表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
中間色々夢現  作者: 朝霞ちさめ
~秋~
14/25

林間学校は日常の延長?

 二泊三日、林間学校。

 移動は原則貸し切りのバスで、バスは各クラスで一台ずつ。僕たち三組は三号車だ。

 荷物は手荷物と大荷物の二種類に大別され、大きな荷物はちゃんと専用のストレージに入れられる。一方で手荷物というのは水筒や旅のしおりを含む基本的に持ち歩かなければならないものなどで、人によっては酔い止めの薬とかも必要になるかな。

 結局、僕が用意した大荷物用の鞄はありきたりなリュックタイプだった。

 自分で作ってしまっても良かったんだけど、お母さんが買ってくれると言うことだったので一緒に買いに行き、一番使い勝手がよさそうなものを選びながら他のものも構造把握しておいたり。

 手荷物用の鞄は普段使いの鞄でも特にちょっと角張ったもの、の小さいバージョンを作成したんだけど、これだけじゃ入らない者も出てきたので、美容師さんが付けているようなポーチバッグも別途作成、装備している。

 ちなみにポーチバッグはあらかじめ先生に付けていって大丈夫かどうかを確認してあったので、特に怒られることもなかった。まあ、洋輔も同じものを付けてくるとは思ってなかったようだけど。

「いや実際、便利だよなこれ」

「普段使いするか? と聞かれると微妙なんだけどね」

 バスに乗り込みながらの洋輔のつぶやきに、僕もそう呟いて答える。

 さて、バスの座席はあらかじめ決められた所に座ることになっている……のだけど、別に窓側とか通路側にこだわりはないんだよな。どうせ隣に座るのが洋輔だと解っているわけで、一眠りするにしたって洋輔の肩にもたれればそれでいい。

「そんじゃあ、とりあえず俺が窓側に」

「うん」

 手荷物は頭上のラックに入れて、着席してからさらに暫く待機。

 全員が乗ったことを先生が点呼で確認すると、改めてバスの添乗員さんが挨拶をしてきた。

 ガイドさんは一人で、基本的に三号車に付きっきりだそうだ。

 その一方でバスの運転手さんは二人紹介された。一人で長時間の運転は大変だし、妥当なところだろう。事故を起こされても困る。

 で、ガイドさんは簡単に車の案内をしてくれた。

 大前提として、運転中に立っては駄目。

 ごく一般的な林間学校に使うバスなので、贅沢な機能が付いているわけではない。またトイレも付いていないタイプなので、お手洗いは必ずインターチェンジでの休憩時間中に行うこと。これはしおりにも書いてあったな。

 バスの座席はリクライニングシートだけど、後ろに倒すときは後ろの子に一声かけること。補助席は歩行の邪魔になるので、原則展開しないこと。具合が悪くなったらさっさと手を上げること、窓にカーテンを掛けるのは各席ごとに自由。

 だいたいこんな感じか。

 バスでの移動時間はそれなりに長いんだけど、バス内でのレクリエーションはバスレク係が考えたことをベースにいろいろとやることになっている。とはいえ、座ったままでできることというのもなかなかそんなに多くはないので、ほとんど任意で参加するクイズゲームだとか。

 カラオケ企画とかもあったけど、普通に雑談でいいんじゃない? という誰かの声に皆が賛同したことで、そのままよく言えば和気藹々と、悪く言えば無秩序にバスでの旅は滞りなく進んだのである。

 かくして途中ちょっとした観光地を経由して昼食を食べたりはしたけれど、特にこれと言って特別なことはなく、二時頃には無事に宿泊施設に到着。

 まずは施設の前で軽く約束事を全クラス合同で行い、それが終われば荷物を受け取って、それぞれ先日のうちに決めておいた部屋割りで六人部屋に向かう。

 男子は二階で、僕たち三組の部屋は208号室から210号室の三つ。

 僕は210号室で洋輔は209号室だから、今日は別々に寝るんだけど、消灯するまでの間でかつこれといってやることがないならばある程度自由に行動できることもあり、僕があっちに行くのもよし、逆に洋輔がこっちにくるのもよし。他の子次第かな。

 ちなみに昌くんと郁也くんは208号室で同じ部屋なんだけど、珍しいことに昌くんはさきほど郁也くんによって運ばれていた。珍しいことにといっても、もともと車での長時間移動には不安を漏らしてたので、本人にとっては案の定ではあったらしい。

 それに運ばれていると言っても軽く寄り添う程度だったしね。

 さて。

「棚は誰がどれ使う?」

「適当でいいだろ」

「それもそっか。布団の位置も……敷く時間になってからで問題ないし」

 そんなわけで部屋に到着し、特に決めるべき事も無し。

 ちなみに部屋はというと入り口入って直ぐに下駄箱があり、その先がちょっと広めの踊り場になっていて、その右側にはトイレと洗面所があった。当然だけどキッチンはなく、シャワー室も無し。お風呂は大浴場を決まった時間にそれぞれのクラスごとで使うことになる。

 問題の生活スペースはというと畳敷きで、想像していたよりも一回りは広い。十四畳かな。さらに一番奥、窓際の広縁は床がフローリングで机が一つ、椅子が二つ。奇妙なオブジェの類いは無し、広縁のちょっと手前には布団がどさっと重なっている。

 また、畳敷きの部分は壁沿いに棚があって、そこに荷物が保管できる仕組みだ。棚の数はちょっと多く、八個ある。本来は八人部屋だったのかもしれない。

 ……状況的にそこまで考える必要も無いだろうけど、念のための色別をオン。基本は緑、葵くんとかが時々ちらっと青く見えることはあっても赤は無し。杞憂かな、大丈夫そうだ。

 適当な場所に荷物を置いて蓋を開け、中から使うことが解りきっているタオル類は出しておいて、っと。

 あとは軍手もか。

「徳久くん、この後何時集合だっけ?」

「えっと、次の予定は三時ちょうど。点呼してからオリエンテーションをはさんで、その後はレクだな」

「あと四十分くらいは、じゃあ休憩か」

「ん」

 施設図があったので一応、避難経路などを確認。いざとなったら壁を破ってでも外に出てしまえばこっちのもの……というのは僕と洋輔だけで、他の皆はそうじゃないしな。僕たちだけがそうやって脱出しちゃうと点呼の時に困るだろうし、一応頭に入れておくことくらいはしておこう。図的には……屋上に出れるけど、出たら怒られるやつだろうな。

 夕食や明日の朝食をとることになる大食堂までのルートや大浴場までのルートもついでに覚えといて……。あとは大丈夫だろう。

「んー。大自然って感じだなー。家の近くだとこうも森は近くにないし、新鮮!」

「前多、窓から乗り出すなよ。危ない」

「わかってるよー」

「やれやれ。……さてと、佳苗、この後予定は?」

「え? ……三時丁度に集合して、」

「ああいや、そうじゃなくて。休憩時間中、他の部屋に行ったりするか? って事」

「ああ。……うーん。ちょっと昌くんは心配だけど、だからこそ変に押しかけるのも違うし。洋輔は洋輔で今更だし、特に用事はないかな?」

「そっか。そんじゃ悪いけど荷物見といてくれるか? 俺、ちょっと先生の所行かないとだからな」

「解った。気をつけて」

 さんきゅ、と徳久くんは言うと、そのまま他の子たちにも軽く声をかけてから部屋を後にした。

 別に荷物を見ておくもなにも、特に誰かが勝手に動かすことすらないだろう。心配性だな……あるいは何か隠し持ってきてるとか?

 あの徳久くんが?

 ……無いとは言い切れないけど、なんだかなあ。

「佳苗、ちょっと」

「あれ、どうしたの、信吾くん」

「いや、前多のやつがほら」

 ほら、と指が差された広縁のほうへと視線を向けると、葵くんが机の上にプレート型の将棋盤を展開して僕をじっと見ていた。

「三十分あれば行ける行ける」

「……行けるとは思うけど、それ、林間学校にきてまでやることかな?」

「じゃあ他にやることある?」

 そう問われると答えのない僕だった。



 夜、宿泊施設からそう離れていない広場に用意されたキャンプファイアーの火が上がると、周囲で皆が沸いた。

 それは単に興奮であったり、あるいはちょっとした恐怖であったり、いろいろな感情なのだと思う。この地球上で、しかも日本という国において言うならば、大きな火に接する機会は滅多にないからなあ。

 お正月に両親の実家に帰ったりするとき、そこで大きめの神社とかに行けば見れるかな? でもそのくらいか。

 だからこそ火遊びというのは僕たちくらいの男子ではどうしても付きまとう問題でもあるのだった。正直に言えば僕だって、全くそういった問題と無関係だったとは言えない。

 いつぞやの河川敷の大火事とかは未だに犯人がわかってないけど、たぶん僕たちくらいの年代の子なんだろうなあ……なんて、勝手に思っていたりする。

 閑話休題。

 大きな炎を暫く皆でながめつつ、僕はふと足下に感触を覚えて視線を落とすと、そこには小柄なぶち猫がいた。

 首輪は付けていない。オスっぽいけど去勢手術を受けた様子もないし、完全な野良猫かな。それでも全国、いや、全世界のどこだって、猫は猫。別にかまいやしないけども。

 その場にしゃがみ込んで、ぶち猫を撫でる。にゃあ、とぶち猫は満足そうに鳴いたので、今日のこの子の名前はロンリーウルフにしよう。

「一体どこから迷い込んできたやら……二歳にはなってなさそうだね」

「普通火からは逃げるはずなんだけどな……」

「あれ、洋輔。いつの間にそこにいたの?」

「お前が猫を撫で始めたのを前多が見つけてな。で、佳苗に話しかけても大丈夫かって聞かれて、たぶん話しかけても大丈夫だけど心ここにあらずの状態だから無駄だぞってアドバイスしたついでに、お前がいつになったら俺に気付くかというトトカルチョが始まったころからだ」

「待って。……トトカルチョって。何、レクの一環に入ってんの?」

「おう。三組の連中だけだけど一部の女子も参加してるから二十人くらいか。ああ、ちなみにトトカルチョと言ってもあくまでもクイズって方の意味だからな?」

 賭けはしてねえぞ、と洋輔。

 それにしたって大規模すぎるトトカルチョだった。

 え、なんで気付けなかったんだろう。

「なんで、もなにも、お前もうかれこれ十二分は経ってるからな?」

「いやいや洋輔。さすがにそんな嘘は……。…………。嘘だって言ってよ」

「嘘だ」

「ダウト……」

 あれ……?

 本当に十二分も経ってたの? おかしいな、そこまで熱中して僕はロンリーウルフをなで回していたとでも言うのか。

 流石の僕でも野良猫をそんなになで回しまくれば満足しそうだけど。

「たぶん普段とは全く違う初見猫だったからじゃねえの?」

「ああ、それはあるかもしれない」

「あるのかよ」

「実際、この子の反応が初々しい感じがたまらない……」

 尻尾の周りを撫でるとそわそわとして、首の後ろを撫でれば安心したかのように目を細める。人の手には余り慣れていないようだ、けれどそれ以上の好奇心が勝っているとみた。

「この子部屋に連れて帰ったら」

「駄目に決まってるだろ」

「だよねえ」

「全く……こと猫に関してはどこでも節操無しになるよな、お前は。だいたいなんでこんな森に猫が居るんだよ」

「いやいや、猫はもともと狩りをする動物だよ。山猫がわかりやすいだけで、他の猫たちも狩りくらいはする」

 よくネズミやセミを捕ってくるのはその習性が残っている印だ。

 まあ、同時に飼い主が下に見られている証でもあるんだけど、それはそれ。

「それにしても」

「うん?」

「いや。こんな場所でも猫が近寄ってきた以上、お前、本当に明日は猫まみれになるかもな」

「そうなったら嬉しいけど……」

 苦笑を一つ、僕は浮かべて。

 たぶんそれは無理なんだろうなあと、ちょっと残念に思っているのだった。

 さて、ロンリーウルフは解放。

 改めて皆に混じり、キャンプファイアーを囲んでわいのわいのと意味のある、あるいは意味の無い言葉を交わす。

 なんか物足りないんだよなー。

 林間学校というくらいだから、野営地を作るくらいはやりたい。

 いや、もちろん野営地なんて日本じゃ作れないのは解ってるけど、だからこそせめてテントくらいは張りたいというか。

 林間学校を何と考えるかなんだろうな。

 サバイバル演習としてみればもの凄く消化不良だけど、単に集団行動として考えるならばこんなものか、とも思うし。

 暫くそんな事を考えながら皆と合流し他愛のないことを話テイル間に、あっというまにレクリエーションの時間はおしまい。

 今日の残りは決まった時間にお風呂を済ませ、そのあと検温をしたら点呼の上で消灯だ。

 ロンリーウルフとは改めてお別れをすると、ロンリーウルフは少し寂しそうににゃあと鳴き、けれどそのまま森の方へと走っていった。きっとどこかにあの子にも住処があるんだろうな。

 キャンプファイアーも終りを迎える。後片付けは危険だからということで、先生達がやってくれるそうだ。生徒一同は、だからまずはそれぞれの部屋に戻ることになる。

「林間学校って、結構隙間時間が多いんだよなあ」

「そうだよね」

 徳久くんの愚痴りに葵くんがこくりと頷きながら言う。

 その横で信吾くんは、「でも」、と続けた。

「大人数での行動って、それだけで特別感はあるし」

「まあね」

 林間学校の本番は二日目のハイキングでの移動と食事を作る所なんだろう。

 そしてそれ以上に、クラス内での結束を云々……か。

「どうした、佳苗。なんか考え込んで」

「いや。もうちょっと早めの季節なら、肝試しとかもできたのになーって思っただけ」

 ちなみにソレをするためには勝手に部屋どころか宿泊施設を出ることになるわけなので、先生に見つかるイコール即説教されるという意味で肝試しは必ず成立するけど、やっぱり夏にやりたいことだよなあ。



 二日目のメインイベント、ハイキング。

 といっても、ある程度整備された山道を歩くだけ。特にこれといって危険があるわけでもなければ、特別はしゃげることが起きることもないだろう。

 というわけで、最低限の手荷物をそれぞれ装備して、いざ出発。

 なお、今回は四組の生徒を先頭に、三組、二組、一組という順番で出発している。

 これは予定通りなのか、それとも単にバスの都合か。後者っぽいな。別に順番じゃないとだめってこともないだろうし。

「さてと……それじゃあ、さっき言われたことを忘れないように気をつけて、皆ゆっくりと移動を開始するよ」

 緒方先生が合図を出すと、皆が雑然と、けれど自然と列になり、きちんと歩き始めている。

 さっき言われたこと、というのは、道から絶対に逸れないこと、あんまり列を長くしないこと、けれどちゃんと並んで歩くように、といった感じの基本的なことだ。あんまり前後に長くなると大変だし妥当なところだとは思う。

 他にも途中で具合が悪くなったら直ぐに他の生徒に伝え、それを伝えられた生徒は先生かガイドさんに伝えるように、って所。ガイドさんというのはバスガイドさんとは別の、ハイキングコースをガイドしてくれる人たちで、結構な大人数。これは僕たち生徒が勝手に道を逸れないようにと言う監視も兼ねているからだと思う。

 で、僕は列の最前ではないけど、前の方を洋輔と一緒に歩いていた。最前は徳久くんだ。葵くんたちは後ろの方で、昌くんや郁也くんは真ん中あたり。

 思ったよりばらけたな。

「にしても。佳苗、その荷物……。やっぱり多いんじゃねえかな」

「そうでもないよ。これでも朝、施設を出る前にかなり減らした方だし」

 洋輔に指摘されたのは手荷物の量だ。

 ポーチバッグに最低限を詰め込んで、中くらいのポーチを肩から二つ。色々と持ち込みをしているのは事実だけど、ね。

「それにこの程度重くもなんともない」

「まあ、そりゃそうだろうけど」

 ハイキングの山道はそれほど険しい道でもない。

 もっと過酷な状況を金属鎧を着込んでの行軍とかを経験している僕や洋輔にとってはほとんど無視できる負担だし、疲労に至っては賢者の石のヒーリングや洋輔のリザレクションの応用系で完全に無視できる程度にすぎないわけだ。

 で、暫く歩き続けると、ちょっとした草花がちらほらと。この前図鑑で見たな、この草。なんだっけ。なんてことを考えながらの移動をしていると、そんな草の横から物陰が飛び出してきた。

「あ、野良猫」

「なんでだよ!」

「おいでおいで、うーんと、ハイクでいいか」

「そしてさらっと名前を付けるな!」

 いやあそんなことを言われても。

 僕はハイクと名付けたその茶色の野良猫を一瞬だけしゃがんでずずっと撫でて、その後何事もなかったかのように歩みを戻す。

 すると、ハイクは僕にあわせて歩き始めた。

「あはは、ハイクも来てくれるって。気分屋だし、どこまでくるかは解らないけども」

「全く……。野良猫ってどこにでもいるのな」

「猫は偉大だよ」

「そういう問題じゃねえ」

 洋輔の嘆きはさておいて、さらに歩くとまた別のところから野良猫が。よし、君はなんかマシュマロに似ているふわふわだからマシュマロにしよう。白いし。

「はいはいマシュマロも付いてくるならついておいでー」

「…………」

「…………」

 なんだろう、徳久くんまで振り返って絶句している。

 移動は続行だ。

 暫く歩くとまた別の所から野良猫が、なんてこともあり、一度目の休憩ポイントに到着する頃には既に野良猫が六匹ほど僕の周りに居た。

「おいそこの野良猫ホイホイ」

「まって洋輔。人をそんな粘着質なものみたいに言わないで」

「じゃあ野良猫吸引器」

「それならまあいいか……」

「それで良いのか……?」

 徳久くんが思いっきり訝しげな表情でこっちを見ていた。別に徳久くんに限ったことじゃなく、男子女子どころか先生やガイドさんも含めて困惑の表情を浮かべている人物の方が大半だった。

 閑話休題。

「でもこの山、ちょっと野良が多いよね」

「そうだな。……いや、それを引き寄せるお前が来たからじゃねえの?」

「僕の予定を猫が知ってるとも思えないけど」

「……そりゃそうか」

 見知らぬ猫たちに囲まれるというのもやっぱり気持ちが良いものだ、と、六匹をそれぞれ撫でてあげていると、あっという間に休憩時間が終了。

 とても名残惜しいところではあったけれど、移動再開――とか考えていたら、猫持つ居てきてくれるようだった。

 偉い。

「解せぬ」

「洋輔、気が合うな。俺にも解らないんだけど……」

「まあ僕が猫媒体質みたいなものなんでしょ」

「そんな霊媒体質みたいに言われても」

 実際、科学的に解析できることではなさそうだし……。

 結局その後も猫を率いて移動していると、さらに猫が増えに増え、途中で見に来た別のクラスの先生や、この行程を撮影しにきている写真屋さんがぎょっとしていた。

 ちなみに小学生の頃の遠足もそうだったので、僕としては半ば慣れっこだったりする。

 暫くそんな移動と休憩を繰り返し、案の定というかなんというか、昼食をとるキャンプ地点に到着したのは十一時四十分くらいと、結構余裕を持って到着。

「で、猫も余裕がありすぎだろ。何匹だ」

「十七匹かな? 過去最高級に多いね」

「佳苗ってハーメルンの笛吹きみたいなものなの?」

「ちょっと前多くん。僕はそんな便利な笛を持ってないからね」

「そういう問題でも無いと思うけど。先生も激困りしてるよ、ほら」

 と、葵くんの指さした方をながめると、確かに緒方先生のみならず全ての引率の先生たちは集合してちらりちらりとこちらに視線を向けていた。

 なので適当にジャーニーと名付けたトラ猫を抱え上げ、にゃあ、と先生たちに向けて招き猫をさせてみると、先生達はすっと視線をそらした。

 可愛いのになあ。

「とはいえ、ここから先はご飯作ったりだからなあ。ごめんね、猫ちゃんたち。邪魔にならないようにこのあたりでゆっくりしておいて」

「……佳苗って時々訳のわからないことを言い出すよね」

「いやそれがなー。前多、どうも佳苗は本気でそれを言っているし、しかも猫たちもちゃんと応えてるっていうか……」

「キャットマスター佳苗……?」

 なにその奇妙な称号は。

 あんまり嬉しくないぞ。

 まあ、と。ぱんと手を叩き、猫たちに合図を送る。

 すると猫たちはきちっとぴしっと二列に並んだ。よし、偉い。

「じゃあ猫ちゃんたち、暫く待機ね。この辺からあんまりふらふらーって出て行っちゃうと僕悲しいからねー」

 にゃー、と十七匹の猫の鳴き声が重なったので満足し、ちゃんと集合地点へと向かう。

 その様子を何かUFOでも見つけたかのような表情でながめる葵くんや徳久くん、そして郁也くん……というか小学校が同じじゃなかった子達は大概そんな感じでこっちを見ていたけど、無視。



 お昼は飯盒炊飯と、そのついでとは違うけどカレー作り。

 全て材料は準備されていることもあって、ほとんどやることは下ごしらえ程度だったりする。

「にんじん、じゃがいも、たまねぎ、豚肉。一通りさくっと下ごしらえはしちゃうね」

「え? あ、うん。……お願いしても大丈夫なのかしら? いえ、渡来くんが手先が器用なのは知っているけれど」

「とりあえずじゃがいもの下ごしらえをするから、それで判断してくれたら良いかな……」

 これもまた支給された包丁でじゃがいもの芽を取り除いたり皮をさささっと剥いて、あとは少し大きめにカットしておく。今回はガス台で煮るわけじゃないからな、たぶん煮詰めてしまうだろうから、と言うことだ。でも一応角取りはしておこう。

 おわり。

「……え、もう終わったの?」

「え、見てたでしょ?」

「見てたけど、え、何? ちょっと理解が追いつかない速度でさくさくってやられたんだけど」

「ふっふっふ。僕はこう見えて料理も得意なのですよ前田さん」

「うわあなんかちょっとむかつく」

 というわけで結局他の下ごしらえもやろうか、と言う話になったんだけど、そうすると本格的に女子がやることがないということで、にんじんの皮むきだけすませて後は女子に任せることに。

 その後は飯盒炊飯と鍋をかける火をおこしている葵くんや徳久くんと合流して話を聞いてみると、二度目のトライで問題なく成功したようだ。さすがはボーイスカウト経験者。

「あとは放っておくだけか」

「火の勢いを多少コントロールしないとだけど、でも、あんまり手を加えるのもちょっとなー」

 雑談しながら待っていると、カレーを作る鍋の準備も終わったようだ。

 運んでくれと言われたので火元まで運んで、いよいよ後は見てるだけ。

 ふと周囲の様子をうかがってみると、まだまだ全体的にみれば準備は始まったばかりというところが大半で、火をおこすどころの騒ぎではないらしい。

 まともに進んでいるのは、洋輔の居る六班くらいか?

 あとは別のクラス、というか四組だけど冬華の班も当然早いな。

「なんか俺たち、すっげえ楽にいろいろと終わらせたけど……。ひょっとして珍しいのかな?」

「当然よ。下ごしらえに限らず火起こしだって、普通ならば苦戦するに違いないわ」

「それもそうか」

 徳久くんに前田さんが応えると、徳久くんは大きく頷いて僕を見た。

「ここは僕が見ておくから、徳久くんは周りを手伝ってくる?」

「ああ、いや。逆」

 逆?

 僕が周りを手伝う……ってことかな?

「いやいや、そうでもない。さっきからにゃあにゃあにゃあにゃあ鳴き声がすごいからさ……、良いよ、行ってきて」

「え、本当に?」

「ああ。佳苗はちゃんと働いてたし……皆もそれでいいだろ?」

 徳久くんが確認をとると、葵くんも女子達も一斉に頷く。良い仲間を持った、そんな感じだ。

 けれど、まあ。

「ありがとう。でも、それは遠慮しておくよ」

「うん? なんでだ?」

 葵くんの問いかけに、僕は軽く横に首を振る。

「一応これも授業の一環だから……猫と遊びたいのはやまやまだけど、そんなことしてたら先生に怒られる」

 それに、見ているだけといっても火の維持とかは一応あるわけで。

 猫たちもその程度の我慢はしてくれるだろう。

 そんなこんなで色々と完成したのは二十分後くらい。

 完成した班から各自食事をとって良い、ということだったので、先生に確認をして貰って、問題なしと判断、いざ六人揃って「いただきます」だ。

 ご飯はほくほく、ちょっとお焦げもできていてなかなか美味しい。カレーはほどほどの辛さで丁度いい。具材の大きさもバッチリ、パーフェクト。

「うん……これは、逸品だな」

「おいしいよねえ」

「飯盒炊飯。家でもできればいいのに」

 と、妙なことを言ったのは前田さんだった。

 皆してそれには苦笑しながらも、食は進む。実際なかなか美味しくできていると思う。ご飯の炊かれ方がなんというか、完璧だ。さすがはボーイスカウト経験者……ってこれはさっきも考えた気がするな。

「ちなみに飯盒炊飯は家出もできるよ。ガスコンロでやればいい」

「ああ、できるの?」

「うん。オレ的には土鍋でやったほうが良いと思うけど」

 そしてまさかの方向でグルメな葵くんだった。

 土鍋でご飯を炊くのか。確かに美味しいだろうな。炊き込みにしてしまっても良いかもしれない。

「火加減もそんなに難しくないしな。弱火強火弱火でいい」

「……詳しいわね」

「まーねー」

 何度か実際にやったことがあるようで、葵くんはいくつかのアドバイスをその場で前田さんにしていた。なんというか、本当に奇妙なところで経験豊富なんだよな、葵くん。

「料理といえば。渡来くんってほんとうに料理も上手なのね」

「そうかな。手早くするのは得意だけど、美味しく作れるか? と聞かれると微妙かも」

 もちろん、全く自信が無いわけでもないんだけど。

 『理想の動き』は料理にだって適応できるので、お寿司だろうとなんだろうと職人技だし、錬金術の延長であるがゆえに多少完成品(レシピ)が曖昧でも作れちゃうしね。

「でも大概の料理は作れるかな。材料あるならね」

「へえ。……こんなことを私が言うのも何だけれど、渡来くんの奥さんになれる人は幸せでしょうね。色々と楽ができそうだし」

「ああ、言えてる」

「たしかに」

 女子連中は女子らしいといえば女子らしい、けれど微妙に恥じらいのない事を言う。

 冗談だから、だろう。

 だからこそ僕も、それには冗談で答える。

「残念だけど、僕に奥さんが来ることは無いと思うよ」

「あら、独身宣言?」

「いやあ、結婚できるならいつかはしたいよ? でも僕、その人よりも絶対に猫を優先するから。愛想尽かされると思う」

「…………」

 東原(あずまはら)さんはああ、と遠くで待機している野良猫十七匹を眺め、斎藤さんは黙々と食事を続け、前田さんは眉間にしわを寄せつつスプーンを置いた。

「あなたにとって猫よりも大事なものってないの?」

「さすがに自分の命に関しては猫より大事だよ」

 でもそれ以外だとそれこそ、洋輔の命くらいだろうか。

「大概な猫本位主義ね……そんなんだから猫に好かれるのかしら?」

「猫本位主義って。なんか猫が通貨取引の基礎になりそうなんだけど」

「いえ、実際」

 葵くんの突っ込みにもめげずに、前田さんはそれでも続ける。

「渡来くんに報酬を用意して何かをして貰おうとしたとき、その報酬はお金や貴金属よりも猫との触れ合いのほうを要求されそうだもの」

「前田さんって」

「何かしら」

「僕のこと、解ってきたね」

「ああ、……えっと、ありがとう……で、いいのかしら……」



 食事を終えれば後片付け、後片付けを終えれば次の集合時間までは自由時間。

 僕は当然のように猫たちの元へと向かい、野良猫たちと一緒にぐるぐると回ってみたり、一緒ににゃあと鳴いてみたりして、ひなたぼっこのように寝そべると、そんな僕の輪郭を作るかのように猫たちが身体を寄せてきた。あたたかい。

「おい、佳苗。なんだかいつにもまして猫寄せが酷い事になってるぞ。事件現場のチョーク代わりに猫を使うな」

「洋輔。僕は別にそんなことを命令したことはないし、それに他人にどう見えるとしても、今が幸せでしょうがないんだよ」

「上様にチクるぞ」

「ふっ。…………。できれば勘弁して」

 実際、この状態で帰ったら亀ちゃん、すごい不機嫌になるだろうな……。

 一日猶予があって良かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ