかけて、品質値と補正値を確認。
問題なしっと。
最後にティクスの籠の拡張機能として指定座標置換をできるように小細工、座標の指定はロジスの槍の範囲内部。とりあえずポーションでも作って入れてみると、ふぁん、と完成品がロジスの槍の内部に入っていた。
「うん。完成かな」
「……見た感じだと確かに透明な壁っぽいのはあるけど、実は手が通ったりするんじゃねえの?」
「やってみれば? 害はないし」
「ふうん」
じゃあ、と洋輔がその槍の方へと手を伸ばす。
けど、当然といえば当然、その手はロジスの槍の『壁面』で遮られた。
「……妙な手触りだな」
「まあね。それに場所もとるし、目立つかなあ……」
オブジェと言い張れないことも無いとは思うけど、ちょっときつい気がする。
かといって槍を隠すようにピュアキネシスで柱を偽装するにしては中途半端か。
となると……。
「洋輔、ごめん。ちょっと勉強机を手前に引っ張ってくれる?」
「ん」
洋輔は身動きもせずにそれをする。矢印の移動だけで済ませるって便利だな……。
「そのへんで」
「オッケー」
さらにふぁん、と、槍を内包する形でタンスを作って、と。
「これなら不自然でもないでしょ」
「むき出しよりかはだいぶマシだけど、なんとも評価に困るぜ。……んー。レイアウト変えるか?」
「槍の位置は変えられないよ?」
「それを踏まえて移動させりゃ良いだろ」
それもそう。
ということで、洋輔と一緒に自室のレイアウトを改変しおえたところで、改めて例のタンスを開け、その中の槍を伺う。
中に入っているのはポーションが一個だけ、現状では変化無し。
「結構苦労して作っておいてなんだけど、他の僕もこれにたどり着けるかどうかが問題なんだよね……」
「場合によっては何の意味も無いってことがあり得るか」
「うん。……そういえば、これを作るときにおがくずを使いそうだ、みたいなことを洋輔が言ってたと思ったけど、アレってどういう意味?」
「ん……いや、檻の話を聞いてたときにさ。距離を無視するって性質をそこから引っ張るんだろうなあと思って、でも檻は槍じゃねえだろ。だから、『お』を『や』にしたい。『おがくず』の前二文字を引っ張って『おが』にして、たとえば『松ヤニ』あたりで後ろ二文字を引っ張れば『おがヤニ』だから、檻と錬金すると檻のおがやになって槍になったりしねえかなって……やっぱねえよな」
説明をしている途中からうんざりとするように、それでも洋輔は説明をしきった。
というか。
「本当にそれが荒唐無稽なら笑って流すけど、僕としてはその発想がすごいと思うよ」
「……ん?」
「錬金術の応用系の中でもかなり特殊な部類なんだけど、錬金頓知術ってものがあってね。そのさらに応用系に錬金機転術とか、錬金機略術ってものがある。それらは『完成品の名前をマテリアルの名前だけで成立させることで、本来必要なマテリアルを不要もしくは極めて減少させる』って感じ。だから、洋輔のその発想って錬金術的にはもの凄く難易度が高いけど、可能なんだよね」
もちろん正攻法とかそれ以前の問題、完全な抜け道でしかないし、普通にマテリアルをそろえた方が手っ取り早い。というかその方がマテリアル的な負担も少ないって事が圧倒的に多いので、実用性の観点から見ても『一応存在はするから名前は付けておこう』程度の応用なんだけど……。
「洋輔ってさ。僕とは違った方向性で、だけど間違いなく狂ってるタイプの錬金術師になりそうだよね」
「そもそも俺は錬金術なんて覚える気はねえぞ」
便利なのになあ。
閑話休題、完成した槍と籠はきちんと収納して、しばらくは放っておくことに。少なくとも今すぐにどうにか僕ができるものでもない。ていうか『僕ではない僕』がどうにかするのを待つしか無い。
幸い、『僕』にはそれが作ることができたし、『僕ではない僕』にも作ることはできるだろう。洋輔が横にいるならば場合によっては錬金機転術とかにも思い至るかもしれない。かなり苦労することになるだろうけど、そっちはそっちで完成まで持って行ける、はずだ。
数値もとりあえずはこれで決まりのはずだし……。
「それじゃあ洋輔」
「ん。ゴーレムだな」
そう。そっちも作り直しだ。
◇
現在僕と洋輔が行使しているゴーレムは、主要なところで三体存在する。
その一体は僕の部屋の屋根裏倉庫を司る形となっているあれで、残りの二体の片方は洋輔の家、地下シェルターのとある仕掛けを覆い隠す鍵になってもらっていて、最後の一体は学校に仕掛けてある仕掛けの一つだ。
どれもそれなりに高度の技術で作られたものだから、そこそこの応用性と拡張性を持ち、実際屋根裏のそれは先日忍び込まれたときもあらかじめの指示通りに絶対に外に漏らしてはいけないものはきちんと隠蔽したし罠の起動も行ってくれている有能くんだ。
けど、もうちょっと機能を増やしたいし、先日のように忍び込まれたら撃退するくらいの力は付けておきたいというのもまた心情というわけで。
故に、ゴーレムのバージョンアップ。
ほぼほぼ進化形を作ろうというのが僕の提案だった。
「それで、具体的にはどのあたりまで狙うんだ」
「喫茶店に行ったら最後、ずっと監視が付けられる可能性がある。だから今作れる最善を。理想で言うなら、もう全部の応用を盛り込んだやつを作っておきたい。大は小を兼ねるとも言うしね」
「あんまり無駄に機能を盛っても燃費が悪くなるだけだろうに」
真っ当な危惧ではある。けれどやっぱり、何かあってからでは遅い。
少なくとも色別で赤判定だった以上、最低でも四六時中ではないとしても何らかの形で監視は再開されるだろう。そこまでは既定路線、問題はそれ以上のことをされるかどうかという所だけど、変に大事にするのを望んでいるとも思えない。
「多少の燃費の悪さは僕がなんとかするよ」
「継続するほうはそれでいい。けどな、全部盛りで作るとなると、お前の錬金術がどうなのかは知らねえけど、俺の魔法には魔力っていうリソースがいるんだよ。魔力は当然使えば無くなる、どんなにブーストをかけたところで限度があるしな……そっちの制約から考えると、やっぱり全部盛りなんてのは無理だろ」
「具体的に見積もりできる?」
「見当も付かん。複数の大魔法を同時に行使するだけでも大変なのに、全部を並列させるとなると『大魔法による大魔法』なんてギャグみたいなこともしなきゃなんねえだろうしな……。魔力の百倍化をするあの指輪の倍率をちょっと弄ればどうにかなるってもんでもないしさ」
そうだよなあ。
「取捨選択しろよ。どのあたりは欲しくてどのあたりが要らないとかな」
「……魔力がなんとかなれば、全部を同時に作れる?」
我ながら無茶なことを言っている気がする。
「解ってるなら振るなよ。無理だ。お前が例えば無限に体力をもっていたとしても、マラソンをしながら三段跳びと棒高跳びをこなしつつハンマー投げなんてできねえだろ」
…………。
「頑張れば出来そうじゃない?」
「…………」
話を戻そう。
実際問題、野球をしながらサッカーをするのは難しい。そう言った方がまだ近い。けれど、野球をした後にサッカーならばできるだろう。その逆もまたしかりだ。
「洋輔、確認させて。つまり魔力の工面が確実にできる前提の時、同時に発動できる数に限度があるってだけで、一つ一つを準備していくだけならばできる?」
「……まあ、その前提で、かつ俺が知り及ぶ範囲――かつ魔導師の範疇ならば――できるとは思うぞ。難しいのになれば発想にせよ連想にせよ多少は時間が掛かるだろうけど、最悪、大魔法にしちまえばお前の助けは要るけどなんとかなる。ただ、魔法を保存して任意に発動し直す保存魔法にしたって、あるいは遅らせて発動する遅延魔法にしたって限度があるしな」
「その辺は錬金術でどうにかできるよ。一時的に魔法を保存するって道具ならある。その道具に魔法を保存してマテリアルにすれば良い」
「ああ、なるほどな。けどさ、それって確か使い捨てで、魔力も二重にかかるんじゃなかったか?」
その通り。
そもそもその手の道具って複数種類存在してるんだけど、その中でも僕が今回思い至ったのは『イタコの札』という原始的な道具だ。原始的と言えば聞こえは悪いけど、マテリアルに難しいものが含まれないため大量に作りやすいこと、そして原始的であるが故に一時的に保存する魔法の規模を問わないなどのメリットがある。
デメリットは一度封じて解放したら消滅するという使い捨て形式であること、錬金術師側と魔法を使う側の両者の同意がなければ封じ込めることができないこと、そして封じ込めるときに一度魔力を消費して発動し、さらにそれを解放する際にも同じ分だけの魔力を要求するというコスパの悪さか。
使い捨てというのはそう何度も使うものじゃないから問題ない。この制約は使い回しができないと言うだけだから。
錬金術師と魔法を使う側の同意というのも僕と洋輔ならば大丈夫だ。こちらの制約は一方的な『魔法封じ』には使えないというだけのことである。
魔力を二重に消費するという点だって、どうせ要求される魔力は膨大な量になることが解りきってるのだから、それが二倍になったところで誤差の範疇と言えないこともない。
「いや言えるわけがねえ。RPGの魔力の上限値が999のゲームがあったとき、その300が600になるとかならまだなんとかなるだろうが、俺たちがやろうとしてるのはそんなシステムなのに魔力を100万要求してきて、さらにそれが倍にかかるって話なんだからな」
「超過してる時点でもう誤差だよ誤差」
「俺をカプ・リキッドに漬ける気かよ……」
「いや」
…………、それもちょっとやってみたいけど。カプ・リキッドで作ったお風呂とか。
すごいことになりそうだ。別に人体に害があるとかじゃないけど、人体に触れた側から消滅するわけで、モーゼの奇跡よろしく浴槽の中のカプ・リキッドが割れるところが見えそう。なんかすごくやりたくなってきた。けど我慢。
「いつぞやに晶くんの呪いを代替するコスト用に色々と作ってたの覚えてるよね」
「ああ。つーかそこにある完全エッセンシアだな」
「うん。で、あれを作る過程で変なのが何個か完成しちゃってるんだけど」
「そういや妙な声を上げてたな……。それで?」
「その中に魔力をちょっと流すと、『指定した魔力を生み出す』って性質の完全エッセンシアがある」
「はあ」
それがどうした、と洋輔は目を細めた。
「『指定した魔力を生み出す』って性質に上限はない」
「……は?」
「だから、欲しいがままに無限大の魔力を生み出すことも可能って事」
「は?」
そして洋輔の反応が幼い子供のようになってしまっている。
きょとんを通り越して無の表情という感じだ。
「で、完全エッセンシアって特性上、よっぽどの無茶をしてもまず崩壊しない」
「…………」
一応説明を続けると、少しの間をおいてから洋輔は僕に一歩近付いて、そして僕の頭をぐりぐりとげんこつではさんできた。痛いので抵抗をしてみるけれど矢印が弄られているようであんまり効果が無い。仕方が無いのでアネスティージャを使って頭部の感覚を一時的に消すことにした。
「いやそこまでしなくても良くねえか」
「ならやめてよ……」
「断る」
じゃあ使おう。
「いやまあ、妙なもんを作ったんだろうなあとは思ってたけど、なんてもんを作り出してるんだよお前は。そんなアイテム、あっちで見つかってみろ。大事件だぞ」
「そうでも無いと思うけど」
「これだから錬金術師は……。魔導師にせよ魔法使いにせよ、魔法に心得がある程度あって研究熱心な奴がそんな道具の存在を知ってみろ。血眼になって探し出す、つーか戦争を起こすぞ」
「洋輔」
「なんだ」
「錬金術師はその手の事件が起きそうになったらその道具を無かったことにするよ」
「は? でもそれ、上限はないし崩壊はしないんだろ?」
「そうだね。でも洋輔、これは無限の魔力として扱えるって性質が付与されているだけで、道具としての本質は完全エッセンシアなんだよ。だからさ、錬金術のマテリアルにしちゃえば一瞬で消える」
「あー……」
ようやく頭をぐりぐりとするげんこつが外れたので、僕はゴーレムにお願いして問題の完全エッセンシアを取り出すと、ことん、と机の上に置いた。
緑色の透明な、まるでガラス細工のような葉っぱ。
薄く割れそうな、けれど途方もなく固そうな物質。
これも材質は? って聞かれると謎なんだよな。人体に無害なことは分かってるから良いんだけど。
「魔力面は、だから気にしないでいいよ。少なくとも一発で壊れるようなことはないと思うし、一発で壊れないならばいくらでも修復ができる」
「ワールドコールか」
その通り。灰色のエッセンシア、ワールドコール。問答無用でその物質を『直す』道具。
本来はまた別の道具……道具というか錬金術的な概念としてのワールドコールが存在していて、その表層的な一部分だけが道具として扱えるに過ぎないのだけど。
「……ふん。まあ、いいだろう。けどな、『イタコの札』を使うにしたって、結構な数を要求するぜ?」
「それは覚悟の上だよ。それに材料は一セット分あれば増やせるものがほとんどだし」
「お前の錬金術さ。鼎立凝固体なんてもんが完成してからコストの概念がほとんど無くなったよな」
今更過ぎる。
とまあ、そんなわけで洋輔の魔法側はあとは丸投げだ。大魔法の設計図が完成次第適当に錬金術で組み立て、かつその完成品としての魔法は『イタコの札』のマテリアルにしていくだけなので、あとはこちらの準備をしよう。
「そういえば、錬金術的な応用も全力で使う……んだよな?」
「うん。普段はできないような複合系の応用とかもどんどんやってくつもりだし、マテリアルも惜しまないよ。当然ベースは完全エッセンシア」
「ならばピュアキネシスも混ぜてくれ。あれを材質にすると透明度も色も簡単な指示で切り替えさせられるしな」
それもそうか。
で、錬金術的な応用のみならず、マテリアル的な意味での贅沢もどんどんやる。
完全エッセンシアをマテリアルとして利用するのは前述の通り、そして当然、そこに特異マテリアルとしても完全エッセンシアをさらに掛け合わせる。
完全エッセンシアの特異マテリアルとしての効果は完全耐性の付与だ。
「完全耐性ってさ、当たり前のようにお前言ってるけど、具体的にはどこからどこまでカバーしてるんだ?」
「んー。たとえば熱ならば絶対零度だろうとプラズマ化するような超高温であろうと何ら問題なしで、ダイヤモンドとかを置き去りにする硬さ、傷もまず付かない。劣化速度とか腐敗速度とか浸食速度とか、そのあたりにもがっつり干渉するから、その辺のティッシュに付与すると一万年たってもそのまま現存するかな。さすがに地球がなくなる頃には完全耐性といえども無理だろうけど……。まあそのくらい?」
「つまり全部?」
「そう。だから完全耐性。およそ考え得る全てに耐性を持つ……魔法だろうと、それは変わらないんじゃないかな。ただ……」
「ん?」
「第三法、言霊と呼ばれるそれに関しては検証のしようが無いから不明。あと、呪いにはある程度の耐性を持てるはずだけど、ある程度止まり。ペルシ・オーマの杯とかラストリゾートでそれの崩壊を指定したら流石に駄目な気はするね。あくまでも耐性を跳ね上げて壊れにくくするだけで、壊れなくするわけじゃないから、頑張れば魔法だろうと物理だろうと破壊は可能だよ」
途方もない労力が掛かると言うだけで。
たとえば太陽に突入させても暫くは問題ないだろうけど、数百年も経てば流石にやばいだろう。
「それでも破格……というより、異常だな。明確な弱点とかねえのか?」
「あるよ」
「あるのかよ」
「うん。錬金術が弱点」
「……つまり、どんなに頑丈なものだったとしても、それをマテリアルとして認識してしまえば別の無害なものに錬金できちゃうってことか?」
僕は頷きつつも、「それだけじゃないよ」、と補足。
「今回作るゴーレムはそもそもマテリアルとして認識させないように透明化できるように……『そこにあると解らない』ようにするんでしょ? それも踏まえて、それでもやっぱり弱点は錬金術なんだ。具体的には朱色のエッセンシア凝固体、『転じの石』がどうしようもない」
「転じの石……たしか、性質を変える? だったか」
「そう。魔力を流して、対象を指定した場合はその対象、範囲を指定すればその範囲、何も指定しない場合は一定範囲に存在する全てのものに与えられた錬金術的な効果を『なし』にできちゃう」
「つまり、錬金術的な試行錯誤を問答無用で無効にできちゃうわけか……」
その通り。
ちなみに範囲の指定は錬金術的な感覚が本来は必要になるけど、領域指定系統の魔法でも代用は可能だ。
そして転じの石の現物があるならば魔力を流すという概念さえ理解していればとりあえず発動はできるので、どんなでたらめな効果を錬金術で与えても、その石一つであっさり無力化されてしまったりする。
「だからほら、洋輔だってあの異世界で錬金術全部盛りみたいな道具に心当たりはないでしょ?」
「ああ。……なるほどな。作ろうと思えば作れたけれど、作ったところで転じの石でさっくり無力化されるから無駄って事か」
そういう事。
尚、そういう便利な側面もあったため、転じの石は高値だったとはいえ、比較的流通のある部類のエッセンシア凝固体だったりする。
高値といっても賢者の石五つ分くらいだし、上位の騎士は持ってたんじゃないかな?
「いや。こと錬金術に関してお前の基準は当てにならねえからな。たぶんそれも実はごくごく一部の限られたやつしか持てないタイプの道具だと推測するぜ」
「…………」
否定したいところだったけど、心当たりがあるんだよね……。
◇
一通りお互いに準備を終え、最終確認をしたところで槍を確認。
特に変化は無し……僕の見当違いだったかな。
「だとしてもゴーレムは作るんだろ?」
「うん」
こっちの準備はできている。
全ての道具をマテリアルとして認識しつつ、器の中に洋輔のゴーレマンシーを使って貰い、僕は二度、ぶぁん、と錬金術を行使した。初めて聞く音だったけど、想定の範囲内ではある。あんだけ応用を詰め込めば、ね。
隠して完成したゴーレムは、当然錬金術の回数と同じ、二つ。
一つは僕がデザインして調整をしたもので、もう一つは洋輔がデザインして調整したものだ。機能的な違いもその調整段階で結構できたけれど、どちらも大概なゴーレムになったと思う。
で、洋輔の方のそれは、とっても強めのデフォルメをかけた卵形……、いや、雛鳥型……、いや、鶏型という感じ?
うっすらと光っているようにも見えるけど、白く半透明なそれはどこぞの定番なお土産になっているおまんじゅうを思い出すフォルムで、二十センチとした箱にちょうど入る程度の大きさ。特徴としては本体とは別に二つ、あまりにも小さな、そして形も勾玉のような歪なものではあるけれど、羽根らしきものが分離している状態で浮いている。
ちなみに半透明で内側や向こう側が見えるけど、内側には外観をさらにデフォルメして二回りほど小さくしたかのようなフォルムのものがぷかぷかふわふわとたゆたっている。
なんともファンシー、時代や世界が違えば魔法少女もののマスコットも目指せるだろう。
「……なんていうか、洋輔のそれはずいぶんとファンシーだよね。名前どうするの?」
「『にわとりバード』だな」
そして洋輔のネーミングセンスが解らない。
それ、『多摩川リバー』とか『四万十川リバー』みたいなものなんじゃ?
「俺の『にわとりバード』はとにかく拡張性というか、小回りが利くようにしたからな。その都合でフォルムには妥協している。もっと間の抜けたとした感じにしたかったんだが」
「……いやあ。それも十分間が抜けてると思うけど。お風呂に浮かべて遊ぶアヒルのおもちゃよりもさらにシンプルじゃない?」
「けど例のひよこ型の銘菓よりかはちゃんとにわとりだろ?」
ひよこ型のものと比べてまだにわとりだろ? と聞かれても、それは比較対象にはならないと思うんだけど。
まあいいや。
「見ての通り色と透明度は自由自在で」
「うん」
「分身、というか、子機が作れる仕組みになってる。ほれ、これ、佳苗用の子機な」
「……ゴーレムが自前で子機を作ったり吸収したりするって発想さ、まあ実際に作っちゃったあとで今更にもほどがあるとは思うけど、ありなの?」
「アリだろ。よくスライムもひとかたまりになったり増えたりするし」
ゴーレムはスライムではない。
「それにゴーレムの語源は泥人形だ。泥なんて一塊にするのも分割するのも簡単だろ?」
まあ、そこまで突き詰めるならたしかに。
で、洋輔から受け取ったにわとりバードの子機は大きさが手のひらサイズで、羽根のようなパーツも無く、外側と内側の二重構造も削除された簡易版なのだけど、そのせいでますますあの銘菓に似ている。ちょっと茶色くしたらモロにアレになるような……。
「ちなみに子機にも名前を付けることにした」
「嫌な予感しかしないけど……、一応、この子の名前は?」
「ひよこチック1号だ」
ひよこチック?
番号はまあ、子機を複数作る前提で、その子機ごとに固有名詞を漬けるのが大変だからと推測できるけど、思ったよりもマシな名前だ。マシというかロマンチックな。
「ああ、チックってのは『雛』を意味する英語でな」
「つまり、ひよこ雛?」
「そういう事だ」
前言撤回、やっぱり洋輔のネーミングセンスは解らない。
「お前ほど凝り性じゃないんでね。それで俺のゴーレムについてはそれで良いとして、お前のその……えっと、猛禽類っぽいそれはなんて呼べば良い?」
「僕と洋輔で作ってるから、名前を分け合って『渡鶴』にするつもりだよ」
猛禽類、と称された僕側のそれは、鷹とフクロウと鳩と鶴を足して四で割ったような特徴の、なんとなく鋭めの印象を受ける、純白の鳥形ゴーレムである。
翼はちゃんと大きく空を飛べそうな形状だけど、そもそも常時重力による干渉を阻害しているため翼の大きさは関係なかったりするのはご愛敬。身体の大きさは二十センチをちょっとオーバーする程度、翼を広げたときの横幅は一メートルくらいになるだろうか?
脚はかぎ爪のようにしてあるので掴んで運んだりすることもできるけど、くちばしで挟んだり羽根に引っかけたりしての移動もできるはずだ。
ちなみに重力による干渉を阻害する都合上、積載限界重量という概念はないような物となっている。
「ずいぶんとはっきりと色を付けてるんだな」
「気分次第でどうにでも変えられるけどね。形状もこれが基本ってだけで、複数形態あるし」
変形のギミックを優先したことなども相まって、洋輔のにわとりバードのような子機の生成能力は無い。
ただし、洋輔のにわとりバードとこの子の違いはもっと根本的なところにあると言えるだろう。
「というわけでだ。おはよう、渡鶴。言葉はわかるかな?」
もちろんです、と言わんばかりに渡鶴は口を開いてばさばさと翼を羽ばたかせた。
「よし」
「…………」
即ち、イミテーションとファジーライズによる擬似魂魄による自立行動である。
にわとりバードは原則として洋輔が逐一指示を出さなければ特定の行動をとれないという条件が付いている代わりに、極めて高い水準であらゆる事ができるため小回りが利き、あらゆる意味で精密さを求められる仕事に向いていると言えるだろう。
一方で僕の渡鶴は原則として勝手に動くから指示は最低限で済む上、極めて高い水準であらゆる事ができるのだ。指示が要らない分渡鶴のほうが便利にも見えるけど、原則僕の命令があればそれを最優先するとはいえ命令がなければ勝手に動くから、ちょっと大雑把な仕事に向いている。
「一長一短のつもりだけど、さて。実際に運用してみないと後は解らないね」
「良くも悪くも……な。で、喫茶店はどうするんだ?」
「んー」
時間を確認。
夕方五時。
今から行けない、という時間でも無いけれど……。
「明日にしよう」
「良いのか」
「僕は二日のうちのどっちかに行くとしか宣言してないし」
確かに遅くなればなるほどに、向こう側の準備が整うだろう。
けれど。
「それは俺たちも同じ……か?」
「そういう事。実際、さっきまでは僕たちにこんなゴーレムは居なかった」
「……まあな」
そして渡鶴にせよにわとりバードにせよ、作ったばかりで作った本人でさえもその性能面を把握しきれているわけではない。ちょっと様子見の時間が必要だ。
「で、本音は?」
「渡鶴に色々と条件付けする時間が欲しい」
「最初からそう言やいいじゃねえか」
◇
かくして僕らは自覚もなしに、成せないはずの立証をする。
だからあの野良猫は、きっと僕たちをしかめ面でみてたのだろうな、と。
そう改めて思い返せるのは、まだもう少し先の、けれどもうすぐ語られる噺だ。