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機械仕掛けと護衛の王  作者: 杉下 徹
終章  凡俗
66/67

5-8

「あっ、やっと戻ってきた」

 病院から外に出るべく、ロビーに顔を出した瞬間、嬉しそうな声に迎えられる。

「待ってたのか、ノーラ」

「まぁ、どうせやる事も無いからね。待ってれば、すぐ二人きりになれるかな、って」

 照れもせずにそんな事を言うノーラに、俺も笑みを返す。

 おかしな話だが、あれほど実際に会うまではノーラについて考えるだけで苦しんでいた俺が、ノーラと顔を合わせているとやけに落ち着く。

 きっと、こちらの方が本来、俺がノーラに抱くべき感情なのだろう。波長の合う相手でもあり、思い出を共有する幼馴染であるノーラを、俺は人として好いている。

「どうする? このまま工場に戻る?」

「いや、少し散歩でもしてこう。いいか?」

「もちろん、望むところだよ!」

 肩が触れるほどの距離で並び、病院を出て街へと歩き出す。幼い頃には手を繋いだりもしていたが、流石に互いにそれを提案する事も無い。

「しかし、ノーラは変わらないな」

「そう? 胸とか腰とか、昔よりは出るとこ出たと思うんだけど」

「ハッ」

「笑い飛ばすのはひどくない? せめて否定してよ!」

 直接顔を合わせるのは幼少期以来になるノーラの外見は、俺の記憶にあるものとほとんど変わりない。それどころか、俺が身体的に成長した分だけ、むしろ幼くなったようにすら見えた。

 わずかに丸みを落としたものの、まだ幼さの色の強い顔立ち。身長も伸びてはいるのだろうが、記憶の中では同じくらいだった視線の高さは、今の俺より頭半分ほど低く、常にこちらを見上げるようになっていた。

「シモンは、結構変わったよね。なんか、雄臭くなった」

「なんだその汚い表現」

「汚くないよ、褒めてるの」

 ノーラから見た俺は、やはり変わっては見えるのだろう。男女間の第二次性徴の差、と一言で片付けるわけではないが、少なくとも俺とノーラで外見が大きく変化したのは俺の方に違いない。

「どうだった? この数年は」

「どう、って言われても……まぁ、楽しかったよ。辛くはなかった」

「そうか、それは何よりだ」

 離れていた時間を思い出話で埋めるには、俺はノーラのこれまでを知りすぎている。あくまで文面のやり取りだが、それでもその期間の概要を掴めるくらいには、ノーラからの近況報告は頻繁に送られて来ていたのだから。

「シモンは? 私に会えなくって寂しかった?」

「まさか、会えなくてホッとしてたよ」

「またまたぁ、強がっちゃって」

 冗談に混じえた本音は、無事に笑い飛ばされる。

「俺は、まぁ普通だな。可も無く不可も無く、それなりにやってた」

「楽しかった?」

「人並みに。中の上くらいかな」

「シモンがそういうなら、きっと楽しかったんだね」

 ノーラの方も、詳細に具体的な経歴を要求しては来ない。だが、おそらくその理由は俺からノーラへの理由とは正反対だ。

「今、俺の行ってる学校の名前、知ってるか?」

 そう、思っていた。

「リニアスでしょ? リニアス高等学園。それがどうかしたの?」

「それ、いつ知った?」

「いつって、シモンから……」

 ごく自然に語りかけた口が、ピタリと止まる。

「昨日、工場で状況を聞いた時、くらいが妥当だったな」

「……あっはっはぁ、そうだねぇ」

 思えば、おかしな話だ。

 工場でのノーラの俺への第一声は、『久しぶり』だった。あの場に俺がいた事に驚きもせず、まるで会う約束をしていたかのように、再会を懐かしんで見せたのだ。

 おそらく、ノーラは以前から俺の事を、その通う学校を知っていた。俺が一度も伝えた事が無いのにもかかわらず、だ。

 だから、再会の時、驚いたのは俺だけで。ノーラは最初から、あの場所に俺がいる事を知っていた、いや、そうなるように仕向けていたのだ。

「なぁ、ノーラ」

「な、何?」

 謝られるよりも先に、口を開く。

「ごめん、悪かった」

 紡ぐのは、謝罪の言葉。

「な、何が?」

 わけもわからず戸惑うノーラを前に、ただ頭を下げる。

 これは、俺の中の一つの始末。だから、ノーラには悪いが、理解してもらう必要もそのつもりも無い。

「いつまで予定が空いてるかわからないけど、その間くらいはノーラのやりたい事に付き合ってやるよ」

 俺は、これまで意識してノーラから距離を取ってきた。ノーラとの差を疎み、出来る限りそれを悟られない為に、なるべく情報を明かさないようにしていた。

 だが、それは意味の無い事だった。ノーラは俺について自分で調べ、そして辿り着いていたのだから。そこまでしてくれる幼馴染を、もはや遠ざけておく事はできないし、したくもない。叶うならば、これからはただ一友人として、ごく自然にノーラと接したい。

「うーん、よくわかんないけど、お言葉には甘えさせてもらおうかな」

 予想通りの反応。首を捻りながら、それでもノーラは嬉しそうに詰め寄って来る。

 だから。

「それじゃあ、やっぱりまずは、久しぶりに一戦交えよっか」

 その先に続く言葉も、予想できたはずだったのに。


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