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機械仕掛けと護衛の王  作者: 杉下 徹
四章  飛翔
58/67

4-17

「ったく、最初っから地味に鬱陶しいなぁ、学生クン」

 面の男は、俺の安い挑発を受け、それに乗るでもなく手元で従器を弄んでいた。

「急いでるんじゃないのか、無資格者(ニセモノ)

「まぁ、それはそうなんだけど。ってか、その妙な呼び名は何よ?」

「名前がわからないから、適当に付けてみた」

「あー……いや、流石にそれで名前吐いたりとかは無いわ。名前なんて呼ばなくても、割と会話って成り立つもんだし」

 言葉通り、面の男は会話を楽しむように一向に仕掛けてくる様子を見せない。

「シモン! 何を――」

「いいから、ヒースとノヴァを連れて逃げてくれ。危なくなったら、俺も逃げる」

 驚愕した様子のクライフの叫びに、声を被せて打ち消す。

「いえ、フレクトさんも逃げてください。ここは私が――」

「リーディアさんは、もう従器の残りが無いでしょう」

 重ねた言葉が図星だったのか、リーディアさんが一瞬押し黙る。いくらここが従器工場だとは言っても、その全ての従器を持ち出して来れるわけではない以上、どこかで使い果たす時が来るのは自明の理だ。

「補充してくるまででもいいので、俺に任せてください」

「随分と勇敢だなぁ、学生クン」

 こちらのやり取りに割り込んで、面の男が口を開く。

「別にそういうわけじゃない」

「なら、無謀か?」

 初動は、会話の最中だった。

 超高速の接近、互いに距離を詰めた俺と面の男は、交差の瞬間に従器を振るう。

「……っ!?」

 血が顔に掛かるも、目が無事なので無視。至近距離での連撃に移行していく。

 傷を負ったのは面の男の右腕で、いまだ従器を握っている。持ち替えずにそのまま防御に回した事から、それほど深い傷ではないらしい。

 三叉に分けた先端での突き、躱された後を追うように、銃器の横腹から棘を生やして横薙ぎの一撃。受け止められた上で、棘を伸ばして腹部を狙うものの、その途中で棘は切り落とされて面の男には届かない。

「ぁあ!?」

「ちっ……」

 もう一度、飛んできた血を顔を振って避ける。

 脇腹を捉えた従器の感触だけで、その傷が浅かった事を悟る。予想通り、後方に跳んでいた男は、そのまま俺との距離を離していた。

「……なるほど、そうか、イカれてやがる」

 服の端を千切り、右腕の患部に巻こうとする面の男へと、今度はこちらから距離を詰める。しかし、俺の従器が届くよりも先、更に後方への回避に追いつけない。

「従器を地面に突いて、一瞬だけ速度を上げてるのか。また妙な芸当を」

「…………」

 十分よりも余分に距離を取った男に、それ以上は追わない。幸いな事に、逃げた方向が良かった為、ヒースやノヴァ、倒れた従者達などの避難の邪魔にはならないはずだ。背後を見る余裕は無いので、あくまで予想だが。

 しかし、どうやら手の内は割れてしまったらしい。

 接近の瞬間と回避の直後、高速移動中の敵手に対し、棒状の従器の一端、敵に向けたのとは逆の端で地面を弾き、反動を利用して距離を詰める。結果として、相手の予想とずれた位置座標からの一撃を撃ち込む。俺がしたのは、その程度の単純な事だった。

 気付かれない内は効果を発揮していたが、もはや期待はできない。速度や角度の調節で変化は付けられるが、その大筋を見抜かれた以上、ここまでのように上手くはいかないと考えるべきだ。

 そもそも、従器の反動を利用しても、俺の最高速は面の男の跳躍とそれほど変わりが無い。それほどの性能差では、予想を裏切る奇襲くらいしか勝機は無かった。

「……はっ」

 また一つ悪い方へと転んだ戦況に、不思議と絶望感も危機感も無い。

「この程度なら、あの頃のノーラの方が上だな」 

 ただ、速いだけ。面の男の印象はそれだけだ。その速さは絶対的なアドバンテージなのだろうが、全てで劣っているのでなければやりようはある。

「あー……なるほど、なるほどな」

 ともすれば、聞き逃してしまいそうな小さな呟き。知覚の強化を行っていなければ、聞こえなかっただろう。

「そうか、死ね」

 再度の接近。後ろで弾きかけた従器の端を、直前で前に方向転換し後ろに飛ぶ。

 目の前を過ぎていった斬撃に合わせ、生じた隙に胸部を突く。

「ってぇ!」

 手には直撃の感触。左肩を貫いた事に喜ぶよりも先に、下からの切り上げへの対処に追われる。従器を中程で曲げ、無理矢理に地面に突いて横に飛び、横薙ぎに追ってきた刃を受け止め――きれない。

 従器が中央付近で崩れていく嫌な感触。

 速度だけではなかった。硬度と威力をも跳ね上げていた面の男の従器が、単純な衝突だけでも俺の従器を破壊し得るなんて事は、もはや馬鹿げている。性能差だけで、まともな戦闘にすらならない。

 もう数瞬で俺の防御を突破した刃が、胸元を深く切り裂いていくだろう。

 死ぬ? 

 その一撃が、命を奪うかどうかまではわからない。ただ、間違いなくそれは重傷で、激しい痛みを伴う事は間違いない。

 それがわかっていながら、頭を占める絶望のほとんどは、自身の無力感に対してのものだった。それも今だけ、一瞬後には痛みが全てを塗り替えていくのだろうが。

「――よーし、ギリギリセーフ!」

 結果としては、俺には死どころか、痛みすらも訪れなかった。

 面の男は握った従器と共に喜劇のような勢いで吹き飛んでいき、俺には倒れ込む前に受け身を取り体勢を立て直す余裕すらあった。

「ノーラ……」

 いつからか、隣に並ぶのは、見慣れた顔。もちろん変化はあるのだが、それでもそれは紛れも無く俺の脳裏に焼き付いたものと同じ顔で。なぜだかその背には無機質な翼が生えていた。

「まぁ、とりあえず……久しぶり、シモン!」

 笑顔でそう言ったノーラに、きっと俺は上手く笑えてはいなかっただろう。


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