日常の延長という舞台の裏
昼食後の自由時間を満喫し終えると、いよいよもってハイキングも後半だ。
忘れ物がないように注意をしつつ、後半は一組を先頭にした順番での移動。
天候に恵まれていることもあって、移動はゆったりペースとなっている。
「…………」
「…………」
そして前半ではまだちらほらと会話があったんだけど、後半のこの移動では何故か会話がない。なんでだ。
「……えっと。ねえ、前多くん」
「……どうしたの?」
「いや、なんでみんな黙ってるのかなーって」
「…………」
葵くんはとても複雑な表情を浮かべて、それでも一度二度と頷けば、まるで助けを求めるかのように後ろを向いた。
ちなみに移動は背の順だから、僕のすぐ後ろが葵くんで、そこから郁也くん、信吾くん、昌くん、蓬原くん、洋輔……と続いている。
夏休み前は信吾くんが昌くんの後ろだったんだけど、ささやかな逆転劇が起きているようだった。僕もちょっとは伸びたんだけど……。まあいいや。
「今更ボクが言うまでもないだろうけど。佳苗ってそういうやつだよ。バレー部仲間としてもつくづく思うけれど、どうも佳苗の基準……基準って言うか普通かな、それがボクたちのそれとは大分違うっていうか」
「村社はさ……、だいぶ優しいよな」
それはもう、じとーっとした目でそう続けたのは信吾くん。
「おれだったらもっと直接的に言うぞ」
「直接的って、どういう意味、信吾くん」
「どういう意味も何もな。基準とか普通じゃなくて『常識』って感じか?」
つまり僕の常識がズレてると言いたいらしい。自覚はしているのでそこまでショックでもないけれど、そこまで変な事が起きているだろうか。
「手に負えねえぞ。洋輔、お前の幼馴染だろ。なんとかしろ」
「その辺は保証対象外だ」
「洋輔も何か言いたいことがあるなら言えば良いじゃない」
「……じゃあ、弓矢とか村社とか前多とか信吾とか、というか女子も男子も含めて三組一同、それと三組を先導してるそのガイドさんも含めた考えをぶつけてみるけどよ」
「うん」
「佳苗。その猫、どこまでつれて行くつもりだ」
「いや、別に僕は猫を連れていくつもりなんてないよ? 勝手にこの子達が付いてきてるだけで。ねー、みんな」
僕の問いかけに、にゃあ、と三十と二つの鳴き声が重なった。
いや、休み時間に皆と戯れていたら、その間も着々と増えて、いつのまにやらこの数になっていただけで、本当に僕が何をしたというわけではない。洋輔だってそのあたりは解ってくれるだろう。
それにしたってこのハイキングコース、野良猫の密度がなかなか高い。
ひょっとしたら野良猫の集落みたいなものがあるのかな? 流石にないか。
「だとしたって流石に多すぎるよ、佳苗。それにどうして良いのか反応に困るよ正直。佳苗の後ろをぞろぞろと歩いてる野良猫を眺めながらぼくたちは歩いてるわけだけど、なんかもう、目の前で起きてることを理解しきれないというか、理解したくないというか……」
「昌くん、難しく考えるからいけないんだよ。ただ野良猫が居て、それが僕に近付いてきていて、勝手に付いてきている。それだけだ」
「いや数がね?」
「僕もこのくらいの数となると初めてだけど、でも数匹くらいならたまにあるじゃん?」
「一度も無いんだけど?」
葵くんが横からずばりと切り込んできた。
もっと皆も猫を愛せば猫に愛されるだろうに。
「いやあ。実際、一生ものの奇跡を見てる気がしてならないよ。ボクも大概、佳苗の理不尽なレシーブとかに甘えてる方だけれど、ちょっとあの理不尽なレシーブが『まだ人間だな』って思っちゃう感じがする……。猫行列というか百猫昼行というか」
「郁也くん……。猫は別に妖怪じゃないんだからさ……」
猫又じゃあるまいし。
そして大名でもないんだからさ。
などという軽口を交わしていると、また雑談がちらほらと戻ってきた。どうやら皆、この猫ちゃんたちに圧倒されて言葉を忘れていただけのようだ。
その雑談の大半が猫に関する話題だったのは言うまでも無いことか。
(実際、お前が何もしてないのは解ってるんだけど。流石にちょっと今日は尋常じゃねえなそれ)
ああ、洋輔もやっぱりそう思う?
僕も正直に言えばそう思う。たぶん周囲の野良猫が全部集合してるんだろうけど、それにしたってちょっと多すぎる。
(心当たりは?)
ない。偶然野良猫が増えに増えまくってる地域……だとは思う。
ここにいる一匹たりとも去勢手術されてないっぽいし、最初は捨て猫かなにかだったのが無秩序に増え続けてるだけだとは思う。
(無秩序に……って、餌はあるのか、この辺)
それなりにはあるだろう。
もちろんそれはカリカリや猫缶ではなく、もっと野性的なものなんだろうけど……ハイキングコースなだけあって野生動物も多いからな。
結局その後、猫たちはバスとの待ち合わせ場所まで全員で付いてきた。
まさか猫を連れていくわけにも行かなかったので、とても名残惜しくはあったけど、バスとの合流地点のターミナルに着いた事もあったし、
「君たちを連れて行くわけにも行かないから……、皆、元気にね。喧嘩しすぎは駄目だよ、怪我すると寿命が縮むからね。以上。解散!」
と告げてみると、猫たちは少し名残惜しそうにして、けれどすぐに無秩序に、あちらこちらへと散らばっていった。話のわかる野良猫だ。
「いややっぱり佳苗が操ってたんじゃない……?」
「だから前多くん。僕は何もしてないってば」
「…………」
いやどんなにじと目で見られても、何もしてないものはしてないからなあ……。
◇
二日目はその後、ちょっとした名跡を見て回り、その後は宿泊施設であるホテルへと向かった。宿はホテルで、一日目のようないかにも学生が使うような場所ではなく、一般客も利用するホテルである。
もちろん、団体で僕たちの学校が使うフロアは貸し切りになっているのでまず接触する可能性はないだろうけれど、それでも別のフロアに勝手に移動したりしないようにと何度も念を押された。男女のフロアも分けてあるし、その兼ね合いもあるのだろう。
尚、ここの部屋割りも以前決めた通りなので、僕は洋輔、そして徳久くんと相部屋になる。そして重要な点として、ホテルの部屋のお風呂は自由に使っていいらしい。但し消灯してからは避けるようにと説明されたけど、絶対に使うなとも言われなかった。
それは単にバストイレが一緒になってるホテルではよくあるやつだからというのもあるっぽいけど、大浴場がどうやら学校としての貸し切りに失敗し使えなくなってしまったらしく、結果としてお風呂は各部屋のものを使わざるを得ず、かといって大浴場ではないから複数人で入るのも無理だし、順番に入るならば時間が掛かるかもしれない、だから多少ははみ出ても仕方ないねって事のようだ。
当然、夜中に使うとかは駄目って事だろう。どうしてもというならば仕方ないだろうけど。
そして最後に、消灯時間で各部屋に先生が点呼に来て、それ以降は火事や災害などで避難しなければならないような状態でも無い限りは外に出るのも駄目。消灯時間を過ぎたら先生が巡回するし、消灯時間を過ぎても騒がしかったり、あるいは外に出ているのが見つかったらお説教は当然として、反省文の提出もしなければならないらしい。うん、それは嫌だ。
だから面倒なことはしないでくれたまえよ、なんて少し投げやりなことを緒方先生は言いながら、各部屋の代表を呼び寄せると鍵を渡した。ちなみに僕たちの部屋の代表は徳久くんで、徳久くんが受け取ったのは522号室だそうだ。
「そういえば、部屋に入れば解ることだと思って聞いてなかったんだけど」
「ん?」
「いや、二人部屋はまだ解るんだけど。三人部屋ってどんなんだろうね? って」
「……あー。確かに。ベッドが二つはよくあるけど、三つのこともあるのかな? 徳久、何かしらねえ?」
「普通にベッドが三つあるだけだぞ」
ああ、そうなんだ。
「この手の大きいホテルだとちらほらあるんだけどな、トリプルルームも。ただ、ベッドが三つのパターンと、ダブルベッドとシングルベッドが一個ずつのパターンがあって……今回はその、シングルが三つのパターン」
「なんだ、そうなのか」
「流石に中学生でダブルベッドも問題だろ」
徳久くんは苦笑を浮かべつつそう言うと、洋輔は複雑な表情を浮かべたままに頷いた。
そうかなあ。
僕は特にまだ体格も大きくないし、ダブルベッドでも問題は無いと思うけど。
(そうじゃねえよ。もっと倫理的な部分だ)
それこそ気にする方がどうかしている。
(……ごもっとも)
なんか諦められてしまった。
まあいいけれど。
そんなこんなで522号室に到着、当然といえば当然だけど五階。
避難経路の確認を済ませつつ部屋に入ると、そこは思った以上に広い部屋だった。
入って直ぐの左手側にはバストイレ、その奥が客室になってるんだけど、客室の右側の壁沿いにベッドが三つ並んでいて、客室の左側には机と椅子。
ルームサービスのお茶類に、そのお茶を入れるためのお湯を作る電子ケトルなどなどもきっちり設置されている。冷蔵庫もあり、中にはミネラルウォーターが三本。ご自由にお使いください、テイクフリーなどと色々と書いてあったのでタダだろう。
ちなみにコップは六つ、ティーカップも六つ。夜と朝の分ってことかな?
他にも備品類を確認していくと、ハンドタオルとバスタオルが三本ずつに、寝間着にしてくださいと言わんばかりのルーズな感じの部屋着も三着ずつあった。ただし、ちょっと僕や徳久くんには大きすぎるかな。洋輔ならばギリギリなんとかなる程度だろう。
あとはスリッパが三足とかその辺以外だと、バスルームには別にタオル類が置かれていたり、あとはドライヤーが一つ。歯ブラシ、髪の毛用のブラシに櫛といったあたりは人数分、シャンプー、リンス、ボディーソープに石けん。
トイレの紙の換えは多めに置かれていて安心、こんなものかな。ただ、やっぱりお風呂とトイレは同じ部屋で、一応カーテンで仕切れるとはいえ誰かがトイレに入っている間にお風呂はちょっとどうかと思う。まあよくあるやつか。
改めて部屋に戻って確認再開、テーブル側にはテレビも置いてあって、今日の番組表もその前に置かれていた。旅のしおりによるとテレビの鑑賞は禁止ではないらしい。但し緊急時以外は消灯後は駄目のいつものパターンである。
で、窓際のスペースにはちょっと小さめの机が一つと丸椅子が二つ置いてあって、その机の上には何も置かれていない。ただ、そこからは窓の外、今はまだ夕焼けに染まる街だけど、もうちょっとしたら夜景が見れる感じかな。そんな丸椅子と机の横にあるのはマッサージチェア、マッサージチェアに隠れているけど加湿器もあった。
設備はこれで全部かな。
ちなみに窓は一応開けられるけど、全開にはできないタイプみたいだ。
「…………」
「どうしたの、徳久くん」
「いや、なんか無言でお前達が揃って備品をきっちり確認してるのが、妙に手慣れてる感じがしただけだ」
「あはは、僕も洋輔も別に手慣れてるわけじゃないんだけど。なんかあるかもしれないなって思うと、探索したくなるって言うか」
「お前達のソレはあれだな。なんか楽しんでやってると言うより警戒してやってるって言うか……。俺たちみたいな子供にありがちな『好奇心』じゃなくてゲームのキャラクターがする『危機察知』というか」
言い得て妙だった。
ちなみに色別の結果はオールグリーン、当然だけどね。
よく見てるなあ……、なんて肩をすくめたりしながら、さて、と荷物を置く。
「それで、ベッドは誰がどれ使う? 大して変わりは無いけれど」
「差し支えがなければ俺は一番手前。例によって先生に確認しなきゃいけないことがあるかもしんないから」
「オッケー。なら……、佳苗が一番窓側かな。俺が真ん中で」
「ん」
すんなり使うベッドも決まったので、それぞれ荷物をそこに置き直し、せっかくなので決めごとを続行。
「お風呂はどうする? 順番」
「俺は最後で良いよ」
「俺も気にしない」
「それじゃあ僕が最初に入らせて貰うね」
「ん」
これで僕、洋輔、徳久くんか。
あと決めることは何だっけ……えーと、
「あとは、特にないか」
「そうだな」
夕食と朝食は三階の大広間で食べるけど、時間まではちょっとあるので、自由時間だ。
うーん。
「隣の部屋が前多たちだろ。遊んできたらどうだ」
「そうしようかなーって思ったんだけど、思ったよりも疲れが溜まってるみたい。いや、疲れとは違うか……」
「ホームシックとか?」
徳久くんが冗談をかませて空気を和らげる。僕も洋輔もそれにつられたかのように笑みを漏らし、けれどきちんと答えることに。
洋輔は気付いてるだろうけど、ね。
「単に寂しいんだよ。お昼はほら、僕、ねこ充してたから」
「…………」
心配して損した、そんな表情を浮かべる徳久くんに、僕はごめんごめんとかるーく謝ると、ふむ、と考える。
調子は戻っているようだ。
であるならば、あえて徳久くんをつつく必要もあるまい。
(真相解明に手間が掛かるぜ? こいつから洗いざらい聞いたが早い)
僕はまだ徳久くんと仲良しでいたいしね。洋輔だってそうでしょ?
(まあな)
だから結局、僕も洋輔も、先週のあの一件に関しての追求をすることは結局しないのだった。
◇
三日目の朝。
最終日という実感もいまいち浮かぶことなく、それでも日程は予定通りに進んでいく。
林間学校とは言うけれど、その実、単なる壮大な遠足みたいな……。
バスで移動するところだけは感動も覚えるけど、でもそれだけっていうか。移動する度に昌くんが死にかけになってるしむしろ不憫だった。
そのあたりはともかくとして、日程に話題を戻すと、三日目も軽い史跡巡りをしてからそのまま学校まで帰る形になる。
史跡巡りも特にこれといって胸にひっかかるものが見つかるわけもないんだよなあ、とかどこか冷めた感じで三日目を送り、史跡巡りも終了。
あとは帰りのバスでの移動だけ、どうやらこのまま事件もなにも起きずに終わってしまうのだろうかと一種の危機感さえ覚え始めたところで、案の定というか、事件らしい事件は起きずにそのまま僕たちは学校に帰り着き、そして解散式を経て林間学校の全日程が終了してしまったのであった。
「いやいやいやいや。何もなかったつまんないなーみたいな表情してないでよ。オレたちはそれこそ仰天の奇跡を見てきたんだからさ」
「え、奇跡なんてあった?」
ちょっと不満を持ちながら、仕方ない、とため息を吐いたところで、けれど葵くんがそんな感じで待ったをかけてきた。
見れば葵くんだけではなく、周囲にいた子たちがちらほらと頷いている。
「見逃したかな……」
「それはないよ……佳苗。あの猫行列、絶対伝説になるからね?」
「ええ……あの程度で?」
「あの程度って……」
僕としても確かに過去最高だけど、規模がちょっと大きくなっただけなんだよなあ。
「さすがにあの数はぽんぽんできないけど、数匹でよければこの辺でもできるよ?」
「本当にやりかねないのが怖い……」
葵くんはそう言ってとほほと去って行った。時間も時間だからな、帰って休むのだろう。
そして実際にできると思うんだよな。意識して呼びかける事って滅多にないけど、呼べば来るだろうし。
(やるなよ?)
わかってるよ。
というわけで、荷物を抱えていざ帰り道。
感想らしい感想も沸かない、特にこれと言って特別な事の起きない、平凡な林間学校だったと思う。
でもまあ、事故が起きるよりかはよっぽど良い。そう思うことにしたりして、洋輔と一緒にいつもと違った荷物を持って、それでもいつも通りの下校なのだった。
「ボーイスカウトとかがやる林間学校って、テント張ったりするのかな」
「どうだろうな。一昔前はそれがむしろ基本だったとも聞いてるが、最近はうるさいだろ、そのあたり」
「確かに。でもやってみたかったなあ」
「そうか? 俺はもうごめんだけどな……」
「テントって言うかコテージ作りたい」
「……それができるのはお前ともう一人くらいだろうな」
言えてる。
というかそのもう一人こと冬華を全くと言っても良いほど見ないんだけど。
「ん……ああ、あいつなら解散した途端に誰よりも早く帰っていったぞ。なんかぶつぶつ呟いてたが」
冬華も謎の行動か。
いやそれほど謎でもないかな……たぶん学生の集団行動というものそれ自体に驚いているのだろう。統率がとれすぎ、みたいな感じで。
「それで佳苗、この後は?」
「別に。特に何かしたいことがあるわけでもなければ、しなきゃいけないことがあるわけでもな――」
けれど、僕の言葉はそこで詰まった。
視界の隅にチラリとそれが映ったからで、恐らく洋輔が突然そんな問いかけをしてきたのは、洋輔が先にそれを見つけていたからなのだろう。
「――い、はずだったんだけどもなあ」
前言を取り消しつつ、僕は視界の隅のそれこと、その人へと視線を向ける。
喫茶店のオーナーさんだ。表情はそこそこ硬く――いや、表情なんかよりも。
色別が『赤』を、示している。
「やあ、渡来くんに鶴来くん」
「こんにちは、オーナーさん。どうかしました?」
「やあ、たまたま見かけてね」
真偽判定をかけるまでもない明白な嘘だったけど、そう一瞬で看破されることが解ってないとも思えない。
たとえ嘘でも建前が必要ってことなんだろうけど……それにしたってかなり強引な手だ。らしくないな。切羽詰まってる? 感じか?
「君たちがいない間にお祭りがあったんだが、その景品を少し分けてあげようかと思ってね」
「ああ、町会のやつですか。それには及びませんよ、どうせ親が参加してるでしょうから」
とりあえず常識論をぶつけてみる。
オーナーさんはそうかい、とだいぶ残念そうに頷いた。
そして一瞬だけ視線を外し、どこか遠くを見て、けれど直ぐに視線を戻してくる。
今、何を見たんだろう。
(妙な矢印ならそっちにあるぜ。空中だな)
……空撮用のドローン?
(かもしれねえ。結構遠いが、ほぼ真上だな)
ふうん……。
「それで、用事はそれだけですか。林間学校帰りと言うこともあって、そろそろ帰ってゆっくりしようかなって考えてたんですけども」
「ああ、それはすまないね……うん、無理に引き留めるのも悪いか」
あれ……ダウト? すまないとも思ってないし引き留めるのを悪いとも思っていないのか。
洋輔ならばともかく、僕の場合は動作型だ。何も言わなかったとしてもオーナーさんがそういう感情を持っていると言うことは見抜けただろうけど……その辺はさておいて、オーナーさんはこの強引なお誘いと引き留めを全く悪いと思っていないどころか、積極的に僕に悟らせようとしているわけだ。
ドローンでの空撮も実質的な監視だな。周辺一帯のカメラの映像は押さえられている可能性も出てきたか……。
(ダミーだったカメラも本物に置き換わってるかもしれねえぞ)
あり得ないと言い切れないのがこの人達の怖いところだったり。
「けれど、やっぱりプレゼントはしてあげたいんだけどね」
「プレゼントですか?」
「ああ。ほら、お祭りの景品。余り物だが、君たちくらいのお年頃ならばきっと面白いと思うよ?」
後ろ半分は本音……。
「どんなのですか? 興味はあるんですけど、あんまり高いものだとどうかな」
「はは。ドローンさ。ちょっと特別製だけどね」
訳。
お祭りの景品とは全く関係の無いもので稀少品だけど僕たちにとっては面白いであろう特別製のドローン。
「ドローンには興味がありますけど、特別製?」
「ああ。君も知っている特別なメーカーのようだね」
訳。
僕が持ち込む貴金属類と出所が一緒。僕が持ち込んだようなもの、ということで……。
(つまり……お前の屋根裏倉庫から盗られたか? 錬金術用品も大量だろあそこ)
錬金術用品どころかゴーレムも居るんだけどねあそこ。
(げ)
いや、でもおかしいな。
屋根裏倉庫の存在に気付けたとしても、そうそう簡単に侵入はできない、はずだけど。
ゴーレムの動作不良……?
「そうですか……、でもそんな高価なものは受け取るわけにもいきませんね」
「二つ返事でほしがると思っていたんだがなあ」
「僕も洋輔も飴を出されたからと言ってついて行くほど子供でもないと言うことです」
「ははは。良いことだ」
…………。
まあ、ノーコメントで。
「なんというか、この手の探り合いは面倒ですね」
「そう思わないこともないが……かといってご招待しても仕方が無いだろう?」
「そりゃそうです」
じっとにらみ合いながら、となると僕にとれる手は制限されるな、と考える。
心理誘導でごまかす……、条件を整えるのはそこまで難しくない、オーナー相手でも応用編を通すことそれ自体はできるだろうけど、一時しのぎでしかない。
そして一時しのぎでは駄目な状況なのだから、ちょっと強引でも多めに時間稼ぐか。
(同意するぜ。とりあえず家の状況確認が先だな)
うん。このまま喫茶店に行くのはまずい。
(矢印でやろうか?)
いや、機能を停止した方が早い。
というわけで、眼鏡に統合してある機能の一つをアクティベート。但し、範囲を僕の上方から逆ピラミッド型になるように。
結果、即座に矢印が発生した。洋輔が調整してくれたのだろう、僕のほぼ横に『落ちてくる』形だったから、それをきちんとキャッチ。
「ところでオーナーさん。落とし物ですよ」
「…………」
頬を引きつらせつつ、それでもオーナーさんは僕が差し出したものを受け取る。
そうだよな。まさか受け取らないわけには行かないよな。
僕としてもこれをこのまま渡さないほうが有益である可能性が圧倒的に高いけど、どこまでがバレたのかを確認するほうがもっと有益だ。
「明日明後日と振替休日ですから。どっちかに行きますよ。それでいいですか?」
「……ああ、できるだけ早くお願いしたいけれど」
「そうですねえ……僕もそう願いますよ。じゃあいこう、洋輔」
「ん」
オーナーさんとは改めてそこで別れ、歩き出す。
いやあ、本当にどこまでバレているやら。それによって深刻度が大きく変わってくる。
(まさかとは思うが、冬華がさっさと帰ったのもこれ絡みか?)
……どうだろうね。否定はできない。
僕や洋輔と比べれば冬華はもっと慎重だろうけど、それでも何もしていないわけがないし、となればそれに対するプロテクトをかけていないとも考えにくい。
で、何らかのプロテクト異常を検知して、とにかく急いで帰ることにした、とか。
(だとしたら俺たちと冬華の間で明確な関連付けを連中はしたって事になるぞ)
まあ、まだどこまでバレたのかが解らないから、結論は急がない方が良い。
案外オーナーさんの態度がはったりだったりするかもしれないしね。
(ずいぶんとまあ、薄い線だな)
悲しいけどね。
「楽しそうに見えるけどな、俺には」
「…………」
「別にいーけどさ。……だんだんと俺にも状況は見えてきたし」
状況。
なんとも漠然とした言葉だ。
「ちなみに例の槍はどうなったんだ?」
「マテリアルの特定がまだできてない。……段階によってはフゥも巻き込んで一気呵成にやるっきゃないかも」
「ふむ。まあお前とあいつでできなきゃ誰にもできねえか」
うん。
そんな事を言いながらも、僕も洋輔も帰路を急いで。
◇
「ただいまー」
「おかえりなさい、無事で何よりね」
「そろそろ信頼してほしいものだけどなあ……」
「それでも心配なものは心配なのよ。とりあえず洗濯物出しておいて頂戴ね」
「うん」
お母さんは心底安心した様子で、お母さんの腕の中には亀ちゃんが抱かれていた。
但し、肝心の亀ちゃんは微妙に不機嫌だったようで、僕に気付くなりするっと抜け出して駆け寄ってくる。可愛い奴だ。
「……ところで僕が居なかった間、何か変わったことはあった?」
「そうね。ちょっと亀ノ上ちゃんが不機嫌だった、くらいかしら。おかげでちょっと本棚が削れてるわ」
「ガリガリしちゃったかー……。明日明後日お休みだし、その間に直しておくね」
「ええ、お願いね」
もちろん日曜大工などするつもりはないので『ふぁん』だけど、まあそれはそれ。
亀ちゃんを抱きかかえ……ん?
「なんかずいぶん太ったね、亀ちゃん。またダイエットしないと」
「……あ。私、夜ご飯のお買い物してくるわー」
「お母さん。餌をあげてくれたのはとても嬉しいけれど、何をどのくらいあげたの?」
「お留守番お願いね!」
……逃げられた。
有無を言わさずそのまま出立したけど、お母さん、お財布持っていったんだろうか?
まあいいや。
「さてと、亀ちゃん。ダイエットはさておき、知らない人が入ってきたりした?」
「にゃあ」
そっか、やっぱりしたのか……。
(いや俺には『にゃあ』と言ってるようにしか聞こえなかったんだが……)
聴覚と視覚を共有していた洋輔がそんなことを思考で伝えてきたけど、無視。
そのまま亀ちゃんを抱えて自室に戻る。ドアの角に仕掛けていた錬金術製の金具の品質値から逆算して、僕がいない間に何度か開け閉めされてるな。うち何度かはお母さんだろうけど。
荷物を置いて色別を実施……、赤が二つほどあったので無力化してから取り外し。洋輔の部屋も後でやるからちょっとこっち来ておいて。
(おう)
窓伝いに洋輔がやってきたので窓を閉めて防音機能をオン、屋根裏倉庫をゴーレムに開けさせて、状況を確認。ほんの少しでもズレているものをピックアップしていき、一応数も確認……。
「やばいな」
「うん。かなりやばい」
結果、フルメタルマテリアルとごく一部のエッセンシア、およびエッセンシア凝固体がなくなっている。盗られたな、これは。
「成分解析されて大丈夫なのか?」
「フルマテリアルに関しては、たぶん、大丈夫。あれは錬金術的に見ればその分野の全てを同時に意味するってだけで、単体で使えばちょっと妙な合金とかその程度だから」
「じゃあ、問題はエッセンシアか」
そうなる。
更に言うならば、屋根裏倉庫にトラップとして仕掛けておいた麻痺薬とかは消費されきっているっていう。
ゴーレムは正常に動作したようで、絶対に外に漏らしてはならないタイプのエッセンシアとか、重要品目はきちんと緊急退避させてくれたらしい。
「……んー」
「そこまで致命的ってわけじゃあないが、楽観的ではいられねえ、か」
まさしくそんな感じだ。秘密がバレた、それに違いは無い。
幸い、部屋に置いておいた方の凝固体は一個も減ってないのは、お母さんとかが気付く可能性があったからかな……、とはいえ。
「洋輔。ゴーレム、ちょっとバージョンアップしようか」
「……お前の想像は伝わってくるけど、それを作る前にさっさと槍を作っとけよ。もしかしたらソレでヒントも貰えるかもしれないし、こっちの準備も時間掛かるからな」
「うん」
◇
その後きちんと精査した結果、屋根裏倉庫から紛失ならぬ喪失していたのはオルトエッセンシア、カプ・リキッド、ブルースフィア、ノワールクサル、賢愚の石、湧水の石、理性の石、フルメタルマテリアル、フルグラスマテリアルだった。クリティカルなものは本当にゴーレムが上手いこと隠してくれたようだ。
逆にないはずの物で見つかったのは、全部で四つの盗聴器と、二つのピンカメラ。
喫茶店も、僕たちと積極的に敵対したがるとも思えないけど……もしそのつもりだったら帰り道に出会った時点でもっとアクションを起こしてると思うけど、でも色別は赤判定だったんだよなあ。
……今度出向く時には一応、戦闘態勢をしていくべきなのだろう。