プロジェクション
運転手の痕跡がまるで残っていなかったという車の事故について、現状で手に入るのは噂話ばかりとはいえど、場所も場所だ。あの幽霊事件と全く関連性がないとも思えない。
ましてや昨晩の段階で僕と洋輔が訪れたとき、あそこは明確に『人避け』がされていた。
人避け。
それはあの異世界でも魔法や錬金術によって実現することがほとんどではあったけど、それは必ずしも魔法や錬金術でなければ実現できないというわけではないし、じゃあ呪いの類いかというとそれも異なる。
催眠術の範疇になるとはいえ、心理的な現象としてそれを引き起こすことができるのだ。
催眠術と言ってしまうととんでもない技術にも聞こえるけど、やっていることはとても地味。
たとえばそれは照明の大きさ、明暗の作り方への工夫。影やモノの配置を調整することで、人にそれとなく『この方向はやめておこう』と思わせるとか、視線の動きをある程度弄るミスディレクションなどの複合系にして発展系って形になる。
ちなみに僕は錬金術の補佐を、洋輔は魔法の補佐を必要とするとは言え、実はちょっとだけこれが使えたりする。流石にこれに特化した人たちには全然叶わない程度だけど、自分で仕掛けるだけじゃなく、他人が仕掛けたそれを見破るために習得した技術だったり。
で。
昨晩僕たちが向かったあの道にされていた人避けは、かなり手慣れたものだった。僕や洋輔がそうだと見抜けても尚、『気付かなかったことにして帰る』事を選びたくなり、実際にそれを選ぶほどにはその強度が高かった。
実は冬華あたりがやったのかな、なんて思ってたんだけど……だからこそ、僕も素直に引き下がって、昨晩の段階ではパルムと呼んでいたあの野良猫に後を任せたんだけど、
(待て、そんなことをしてたのか)
うん。でも洋輔、今ちょっと思考纏めてる最中だからもうちょっと待って欲しい。
ともあれ、あの野良猫に観測を任せて帰って寝ちゃったために具体的にそこで何が起きたのかを僕はこの目でみることはできないとはいえ、そこで大体何が起きたのかは、パルムに会えば大体教えて貰えることでもある。今夜はパルム探しかな。
ちなみに人避けはあくまで人避けで、人間以外の動物にはあんまり効果が無いから、猫から事情を聞くことでなんとかなってしまう。これは催眠術や心理操作という特性に由来するようだ。
よし、一段落。
(まあ改めて突っ込みを入れるならばしれっと猫と意思疎通を完全に成せるお前のその特性は一体何なんだとかそのあたりだが……)
それは僕も知りたい。
僕が猫好きになった理由はそりゃあ猫に好かれていたというのもあるけれど、どっちかというとその後の、洋輔が犬を好むから、じゃあ喧嘩にならないように僕は猫にしよう……みたいな感じだったしね。
(……幼稚園のころ、か)
懐かしいよね。あの時の僕と洋輔は……、いや、いまは止そう。
ともあれ。パルムを探し出せば実際にその事故がどんな形で起きたのかは解るだろう。
けれど、既に大方の予想は既に付く。
幽霊が運転をした、とかだったら、それはちょっとロマンがあるけど、そこにあるのはロマンだけだ。実際にソレがあり得るかと考えると極めて微妙なところだった。
幽霊がたとえば錬金術的な解釈に基づくソレだとしたら、まず物質的な干渉能力を持てないはずだ。となれば、車を動かすことはできない。物質的でないものに物質的な干渉能力を与えることが全く無理とも言えないけど、まず考えないで良いだろう。うん。
で、逆に魔法的な解釈に基づくソレだとしたら、まだしも物質的な干渉能力に可能性はある。あるけれど、そうすると今度はそれがどんな魔法かという話になる。
物質を動かすだけの魔法では、それが幽霊と呼ばれるような暴走体として残留するとは思えない。そもそも暴走体としてその残滓が残る可能性がそれなりにある、と洋輔が解説してくれた種別だと、ゴーレマンシーやピュアキネシスと言った『形として残す』タイプのものなのだ。
じゃあその二種なんじゃないかと考えてみると、それらが『車を運転する』という動作を魔法と見做したゴーレマンシーがもっとも自然で、けれどちょっと操作難易度が高すぎる。ゴーレマンシーで作れるゴーレムに与えることができる命令はかなり単純なものでも複数動作を重ねるだけで一気に難しくなるのだ、複雑な動作に至っては論外とも言える。
車の運転をするためにはアクセルを踏むブレーキを踏むハンドルを回すだとかの動作が前提になり、その時点でゴーレマンシーとしての最高峰をさらに超えるような魔法が要求されるだろう。
かといって車を直接的に後ろから押すとかだったら一発で痕跡が残る。運転手の痕跡が一切無かったとしか噂には出ていないし、車を押した痕跡が無かったとは誰も言っていないけど、そんなわかりやすい痕跡があったら逆にそっちが噂になるはずだ。車泥棒として。
つまり魔法的な解釈に基づく幽霊だとは断定できない。むしろ可能性としては限りなく低いだろう。
さて、ここまでで呪いは否定しきれていないけれど、かといってここでいきなり呪いが出てくるよりもよっぽど可能性の高い解釈が一つ残っている。
そしてその解釈は、前の事件、変態幽霊の一件に関しても適応できる、かもしれない。
洋輔。
はいかいいえのどちらかで答えてくれればそれで良い。
洋輔が観た映像に写っていたそれは、幽霊として一般的なものだったかな?
(いいえ。ノーだな――佳苗にゃその映像自体が解らねえだろうが、概念的にはそれであってると思う。俺も考えないでもなかった。……突飛すぎて、言葉にはできない程度に恥ずかしいような想像でもあるんだが)
まあ、そうだよね。
でもそれは、裏で意図を敷き詰め、裏で糸を引いているであろう組織を知っているかどうかの差なのだろう。
(……喫茶店の連中、か)
その通り。
「渡来くん。さっきからええと、できる限り飾って言えばスピーカーを凝視しているけれど、悪く言えば授業に全く集中せずにぼーっとしてしまっているけれど、君、もう少し集中しているふりくらいはしてくれないかな?」
「悪気はないんですよ、先生。ただなんか、今日はやる気が出なくって……」
「正直なことは良いことだけれど、もう少しなんとかしなさい。ほら、じゃあ問四は君に訳して貰おうか」
「道を二つ目の信号までまっすぐ進み、右に曲がってください」
「…………正解」
なにやら複雑そうな表情で先生が頷いた。
直ぐ後ろの席で葵くんが、直ぐ横の席では前田さんが、声を潜めてくすくすと笑っているような気がした。この二人、存外に仲が良いんだよな……。
◇
給食の時間、いつものように皆で揃っていただきます。
今日の給食はホワイトシチュー。ご飯にも軽くバターの香りが香る感じで、なかなか手の込んだ組み合わせだよね。でもサラダ枠がほうれん草のごま和えというのはどうなんだろう。和洋折衷? なんか違う気がする。僕が知らないだけで洋風料理なのかな?
時々この学校の給食って組み合わせが謎なんだよな。
「そうだ。佳苗と徳久はもう鞄買ったのか?」
「俺は買った。部活で使うのよりもちょっと大きめのやつだな」
「僕はまだだね。どんな鞄にするかも悩んでて……、肩にかけるのも背負うのもいいけど、キャリーバッグとかもいいなーって。そういう前多くんは?」
「オレは肩掛けタイプだよ」
ふむ。
女子の三人にもそれとなく話を振ってみると、既に鞄くらいは準備が終わっているそうだ。まだ中身の荷造りは始まったばかりとも言っていたけど、そりゃそうだろう。来週だぞ。
けれど僕だけまだ鞄の準備が終わってないという状況はどうにかしないとな。
「ま、今週中に鞄くらいは準備するかなあ。いざとなったら、作るか」
「いや作るって……、佳苗ならやりかねないなあ……」
徳久くんが頭を振りながら言った。
実際、鞄なんてものはそこまで構造が複雑というわけでもない。
ちょっと前の僕ならばともかく、演劇部に参加することで様々な衣装を作るようになったり、ついでにいろいろな電子機器の構造とかも把握し始めた僕にとっては単純な構造さえ言える。比較対象がおかしいだけとも言う。
「いざとなったら、だけどね。買い物ですむならそっちの方が楽かもしれないし」
「違いない。このあたりならあの鞄屋かな?」
「それか駅ビルの施設か。……買おうと思えばそれなりに場所はあるだろ」
それもそうだ。
なんて雑談をはさみつつ、給食を食べ終われば掃除の時間。
今日の掃除は廊下担当なので移動が楽だ。ちゃっちゃと終わらせてそのままお昼休みへと突入。
晴れていることもあって、男子の大半は外に遊びに行ってしまった。葵くんも徳久くんを巻き込んでドッヂボールだかなんだかをしにいくらしく、僕も誘われた。
普段ならば断るけど、いつも断ってばかりだとノリが悪いと思われるかもしれないので、たまには参加することにしよう。
「ドッヂボールのルールって、具体的にはある? それとも適当な遊びかな」
「適当な遊びだよ」
「そっか。了解。僕もやるよ」
言いつつ僕は眼鏡を外し、机の中に仕舞うと、スポーツ用の眼鏡ことゴーグルタイプのそれを取り出し装備。
これでよし。
「……オレが誘っておいてなんだけど、あれ? これ、佳苗がいるチームが勝つってやつじゃない?」
「大丈夫大丈夫。一人で勝ち負けが決まる類いの遊びでもないよ」
教室を出て階段を降り、下駄箱でスニーカーに履き替えると、いつの間にやら場所を取っていた来島くんが「こっちこっちー」と呼び寄せてきた。
他のクラスの子も含めた結果、参加者は十四人。きっちり七対七に分けられたので、コート外スタートは二人ずつ。チーム分けはじゃんけんで適当にざっくり分けたんだけど、その結果葵くんや徳久くんどころか来島くんとさえ別のチームになってしまった。
「佳苗が敵に居るというこの危機的状況、全員総力を持って佳苗を狙うしかないな……」
「たたすけの見立てが正しいだろーな。とっきーは?」
「同感。だけど何度言えばその呼び方やめてくれるのかな?」
「ときぎんとか、そんな感じの方が良い?」
「とっきーでいいよもう……」
そして敵チームの中では愛称を巡って仲間割れが始まっている始末。らしいといえばらしい。
で、味方チームになっている子で比較的知り合っている子は、というとまさかの咲くん。
「さてと、咲くん。解ってるとは思うけど、二番目頼んでも良いかな?」
「ん。オッケー。うわあ、なんか味方に佳苗がいるだけでなんだこの安心感……」
「何の話してるんだ、咲」
「ああいや。たぶん佳苗がめっちゃ狙われるけど、気にしないで『キャッチ』してくれってだけの話だよ」
「は?」
「始まればわかると思うよ」
ともあれ、コート外でスタートする子の調整も完了して、いざスタート。
初球は相手チームに取られてしまったものの、来島くんが大きく構えを取って渾身のスロー。当然のように僕を狙ったそんなボールを『レシーブ』し、ふらふらっと上がったボールはすとんと咲くんの手の内に収まった。
「当たったボールでも、地面に落ちる前にキャッチすればセーフ。でしょ?」
「…………。リベロって恐ろしいな」
咲くんが投げたボールは、しかし来島くんが当たり前のように足でトラップを決めてキャッチ。そうだよな、サッカー選手だもんな。上手いことやりかえされた感じだ。
かくしてドッヂボールの形をしたサッカーvsバレーボールという異種球技対戦が始まった。
葵くんたちは僕を狙う事を早々に諦めたのだけど、他の子が狙われようと問答無用でリベロよろしくレシーブから咲くんがキャッチという流れがこちらのチームでは完成している。ちなみにバレーボールと比べると室外だから風の影響を受けることもあり、いつもと比べればちょっと精度が低いんだよね。まあ、キャッチして良いこの環境では誤差だけど。
一方でこちらの攻撃はどうかというと、いまいち決め手に欠くというのが事実だった。というか来島くんがえぐい。大体の攻撃をさも当然のようにトラップしてきっちりキャッチって、なんて厄介な。もうちょっとこう、ドッヂボールをやって貰いたい。ということを愚痴ったら、「少なくともお前にだけは言われたくないって思ってると思うぞ」と咲くん。
ノーコメントの方針で。
そして結局お互いに決め手を欠く千日手の様相を見せたドッヂボールのようなドッヂボールではないその競技の勝ち負けについては、ノーサイドと相成るのだった。
いやあ、まさかお互いに一人もアウトにならないとは……。
◇
その日の夜、またしても僕と洋輔はこっそりとあの道を目指した。
目指した。
という中途半端な表現になってしまったのは、到着できなかったからである。
「……まさかああも緻密に網が張られているとはな」
「ね。もうちょっと杜撰かなって思ってたんだけど……ちょっと想定外」
まあ、事故の内容が問題だったんだろう。運転手不在の交通事故――ただの当て逃げとは違った、そもそも運転手の痕跡そのものが存在しない、なぜ起きたのかが解らない事故。
ともなればそこに事件性を見いだすのは当然だろうに、さらにこの街では僕や洋輔の失踪、そしてずいぶん前とはいえ冬華の失踪さえ起きていて、関連背が疑われている。僕も洋輔も冬華も、それぞれ帰ってくることはできたけど、帰ってきたから解決かと言えばそんなわけはない。
『第三あるいは第四の事件』が起きない間に、できることはやったというアリバイを警察が持ちたいのだろうというのが僕の推測だ。洋輔はそこまで考えてないようだから、たぶん僕が考えすぎなんだろうなあとは思うけど、ともあれそんな警察の人々が捜査の網を思ったよりも緻密に広げていたため、道に近付くことすらもできない有様だった。
……まあ、近づけないというのは時間のせいなんだけどね。流石に夜の十一時に僕たちがぬっと出て行ったら怪しまれる。常識的な時間であれば問題なく通り過ぎるくらいはできただろう。
それに緻密な網といっても抜け道はある。
僕も洋輔も目的は見事に果たし、既に帰宅しているのだった。
そんな僕の手の中には、比較的大型のドローン。
通信機能は全部消失させたけど、それ以外の機能は敢えて全部生きている状態で残していた。
「それで、どうだ。あたりか?」
「あたりだと思うよ」
僕がこれ、と指を差したのは、ドローンの下部に付けられた円筒だ。
「レーザーポインター、に、近い道具かな。複数のレーザーを交錯させることで、擬似的に立体映像を作り出すって感じ」
「なるほどな。つまりあの変態幽霊の正体は、ドローンから投影された立体映像……」
ってことになるだろう。
「いや、ねーよ。立体映像ってそう簡単に作れるもんじゃないだろ」
「うん。僕もそこは考えたんだけど、構造的に理解はできるんだよ」
「どういう意味だ」
「えっとね」
説明をするために、とりあえずで僕が作ったのは、透明のアクリル板を二枚だ。それぞれのアクリル板には中央まで溝を入れている。
「厳密には立体映像じゃなくて、疑似立体映像……とでも言うのかな。概念としては、だから、こうやってるんだと思う」
溝と溝をはめるようにクロスさせて、作り出したのは二枚のアクリル板を九十度ずらした状態ではめたものだ。
説明が難しいんだけど、真上から見るならば『十』の形になって、横から見ると『□』って感じ。もちろん、『□』の真ん中にはもう一枚のアクリル板の真横が入っているから、『日』を九十度回転させたようなものだ。
「一機のドローンで、まず十字状にレーザーを放つことで『光のスクリーン』を作る。で、それとは別の角度から、別のドローンがその『光のスクリーン』に対してレーザーで投影する、ってだけ」
「……んっと。てことは、立体映像……というより、プロジェクションマッピングの類いになるのか」
「そうだね。水に光を投影するタイプならいくつか知ってるけど、光に光を重ねることで投影する、なんて技術は知らないな。あったとしても一般的じゃないだろうね……ただまあ、不可能とも言い切れない」
それでも一定の視野角は確保できるだろうし、立体に見せかけることも、まあ、不可能ではあるまい。可能とするにはそれこそ、ものすごい研究と調整が必要だろうけれど。
「洋輔が観た映像に映っていた『変態幽霊』の消え方をおさらいすると、そこに『自転車を押しながら』通りかかった徳久くんが近付くにつれて、その変態幽霊が『ゆらっと消えた』、んだよね」
「ああ。そこの理屈はどうなる?」
「解ってるとは思うけど、それは夜の出来事だった。夜に自転車をこいでいるならばライトは付けなきゃ行けないよね。そのライトの光が干渉した結果、スクリーンそのもの、もしくはスクリーンに投影していたレーザーが拡散しちゃって、『ゆらり』と消えたってことだと推測するよ」
光を掻き消すものは得てして闇ではなく、より強い光なのだ。
たとえば月の真横の星がほとんど見えないように、小さかったり弱かったりする光は、別の光によって容易に掻き消されてしまう。
更に言えば今回のレーザー投影は、それこそミリ単位での調整をして無理矢理実現しているようなものだったと思うから……ね。
「佳苗の見立てが正しいかどうかはさておいて、じゃあ、なんでわざわざ変態幽霊なんてものを投影したんだろうな?」
「ぶっちゃけ、それは事故だと思うよ」
徳久くんがあの道を通った日だって、本来は人避けがされていたんだろう。けれどそれが不完全だったか、あるいは何らかの形で徳久くんには通じなかったか。その人避けがされている道に、けれど徳久くんは入り込んでしまった。
そしてその道で行われていた『実証試験』に遭遇した……というのが、現状考えうる、まだしも地球の科学的に説明できることだ。
で、じゃあなんでその幽霊が変態だったのかというと、恐らく投影するファイルの間違いだろう。
「学校でもさ、時々プロジェクターを使った説明とかを受けるとき、本来先生が見せたかったものとは違ったものが表示されちゃうことってあるじゃない。それがそこで偶然起きていたって考えが、第一候補」
「第二候補は?」
「元々そういう、変態の映像を投影するのが目的だったってだけ。この場合も結局は事故だね」
「……どんな理屈で?」
「徳久くんがそこに居合わせたこと。本来は人避けされている、誰も来ないはずの道に来ちゃったっていう事故」
洋輔は渋々と頷いた。
というか、最初からほとんど納得してる感じだったしな。
「僕は結局映像を見てないからさ、実際問題、その変態幽霊が具体的にどんな物だったのかはしらないけれど、洋輔の態度からしてこの推理はそれなりに当たってそうかな?」
「ん。まあ、完全な否定はできねえ。納得もできる。……おそらくは後者の方での事故だろうな」
なるほど。
「その後徳久くんが具合を悪くしてた、眠れなかったのは……」
「まあ、幽霊にびびったというより、その映像に興奮が抑えられなかったって所だろうな……その上で口止めも受けたって観るのが妥当だろ」
「そうだろうね……」
喫茶店の不手際だ、オーナーさんが直々に何か持って行ったのかもしれない。見たものを黙っておいてくれ、と。
ただ、これらの推測には一つ問題がある。
「防犯カメラの事だろ?」
「うん。洋輔は何か気付いた?」
「ああ、単純だよ。そもそもあの道の防犯カメラ、ダミーだ」
「…………」
この街の防犯カメラはダミーが多すぎる気がする。いやコスト削減は良いことだと思うけど、防犯の意味が喪われるのではなかろうか。
「って、ダミーなのになんで洋輔は映像を見れてたの?」
「難しく考えるなよ。防犯カメラじゃないもので撮ってたってだけだ」
「ん……ああ、そういう事か」
「そ。要するにその映像もドローンで撮っていただけ……その機体にもカメラはあったんだろ? データは抜けそうか?」
「うん。通信で送るだけじゃなくて、本体にも記憶媒体があった。規格も普通のSDカードだし」
あとで抽出してみよう。
ただ、妙なものが写ってる可能性もあるな。データは洋輔に確認して貰った方が良いか。
「そんで、そのドローン、やっぱり喫茶店製か?」
「たぶん……ね」
「たぶん?」
「国内で市販されてるドローンとは明らかに材質が違う。海外でならば購入できるのかどうかはわからないけど、でもこれは民間用とも思えない。良くて企業用、悪ければ軍事用だろうから、状況的に見れば喫茶店製。それ以外の勢力がわざわざこの街でそんなものを試す意味が無い。でも、絶対にないとも言えないから」
「まあ、それもそうか」
通信機能を復活させて逆探知……とかができるならばあるいは確信もできるんだろうけど、流石にそこまでは技術が追いつかない僕だった。
電子的なことには弱いのだ。ふぁん、じゃ駄目なことがほとんどだし。
「ま、幽霊の正体が事実お前の言うとおりドローンによる投影が原因だったとしよう。だったらあの車の事故の原因はどうなる?」
「そっちはもっと簡単な技術だよね。つまり、ただの自動運転技術」
「やっぱりそうなるか」
「うん」
最近の車は自動運転技術というものが搭載されている事がある。まあ、それはブレーキアシスト、あくまでもセンサーに反応してブレーキをしてくれるという程度で、完全に人の手から離れた状態で運転されるわけではないけれど。
けれどそれとは違った本当の意味での自動運転が、まだ一部の特区において、という細かい条件が付くけれど、実用化するべくテストをする段階には入っている。AIの活用も含めて、どんどん改善されていくんだろう。案外数年も経たないうちに、完全な自動運転車というものが売られている未来もあるのかもしれない。
「その自動運転技術の確認をしていたら事故を起こした。ただそれだけのこと。運転手の痕跡がそもそも無かったのは、最初から運転手がいない状態で動く車だったから」
「だとしたらなんでそのことを警察が発表しないのかって話でもあるが」
「この街がその自動運転技術の実証試験を行える特区じゃない以上、なんでその車がここにあったのかを調べなきゃいけないから、今のところは伏せている……って可能性もないわけじゃないけど、事故を起こした段階で自動運転のプログラムを遠隔で削除したんじゃないかな」
つまり警察は発表しなかったんじゃない。そもそも気付いていないのだ。
あるいは気付いていたとしても、それを実証するためのものが足りないのだろう。
だからさらなる事故を警戒して網は張るけど、それ以上のことはできない。
「僕としては事故が偶然起きたのか、それとも意図的におこされたのか……も、気になるかな」
「……意図的に、か」
うん。
変態幽霊騒ぎのこともある。その事件を隠す為に別の事件を起こそうとした、とか。
中途半端になれば逆に関連性とかも疑われて行くわけだけど、どちらもオカルティックな方向に転びやすいから、最初の少しを乗り切れれば十分に逃げ切れると判断したのだと思う。
そうでないならば、この『網が張られている状況』こそが狙いだろう。
「ドローンにせよ自動運転車にせよ、本当に喫茶店がやったことだとすると、あの店は何かを企んでるね。その何かをするための下見……事件が起きたとき警察がどう動くのかを把握しておきたいってことだろうけど、何をしようとしてるやら」
「佳苗に解らねえなら俺に解るわけもねえな。俺はあの店とそこまで関わりが無い」
まあ、それもそうか。
「この際だからさ、佳苗。一応言っておくけど、俺はお前がやることには大概目を瞑るつもりだが、あんまりにも常軌を逸してたりするならば流石に止めるぞ。お前も、あいつらも、関係なくな」
「それは僕の方からお願いしたいくらいだね。僕よりも洋輔の方がそのあたりの判断はシビアだろうし」
でも、だ。
「今回の件はあんまり心配は要らないと思うよ?」
「……心当たりがあるのか?」
「うん。可能性の段階ではあるけど、いくつか。けど、僕の推測が正しいならば、それはむしろ平和のための行為とも言える――ま、平和のために暴力を振るうというのも酷いダブルスタンダードだけど、でもやむを得ないのかなあとも思う」
僕は思い出しながら言う――洋輔はどういうことだと、視線で問いかけてきた。
「喫茶店の元構成員が犯罪行為に加担していたってことがこの前判明してね――そのケジメを付けるための前準備、だと思う」
「ケジメ、ねえ」
訝しげに洋輔は頷いた。
納得はした――けれど、得心はしかねる、そんな感じかな。
「あんまり俺好みじゃねえな。お前好みではあるだろうが」
その通り。
スパイものの映画でダブルスパイを追い詰めていくのとか、なかなか面白いと思う。
そしてそれで主役のお手伝いができるなら楽しいなってやっぱり思うのだ。
僕だってお年頃の男の子だし。
「いやその意見には俺も賛同するが、普通その手の映画ってダブルスパイ側が主人公じゃねえか? で、逃げ延びるなり組織を崩壊させてハッピーエンド」
「…………」
……言われてみれば確かに。
こほん、と咳払いをして。
「まあ。ドローンは……、とりあえず動力外したし、通信機能も全部壊しておいたから、このまま置いておいても大丈夫のはずだけど」
「その割にはお前壊す気満々だな」
「ああ、わかる?」
「その手に持っている金槌を見れば誰だって想定はする」
そうだろうか。修理とかも可能性が……、ないな。ペンチならともかく。
「いやあ、一般に普及してるタイプのドローンは買えばいくらでも構造を試せるけど、こういうのは普通、手に入らないからさ」
「まあな……。明日も学校だし、ほどほどにしておけよ」
「うん」
とまあ、そんなあたりで、洋輔は呆れつつも自分の部屋に戻っていき、僕は改めてドローンの解体を始めた。
製造元表記とかがあったら儲けものなんだけどなあ、と気をつけながら壊していくと、とあるパーツに見慣れない文字が。『СДЕЛАНО В РОССИИ』と刻印されているようだ。
えっと、意味は受動翻訳の魔法で……ロシア製。
らしい。
「…………」
「…………」
「……洋輔。何か言いたいなら言えば?」
「突っ込む気力も出ねえよ」
だよねえ。
こうも隠す気が無いとは……。
尚、鹵獲した同型機のドローンは全六機。
全てを分解しおえることで、僕はなんとなくでふぁん、で民間用ではないドローンが作れるようになったという努力の結果について洋輔に報告したところ、
「加減しろ馬鹿者が」
と洋輔には怒られた。
但し、
「でも一機くれ」
とも言っていたのでなんだかんだ飛ばしてみたいんだなあとも思ったので作ってあげた。
その結果、
「おい佳苗。動かねえぞ、これ」
「そりゃあ、僕が作れるのは本体だけだもの。それを動かすためのソフトも再現はできてるはずだけど、コントローラーが手元にないから、動かせるわけがないよねって」
「つまり粗大ゴミじゃねえか……」
「と言いつつ、無理矢理飛ばせちゃってるあたり、やっぱり剛柔剣って便利だよね……」
なんて喜劇が発生したのだけど、それはそれってことにしよう。
◇
そしてそれが後にちょっとした問題を呼び込んでしまったのだけど、このときの僕たちに知るよしもないのだった。




