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第四話 夢か現か

再び、舞台は愛実たちの住む町へ。

 愛実が辺りを見回すと、そこは見慣れない荒野だった。轟と音を立てて吹きすさぶ乾いた風が砂を舞い上げて視界を遮る。目が慣れてくると、異国風の建築物、その残骸がそこら中に転がっており、かつてここに人の生活が営まれていたことの、物言わぬ証となっていた。

 一人の少女が砂嵐の向こうから歩いてきた。歳は愛実より二つ三つ下であろうか。褐色肌と黒髪が白地の衣服に映える。愛らしい顔は憔悴にやつれており、見るものを引き付ける赤い目には生気が宿っていなかった。

 誰の目から見ても少女は異常に映ったが、現実離れした世界に突如として放り込まれた愛実は、息をするのも忘れて凍り付いたように固まっていた。


 ふらふらと歩を進めていた少女が、力尽きたのかその場で崩れ落ちた。愛実は金縛りが解けたかのように走り出し、彼女を抱きかかえた。

「大丈夫!? 今……」

 周囲を見渡したが、人の気配はない。彼女も愛実のように突然この廃墟に呼び出されたのだろうか。

「あなたは……?」

掠れた声で少女が言葉を紡ぐ。目の焦点が合わない。

「ごめん、なさい……私のせいでみんなが……」


――この娘はなぜこんな場所に? なぜ詫びている? 「私のせい」とは? 「みんな」って?

愛実は言葉を返すことができなかった。ただ、見知らぬ小さな命の灯が消えゆくのを見守ることしかできなかった。


 少女の身体から力が抜けた。その体の軽さに愛実の悲しみは募った。その体に一体何を背負っていたのか。今となっては知るすべもない。


 「そんな、嫌……嫌……!」

目を見開いたまま事切れた少女の亡骸を抱きしめながら、彼女は慟哭を上げた。風はさらに強く、彼女の叫びをかき消した。悪夢はそこで終わった。



 目を覚ました愛実はそのままの体制でしばらくじっとしていた。指一本動かすのも体が拒否するほどの疲労がどっと襲い来る。繰り返し響くアラーム音で、彼女はようやく起き出す気力を手に入れた。7時30分。普段なら沙羅の家で朝食をとっている時間である。無理やり意識を覚醒させ、足をひきずって洗面台に向かう。頭だけが活動を拒んでいるようであった。



 「うん……我ながら酷い絵面……」

「大丈夫大丈夫。愛実は今ロックにハマってるんだよね、反体制というか、破天荒というか」

「私の代わりに作っていただけるだけで、私は……頂きましょう。二人とも急がないと」

トーストと味噌汁。意識が半ば朦朧としたまま台所に立った愛実は、出会うはずのない料理が禁断の体面を実現させた。食卓を見て、三人が思い思いのコメントを口にする。

 「ねえ、何かあったの愛実……?」

トーストを味噌汁で流し込み、沙羅が心配そうに愛実の顔を覗き込む。

「全然大丈夫、大丈夫……ただ、悪い夢を見て……悪夢なんてしばらくだし……」

「悪夢、ね……」

 沙羅は何か言いたげに指先を顎に当てた。

「ほ、ほら、早く食べないと遅刻だよ?」

 愛実に促されて沙羅は残りを流し込む。いつもより慌ただしい出発であった。


 愛実は悪夢が頭から離れず、一日をぼうっとして過ごした。授業の内容も頭に入らない。教師から指名されなかっただけ、不幸中の幸いと言うべきか。

 昼休みになってもその調子は回復することなく、椅子に座ったまま伸ばした右腕を枕にして机に体をあずけていた。ドアを開ける音がして、姿勢を直した。さすがに沙羅に醜態を見せるわけにはいかないと、愛実はなけなしの力を振り絞って起き上がった。


 「おっす。何その紙? ああ、今朝のHRで配られたやつね……」

愛実は机の上を見て、今朝配られたプリントごと弁当を持ってきたことに初めて気づいた。教室の机の上は教科書やノートでごちゃごちゃになっており、それを放って来ていた。

「HR? 何だっけ……」

「本当大丈夫? 今朝先生から言われてたでしょ、近くで殺人事件が起きてるから注意するようにって。あたし達今朝バタバタしたから分からなかったけど、今朝もあったんだって」


「そんなこと言われたような気がする……」

「ほら、早くお昼、お昼。朝は適当だったから血糖値上げないと、これも」

そう言って沙羅は後ろに隠していた包みを取り出した。

「チョコメロンパン……これ、なかなか買えないの、どうして」

「いやあ、男子が購買ダッシュする気持ちが分かったわ」

まるでスポーツ選手に額の汗をぬぐう沙羅。飢えた生徒の群れをかき分けて驀進する沙羅を想像して、愛実は苦笑いを浮かべた。

「心配させちゃったね、ありがと」

「ふ、助手の健康を気遣うのは名探偵として当然ですから!」

 沙羅が誇らしげに胸を張った。愛実はそんな沙羅をほほえましく見つめていた。

「そうなの?」

「……そう、かも」

豪勢になった昼食を胃袋に収め、ようやく調子を取り戻した愛実に、沙羅が思い出したように切り出した。

「そういえば5時限ないんだった。だから先帰るね」

「いいなあ、早上がり」

突然、沙羅は椅子から立ち上がり、愛実に詰め寄った。

「分かってると思うけど、絶対、いいね、絶対首突っ込んだりしないこと!」

「何に? ああ、殺人事件……。大丈夫。そこまで私は向こう見ずじゃないよ」

釘を刺した沙羅は、次が体育だからと言って早めに空き教室を後にした。一人残された愛実がぽつりと呟く。

「……心配なのは沙羅だよ」


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