優等生だって時々は
ロジスの槍とティクスの籠という道具がある。
前者は座標をつなぎ止める槍であり、後者は座標に射止める籠と表現されるけれど、現実問題としてそれらを作ったことがある人は過去に一人しか居ないらしい。
それでも存在していたそのアイテムは唯一品としてあの異世界でも国宝級として厳重に保管されていて、それの現物を一度だけど、僕は見たことがあった。
「はあ。それで、その見たことがあるだけの謎アイテムがあるとなにができるんだ」
「条件は色々とあるけど、距離を無視した物体のやりとりができるようになる」
「はあ?」
僕の答えに洋輔は間の抜けた声を上げた。
ロジスの槍は厳密に『同じ』ものを作ることが難しい道具である。マテリアルの記述はなかったけど、『二つ以上を一つとして扱う』珍しいタイプの道具だ――いや、珍しくもないかな。お箸みたいなものだと考えれば。
「いやどっちだよ。ていうか箸って……」
「お箸は一対を『一膳』って数えるでしょ。他にも靴を一対で『一足』と数えるのと概念的には変わんないよ。ま、必ずしも二つであるとは限らないみたいだけど……」
「ふうん……? 槍って言うくらいだし、まあ槍なんだろうけど、どんな道具なんだ?」
「えっと……」
見た目は槍とは大きくかけ離れていて、まず大きな円盤があり、その円盤の中心に柱が立っている形だ。ちなみに円盤の大きさは僕が見たものだと半径一メートル、高さも一メートルくらいだったかな。
「……槍?」
「いや僕もそう思ったよ?」
でも名前は槍だった。
そしてそれが二つで、一つとして扱われる道具であると、あの時イスカさんは説明をしてくれた。説明をしてくれたというか、イスカさんが僕に助言を求めてきたんだけど……。
「助言って……。ああ、お前の錬金術的な効果を見抜く性質を利用しようとしたのか。で、見抜けたのか?」
「一応、それっぽい使い方は解ったんだ」
それは二つ以上を一つのセットとして扱う道具である。
セット内の全てが『同じ』であるときに限り、本来の効果を発揮する。
『同じ』ものがセット内に存在しない場合、それは効果をもたないただのオブジェと化す。
それに『重の奇石』に類する効果を適用することはできない。
本来の効果とは、『その物質が存在する座標を同一とする』というものだ。
「……ん、んん?」
「僕もあの時はよくわかってなかったんだよね。ただ、座標をつなぎ止める槍って紹介されたから、座標って言葉を使っただけで……実際には空間とかエリアとか、そっちのほうが近いかな。いや、でも座標であってるのか……」
「えっと……どういうことかもうちょっと解りやすく説明してくれ」
「場所の定義……かな。えっと、ゲームで表現した方が早いからゲーム使うけど、頑張って想像してね」
「解った。で?」
「例の僕にとってはゾンビとかを倒すゲーム。洋輔にとっては延々と石を掘っては建築するゲームなんだけど」
「うん。いやあれは建築ゲームだからな」
いやゾンビを倒すゲームだ。
けどここでつまずいているとちょっと話が進まないのでこの場は譲ろう。
「あれってさ、所持アイテムに限界があるじゃない」
「あるな。インベントリーの概念のことを言ってるんだよな?」
「そう、それ」
持ち歩ける道具の量に限界がある。
その代わりに、道具を補完できる収納用の道具も存在するというのがこの場合は重要だ。
「あれさ、かなり材料的には重たいけど、ほら、『複数から参照できる収納箱』、作れるでしょ」
「えっと……エンダー的なチェストのことか?」
そう、それだ。
普通の収納箱は当然だけど、設置したらその場で出し入れをすることしかできないし、当然だけど箱ごとに中身は別として管理される。
ある場所にAという収納箱を作って、別の場所にBという収納箱を作ったとき、AからはBの中身を取り出せないし、BからはAの中身を取り出すことができない。
当然のことだ。
けれどその特別な収納箱はちょっと違って、いくつ作ってもその中身は共有される。
つまりZという特別な収納箱を作りにんじんとかを入れて補完しているとき、別の場所にYという特別な収納箱を作って設置すると、Yを開けるとZと中身が共有されているから、Yからでもにんじんを取り出すことができるし、Yにじゃがいもを入れてまたZの箱を開ければ、Zからはじゃがいもを取り出すことができる。
「つまりあれだな。RPG的には何故か別の国に行ってもアイテムが取り出せる倉庫的な」
「そうそう」
それがロジスの槍だ。
「は?」
「いやだから、それがロジスの槍の効果。その槍によって指定されたエリアを座標として捉えて、その座標やエリアを完全に同じ別のロジスの槍と共有するって道具」
「……えっと、つまりどんなに離れていても即座に荷物が送れるって事か?」
「さすがにそんなに甘くはないよ。そもそもその槍によって指定されたエリアは排他領域……他の干渉を極めて受けにくい、結界みたいな物になってて、物理的にそのエリア内に出し入れする事はできないんだ」
石を投げ入れようとすると弾かれるし、にんじんを力一杯押しつけてみたらにんじんが潰れてしまった。ちなみにそのにんじんはそのあと料理にしたので無駄にはなっていない。
「いやそこじゃねえよ。っていうかなんでにんじん……?」
「錬金術的ににんじんって割と謎アイテムなんだよね。品質値を上げたり、錬金術自体の成功率を上げたり……」
「なんでだ……」
「僕も知りたいし他の錬金術師も皆知りたいんじゃないかな……」
それについては完全に謎だし。
困ったらとりあえずにんじんをマテリアルにしてみるというのが慣習になっていたのだから恐ろしい。
おかげであの世界のにんじん、微妙に高級野菜扱いされてたんだよな。錬金術師の絶対数がそもそも少なかったから、他の野菜よりもちょっと高い程度だったけど。
「え、そうなのか? 俺も結構にんじん食ってたんだけど」
「意外と洋輔も贅沢してたんじゃない?」
「その分貯蓄しておけば良かったぜ……」
いや貯蓄しておいたところで全部無駄になってるようなもんなんだけどね。
金貨七千八百万枚分くらの資産は置いてきているわけで。
「お前の場合は桁がおかしいだろそれ。国家予算もじゃねえか」
「まあ錬金術師ってそんなものだよ。で、話を戻すけど」
「おう」
「ともあれ、その空間内には普通に干渉することができなくなる。その代わりに、そこのい干渉できれば中身を共有できるってことでもあってね。洋輔の考えているとおり、それがきちんと展開されているならば、『距離は関係ない』……はず」
「……はず、か」
「性質は見抜いたけど実際に使えたわけじゃないからね。あれ、国宝みたいなものだったし、触ることすらかなり渋られたんだよ。使うなんてとてもじゃないけどできなかった」
「そのわりににんじんを押し当ててはいるのな……」
それは特性を教えるときに使っただけだ。うん。
「ふうん。でも納得と言えば納得か……そんな便利で奇抜な道具があるならもっと普及してただろうに、聞いた事も無かったのは、そもそも使い方が解らなかったから、と」
「いやそれもまた微妙に違うかな?」
「は?」
「槍単体じゃ使いかたは解らなかったんだけど、後日になって別の道具の助言を求められたとき、ああ、これを組み合わせるのかって理解したんだよ。それがティクスの籠」
「……組み合わせ?」
「そう。ティクスの籠も大概よくわからない道具でさ」
錬金術の行使には器を用いることが多い。それはマテリアルとそうでないものを区別するとか、そういう明示になるから、汎用的な補助用具になりうるというわけだ。
ティクスの籠も分類的には器や鍋、杯といったアイテム近いんだけど、その名前が示すとおり『籠』だから、液体とかを入れるのはちょっと厳しい。で、ティクスの籠それ自体も唯一品だったので、こっちもこっちで調査するのが難しかった。
まあ、こっちはちゃんと使わせてくれたけど。
「使わないと解らないタイプの道具ではあったしね。簡単に言うと、『ティクスの籠』って道具は錬金術の完成品の位置に指定できる道具なんだ」
「ん……? 完成品の位置、に、指定?」
「そう。錬金術に含めておくと、ティクスの籠の中に完成品ができるって事――そのまま使うなら、だけども」
「つまり応用があるんだな」
その通り。
ティクスの籠には拡張性として、座標の指定をすることができる。
「…………? 座標を設定?」
「うん。別の道具を使わないとだめなんだけど、特定の座標を指定しておくことができる。たとえばそれで僕の部屋を指定しておいたとして、学校でそのティクスの籠を使って錬金術を使えば僕の部屋に完成品ができるんだよ」
「ああ、なるほどな……。って、組み合わせってまさか」
「そ。ロジスの槍を座標として指定できる」
つまり、ロジスの槍で展開された排他領域の中に完成品を作り出すことができるというわけだ。
「……けどその場合、えっと、排他領域? の中に完成品ができても、それを取り出すこともできねえよな?」
「そのまま取り出すことはできないね。錬金術のマテリアルとしてしまえばある程度もってこれるけど、完全にそのままの状態で取り出す事はできない」
それでも距離の制約無く、あらゆる場所から一つの場所に自在にアクセスできるならば十分だろう。
「ふうん……それで、今更だけどさ。佳苗、なんで今更そんな道具の存在を説明してるんだ」
「それを作ろうと思う」
「は? ……いや、マテリアルも解らないんだよな? 唯一品とか言ってたし」
「うん。まるで解らない。見当も付いてない。でも作ろうと思う」
「なんでだよ」
「距離の制約が無い道具だからだよ。もしも『僕に伝言を頼んだ僕』が、『同じ世界に居る別の地球の僕』であるなら、同じ事を考えるはず。槍と籠を使った意思疎通ができればソレが一番だ」
「…………。いや、未来のお前とか異世界のお前、あるいは並行世界のお前って可能性もあるだろうに」
「うーん。それは考えないで良いと思うんだよね……。ペルシ・オーマの杯を使ってようやくできるかどうかだし、僕があれを作るなんて思えない」
洋輔が死んだりしたらその時は作るかもしれないけれど、でも逆に言えばそうでもないかぎりは破れかぶれになっても作ることはないだろう。無関係な人を否応なしに巻き込むのはいただけない。
そしてそんな道具を使わない限りは、任意に世界を渡れるとは思えない。並行世界なんて異世界と同じだろう。
「時間はどうなんだ。過去への干渉ならそこまで難しくねえんじゃねえの?」
「過去に干渉した時点で過去が変化する以上、未来側と過去側は並行世界って扱いになりそうじゃない?」
「あー……」
やってみないとわかんないけど、でもまあ無理だろうな。
「でもさ、お前、割と頻繁に時間感覚ずらしてるだろ」
「あれは時間そのものには全く干渉してないよ。あくまでも僕の頭が認知する感覚を弄ってるだけ……あれも言っちゃえば、だから身体能力の強化に過ぎないんだよ」
「ふうん……」
納得したんだかしていないんだか、割と微妙な回答だった。
「それに完成させることができて、それで何事も起きないならば、僕の想像が間違ってたって可能性が高いわけで。どのみち現状で得られる情報なんて断片的にもほどがあるんだから、これと決めつけて試してみるしかないんだよね」
「とりあえず決めつけて調べる、か。もうちょっと探偵らしく動いて欲しいぜ」
「洋輔。僕は探偵じゃないよ」
「まあな。お前、どっちかというと犯罪の証拠は作りそうだ」
「失敬な。そんなでっち上げはしないよ。……犯罪の証拠消す位はするかもだけど」
「お前絶対碌でもない大人になるよな……」
「そうは言うけど、お金に困ることはなさそうだし、犯罪とは無縁だと思うよ?」
「いやその理屈はおかしい」
などと言っている間に、それでも時間は過ぎる者で。
色々と試行錯誤はしてみたけど、マテリアルのひとつさえも解らない状況ではさすがにぽんと作れるわけでもなく、結局成果を得ることはできないままに、文化祭の振替休日は終わってしまったのだった。
◇
週明け、文化祭を終えたことで極めて平和な一日が始まったその日、いつものように登校。ちなみに今日の野良猫は二匹。やっぱり少ない気がするなあ……。
それでもとりあえず登校して、おはようと皆と挨拶を交わす。結構皆がわいわいと、ちょっと騒がしく感じるのは文化祭の感想を語り合っているからだろう。
「おはよー、佳苗」
「おはよう、前多くん。徳久くんもおはよう……だけど、大丈夫?」
「あー。うん。なんかオレが来たときからこうだった」
こう、と表現された徳久くんを具体的に表現すると、机に突っ伏した形である。微妙に、というかかなり寝癖も付いていて、なんとか起きてなんとか登校したけど椅子にたどり着いたところで限界を迎えて就寝しているって感じがありありとしていた。
珍しいな。普段はびっくりするくらいきちっとしてるイメージなんだけど。
よっぽど昨日夜更かししたのだろうか。
「心配だね。いや、もしかしなくても新作のゲームをやりすぎただけとかそのあたりかもしれないけど」
「だなー。でも徳久ってあんまりゲームしてるイメージもないっていうか」
「そう? 結構ゲーム得意そうじゃない?」
「うーん」
葵くんはちょっと考えるようにして、
「いややっぱりイメージ沸かないなー」
と苦笑しつつ言った。案外そんなものか。
荷物は軽く整えて、椅子を立って徳久くんの横へと移動。かるくゆさゆさと肩を揺らしてみると、がたっと徳久くんの身体が跳ねて、はっとしてか顔を起こした。
うん、いつにもまして寝ぼけ顔だ。
「おはよう、徳久くん。もう給食の時間だよ、起きて」
「ああ、うん……おはよう、佳苗。って給食。給食? え!?」
「……佳苗って結構、どうしようもない悪戯が好きだよね」
「あはは。冗談だよ、徳久くん。でもその様子だと本当に眠たそうだね……」
あわあわとしながらも眠気がまだ残っているようで、徳久くんはちょっとだるそうでもある。熱は……無いと思うけど、ちょっと具合が悪そうなんだよな。賢者の石でちょっと治療を試みることに。
余計なお世話とは解っていても、まあ、ね。
しかし困ったことに効果があるようには見えない。一応寝不足とかにも対応してるはずなんだけどな……。
(精神面での治療はさすがの錬金術でもお手上げか)
全く出来ないわけじゃないけど、あんまり特異な系統でもないよね。
(ああ、できる道具があるのか)
うん。とてもハイテンションになる薬とかがあるよ。
(…………。それ、ドラッグなんじゃ)
ノーコメント。
(おい)
使わないから安心してよ。
「具合悪いなら、保健室行ったほうがいいんじゃないの?」
「……いいや。教室の方が落ち着く」
「ふうん……?」
本人がそれで良いならば別にいいけれど、とちょっと不思議に思いつつ、けれど思いっきりの本心だったので、それ以上の追求はやめておくことにした。葵くんも何か思うところがあるのか、「ゆっくり寝てなー」、なんて言ってるし。
いや授業中に寝てると怒られると思う。
徳久くんならこれまでの頑張りが認められるとかそういうのはあるかもしれないけど、これまでが優等生だったから却って駄目かもしれない。うーん。
「本格的に具合悪くなったら言えよなー。先生だって鬼じゃないんだからさ」
「ああ……そうだな。前多の言うとおりだ。悪いな、二人とも。変に気を回させて」
「いや、別に構わないけれど。でも、何があったの?」
「…………」
僕の問いかけに、徳久くんは黙り込んだ。
どうやら。
「気が向いたら教えてよ。気が向かないなら別にいいから」
「……悪いな」
どういたしまして。
(じゃねえよ。どう考えても訳ありだろ)
だからこそアンタッチャブルだよ。話しかけられるのも億劫なときってあるからね。
碌でもないこと、ならまだ良いんだけど……ちょっと心配だな。
(かといって変に嗅ぎ回るのもなんかな、ってところか)
その通り。
「そういえば佳苗、今度の日曜日って時間空くか?」
「ん……っと」
次の日曜日は確か、バレー部の活動は無し。土曜日が練習試合だけど。
「大丈夫。あいてるよ」
「そっか。じゃあちょっと、付き合ってくれないかな」
「うん? どこ行くの?」
「将棋会館。涼太も一緒だけど」
「僕は良いけど……」
涼太くんのほうは良いのだろうか、と考えていると、くすくすと葵くんは笑みを浮かべた。
「むしろ涼太の方が誘おうぜって話をしてきてさ」
「へえ。じゃあ、何かイベントでもあるのかな」
「うん。同年代で強いやつがいて、そいつがちょっとイベントに出るんだよな。その挨拶と、時間が空けば一局打てるらしいから」
なるほど、それに葵くんが食い付いたのはいいけど実際に対局が始まると涼太くんとしては割と時間を持て余すから、その暇つぶしに僕を選んだって所か。断られたら断られたで別に構わない程度の気まぐれだろうけど。
「解った。じゃあ詳しくは……、あとでかな」
先生が入ってきたのを見て、僕は自分の席に戻る。葵くんもそうだなー、と軽く答えたところで緒方先生はふと徳久くんに視線を向け、けれどいつもとは違った表情で頷くのだった。
「佳苗くん。代わりに号令お願いしても良いかな?」
「はい? えっと、起立」
うん?
あれ?
なんか想定外の事が起きてる……のかな?
◇
緒方先生に限らず、その日の授業においては誰一人として徳久くんの居眠りを指摘することはなかった。……いっそ不気味なくらいだった。何かがあって、その事を教員は知っている、ってことなんだろうけど、いよいよ何があったのだろう。
気になるな。まあ無駄に詮索するのも良くないけど。
「重症だよなあ」
「……だねえ」
結局。
放課後になっても尚、机にぐだーっとなっている徳久くんを称して葵くんはそう言った。完全に同感だ。
ここまでぐだぐだな徳久くんって本当に初めて見るな……。
「小学生の時もこんなこと、あったの? たしか前多くんって一緒だったよね」
「んー。一緒だったけど、さすがにこんなのは初めて見るぞ」
いよいよ原因不明って事か。
何があったのかは解らないけど、何かがあってこうなってるんだろう。
賢者の石の効果は継続してかけていたのにこの有様ということは精神的な部分でのダメージがあって、その詳細は僕たちには教えたくない……先生達は知っている様子だったけど、全てを知っているようでもなかったからな。
それとなく漠然と伝えられたくらいなのかな?
「徳久くん、徳久くん。もう放課後だよ。……まあ、放課後だからこそぐっすり寝ちゃってもなんら問題は無いんだけど、ゆっくり寝るなら家の方が良いんじゃないかな」
「…………。んー」
てっきり反応無しで熟睡かと思っていたんだけど、ちょっとタイムラグはあったけど反応はあった。乗り気ではなさそうだけど。
「何か理由があって家に帰りにくい……とか?」
「……まあ」
そうなるな、と徳久くんは頷いた。
葵くんが不審そうに首をかしげているのが見えた。……家族と不仲だとは聞いた事が無い、そんな感じで。
「徳久くんって猫大丈夫だったっけ?」
「ん……猫?」
「うん。猫。アレルギーとかじゃないなら、少し僕の家に遊びに来る? 僕のベッドでよければだけど、寝ても大丈夫だよ。今日は両親ともに夜遅いし」
「うわあ魅力的……でも、悪いし」
「その辺は気にしないでいいよ」
「……んー」
どうせ今日は文化祭開けの一日と言うことで部活も無いし。
明日からはあるけど。
「悪い。甘えさせてもらうよ」
「うん」
そんな決着をしていると、葵くんは感心したように僕に向けてなんども頷いていた。そんなに変な事はしてないと思うけど……。まあいいや。
「それじゃ、また明日」
「また明日ねー」
「明日ー」
各々それぞれの挨拶を交わしつつ、僕たちはそうして教室を去る。
教室の外、ロッカー前で洋輔を捕まえて……事情の説明は必要ないかな。
(まあな)
徳久くんはとりあえず歩いているけどやっぱり大分眠そうだ。眠そうと言うかだるそうというか。
ともあれ原因が家族にあるっぽいのは事実なので、今日は一度僕の家に来て貰う。そこで話してくれるかな?
話してくれないならば相応の理由があるって事だし、ならば余計に詮索はするべきではない。良くも悪くも一つの判断基準にはなるだろう。
「歩くのだるいならおんぶしようか」
「いや流石に、そこまでは頼まない……」
くああ、とあくびを交えて徳久くんは答える。
「ふうん。徳久くんくらいならば軽い方だと思うけどね」
下駄箱に向かい外履きに履き替えて、徳久くんに歩調を合わせてゆっくり僕の家へ。
途中で何度か徳久くんが立ち止まったりもしたけど、僕のせいじゃない。野良猫には悪いけど今日の帰り道は我慢の子。徳久くんが自分から立ち止まったのだ。何かに警戒するように。
事故にでも遭いかけた、とかかな?
いや、だとしたら家族との不仲が説明付かないんだよな。よくわからない。
なんて考えつつも移動をこなして、ようやく帰宅。
「はい、到着。このまま上がって、そのまま部屋に案内するね。洋輔、また後で」
「ん。またな」
一応洋輔とは一度そこで分かれて、玄関を通ってホワイトボードを確認、やっぱり今日は両親ともに九時過ぎのようだ。
で、とんとんとん、と近寄ってきた亀ちゃんを抱きかかえつつも徳久くんを僕の部屋へと直行案内、無事に到着。
「おじゃまします」
「いらっしゃい。荷物は適当に置いちゃって。制服は……まあ、そのままでも大丈夫か」
そういえば再来週か、冬服に戻るの。そろそろ準備しないとな。
「わりーな、佳苗」
「ううん。まあ、ゆっくりしていって。自由に寝てていいから」
「うん」
「それと、僕は一応飲み物取ってくるけど、何かいる?」
「あー……悪い。ちょっと、何か欲しいかも」
「わかった」
亀ちゃんは……置いていかない方が良いか。亀ちゃんは抱えたまま、僕は一旦部屋を出ると、途端にとさっと、ベッドに突っ伏す音がした。
誘った僕も僕だけど、それをあっさり受け容れて、他人のベッドに迷わず倒れ込むあたり、徳久くんも大分参ってる感じかなあ。
本当に、何があったんだろう。
◇
屋根裏倉庫の中にある道具を使って色々と槍の作成を試みたいところではあったけど、徳久くんに万が一バレたら困ると言うことで、僕は亀ちゃんと暫くじゃれていることにした。
ちなみに飲み物は持ってきて置いておいたんだけど、完璧にぐっすりと寝ちゃっているので、たぶん飲まれるにしても大分先だろう。持ち運びできるタイプのクーラーボックスがあるので、そこにペットボトルごと保管しておくことに。
にゃーあ、と微妙に長い声をあげながら亀ちゃんは僕の肩に上ってきて、そのまま引っかかるように身体をもたれてくる。割と重たいけど……まあダイエットの効果に期待しよう。痩せすぎは痩せすぎで問題だし。
「ふむ」
で、亀ちゃんと延々戯れるだけでもとりあえずほぼ無限に時間を使えたりするのが僕ではあるけど、どうしよっかなあ。
(どうするんだ、徳久のやつは)
どうもこうも、起きるまではこのままじゃない?
学校でも結構ぐっすり寝てたけど、まともには眠れてなかったようだし。その点、今はきちんと眠れている。ならば数時間くらいは様子見だ。
(家に連絡は?)
やっぱりしないとだめかな。
(追々のことを考えるならするべきだろうな)
とはいえ、家族とのトラブルが原因だとすると微妙じゃない?
(……んー。気にしすぎるのも逆によくねえと思うけど。お前のソレはまだ適正範囲か)
理由が解らない以上、こっちから何かをすることは難しい……かな。やっぱり。
(でもなあ。家族と喧嘩するようなやつでもないだろ)
それは……そうなんだよね。
だからもし家族とトラブルがあったとしても、それは喧嘩とかじゃなくて、どっちかというと気まずい系統のものだと思う。
(気まずいってどんなだよ)
ゴーレムの存在バレたとか。
もちろん徳久くんがゴーレム作れるわけもなく、例えだけど、そういう秘密がバレてしまった。特に怒られたワケじゃないから喧嘩しているワケでもないけれど、かなり気まずくて眠れない……とか?
(いやなんかおかしいな、それは。親から教師にそれを連絡する感じではないだろ)
ああ、そっか……。
だとすると家じゃなくて、家の近くで何かがあった、とか。
事故があったって話は聞かないけどなあ。
(いや、その線案外近いかもな)
え?
(たしか昨日の夕方過ぎ、徳久の家の近くで変質者が出てる)
変質者?
(逮捕されたんだったかな……どうだったか。その辺はよく知らねえけど、その注意喚起が掲示板に乗ってたぜ)
……ふうん?
だとしたらそういう人と徳久くんがものすごい不幸にもエンカウントしちゃって、それでショックを受けた、とか?
(それならまだマシかもな)
なんで。
(なんでもなにも、場所が場所だし時間も時間だろ。被害者は中学生だって話も出てるし、場合によっては徳久がもろに被害者って可能性もあるぞ)
あー……。
だとしたら余計にこっちから探りを入れるのはあれだな。変にショックを与えかねない。
(お前なら案外大丈夫かもしれないけどなー。俺にはだめそうだ)
自覚はあるんだ……良いことなのかどうなのか。
ま、どうだとしても、とりあえず今はここで休ませるべきだろう。
洋輔、悪いんだけど喫茶店に連絡取ってくれる?
(ん……? 良いけど、何をさせるんだ?)
その変質者の情報貰ってきてよ。
洋輔ならその情報から上手いこと、状態を把握できるでしょ。
どうせ洋輔にその手の相談を徳久くんがするとも思えないし……それに洋輔なら知ってても、それほど不審がられないはず。
(まあ、お前が知ってたりするとあれか)
ていうかそもそも変質者って時点で、あれだよね。僕が知りかけると洋輔が全力で邪魔してくるやつ。
(そりゃそうなんだけど……その件についても今度話すけどさ)
うん?
(そろそろ俺も過保護はやめようかと思ってる)
……そっか。
(冬休み頃が目安かな)
そろそろって結構遠いんだな……。
(そう言うな。俺にも覚悟は居るんだよ。まあ今更お前に何を打ち明けたところで怒られも引かれもしねえだろうけどな……)
むしろ血を浴びて遊びたい欲求のある僕にドン引きしてるもんね、洋輔。
(おう自覚があるならなんとかしろ)
いや無理。
猫が好きなのと同じくらい、僕は血が好きなのだから。
(……なんとかなりそうな範囲じゃねえか?)
無駄口叩いてないでさっさとよろしく。
(はいはい。そんじゃ遮断しとくぞ)
わかったよ。
ぷつっ、と感覚が途切れる。洋輔が王者の仮面の効果を有効化したのだろう。
僕は亀ちゃんをきちんと抱きかかえて、亀ちゃんが好むなで方をしながら、ふとベッドでぐっすりと眠りについている徳久くんをながめる。
まるで無警戒な感じ。僕よりもよっぽど幼く見えるのは、寝相のせいかな?
ちょっと意外だった。
寝相と言えば今度の林間学校、そろそろ班決めとかあるんだっけ。班決めといっても今の席で決めるみたいだから、僕の場合は第五班、仲間は葵くんと徳久くんだろう。
夜はどうなのかな?
小学生だった時は六人とかでひと部屋だったけど。
思考がソレ始めたところで亀ちゃんが少しむずむずとしていたので解放してやると、亀ちゃんはそのままとんとんとんっ、と慣れた様子でキャットタワーに上り、その中段の狭い箱のようなところに入り込み、改めてこちらに顔を向けてゆっくりと瞬きをし、そのままゆっくりすやすやと眠り始めた。眠かったのか。
亀ちゃんにせよ徳久くんにせよ、こうもすやすやと眠ってるところを見せられると、僕まで眠くなってくるような……。
「……く、ぁあ」
大きな大きなあくびを一つはさんで。
「よし」
僕は勉強机に向かい、新しいノートを開いていろいろなメモを始めることにした。
実際に錬金術を使うのはリスキーでも、思いついた道具の組み合わせをメモるくらいならばゲームのことだとごまかしも利くしね。
◇
結局その日、徳久くんが帰ったのは夜の八時になってからだった。
時間が時間だったので洋輔と一緒に送ってみたんだけど、特に家族と諍いがあるようには見えず、だからやっぱり何かに巻き込まれたのだろうと思う。
明日は我が身と言う言葉もあるからな。僕も気をつけなければなるまい。
(いやお前の場合犯人を即座に血祭りだろうけどな)
その後エリクシルで直すからセーフ。
(一つもセーフじゃねえよ……)