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第五話 数刻後の惨劇

 「あれ、鍵かかってんの……」

一足先に帰宅した沙羅は管理人室のドアを開けようとしたが、鍵が閉まっていた。いつもは沙羅と愛実が帰宅する頃には浅葱が待っているはずであった。


 ――そっか、今日短縮なの知らせてなかったっけ。

 財布から鍵を取り出し、ロックを解除した。浅葱がいないならいないでゴロゴロできるから、まあいいか。沙羅はそう開き直ることにした。もう「お嬢様」でもなんでもないのに、浅葱は沙羅の振る舞いにうるさい。うるさいというよりは、そういう振る舞いをするとき、浅葱は沙羅を非難がましく見つめるのだ。まるで目の前に出された大好物を取り上げられた子どものように。


 暖房は消えていた。おそらく買い物だろう、そこそこ時間のかかる。コートを脱ぎ捨て、包装を解いていなかった漫画を手に取ったその時、チャイムが鳴った。

「ヤバっ、はーい、今行きまーす」

廊下に投げ捨てた上着を掛け、着崩していた制服を着なおし、玄関に向かった。

「……え?」

ドアを開けて、沙羅は目を丸くした。そこに立っていたのは年端もいかない少女。その顔には涙の跡が光り、体は怯える小動物のようにぶるぶると震えていた。これはただ事ではない。沙羅の長年の勘と経験はそう告げていた。

「と、とにかく入って」

「……はい」

沙羅の声にびくりと跳ね上がり、少女は弱々しい返事をした。


 「庵樹千笑(あんじゅちえ)ちゃん……ね。……そっか。大変だったね」

庵樹という姓に、沙羅は思い当たることがあった。数年前、彼女の母親が出産を控えて入院していた頃、運悪くぎっくり腰を患っていた父親の代わりに学校からの迎えを頼まれたことがあった。たった数日間ではあったが、無邪気な笑顔が印象的な少女であった。

 そして今日の夜明け前、彼女を残して家族が凶刃の犠牲になったことも。


 「……やめておいたほうがいいよ。お巡りさんに怒られるし、何より危ない」

「……写真を、一枚でいいので……もしそれが証拠として警察の方の手に渡れば、しばらく帰ってこないって聞きました」

「千笑ちゃんの家は、あの時のままだよ。戻ったらもっと辛くなる。それに、千笑ちゃんを心配してる人がいっぱいいるよ。帰ろう」

 せめて思い出の一枚でも欲しい。沙羅には痛いほどの同情を抱かせる感情であった。

 それでも。


 「……それでも」

千絵の震えた声の中に確かな強い意志が潜む。沙羅が止めても私は行く。言外にその決意を露わにしていた。


 「うーん……あーもう……」

髪をくしゃくしゃにして、沙羅は唸る。

「行こう! でも一枚取ったら帰るよ! それと、絶対あたしから離れないこと!」


 千笑は小さく、しかし力強く頷いた。両手はスカートのすそを強く握りしめていた。




 




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