5-8
「あっ、やっと戻ってきた」
病院から外に出るべく、ロビーに顔を出した瞬間、嬉しそうな声に迎えられる。
「待ってたのか、ノーラ」
「まぁ、どうせやる事も無いからね。待ってれば、すぐ二人きりになれるかな、って」
照れもせずにそんな事を言うノーラに、俺も笑みを返す。
おかしな話だが、あれほど実際に会うまではノーラについて考えるだけで苦しんでいた俺が、ノーラと顔を合わせているとやけに落ち着く。
きっと、こちらの方が本来、俺がノーラに抱くべき感情なのだろう。波長の合う相手でもあり、思い出を共有する幼馴染であるノーラを、俺は人として好いている。
「どうする? このまま工場に戻る?」
「いや、少し散歩でもしてこう。いいか?」
「もちろん、望むところだよ!」
肩が触れるほどの距離で並び、病院を出て街へと歩き出す。幼い頃には手を繋いだりもしていたが、流石に互いにそれを提案する事も無い。
「しかし、ノーラは変わらないな」
「そう? 胸とか腰とか、昔よりは出るとこ出たと思うんだけど」
「ハッ」
「笑い飛ばすのはひどくない? せめて否定してよ!」
直接顔を合わせるのは幼少期以来になるノーラの外見は、俺の記憶にあるものとほとんど変わりない。それどころか、俺が身体的に成長した分だけ、むしろ幼くなったようにすら見えた。
わずかに丸みを落としたものの、まだ幼さの色の強い顔立ち。身長も伸びてはいるのだろうが、記憶の中では同じくらいだった視線の高さは、今の俺より頭半分ほど低く、常にこちらを見上げるようになっていた。
「シモンは、結構変わったよね。なんか、雄臭くなった」
「なんだその汚い表現」
「汚くないよ、褒めてるの」
ノーラから見た俺は、やはり変わっては見えるのだろう。男女間の第二次性徴の差、と一言で片付けるわけではないが、少なくとも俺とノーラで外見が大きく変化したのは俺の方に違いない。
「どうだった? この数年は」
「どう、って言われても……まぁ、楽しかったよ。辛くはなかった」
「そうか、それは何よりだ」
離れていた時間を思い出話で埋めるには、俺はノーラのこれまでを知りすぎている。あくまで文面のやり取りだが、それでもその期間の概要を掴めるくらいには、ノーラからの近況報告は頻繁に送られて来ていたのだから。
「シモンは? 私に会えなくって寂しかった?」
「まさか、会えなくてホッとしてたよ」
「またまたぁ、強がっちゃって」
冗談に混じえた本音は、無事に笑い飛ばされる。
「俺は、まぁ普通だな。可も無く不可も無く、それなりにやってた」
「楽しかった?」
「人並みに。中の上くらいかな」
「シモンがそういうなら、きっと楽しかったんだね」
ノーラの方も、詳細に具体的な経歴を要求しては来ない。だが、おそらくその理由は俺からノーラへの理由とは正反対だ。
「今、俺の行ってる学校の名前、知ってるか?」
そう、思っていた。
「リニアスでしょ? リニアス高等学園。それがどうかしたの?」
「それ、いつ知った?」
「いつって、シモンから……」
ごく自然に語りかけた口が、ピタリと止まる。
「昨日、工場で状況を聞いた時、くらいが妥当だったな」
「……あっはっはぁ、そうだねぇ」
思えば、おかしな話だ。
工場でのノーラの俺への第一声は、『久しぶり』だった。あの場に俺がいた事に驚きもせず、まるで会う約束をしていたかのように、再会を懐かしんで見せたのだ。
おそらく、ノーラは以前から俺の事を、その通う学校を知っていた。俺が一度も伝えた事が無いのにもかかわらず、だ。
だから、再会の時、驚いたのは俺だけで。ノーラは最初から、あの場所に俺がいる事を知っていた、いや、そうなるように仕向けていたのだ。
「なぁ、ノーラ」
「な、何?」
謝られるよりも先に、口を開く。
「ごめん、悪かった」
紡ぐのは、謝罪の言葉。
「な、何が?」
わけもわからず戸惑うノーラを前に、ただ頭を下げる。
これは、俺の中の一つの始末。だから、ノーラには悪いが、理解してもらう必要もそのつもりも無い。
「いつまで予定が空いてるかわからないけど、その間くらいはノーラのやりたい事に付き合ってやるよ」
俺は、これまで意識してノーラから距離を取ってきた。ノーラとの差を疎み、出来る限りそれを悟られない為に、なるべく情報を明かさないようにしていた。
だが、それは意味の無い事だった。ノーラは俺について自分で調べ、そして辿り着いていたのだから。そこまでしてくれる幼馴染を、もはや遠ざけておく事はできないし、したくもない。叶うならば、これからはただ一友人として、ごく自然にノーラと接したい。
「うーん、よくわかんないけど、お言葉には甘えさせてもらおうかな」
予想通りの反応。首を捻りながら、それでもノーラは嬉しそうに詰め寄って来る。
だから。
「それじゃあ、やっぱりまずは、久しぶりに一戦交えよっか」
その先に続く言葉も、予想できたはずだったのに。




