~そして春が廻る~
半月ほどぶりの冬の精霊の森に僕らは三人で戻ってきた。出かけた時よりそこは冷え切って静まりかえった真っ白な世界となっていた。
「うー、寒い。呼吸をするだけで体が芯から凍り付きそう。ノエルはともかくあなたも大丈夫なのねアドニス」
ニアが春の女王のケープをしっかりとつかみながら言った。
「僕の半分は冬の精霊の魂からできているから。でもここを出た時より雪も増えたし、寒さも増したみたいだ。少しでも動いていた方が凍えないだろうし、早くクリュスタロスの谷の奥へ行こう」
谷はふぶくように雪が舞って、いつもの冬より厳しい寒さに襲われていた。ノエルの案内で谷間を抜けるとあの雪で出来たエーデルワイスに囲まれた広間にでた。
広間は不思議とさっきまでの吹雪が嘘のようにやみ、ラベンダーの夕空にふわふわと風花の舞う幻想的な空間が広がっていた。
「まぁ、きれい」さっきまで寒さに凍え一言も話せなかったニアのつぶやきが聞こえた。
「ほら、あの広間に」僕は広間の氷像を指さした。
「お、お母様……」
「ニア?」
「そう、あれが母さんと父さん」
ノエルの声に、ニアがこっちを向く
「そうね、急ぎましょ」
言ったニアの顔はいつも通りにっこりと勝気な笑顔だったけど、少し目が潤んでいたように思えたのは気のせいだろうか?
近づいてみると旅立った時と同じ今にも動きだしそうな母さんの氷像はそのままに、その手をとる父さんは足先から腰のあたりまでが氷そのものになってしまっているように見えた。
「父さん……」
「アドニス、剣と剣の主人を連れて来てくれたのですね」
「はい、女王様。僕はどうしたら?」
「冬の女王様。わたしは何をすればよいの?」
僕とニアは同時に冬の女王様にむかってたずねた。
「剣を氷像の重なる手にかかげて下さい。そして、アドニスとノエルはその上に手をかざして」
「はい、女王様」
***** *****
パゴスの村が見えた。あれは……?母さんと父さんそれからまだ、赤ちゃんの僕?
「そんな子、いますぐクリュスタロスの谷においてくるんだ」
「そうだよ、魔物の子だ。この子のせいで冬の雪が増したんだ」
村の人のどなる声が聞こえる。
「いいえ、この子のせいじゃない。この子は魔物の子ではありません」
「そうだ、俺たちの大事な息子だ」
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場面がかわった。
母さん?お腹がふくらんでいる。
「また、魔物の子を産もうってのかい」
「魔物が二人になったら、村は凍り付いてしまうんじゃないのか」
「そうだ、そんな子産むんじゃない」
「この子達のせいで村が凍ることなんてありません。アドニスが寝ているんです。もう帰って下さい」
家の中だろうか、母さんが泣いている。
「産まない方がいいんじゃないか?あいつらの言うことは信じちゃいないが、この冬は食糧の貯えが十分じゃないんだ。村のみんなの協力がなけりゃ君が無事に産めるかどうか……それが心配で……」
「絶対に産むわ。アドニスにはこの子が必要よ」
「アドニスは、俺と君とで守ってきた。これからだって二人で守ってやれる」
「ええ、私たちはいつだってこの子達の味方よ。でも大人だけでは駄目、子供の頃の私にあなたがいてくれたようにアドニスにも同じ年頃の友達になれる子が必要なのよ」
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「ダメだ、死んだらだめだ……お願いだ俺を残して逝かないでくれ」
「ごめんなさい、あなた。この子達を、この子達をお願い……守ってあげて」
両手をギュッと握られる感触がした。見ると右にはノエル、左にはニアがいて二人して僕の手を握りしめていた。
僕は知らずに泣いていたらしい。頬が冷たく濡れていた。
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辺りが一瞬暗くなり、光が見えた。今度は?パゴスの村の家?
僕らは家の外の窓のそばにいた。そして中には、父さんと母さんそれに5.6才の僕?それから母さんの腕に抱かれた赤ちゃんが……幸せそうな家族の姿があった。
「あ、あれは?」
「記憶からつくられた幸せな幻、夢の世界。人と精霊を呼び込みとらえる夢魔の夢」
ノエルが唇をかみしめる。
「ノエル、どうすれば?」
「あれは、わたしとお兄ちゃんじゃない」
「行きましょ。」ニアが僕の手を握る手に力を籠めた。ノエルが家のドアを開け中にとびこんだ。
「母さん、父さん目覚めて。それは私じゃない、お兄ちゃんじゃない」
母さんがノエルを見つめ腕の中を覗き込み驚いたように手を放す。
腕の中の白い塊は床に落ちて黒い霧のように散って消えた。
「何をするんだ。その子は大事な娘、アドニスの唯一の友達だ。アドニスをわかってくれる……」
父さんが怒ってこちらを向いてどなる。
「父さん、僕がアドニスだよ。そいつは僕じゃない」
「な、なにを言っているんだ。いいかアドニスにはあの子を解ってくれる、あの子の助けになれる俺以外の子が必要なんだ。約束したんだ守ると俺が俺が……必ず守ると……」
父さんが頭を抱えてうめく。
「わたしがいるわ。アドニスの友達になるわ。だから大丈夫だから」
ニアの凛とした声が響いた。
父さんが顔をあげ、僕とニアを交互に見て……そして僕に手をさしのべた。
「ア、アドニス?」
その途端、5歳の僕がニタと笑った。そのままドロドロとした黒い塊になって父さんの足をとらえる。
「お前には守れない。お前にはあの子の言葉が解らない。赤ん坊も死なせてしまった」
「父さん!」
「父さん、私は父さんのせいで死んだんじゃない」
「あー、あの人を助けて」
僕らの声に、ニアのロザリオが応え剣へと変化した。
僕はニアと共に四季の剣に手をかけ、父さんの足を捕えるニタニタ笑いを浮かべる黒い塊に向かって振り下ろした。
塊は散りじりに霧散し、辺りは真っ暗になった。
「もう、大丈夫です」
優しい声に目をあけると、良く晴れた青空のもとみんなの笑顔があった。
***** *****
僕は今、ペガサスのひく馬車で再び王都に向かっている。
氷の馬車には、僕とニアと冬の女王。谷の夢にとらわれていた父さんは、風の精の母さんと雪の精のノエルに伴われていったん冬の精霊の国に招待されることになった。
女王は僕らのために馬車を使い王都に向かうことにした。
「ねえアドニス、王様にお願いするご褒美は決めてるの?」
僕の隣に座ったニアが話しかけてきた。
「ご褒美?」
「ああ、アドニスはお触れをみていないのね。冬を終わらせ春を廻らせた者にはご褒美があるのよ」
「えっと、ご褒美だなんて僕は別に……」
「じゃあ、アドニス、お願いがあるの。あのね……」
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こうして長引く冬は終わりを迎え、無事に春の女王が塔へとはいり世界に再び春が訪れた。
僕は、再び冬の女王と共に父さん、母さん、ノエルの待つ冬の精霊の国に向かっている。
しばらくは精霊の国に留まって精霊や不思議な生き物たちついて、また人の子の世界との繋がりについて勉強しようと思っている。
その後は……
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「お父様、世界中に出したお触れなんですからちゃんと守ってね。」
「わかっておる。わかっておるが、一人では行かせん。世界についてしっかり学んだあとだ。その後でなら……
あー、仕方がない。だが女王交代の前後には必ず宮殿に戻るのだぞ。それから一人で出かけることは絶対にみとめんからな」
「もう、本当に心配症なんだから。ちゃんと約束は守るし、戻ってくるから大丈夫よ。それにまだしばらくは宮殿で調べものもあるし。ああ、図書室へはかってに入ってもよいわよね」
「うーむ……まあ、よかろう。」
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「冬を終わらせ、春を廻らせたアドニスよ、何でもよい何がのぞみだ」
「僕はずっと一人でした。だから話のできる仲間が、友達がほしかった。ですがその願いはもう叶いました。ですからその願いを叶えてくれた僕の初めての大切な友達、シンフォニアの願いを叶えてください。それが僕ののぞみです」