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中間色々夢現  作者: 朝霞ちさめ
~秋~
11/25

否定肯定のち日程

「で、だ。重要な点としては、変質者騒ぎは確かにあって、防犯カメラにも映像が映ってた。それは間違いないんだが、その映像がおかしいんだ。具体的にはその変質者がゆらっと消えている」

「……洋輔。人間はそうそう簡単に消えるものじゃないよ」

「だな。だけど実際にそうなっていた。俺も映像は見たから間違いない」

「CG合成でもしてあったんじゃないの?」

「お前って妙に強情なときがあるよな」

 いや。

 いきなり消える人間が変質者騒ぎの犯人だ、と言われてそれを素直に納得できる方がおかしいと思う。

 ともあれ、徳久くんの一件から一週間ちょっと。

 葵くんと涼太くんと一緒に行った将棋会館では葵くんが大はしゃぎしたり、そして葵くんがプロ棋士を目指す同年代の子と一局しているのを少し遠くから観察しながらこの頃の変化をちょっと涼太くんから相談されたり。

 なんでも葵くん、ちょっとプロを目指そうかなと色気がつき始めたらしい。

 将棋のプロを目指すためには現職のプロを師匠に持たないと駄目だった気がすると思ったら、あの将棋教室の先生が推薦してくれるそうだ。

 涼太くんの見立てとしては現状の葵くんは十分に強いけれどそれはあくまでアマチュア範囲、プロには遠く及ばない、けれど時間を最大限にかけて最善の環境を作り上げることができればあるいはプロになれるかもしれないから、絶対に無理とは言い切れない、そんなところであるらしい。

 そして涼太くんとしてはできる限り葵くんを応援したくって、けれど無理とは言い切れないだけで、ぶっちゃけ可能かどうかで言えばかなり微妙なところだから、すっぱり諦めさせることができるならばそれでも良いんだけど、けれど自分からは言い出せないし、かといって他人に諦めさせる説得を任せるのも何かが違う……みたいな。

 だからなんとか相談したい、でも誰に相談していいのかが解らない、ならばもう共通の友人で、かつ将棋がそれなりに打てるかどうかはともかく勝ち星を拾えていた奴こと僕に押しつけてみようと判断し、それとなく相談できる状況を作る手段として同伴を提案した、というのが動向を誘うに至った経緯なのだそうで。

 正直僕に相談されても困るだけなんだけど、その気になってきちんと頑張れば可能性があり、頑張るのをやめれば可能性がなくなるなんてのは将棋のプロ棋士に限らずどんな職業だって夢だってそうなのだろうから、そしてそういう情熱を持てることはきっと良いことなんじゃないかなと答えておいた。

「おい。話が逸れまくってるぞ」

「ごめんごめん。……ふうん。でも、CG合成じゃないならば何だろうね」

「ありきたりな考え方だと幽霊か?」

「幽霊って変態なの……?」

「まあそこは……幽霊の個性ってものだとして」

 そんな個性を持ってる幽霊にはさっさと成仏していただきたい。

 たしか幽霊を成仏させる道具あったな。マテリアルなんだっけ。

「待て。佳苗、お前今、さらっと妙なことを考えてなかったか」

「え? ……そんな個性を持ってる幽霊にはさっさと成仏していただきたいってくらいじゃない?」

 そしてその幽霊を成仏させる道具が存在するというだけのことだ。

 使ったことはないけど。

「待て待て。なんだその、幽霊を成仏させる道具ってのは」

「えっと、たしか石灰みたいな道具だったかな……ばらまいて使うんだけど」

「いや具体的な道具が知りてえんじゃなくて、錬金術的には幽霊の存在は肯定されてるのか?」

「うん。厳密には『否定されてない』って感じかな」

 そもそも幽霊というものを何と定義するかって所もあるんだけど。

 ちなみに錬金術が幽霊というものを否定していないのは錬金術だけでは作ることができなかった魂魄(プシュケー)というものをどのように調達するかって話の延長にあるもので、新しく作れないならばもとからあるものを使えば良いじゃないかと発想するに至り、最終的にはアニマ・ムスの杯という道具が完成するわけだけど、その前段階として生き物ではなくてもその辺にいるかもしれない幽霊的なものを捕獲し、その魂魄を流用しちゃえばいいんじゃないかみたいな発想があって、それが中途半端ながら実現したが故に否定しきることができなくなったって感じである。

 故に、存在が証明できているわけでもない。

「いや。限定的とはいえ捕獲して流用してってのができてるなら、それはもう証明してるようなものだと思うが」

「んー。どうだろうね。僕としては微妙なところだと思うよ」

 捕獲するのに使う道具の名前は『命の檻(ソウルケース)』、名前的には檻という表現が使われているけど、どちらかといえばねずみ取りのような罠のほうが近い。

 作成してからほうっておいて、ふと気がついたらそこに魂魄的なものが捕獲されていることがあるから、それを使うって感じの道具……理論上、概念的に成功したならばそうなるはずだ。

「……ん。てことは、その道具自体が机上の空論か?」

「ううん。実在する道具だね」

「なのに概念的に成功したら、なんて表現なのか。……えーと、つまり道具自体は存在するけど、お前の見立てでは効果が違う、とか?」

「いや。効果もある程度は正しいよ」

 完全にじゃないけれど。

「問題はさ。確率でしかないってことなんだ」

「確率?」

「うん」

 捕獲するというニュアンスもまあ間違いじゃないというのがまた厄介というか。

 つまりその辺に存在するものを捕まえようとする罠としての道具、と誤解されやすく、実際そう解釈されて図鑑には書かれている。

 僕の見立てでも幽霊というか魂魄のようなものを捕獲する道具という点では同意だ。ただ、それは周辺にあるものを捕まえようとする道具ではなく、確率で成功したときに世界のどこかに存在する魂魄的なものを強引にそこに引き寄せるというもの、だ。

「……ん?」

「だから、確かにそのあたりにある幽霊のようなものを存在する罠、と言えないこともないんだよ。問題はその『そのあたり』の範囲がとんでもなく広いってこと。定義されてない以上、距離制限は無しかもね……」

 ……そしてあの時は全く考えもしなかったけど、ひょっとしたらあの道具、実はあの世界の別の惑星にいた思念生命体的なものを拉致監禁する道具だった可能性があるな。

「…………」

「…………」

「……よし、気付かなかったことにしよう」

「……だな」

 閑話休題。

 ともあれ錬金術の概念で言うならば、怪しい点はいくつでも出てくるんだけど、それでも『幽霊が存在しない』と証明できるような道具が存在せず、逆に『幽霊とされるもの』に関連される道具が複数あるので、錬金術は幽霊を積極的では無いにせよ、肯定する立場になる。

 実質的なところは微妙だけど。

「そういう洋輔、というか魔法的にはいまいち否定的なのかな?」

「ん。そうだな。幽霊とされるものは、何らかの魔法が引き起こす現象であって、それそのものに意識があるとしたらそりゃイミテーションかゴーレマンシー、あるいはその複合系。物質に込められていない、あるいは器として用意されていたものが崩壊しても尚残ってしまっている残留魔法……」

 ふうん。残留魔法、か。

 願わくば例の道具が捕獲していたものがその残留魔法でありますように。

 そして性質だけで見ると呪いに近いのかもな。効果をそれと独立させつつけれど物体を持たない……いや、そうでもないか。呪いはそもそも魔法ではない。

「だからこそ、魔法において幽霊って存在は基本的には『暴走』なんだ」

「暴走?」

「ん。魔法を制御し切れていない、暴走状態。そして暴走状態であるからこそ、術者のコントロールから大きく外れて、大きく逸れて、独立した力の塊として残ってしまう――残留してしまっている状態」

「……ふむ」

 まあ、そこまでは良しとしよう。

 けれど。

「でも、今回はそれじゃあなさそうだね」

「まあな。明確な意思をもって現れて、変質者的な行為をして、そして消えたんだから……うん。魔法的には否定的だけど、幽霊って存在がやらかしたって考えた方がまだしも可能性はある」

 もちろん幽霊である可能性は限りなく低いけれど、洋輔はそう続けた。

 まあ、そうだよな。

「消えるだけなら、究極的には洋輔にならできるよね?」

「まあ、光学迷彩を旨いこと発想して連想してやることができれば可能だな。そういう佳苗はどうなんだ?」

「んー。光学迷彩みたいな道具は無いね」

「そっか」

「透明にするって道具ならある」

「より悪質じゃねえか」

「そうでもないよ。使い切りだし、一度使うと効果終わるまで任意には戻せないから」

「ああ、時間が固定式なのな。で、その時間は?」

「品質値ど同じ分だけの秒だね」

 たとえば品質値が6000のその道具を使うと6000秒、つまり百分間の透明化というわけだ。対象を錬金術で指定するタイプの道具なので、錬金術が使えない場合は大魔法とか儀式を解さなければならない上、消耗品という性質上そんなことをいちいちやってられないため、実質的には錬金術師専用の道具となっている。

 あと、これで対象を透明化した場合はその対象の全てが透明になってしまう。たとえば出血してだらだらと血が流れても血は対象の要素であるから、透明な状態ってわけだ。また、透明化というのはあくまでも視覚的なものであって、実際にはそこに存在する以上、視覚的ではない方法で簡単に感知できる。地球ならばサーモグラフィとかで一発だ。

「ふうん……ちなみにそれ、人間を対象にしたとき、その人間は自分の身体を認識できるのか?」

「認識はできるよ。見えないけど」

「んっと……、つまり半透明に見えるとかそういうのも無い?」

「ないね。透明化しているときは自分の身体がどうなってるかは自分で認識している範囲でしか認識できない。実際の状況は見えないよ、透明になってるから。だから怪我をしたときが大変でね。痛みがある以上そこに怪我をしているのは確かなんだろうけど、その怪我が具体的にはどんな怪我なのかが解らない。出血したとしても血だって透明化してるから……」

「あー」

「それに怪我をしなかったとしても、自分の身体が今どんな恰好をしているのか、どんな形であるのかを視覚に頼らずに把握しきるのって存外難しいんだよね。難しいだけで出来ないわけじゃないけど、慣れないとあっさり転んだりする」

 そのあたりを万全にしたいならば理想の動きの実現化とかでやってしまってもいい。

 まあ、実際には数回慣らせば問題なく可能なのだが。

「錬金術も大概の理不尽だよな……。それを使えば強盗が簡単そうだ」

「そうでもないよ? あくまでも透明化するのは対象だけだし。例えば僕がそれを僕に使ったとして、銀行に忍び込むにしたって、お金は透明化してないから、お金がものすごい浮く」

「その盗み出すものも透明化すりゃいいだろ」

 目から鱗だった。なるほど、言われてみればその通りでしかない。

「……まあ、実際にやるわけじゃないけどな」

「まあね。透明化する道具、ちょっとコストが高いし……」

 それにお金を盗むだけならばもっと簡単で安全でコストも安いものもあるし、そもそもお金に困ってるわけでもないのだ。それに僕は案外、経済への影響を考えるタイプである。だから貴金属類はあんまり増やしていない。増やしている場合は材料に使う分だけだ。

「いやその割にはお前大分売り払ってるよな」

「ノーコメント」

 まあそのあたりは置いといて、錬金術的な意味で透明化はだから不可能じゃない。

 けど、

「あの道具で透明化したのだとしたら、一瞬で完全に消えなきゃおかしいんだけど。洋輔、その仮定幽霊は幽霊っぽく、ゆらゆらーって消えた感じ?」

「そうだな……瞬間的に消えたってわけじゃなかったぞ。すーって消えていった」

 ならば錬金術の仕業とは考えにくい。

 魔法による光学迷彩のほうがまだ可能性は高いだろう。

 あるいは本当に幽霊なのかもしれないけれど、変態な幽霊ってそれはさっさと除霊しなければいけない奴だと思う。

「除霊の道具、マテリアル何なのかなあ。たぶん塩と何かだと思うんだけど」

「ああ、塩を撒くってのはよくあるもんな」

「うん」

 それに石灰的な使い方をする以上、それは粉のような性質を持ってなきゃだめだろう。

 小麦粉……?

 塩と小麦粉って、何も考えずに錬金したらうどんとかにでなるんじゃないかな。品質値は低そうだけど。

 そして石灰っぽく使うんだし普通に石灰使ってみれば良いのか。

 つまり塩と石灰だ。石灰の在庫がないな……。

「意外なところでつまずくもんだな」

「そうでもないよ」

「は? どうしてだよ」

「どうしてもこうしても。ほら、明日学校に行けば石灰なんていくらでもある」

「…………。白線か! 白線引きのあの白線か!」

「駄目かな?」

「……まあ、ちょっとだけなら良いんじゃね?」

 使うとしても数グラム、まあ、大丈夫だろう。

 ていうか石灰なら貝殻から作れるし、今日の夕飯をあさりのお味噌汁とかにすればそれで済む話なんだけど、まあそれはそれとしておこう。

 大体、マテリアルがそれであってるかどうかも解らないし。

「にしても、距離を無視できるかもしれない道具、ねえ。命の檻ってのも、ロジスの槍と似てるのかもな」

「だね。……うーん。命の檻をマテリアルに使うのかなあ」

 性質は似てるし使っても問題は無いだろう。必須マテリアルではなかったとしても、邪魔をする事はないだろう。

「そういやロジスの槍の作り方、冬華も知らなかったのか」

「うん。マテリアルの一個だけは知ってたけど」

「へえ。それは?」

「おがくず」

「……おがくず?」

「そう」

 けど、『おがくず』が槍とどうしても関連付けできなくてね。

 僕がそう補足すると、たしかにな、と洋輔は頷いた。

 きっと何かの頓知みたいな意味合いでのマテリアルなんだろうけど……。

「……なあ、佳苗。松ヤニは持ってるか?」

「うん?」

 松ヤニ?

「あるにはあるよ。朱肉とか作れるし、結構便利なんだよね」

「そうか」

「なんか使いたいの?」

「今のところ俺は別に。ただお前が使うことにはなりそうだなって思っただけ」

 そうかなあ。まあ、武器のマテリアルにすると多少品質値が上がるのは事実だし、一応含めてみるか……。

 僕がそんなことを考え始めると、洋輔はやれやれと苦笑を浮かべるだけだった。



 進捗という意味では決して良くはない。

 それでも時間は普通に進んでしまうもので、学校の長い方のホームルームを迎え、そこではいい加減近付いてきた林間学校に関する準備が始まった。

 具体的には日程に関して簡単な説明があって、レクリエーション係を誰がやるかなどの担当決め、それと行動班の作成が最優先だ。

 行動班というのはその林間学校の最中で使われる単位で、これは今着席しているその班と同義となる。

 よって、僕と同じ行動班なるのは葵くん、徳久くん、そして女子では前田さんに斎藤さん、東原(あずまはら)さんという組み合わせ。飯盒炊飯とか調理とかは特に困らなさそうだ。最悪の場合は錬金術で何とかしちゃうつもりだったけど、これならば必要も無いだろう。

 で、行動班とは別にも決めなければならないのが、部屋割りとバスの席順だ。

 バスの席順はそのままで、バスの席順。僕たちのクラスはきっちり三十六人で男女も半々なので特に揉めることはないだろう。あとは前の方を選ぶか後ろの方を選ぶか、そして誰の隣に座るか程度の話だったので、すんなりと決まった。

 僕は当然のように洋輔の隣で、前から三番目。特にこれといって特別な場所でもない。一応僕が窓側で洋輔が通路側ということになっているけど、たぶんちらほらと入れ替わると思う。先生もどっちにするか、までは縛らないと言っていたし。

 次に部屋割りなんだけど、これは二つの部屋割りをしなければならない。

 二つというのは初日と二日目で宿泊する施設が違うからで、初日に宿泊するのは大部屋が男女ともにみっつずつ、つまり一部屋あたり六つのありふれたタイプ。こっちは行動班が違うとちょっと面倒な事になるってこともあり、一部屋につき二班が入ることになる。緒方先生の性格的に面倒だからと教室の窓側・真ん中・廊下側で分けちゃうかなと思ったんだけどそんなことはなく、また男女でそもそもフロアが違うから、男女に関しては気にせずに決めて良いよと丸投げされた。

 といっても第五班の僕は第六班の洋輔と一緒が一番楽だし、第二班の郁也くんは第一班の昌くんと一緒じゃないと困るだろうから、結局教室の窓側・真ん中・廊下側で別れるんじゃないかな? とも思ってたんだけど、洋輔と信吾くん、そして徳久くんの訴えがあり、ちょっとだけ変則的な形に組み合わせることに。具体的な男子の組み合わせは第一班は第二班と一緒で、第三班は第六班、第四班は第五班という感じだ。ちなみに第四班の男子は人長くん、園城くん、そして信吾くん。敢えて変えることに意味あるかな? 微妙なところじゃない? まあ特に問題のある組み合わせでもないから良いけれど。

 で、二日目の部屋割りは更に複雑化する。というのも『二人部屋』と『三人部屋』が混在するホテルだからだ。女子も女子で大変だろうけど、男子十八人に対して割り振られたのは三人部屋が四つ、二人部屋が三つ。数的にはぴったりだ。

 二人部屋のほうがちょっと狭く三人部屋のほうがちょっと広い、けれどホテルの部屋だからそこまで大きな変化があるわけでも無い。また、ホテルの部屋にはよくあるバストイレがあるパターンのもので、部屋のシャワーを浴びても良いと言うことになっている。もちろん消灯厳守だけど、そんなわけで二人部屋のほうが気軽という感は否めない。

 とはいえその二人部屋は三つしか無く、じゃあ誰が使うか? という話し合いが始まったんだ。仕切りは当然のように徳久くん。さすがはクラス委員とでも言うべきか。先週はひどく不調だったけど、少なくとも今は普通に戻ったようだしな。結局あの変態幽霊騒ぎが本当に原因だったのだろうか? 変に刺激してまた具合悪くなられたら困るので放っておこう。

「とりあえず弓矢と村社は二人部屋かな」

「そうしてくれると嬉しいけど、いいの? ……まあ、本当に嬉しいけれど。ボクたち、とりあえず同じ部屋なら大丈夫だよ」

「んー。お前らと同じ部屋になるほうも大変だからなあ……。まあ佳苗ならば大丈夫だろうけども」

 ちらりと僕をみて徳久くんが言う。僕も別に、必ずしも洋輔と一緒じゃ無きゃ嫌だと言うわけでも無いので異論は無かったんだけど、

「ま、せっかくの二人部屋だしな。使っちゃえ」

「じゃあ、ありがたく」

 二人部屋の一つ目に郁也くんと昌くんが名前をそれぞれ書くことで確定。

 残りは二人部屋が二つと三人部屋が四つ。

「三人部屋を希望する三人組は居るか?」

「あ、オレそれで一緒になりたいのが居るんだけど、いい?」

 声を上げたのは葵くん。周囲の視線が白んだ気がする。なんでだ。

「…………。まあ、いいか」

「よっしゃ」

「待って。なんでみんな、前多くんしか喋ってないのに残りの二人も解るの?」

「佳苗。前多のやつがそう言った以上その残りの二人は信吾と六原以外に居るか?」

「…………」

 なるほど。

 というわけで三人部屋の一つ目に葵くん、信吾くん、涼太くんが記名。

 他に名乗り出る子は居なかったので、じゃあ逆に二人部屋を希望する奴は? という方向に持って行くと、意外なことにこっちも積極的に希望する子は居なかった。僕たちを含めてだ。

 この状況ならば貰ってしまっても良いような気がするけど、さて。洋輔、どうする?

 なんか蓬原くんのことを気にしている様子だよね。

(梁田が拾ったらしい)

 ああ、そっか。二人とも工作部だしな。

 じゃあ僕たちは二人かな?

(んー)

 特に指示されたわけでもないけどそれぞれ仲良しグループが集まっていく、そしてそれを纏めて徳久くんが大体の確定をしていく。

 ……ああ。じゃあ、徳久くん貰うか。

(だな)

 同意も得られたので、っと。

「徳久くん。僕、洋輔と同じ部屋にして貰うつもりなんだけど」

「そりゃそうだろうなとは思うけど。三人部屋ならもう一人必要だぞ?」

「徳久くんが嫌じゃないなら、どう?」

「え、いいのか?」

 うん。僕が洋輔と一緒に頷くと、徳久くんはちょっとほっとしたような表情を浮かべた。

 徳久くん、まとめ役に徹しすぎててグループ作りから微妙に溢れてたんだよね。本人もどうしたものかと考えているようだったし、本人が嫌がらないならば僕たちと一緒にしてしまえばいいということである。

 それまでには事件も解決できているとは思うけど、もしできていないならばそのホテルの部屋で色々と話を聞くこともできるだろうし……なんて打算も、僕と洋輔は抱えてたりするんだけど、それはそれ。

 結局、僕たちが三人部屋に入ることで残りもあっさりと決まっていったあたり、僕たちがどう動くかを皆が待ってたのかな?

 流石に自意識過剰か。

 ともあれ決まったものは決まったので、これで席順や部屋割りは確定。

 残るのは各種係の決定だけど、これはちょっとだけ時間が掛かった。

 まずレクリエーション係に関して、真っ先に声が上がったのは当然のようにクラス委員である徳久くんなわけだけど、

「いや、クラス委員にはクラス委員でやることがあるからだめだよ?」

 と笑顔で緒方先生がきっぱりと切り捨てた。ならばと次善策で佳くんはどうだろうか、文化委員だし、

「ちなみに文化祭で活躍した佳くんもだめだからね?」

 機先を制されたので残る面々から、まだしもやる気のありそうな子をと考えると葵くんとか、

「というより委員会に所属している生徒は駄目だと考えて欲しい」

 よし、葵くんは風紀委員なのでそれもだめと。郁也くんも清掃委員だしな。

 いっそ僕がやろうかな?

「あと佳苗もパスな。お前にやらせたらなんかろくな事にならねえぞ」

「洋輔。それは僕を貶してるよね?」

「おう。褒めてはないな」

「そう……」

 まあいいや。

「いや良いのか?」

「まあ今更だしね」

 前多くんの突っ込みには素直に答えておく。

 そう、今更だ。僕にせよ洋輔にせよ、この程度で揺らぐ信頼ではない。

 結局、レクリエーション係になったのは圓山くん。特に突飛な発想をするわけじゃないけど質実剛健だから、皆が安心できる相手でもあるのだった。

「いや、実際佳苗がレクリエーション係になったとしたら、何かとんでもないゲームとか作ってたよな?」

「そんなことないよ。……でもキャンプファイアの薪を使ったジェンガとか、やってみたいよね」

「おい」

 それはともかく、これで概ね今日決めるべきことは決まった。

 他にも行動班内部でちょこっと係を決めたりもするんだけど、これはあっさりと片が付いた。というのもまず僕の班の場合、葵くんは風紀委員で徳久くんはクラス委員。クラス委員はクラス全体を見なきゃ行けない以上行動班で担当できるわけがなく、葵くんの風紀委員というのもちらほらと要件が入るから、男子では僕しか選択肢がないと言うことだ。

「ごめんな」

「ううん。やることなくて暇になるよりだいぶいい」

 少なくともやることがなくぼーっと『たびのしおり』を読むよりかは建設的だというのは本心だった。



 今日はごく普通に部活がある日だ、ということで、授業を全て終え、帰りのホームルームの後はまず、演劇部の部室へと向かう。

 地味に書面上において皆方部長はまだ部長のままで、藍沢先輩も当然のように顔を出している。けれど、皆方部長と藍沢先輩は演劇そのものに直接関わることはもうなく、演技指導という形で関わっている形である。

 尚、次の部長に正式な形で指名されたのは祭先輩。多数決をとるまでもなくナタリア先輩が辞退し祭先輩が拒否しなかったため、自然な流れだ。ちなみにそこで祭先輩も拒否していた場合は僕なんて可能性も出てきたけど、さすがに部長で兼部は許されないだろうから、なんだかんだ祭先輩が部長になったのだと思う。

「ねえ、かーくん。ネクタイって作れるかな?」

「ネクタイ、ですか? 作れると思いますけど、えっと、誰がつけるんですか?」

「私とクラスの子たちになるわ」

 とまあ。

 演劇部の活動としては来年お正月明けに町で行われるイベントがあり、そこに演劇を出展する形で調整されている。

 当然のように祭先輩が脚本、ナタリア先輩は補助。一応僕も舞台に上がる可能性が出てきているものの、藍沢先輩のように役そのものは小さなものになるだろう。

 逆に言うと来年、新入生が入ってこない限りは二人をメインにした題材しかやれないわけで制約があるな、と思ったので聞いてみたら、その時は美女と野獣でもやるっすよ、と祭先輩が言っていた。その時は着ぐるみを作らなければならないだろう。

「良いですよ。どんな柄が欲しいんですか?」

「結構無茶なことお願いしても良いかな? 刺繍とか」

「最大限努力しますよ。最悪僕じゃ無理でも裁縫部を頼ります」

「うんうん、そうしてくれると嬉しいなー。じゃあこれ、デザイン案なんだけど」

 というわけで皆方部長から渡されたのはスケッチブックだった。

 開いてみると案1から案4までが別々のページに書かれていて、色鉛筆で軽めの色指定がされている。思ったよりもはっきりとしたデザインだ。そして刺繍で、と記述されたところは文字……文字?

「この文字というのは、名前ですよね?」

「そうなんだけど、難しいかな?」

「いえ。正しい漢字表記が解れば、調整できるのでむしろ簡単かもしれません」

「さっすが。頼りになるわー。えっと、じゃあ正しい漢字は……スマホに送っておけば良いかしら?」

「そうですね。そうしてくれると安全です」

「じゃあそうするわ」

 何かの応援……いや、応援にネクタイは使わないか。

「ところで皆方部長。これ、何に使うんですか?」

「えっとね、今度創作ダンスの発表があるの。衣装は自由だから、ワイシャツにネクタイ、それにスラックスの男子学生スタイルにしようってなったのよね」

 なるほど。

「ならそっちも作りますか?」

「うーん。スラックスくらいはそれぞれ持ってるし、ワイシャツも特にこれといって衣装として仕立てる必要も無いと思うわ」

 ふうん、そこまでのこだわりはないか。

「解りました、じゃあ……とりあえず試作品は明後日にはお渡しします。早くにできれば明日お渡しできるかもしれません」

「ええ、お願いするわね。文字はスマホで送っておくわー」

 というわけで発注を受けたりしつつ、演劇部側での調整は終了。

 しばらくは脚本に専念する、とは祭先輩。

 ナタリア先輩は演技面での調整と、練習場所の確保方法について、皆方先輩や藍沢先輩から教わっているらしい。

「それじゃあ……申し訳ありませんが、僕はバレー部に行きますね」

「はいっす。がんばっすよー」

「行ってらっしゃい」

「ファイト」

「がんばってねー!」

 四者四様に送り出され、僕はうなずきスケッチブックを手に部室を出ると、そのままバレー部の部室へと直行。

 その途中、校庭で使うものを仕舞う体育倉庫の扉が開いていたのでちらっと中を確認、誰も居なかったので白線引きの中身をちょこっと拝借、小さなビニール袋に入れた上で保存しておく。これで石灰は確保、っと。

 さてと、それじゃあバレー部も頑張ろう。

 バレー部の部室でさくっと着替えて荷物を置いて、練習場所を確認してからそこに向かう。いつものように遅めの参加、けれどまずは準備運動から。

「こんにちは」

「おーっす」

 軽く運動をしていると、漁火先輩が話しかけてきた。その左手にはベンチプレスでもやるつもりなのか、そこそこ重そうな鉄の棒を持っている。

「珍しいですね。今日は基礎トレ重点ですか?」

「んー。水原もそうなんだけど、前部長に腕相撲で全然勝てなくてさ。なんか悔しいなって話になって……。そういえばお前って力あったよな。これ、持てる?」

「どうでしょう」

 受け取ってみた。

 そこそこ重い。

「…………。ひょいって片手で持てるのか……。呆れた腕力、いやそれ以上に膂力と握力か……?」

「そうですかね? ……まあ、最近よく言われますよ」

「そりゃそうだろうよ」

 呆れるように言いつつ、漁火先輩は返してくれ、とジェスチャーをしてきたので、普通に差しだす。漁火先輩は重たげに両手でしっかりと受け取った。

「まあいいや。今週は計測あるからな、その日は遅れないで済みそうか?」

「木曜日でしたよね。なら、今週は演劇部は招集が無いはずなので問題ありません」

「そりゃよかった。そんじゃ運動終わったら入って来いよ」

「はい」

 ちらりとコートをながめる。郁也くんは微妙に慣れない様子ではあったけど、スパイクの練習に着手していた。まだまだ形にするには時間が掛かるだろう、けれどその横で慣れないトスを上げている咲くんとかを見るに、続ける限り上達し続けるんだろうな――それがなんだか、とてもいいなあ、と思えて。

 でも、誰に言えるわけもなく、とりあえず準備運動を済ませることにした。



 ばきっ、と。

「……渡来、これは?」

「えっと。準備運動中になんか気が乗って。思いっきりジャンプしたら届くかな? って、ダンクみたいな事をやってみたら届いたのは良いんだけど、そのままゴールのリングが外れちゃったというか?」

「…………」

「……部活終わったら直すので、それまで見なかったことにしてくれませんか、部長」

「……いやまあ。あとで謝れよ、先生に」

 はあい。

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