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機械仕掛けと護衛の王  作者: 杉下 徹
四章  飛翔
51/67

4-10

一日目の日程から開放された俺達に、しかし特に開放感のようなものは無かった。元から自由時間が多かった為か、寝床である宿舎にまだ慣れていない為か、理由はともかくとして、少なくとも何かが終わったという実感は無い。

 だからだろうか、特に枕投げ等のレクリエーションに勤しむでもなく、それぞれに自分に割り当てられた部屋に戻って今に至る。あるいはこの個室が与えられているという環境もまた、集ってはしゃごうという気にならない一因かもしれない。

「……ん」

 する事も思い付かず、早めに寝てしまおうかと思っていたところで、部屋の隅に置いていた携帯端末の淡い光が通知を告げる。

 手に取り確認すると、通知は全部で三件。内訳は、部屋に置き放しておいて確認していなかった昼から夕方にかけてのものが二件、そしてたった今届いたものが一件。

 時系列順に追うと、最初に届いていたのはパトリックからのもので。内容は、実習について尋ねるだけの簡素なものだった。それも、どうやらクライフにも同じものを同時に送っていたらしい。

 特に聞いて面白い事件もなかったので、簡潔に返して次へと移る。夕方頃、おそらく授業終わりに送られたそれは、意外にもアリスからのものだった。

「珍しいな」

 携帯端末にアリスの名が映されたのは、俺の覚えている限り初めてだ。そもそも、俺の記憶が正しいとすれば、アリスには連絡先を教えた覚えすら無い。

「……なんだ、これ」

 訝しみながらも中を見ると、端末に映ったのは『おみやげを買ってきてください』という一文のみ。ノヴァ辺りに間違えて送ったのか、と思い、その旨を書いて返すと、恐ろしいくらいの早さで『違います』とだけ返ってきた。

 どうやら、本当に俺に土産物を買ってきてほしいと伝えたかっただけらしい。色々と疑問点はあるが、文字列でそれらを全て解決出来る気もせず、アリスの音声通話の番号を知っているわけでもないので、この場は諦める事にする。

「……っ」

 そして、三件目は、いつものようにノーラからの半定期化した近況報告。ただ、ノーラの現在滞在しているという地区が、完全に俺達が実習真っ只中であるカウス従器工場の位置と被っていた。どうやら、一週間程度は動かない見通しらしく、それが正しければ俺達の実習の間はずっと、すぐ傍にノーラもいる計算になる。

 その後に続いた報告は、最近食べた変わった麺料理の事や、つい昨日買ったという服についてなど、内容的には普段と変わらない何気ないものばかり。ただ、服については画像が添付されており、並んだ二組の服のセットの内、どちらがいいか意見を寄越すように催促が付け加えられていた。

「……左でいいか」

 正直なところ、俺はファッションについては疎い。直接着たところを見せられたのならともかく、画像にはノーラの顔すら映っておらず、それだけで判断しろと言われても何となくで答えるしかない。

 短く返答を書き終えて、送信しようとしたところで指が止まる。こちらからもノーラの近くにいると告げれば、どこかのタイミングで合流する事が出来るかもしれない。ここまでの実習の様子からすると、まとまった自由時間を与えられる可能性も高く、そうでなかったとしても実習終了日の翌日と翌々日までは学園が休みをくれている。

 思えば、しばらくノーラの顔を見ていない。画像で送るように頼めば快く応じてはくれるのだろうが、やはりそうするには照れもあり、そもそも直接会えるのならばそれに越した事はない。

「…………」

 結局、指は送信の為に一度動いたのみで、気付けば俺は携帯端末を置いていた。

 実習に際して、俺は制服以外の衣服を携行していない。学園については話題に出す事すら避けてきた俺が、いざ会うとなった時に制服で出向いて、逐一その事情についてノーラに語る事など考えるだけで嫌になる。

 いや、そんな事は言い訳にすらならない、薄っぺらい理由を並べただけに過ぎない。服などその辺りの店で買って着替えればいいし、そもそもそんな事は会える算段か付いてから考える事だ。俺はただ、ノーラに会うという前提ですでに怯えていた。

 それでも、俺がそれを望まなくても、ノーラと顔を合わせる可能性はある。従者にとってこの近辺で最も重要な施設は、王石を土地内に保有しているこのカウス従器工場だ。国家特別王石保持者であるノーラ・アトリシアの滞在の理由にこの工場が掠っていたとしても、何も不思議ではない。

 そう考えただけで、身体がにわかに落ち着きを失っていくのが感じられる。こうして安穏としている場合ではない、少しでも修練を積んで腕を磨くべきではないのか。

「……寝よう」

 動き出そうとする足を止めて、部屋の照明を消す。

 もし実習の間にノーラと顔を合わせる事になっても、その場で従器を交えるような展開になる事はまずあり得ない。そもそも、今から少し従器の訓練をしたところで、何が変わるというのか。慣れない環境と夕方の訓練で溜まった疲れに加えて、これから更に疲労を溜め込むだけだ。

 休息を取ると決めたのにもかかわらず、脳はしばらく休もうとはしてくれなかった。


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