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機械仕掛けと護衛の王  作者: 杉下 徹
四章  飛翔
56/67

4-15

 従者同士のそれに限らず、闘争というものはいつの時代も場所を選ばない。

 だから、それが訓練場で行われる必要は無かった。

「ふ……っ」

 伽藍堂の空き倉庫の中、緩く吐かれた息が反響し、その手に握られた従器が蛇のように俺へと迫る。俺は曲線の一撃を弾き飛ばすべく、長く持った棒状の従器で真横に薙ぐ。

「!」

 腕に伝わった感触は、独特なもので。

 敵手の従器は、俺の従器の周りに巻き付くようにしてこちらに向かってきていた。振り払う選択肢は一度諦め、従器の中程を変形させ突起を作る事で、接近を受け止める。

 体勢を立て直し、後退と同時に従器を引き抜いて拘束から逃れる。

「……やっぱり」

 鞭、いや、バレエのリボンのように細くした従器を身体の周囲で踊らせ、インディゴさんは呟く。

「どうかしましたか?」

 手元で従器を回しながら、その呟きを拾う。

「強い、って褒めてあげようかと思って」

「それは光栄ですね」

 違いない。カウス従器工場、王石を保持する国内でも大手の施設の専属従者から賞賛を受けて喜ばない学生はそうはいないだろう。例え、そこに含みがあっても、強い、という言葉は俺の最も欲しい言葉の一つなのだから。

「……謙遜なんて、嫌ね」

「そんなつもりは無かったんですが」

 揺蕩うように揺らいでいた従器が、唐突に直線でこちらに迫り来る。長槍にも似た突きを受け流した、と思った瞬間、直線は気の抜けたように張りを失い、紐のように先端付近からしなって俺の身体に迫って来た。

 紐のような形状には一見して殺傷力を感じないが、それは先程急激に硬度を下げたのと同じように、一瞬にして刃にも槍にも成り得る。身体に触れないよう、姿勢を可能な限り低く落として避けると共に、自身の従器を前方で回して追撃を防ぐ。

「……攻めてくれば?」

 挑発の言葉を口にされても、気軽にそれに乗るのは難しい。あらゆる縛りを無視したかのようなインディゴさんの従器の自在な機動は、手足のように、なんて表現では全く及ばず、迂闊に攻め込めばその隙を突かれて苦しくなるのは火を見るより明らかだ。

「…………」

 しかし、俺が攻めないのと同様に、インディゴさんもその手を止めてしまう。

「似てないわね」

「まぁ、特に似る要因も無いですから」

「その辺りは、私は知らないけど」

 主語の抜けた会話は、だが成立してしまう。その点では、俺とインディゴさんは互いに理解し合っているのかもしれない。

「ノーラとは、知り合いなんですか?」

 この問いの答えは、ほぼ間違いなくYESだ。ただ、それ以外に、それ以上に何を聞いていいのか俺にはわからなかったし、聞きたいとも思わなかった。

「……それは、私にもわからない」

 そのインディゴさんの言葉が意味する事が、俺にわかるはずもない。

「でも、シモンは絶対に知り合いだから」

 続いた言葉の意味も、なぜ俺を名で呼ぶのかもわからない。

「だから、私はシモンとずっと戦いたかった」

 それでも、俺達の目的は同じだったから。

「後は、勝ってから」

 細長く伸びていたインディゴさんの従器が、俺のそれと似たまっすぐな棒状に収束していく。半身で右腕を大きく引いた姿勢から、投槍のように一撃が放たれ――

「「!」」

 ――寸前で、明らかに警報でしかない音が互いの動きを止めた。

「何か、あったみたいですね」

「そうね……」

 インディゴさんは構えを解かず、しかしその矛先は俺からは外れる。

「連絡は……付かない」

 しばらく片手で携帯端末を弄り、やがて諦めたように元の場所に仕舞い込む。

「私は、事態の確認に向かう。あなたは……とりあえず付いて来る方が安全でしょうね」

「そうですね」

 何が起きているかもわからない状態で、工場内を一人でうろつくよりは二人でいた方が危険は少ない。俺にとっても、インディゴさんにとっても。

「とりあえず、詰所に向かうわ。そこであなたの仲間と合流して――」

 そこで、インディゴさんの声が止まった。

 倉庫の扉を開け、外に出たまさにその瞬間、ちょうど目の前を歩いていた、黒い面で顔を覆った人影、それも二人組と鉢合わせてしまった為だ。

「「……っ」」

 相手方としても予想外の遭遇だったのだろう、俺がそうするのと同じように即座に従器を目の前に構え――

「どうやら、誤作動ではないみたいね」

 一閃、高速の一撃の残心を解いたインディゴさんが、忌々しそうに呟く。

 予備動作も見せない速さに加え、咄嗟の防御を自在に掻い潜った一撃に、不審な二人組は片足ずつを失って地面に倒れ伏していた。

「急ぎましょう」

 絶叫と悪足掻きのような反撃を頭部への二撃で沈め、早足でその場を離れるインディゴさんに慌てて追随する。

「……あれ、死にましたか?」

「気絶させただけ。その内、出血多量で死ぬかもしれないけど」

「そう、ですか」

 今さっき目の前で繰り広げられた活劇に、思いの外動揺している自分をどうにか隠しながら言葉を交わす。

 二人を一瞬で片付けたインディゴさんの技量に対して、ではない。結果はたしかに驚くべきものだが、手段はあくまで想定内のものでしかなかった。心を乱していたのは、生々しく飛び散った血の赤と、劈くような絶叫。従者としての技術を専門に学ぶ学園に席を置いているとは言え、実戦の、安全装置を外した殺し合いの経験が無い学生の身では、それも当然なのかもしれないが。

「こういう経験は初めて?」

「はい、そうですね」

 しかし、俺の動揺は簡単に見抜かれていたようで。宿舎まではもう程近いが、沈黙を通せる距離でもなく、素直に肯定しておく。

「それにしては、随分と落ち着いてるわね」

 だが、どうやらインディゴさんの感じた印象は俺の予想とは逆だったらしい。

「そうですか?」

「ええ、今思えば、あれもそうだったわ」

「…………」

 務めて感情を殺そうとして、それでも早口になった『あれ』という言葉が指すのが、ノーラの事であるのにはすでに気付いていた。

 俺とすれば、幼馴染がそう、モノのように呼ばれる事が嬉しいはずもない。

「「!?」」

 生じてしまった沈黙を吹き飛ばすように、すぐ右手から爆発的な衝撃音が響いた。視線を向け、確認すると、そこにあったはずの工場本館の壁の一部が歪に消失していた。

「援護を――」

 微かに聞こえた支援要請は、その途中でおそらく強制的に中断される。そして、助けに行くかどうかと悩む時間も、俺達には無かった。

「……っ」

「チッ……だるいな」

 それは、気付いた時には目の前にいた。肩への三発、胴への二発をいずれも絶妙なタイミングで受け切ったインディゴさんの眼前から、それが二歩で消える。

「抵抗しなけりゃ、殺しはしないよ」

 俺達の背後に回り込んだそいつは、そう囁いた。それでいて、その手を止める様子は無く、鍔の無い剣のような簡素な形の従器が、超高速でインディゴさんの背を刺す。

「……ああ、わかった、傷も無しだ。それでいいか?」

 間一髪、俺の従器に刺突を阻まれたそいつは、舌打ちと共に今度こそ距離を取り、一度攻撃の手を止めた。

「互いに信用が無ければ、取引は成立しない」

「俺が信用できないってか」

 慎重に言葉を選びながら、インディゴさんは目の前の敵手に向け、構えを取り直す。

 特徴の無い、あえて無くしたのであろう紺一色の服装に、先程の侵入者と同じように顔全体を覆い隠した黒色の面。一見して、侵入者の一人といった外見のそいつは、しかし明らかに雑兵の動きを逸脱していた。

 それどころか、人間の域すらはみ出していてもおかしくない。近いとは言え、破壊音のあった工場の一角までは、優に五十メートルは離れている。その距離を二秒と経たず詰め切った速度の異常さは、短い従器のやり取りでも嫌と言うほど思い知らされていた。

「さっきの奴も殺しちゃいない、って言っても信じないな。だからって、わざわざ見せに行くのも手間だし、あんま意味があるとも思えねぇ」

 従器を弄りながら、俺達に語りかけているとも独り言とも取れる呟きを漏らす。

「……まぁ、一応死ななきゃいいな、くらいの気持ちでいくから、そっちも死なないように努力するって感じで」

 言葉が終わるよりも先に、インディゴさんは仕掛けていた。最速の直線から、変幻自在の曲線。得意の従器によるパターンを、面の男は口も閉ざさず、一足の回避と従器の一振りだけでいなしてしまう。

 側面を通り過ぎながらの一撃は、飴のように広がった従器の盾が何とか防御。だが、背後に回ると同時の追撃にまでは追い付かない。

「やっぱり、複数相手すんのは好きになれないなっ」

 再び割り込みにいった俺の従器が侵入者の従器を弾くと、その矛先は俺へと向いた。

 距離を保つ為の牽制の突きは軽く躱され、疾過ぎる接近から斬撃が放たれてしまう。従器の腹で受け止めると、手を伝った衝撃が背にまで響く。更に、そんな斬撃が移動し位置を変えつつ、二、三、四と繰り返される。

「っとに……急いでんだけどなっ」

 都合七度目になる斬撃の寸前で割り込んだインディゴさんの足元への一撃を躱し、面の男の攻勢が止まる。更に続いた激しい連撃には、初めて男が防戦に回っていた。

「逃げなさい」

 攻撃に加わろうと踏み出しかけた足を、余分の無い声が止める。

「あー、そういう取引もあるのか?」

「庇いながらは戦えない。逃げて」

 自分への言葉と勘違いした面の男を無視して、インディゴさんは俺への指示を続ける。

「庇ってもらうほど――」

「じゃあ、殺せる?」

 売り言葉に買い言葉で口から出かけた虚勢を、視線すら向けない一言が撃ち抜いた。

「殺さないと、止まらない」

 どんどんと早口に、簡潔になっていく言葉が、インディゴさんの余裕の無さを表していた。攻勢に回った従器は速度を増し、しかしそれはいまだ敵手を抑え込む役割しか果たせていない。手を止めれば、その瞬間に戦況はひっくり返されてしまうだろう。

「いえ、その必要はありません」

 緊迫した場に似合わない、丁寧過ぎる声。

「……あーあ、増えやがんの」

 宙を飛んできた大鎌を跳躍で躱し、面の男は億劫そうに溜息を漏らす。

「フレクトさんは下がっていてください。後は、私達が引き継ぎます」

 乱入者は、味方だった。投擲されたのと同じ大鎌の形をした従器を持ったリーディアさんと、そのすぐ後ろで西洋剣の形の従器を手にした専属従者の二人、合計して三人の従者が侵入者を捕らえるべく、この場に集合していた。

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