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機械仕掛けと護衛の王  作者: 杉下 徹
終章  凡俗
61/67

5-3

 あの瞬間、ノーラがどのようにして俺のすぐ傍に立っていたのか、それを俺自身は知覚してはいなかった。

 ただ、残り僅かの距離にまで迫っていた面の男とその手の刃を何らかの手段で弾き飛ばし、満面の笑みを浮かべた幼馴染の少女は、その背から生やした翼も相まって、俺には天から降り立った天使のようにも見えて。

 熾天使(セラフ)

 従者として、国家特別王石保持者としてのノーラ・アトリシアの二つ名を思い出したのは、それから少し後の事。背から生えた、正確には肩や首など数箇所で固定され、左肩甲骨の辺りから大きく広がった、片翼を象った従器が面の男を再度吹き飛ばした時だった。

 多くの部位が複雑に繋がり合い、結果として翼の輪郭となったそれは、あるいは翼そのものよりも骨格と表現した方が的を射ているだろうか。一振りの最中、翼を構成する各部位が個別に変形、機動し、その一撃は複数発の打撃、斬撃、刺突を孕んでいた。

 そんなものを二度も正面から受けた面の男は、身体の複数箇所が裂けて血を流し、更にその顔を覆っていた面も剥がされ、顕になった素顔全体でノーラを睨む。その顔はまだ若く、常ならそれほど特徴の無い平凡な類だろうと推測が付いたが、怒りと憎悪、それに何か全く別の感情が入り混じり、一種壮絶とも言えるものとなっていた。

 対するノーラは、余裕とすら言えない、ただ俺との再会を喜ぶ余韻を顔に残して、背中の片翼を緩やかに揺らしていた。見れば見るほど武器とは思えないその形状は、どれほど従器の機動と変形、そして構造理解を極めれば実現できるのかすらわからない。

 面を剥がれた男がノーラへと低い声で叫ぶ。それは俺には、久し振りだな、と聞こえた。

 ノーラは少し首を傾げ、うん、久し振り、と言った。その声には感動が無く平坦で、覚えていないけどとりあえず返しておこう、という調子だった。

 侵入者の男も同じ事を思ったのか、その顔がまた険しさを増す。ちょうどいい、お前の王石を奪えばもう一つ増える、と呟き、そして消えた。

 そう、それは消えたと錯覚するような疾さで。これまで見せたものすら全力では無かった男の最高速の突進は、ノーラの直前までいた位置を通り抜ける。そのまま、唐突に倒れた男は、慣性による速度が完全に失われるまで、地面を無様に転がっていった。

 それが、昨日のノーラが繰り広げた活劇の全て。交差の瞬間に何を行ったのかは、その時に一番近くにいた俺にも把握できなかった。そんな一瞬の内に、男の従器を二つに圧し折り、両足の腱を切断し、おそらく頭部への一撃で意識を刈り取った。

 神業とも言える刹那の業を見て、いや、見れなかった俺は、ただ感嘆する事しかできなかった。状況が違えば、拍手をしていたかもしれない。嫉妬も羞恥もなく、あの時の俺はただの観客のようにノーラの技量に感心してしまっていた。それからどのようにして眠りについたかさえ曖昧なほど、夢見心地に呑まれるほどに。

 だが、そんな圧倒的な感情も、一晩の眠りに押し流された。今、あの時を思い返して感じるのは、かつてより更に開いてしまった、と言うのすらおこがましいほどの力量差への羞恥。そして、それは俺が自覚しているだけでなく、すでにノーラの前に晒している。

「シモン? どうかした?」

 覗き込むように目の前に回り込んでいたノーラの顔に、物思いが途切れる。それほど表情に出していたつもりは無かったが、やはり鋭い。

「……ん、ああ、いや。パンが美味いと思って」

「あははっ、何それ。パンが欲しいなら、私のあげるよ。ほら、あーん」

「くれるって言うなら、貰っとこう」

 ノーラの手に差し出されたパンを、口を開けて迎え入れる。小麦の風味の効いた高級そうなパンではあるが、実のところはそれほど気に入ったわけでもなかった。

「えーっ……」

 やたらと困惑した響きの声を追うと、クライフが怪訝そうな目でこちらを見ていた。

「シモンって、そういうキャラだったっけか?」

「あー……いや、キャラと言うか、子供の頃の名残というか」

 弁解しようと口を開くも、その前からすでに無理は悟っていた。

 別に硬派を気取っていたわけでもないが、だからと言って幼馴染の少女にあーん、なんて言って食べさせてもらうような甘えん坊だと思われていたわけでもないだろう。半ば無意識にやってしまっていた行動が、改めて考えると中々に恥ずかしい。

「あ、あんた、ノーラさんに食べさせてもらうなんてっ」

 ノーラのファンであるチャイなどは、俺を殺さんばかりの視線で睨んでいる。どう返しても正解にならない気がするので、目を逸らして放置しておこう。

「じゃあ、パンのお返しに、シモンからはベーコンを貰おうかな」

「やらん。スクランブルエッグでも食ってろ」

「モゴ、っ、むぅ、シモンのケチ」

「そうよ、ソーセージくらい差し出しなさいよ、ケチ!」

 肉を惜しんで卵をノーラの口に詰め込むと、女性陣からの糾弾を受けてしまう。

「の、ノーラさん、私のベーコンをどうぞっ」

「えっ、あっ、うん、ありがとう」

 そのまま暴走したチャイがベーコンを差し出し、戸惑いながらもノーラがそれを受け取ったという一幕は、まぁ蛇足だろう。

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