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機械仕掛けと護衛の王  作者: 杉下 徹
終章  凡俗
65/67

5-7

 自分から言い出しておいて何だが、侵入者に従器を壊されたインディゴさんが予備の従器を持っていたのは想定外の幸いだった。彼女曰く、カウス従器工場の専属従者には普段常備しているものとは別に、スペアとして一つの従器が配備されているらしい。

「怪我の影響はほとんど無いし、手加減はしなくていいから」

「最初から、そのつもりです」

 場所は病院の屋上、鍵は掛かっていたが、従器で無理矢理解錠して入った。褒められた事では無いので、できれば見つかる前に退散したいところではある。

「……フっ」

 前置き無しで放たれた一撃を、まずは小刻みに跳んで躱す。水のような形態変化、そしてその速度は前に見たものと遜色無く、とりあえず負傷の影響は見えない。

「らぁっ!」

 続いた二撃目を避けたところで、こちらから反撃に転じる。

 最短距離を通った突きは、折り重なった従器の紐に軌道を逸らされた。銃器の先端から鎌のように一本の刃を生やし、思い切り手前に引くと、寸前でインディゴさんの従器が解けて逃れていく。

 空いた空間に、今度は側面全体を刃に変えて踏み込みながらの振り下ろし。回避し、カウンターで足元を這ってきた蛇のような一撃を、返す刀で叩き切る。

「ちッ……」

 先端の一部を失いながらも、インディゴさんの従器は機能を停止しない。それでも、損傷はたしかに残っている。

 細く長く、紐のような形状を取らせたインディゴさんの従器は、変幻自在の機動と多方面からの攻撃を可能とする。ただ、その構造は、従器自体に与えられる衝撃に対しては非常に弱い。防御時には重ね、束ねて強度を増せても、従器自体の構造上の弱点を狙われれば、呆気無いほど簡単に千切れ飛んでしまう。

 もちろん、インディゴさんもそれは承知の上。行動を読み、ピンポイントで狙っていた今のようにいつも上手くいくわけではないが。

「……あなたは、何がしたいの?」

「傷を、舐め合いたいんですかね」

 もちろん、文字通りの意味ではない。

「馬鹿に……しないでッ!」

 嵐のような連撃が、同時に多方向から襲い来る。そのいくつかを切り飛ばす事は可能だろうが、それでは別の部位が俺の身体に届くのが先だろう。

 だから、躱す。息切れが、隙が生まれるのを待ち、それまでは回避に努める。

「あなたに、シモンに傷なんて無い! シモンからの慰めなんて要らない!」

 叫びをあげながら、その従器の統制には一つの乱れも無い。ならば、これはまだ全力ではない。やがて訪れる勝負の瞬間、俺が崩れる瞬間までの布石でしかない。

「そんな事は無いです。俺も、ノーラをずっと抱えてきた」

 そして、俺はまだそれらを躱せる。防御に回る事無く、躱すだけで済んでいるという現状は、まだ余裕があるという事に他ならない。

「……そう、何も知らないのね」

 底冷えするような声。

 直感する、勝負はここだと。ゆえに、一方的な防戦を強いられるわけにはいかない。

 一際速度を増した連撃の最中、インディゴさんは唐突に後方に跳んだ。同時に散っていた従器が巻き取られるように一本の棒状に束ねられていく。

「俺の、勝ちですね」

 束ねられた従器が放たれるまさに寸前、その真ん前に立った俺の従器がインディゴさんの額に触れる。

 距離を取られたなら、詰めればいい。そして、それは俺の得意分野だ。インディゴさんの一撃が完成するよりも先に、従器の反動で飛んだ俺は彼女を射程内に捉えていた。

「……知ってたわよ、そんな事」

 インディゴさんの手から、従器が零れ落ちる。屋上を従器が跳ねる硬質の音に紛れ、嗚咽のような声が聞こえた気がした。

「あの子の視界に入る事すらできない私が、シモンに勝てるわけがないなんて事は」

 独白は、糸が切れたように勢いを増していく。

「シモンの事は、会う前から知ってた。あの子が、ノーラが事ある毎に話してるのを聞いてたから」

 告げられた事実には、すでに感付いていた。時折、俺の事を『シモン』と呼ぶインディゴさんに違和感を覚えていたから。

「私とあの子は、同じ機関、王石保持者を育成する為の機関に属していたの」

 インディゴさんが俺の事を知っているとすれば、それはどこかでノーラから聞いていたのだという事は見当が付いていた。

「あの子はすぐにそこを辞めて、更に先の機関に進んでいった。だから、私とあの子が一緒にいたのは半年にも満たないくらいだけど」

 そして、ここから先の話の展開にも概ね予測は付いていた。

「あの子と私は、同室の、ルームメイトだった」

「……もう、いいです」

 だが、違うのだ。きっと、インディゴさんは絶対的に勘違いをしている。

「少し前に、国家特別王石保持者になったあの子と会った。第一声は、初めまして。それから、頼みがあるって。リニアス高等学園から、一年生を実習に呼んでほしいって」

 少しずつ支離滅裂になりながらも、独白は止まらない。

「私じゃ、あの子の視界には入れない。張り合えない。でも、シモンは違う」

「違っ――」

 違う、と言いたい。

 ノーラが俺の事を覚えている、意識しているのは事実だろう。そして、インディゴさんの事を忘れていたというのもきっと事実なのだと思う。

 だとしても、それは俺がただノーラの幼馴染で、友人だからに過ぎない。従者としての実力はそこには全く関係無いはずだ。

 だが、それを口にする事はできなかった。勝者が敗者に掛ける言葉など無い、それが弱音の類なら、皮肉にすらならない。その差が如何ほどであっても、実際に勝利し、そして羨望を受けている俺が自分を下げる事は、インディゴさんを下げる事とも同義なのだ。

「変わりませんよ、俺もあなたも、ノーラには勝てない」

 だから、ただ絶対的に不変の事実だけを呟く。

「……それはそれで、嬉しくないわね」

 慰めにもならない言葉に、インディゴさんは力無く崩れた笑みを零した。

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