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「チッ……これだから集団は」
インディゴさんに三人を加え、四人となった専属従者側に対して、侵入者の面の男は一転して防戦一方を強いられていた。
息継ぎの間をも補うような、完成された連携。攻撃は多角的に連鎖して反撃の隙を与えず、一度防御に回れば、互いに死角を塞ぎ完璧に跳ね除ける。なるほど、この連携に俺が割り込んでいっては邪魔にしかならない。
「それに、その無茶苦茶!」
更に、リーディアさんの異常な戦闘法がその連携に厚みを与えていた。
「……ふっ」
基本の呼吸法から教科書通りの横薙ぎの一撃。ただ、その形状は武器としては奇特とも言える大鎌であり、そしてその速度は面の男のそれに肉薄する超高速。
そこまではまだいい。
「次」
異様なのは、一度使用した従器を躊躇いなく投げ捨て、そして待機状態を解除した次の従器で戦闘を続けるという、言わば従器を使い捨てる戦法だった。従器の機能限界やバッテリーを無視して破壊覚悟で、実際に破壊しながら一瞬の爆発的な力を発生させるその戦い方は、誰もが真似できるものでもない。
場所が従器工場という事もあり、従器の数自体は問題無いとしても、本来、従器を扱う前には自身の感覚との同調、微調整的な擦り合わせが必要だ。マニュアル操作でなく、脳波からの直接指示、それを高速戦闘に用いる従器の性質上、僅かな誤差はそのまま命取りになりかねない。
複数、それも二桁に及ぼうかという数の従器を次々に振るうリーディアさんは、前もってその全てと同調していたか、それとも同調も無しに大雑把な感覚のままで、超高速の立ち回りを成し遂げているという事になる。前者であればその準備力が、後者であれば従者としての実力が飛び抜けている事を意味するのだが。
「……まぁ、うん、楽しかったって事で済ませておこう」
そんな一流の連携と異端の技を受けてなお、面の男は無傷、どころか余裕すら感じさせる口振りを、従器を鼻先で避けながら披露して見せていた。
「ただ、悪いけど、遊びに来たわけじゃねぇんだよな」
幾度目かの激突の寸前、一人の従者が唐突に音も無く倒れる。
「パターン変わっても面倒だから、ここで終わりだ」
リーディアさんとその隣の大柄な従者の横を抜けると同時、リーディアさんの従器が壊れ、大柄の従者の身体が沈み込む。更にインディゴさんに零距離まで詰め寄ったかと思えば、次の瞬間には彼女の従器の一部が千切れて宙に飛んでいた。
「あんたが四人いたら、退いてたかもな」
背後からの、刃を三つに増やした大鎌の一撃からするりと逃れると、面の男はまたも距離を取る。
「連携ってのは、完成度が高ければ高いほどパターン化するもんだ。それぞれ違う脳みそでやってるからには、臨機応変じゃあバラつくしな」
「それでも、本来なら多数の方が絶対に有利なはずなんですけれどね」
どうやら侵入者は連携の癖を読み、そこから崩していったという事らしい。
余裕の種明かしにも、リーディアさんは声に欠片も焦りを見せずに返す。その片目は侵入者の面の男を注視しながらも、もう片方の目でインディゴさんと倒れた二人の様子を確認していた。
「殺しちゃいない、呻いてるのが聞こえるだろ。まぁ、これから死なない保証は無いがな」
気遣うような声色でそんな事を言いながら、面の男が従器を胸元に掲げる。
「従器を置いて、治療しに行くなら、俺は止めない。応援を呼ぶな、なんてのは今更遅いだろうし、最悪来たら来たでどうにかすればいいからな。だが――」
従器の握り手部分より少し上、二つに裂けるように開いていったその中には、鈍い赤色の光を放つ何かがあった。
「ここで、これ以上時間をかけるつもりは無い。まだ抵抗するなら、特にやりたくは無いんだが、お前ら二人に倒れた二人、後はそこの学生クンも纏めて殺す」
赤の光の発生源は、握り拳にも満たない大きさの石だった。
それは、一見してルビーやガーネットと変わり無い、赤色の宝石にも見える。ただ、違うのは、その赤は外からの光を反射し、透過したものではなく、石自体が放つエネルギーの余波として、それ自体が外に放射しているものだという。
薄暗い夜の中、決して大きくはないとは言え、たしかに俺達の目がその赤を捉えている事が、それが王石だという証明だった。何かトリックを用いているのでは、と考える余地も無いくらいに、面の男の力がその事実を裏付ける。
「流石に王石を相手にして、二人で足りるとは思わないだろ?」
国家特別王石保持者は、一人当たりで一般的な従者百人単位と同等の戦力を持つとされている。それが事実か、あるいは誇張された寓話かは俺の知るところではないが、少なくとも馬鹿らしいと一笑に付す者はいないだろう。
そんな桁外れの話が信憑性を持つほどに、国家特別王石保持者の戦闘力は常軌を逸している。そうなるにはもちろん、当人達の技量もあるだろうが、それ以上に力関係を押し広げている要因は、王石という物質の性能によるものの方が大きいはずだ。
王石は、無尽蔵のエネルギーを従器に供給し続ける事ができる。その上、如何なる相互作用によってか、王石によるエネルギーは従器の持つ機能限界を無視し、それ以上の性能を常として振るう事を可能にするという。
現に、侵入者の面の男はリーディアさんよりも無理な機動を従器に強いながら、その従器はここまで何一つ不調の欠片すらも見せていない。
面の男の圧倒的な実力は、それを裏付ける王石の存在により、一気にその輪郭を顕にした。そして、それが面の男があえて王石を俺達へと見せつけた目的だったのだろう。朧気な希望的観測が生じようも無いくらいに状況が絶望的だとわからせた上で、抵抗を諦めさせる事が。
だが、そんな分析とは裏腹に、俺の手は従器を強く握り締めていた。今まで観戦者に過ぎなかった俺は、形ばかり一応従器をその手に持っていただけにもかかわらず。
「……わかりました、退かせてもらえるなら、そうしましょう」
その時、同時にいくつかの事が起きた。
リーディアさんは降参宣言を口にし、手にしていた従器を軽く放り投げた。
「寄越せ」
それを読んでいたようなタイミングで、面の男に生まれるかもしれない一瞬の油断を突くように、インディゴさんが槍にした従器と共に突進を仕掛けた。
「ぃっ!」
そして、いつの間にそこにいたのか、面の男の背後の物陰から飛び出してきた二つの人影が、同時に男の背を目掛けて従器を振り抜いた。
結果的に生じた前後からの挟撃に、面の男は動けない。
「馬鹿共が」
いや、正確には動きの経緯を見せなかった。
胸の前を通り、身体の左側にあった従器が、振り抜かれた形で身体の右側に。それだけでは背後への対処には足りないから、おそらく身体ごとその場で一回転したのだろう。それらの動作は俺の目では追い切れておらず、あくまで結果からの推測だが。
流石に一流の従者という事か、疾過ぎる斬撃にも、インディゴさんの負傷は胸を浅く切り裂かれただけで済んでいた。ただ、手元に残った従器、いや、その残骸は故障という言葉を超えており、もう戦力としては使い物にならない。
「ヒース! ノヴァ!」
そして、面の男の背後、二人の乱入者は、俺の良く見知った顔をしていた。その内の一人、ノヴァは倒れてはいるものの、この距離から目に見える傷は無い。
問題なのはもう一人、ヒースの腹部から出た血の赤が、隣に倒れたノヴァをも飲み込まんばかりの勢いで広がっている事だった。
悲鳴のような叫びを上げたチャイ、そしてオルゴにクライフと更に隠れていた物陰から飛び出してきた面々は、だが侵入者の力量を目にしてそれ以上近付けずにいた。
「……あー、学生には極力手ぇ出したくなかったんだけどなぁ。まぁ、こうなったからには手っ取り早く全部片すか」
状況は、最悪に近い。
様子を伺いに来たのだろう皆の奇襲は、戦術的なタイミングは良かったものの、肝心の相手が悪すぎた。どちらにしても、インディゴさんが仕掛けた以上、一時休戦は成らなかったのかもしれないが、結果として生まれたヒースの傷が大きすぎる。
「……逃げてください」
徐々に徐々に、さり気なく俺との距離を詰めていたリーディアさんが、俺にだけ聞こえるくらいの声で呟く。
「でも――」
「皆さんは、隙を見て逃します」
それが不可能に近い事は、ここに来てついに余裕を失った声の調子が告げていた。リーディアさんの技量はたしかに優れているが、そのリーディアさんを含めて四人で掛かって倒せなかった相手に一人で、それも複数人を庇いながら渡り合えるわけもない。
「早く!」
だが、俺の逡巡を待たず、リーディアさんは面の男に仕掛けてしまう。
意外にも、リーディアさんは面の男と張り合えていた。すでに一つ目の従器を放り、二つ目に切り替えてはいたものの、まだ身体に傷を負った様子は無い。おそらく、俺が逃げるくらいの時間は稼いでくれるだろうし、これまでの言動から、面の男も逃げた相手を追おうとはしないかもしれない。
この場は逃げるのが最善だろうと考えながら、しかし手は従器を固く握り、爪先は面の男を指して離れようとしなかった。
「……ああ、そうか」
漏れた声は、小刻みに震えていた。だが、それは恐怖によるものではない。
一歩、踏み出した足は驚くほど軽く、二歩目、三歩目と半ば操られるように前へと進んでいく。
「少し、下がっていてください」
呼びかけは、リーディアさんには通じなかった。少しでも手を止めれば危ない状況、そうでなくても俺の言葉に従うはずも無い。
それなら、それでもいい。
「っ……の野郎」
真横から叩きつけた一撃に、それを受けた面の男が思い切り距離を取る。その後は追わず、だが一歩だけ前に出る。
「フレクト、さん」
「リーディアさんは、負傷者の応急処置を。多分、俺達では出来ないので」
それは、あくまで口実だ。
従器を失ったとは言え、この場にはインディゴさんもいる。そもそも、処置や逃亡の隙を作る事が一番難しいのが今の状況だろう。
だが、そんな事は正直どうでもいい。
「来いよ、無資格者」
俺はただ、目の前の王石保持者と戦いたいだけなのだから。