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機械仕掛けと護衛の王  作者: 杉下 徹
四章  飛翔
48/67

4-7

袈裟斬り、横薙ぎ、反転して逆袈裟、中断して突き、更に詰め寄って三連突き、そこから従器の先端を伸ばして強引に横への斬りつけ。

 ヒースの連撃は、文字通り息つく間もない無呼吸の高速剣撃。完全に先手を預けられたとは言え、だからこそ、その一連の動作は一つの理想とも言える滑らかさと、それに反する破壊力をもって敵手に迫っていく。

 ゆえに、それを受けるノットさんは、一方的な防戦を強いられる。ヒースのそれとほとんど同形の西洋剣を型どった従器を握る腕は、ここまで身体から離れる事なく折り畳まれたままだった。

「ッ……」

 息が漏れたのは、どちらの口か。あるいは、おそらくほぼ同時だったのだろう。

 ただ、その瞬間に戦況は一変した。

 両者の従器が真正面からぶつかり合い、弾けて等しい距離を押し戻される。そしてその次の行動が、明確に両者を分けた。

 もう一度従器を振り下ろそうとしたヒースに対し、ノットさんは握った従器を手の中で滑らせ、先程まで柄だった部位で突きを放つ。

「……参りました」

 結果、先に相手の従器の身体への接触を許していたのは、ヒースの方だった。

「いやぁ、参ったのはこっちの方だよ」

 そう口にするノットさんの頭の横、三センチほどの位置にはヒースの従器の先端が迫っている。

「ヒース、だっけか。まさか、学生相手に本気でやる羽目になるとは思わなかった」

「……ありがとうございます」

「いや、世辞とかじゃなくて、本当に。後は経験があれば、普通に俺が負けててもおかしくなかったな」

 ノットさんの賞賛が彼の言う通りに偽りないものかどうかはともかく、ヒースは本気でこの敗北を悔いていた。少なくとも、俺にはそう見えた。

 本業の従者、それも国内最大手の従器工場で王石の警備を担当する一流の従者を相手にして、それでも本気で勝てると、勝たなくてはならないと思っていたのだ。そしてそう思っていながら、敗北を恐れる事もなくいの一番に従器を交えようと名乗りを上げられる向上心と自尊心には、素直に驚かされる。

「らぁッ――」

 ヒースとノットさんの間の決着が付いた頃、チャイとインディゴさんはまだ従器を交えている真っ最中だった。

 インディゴさんの従器が前後左右から変則的に襲い来る中を、チャイが逃げ回りながらどうにか防御に徹する。時折なんとか反撃を返すも、いかにも苦し紛れといった様子のそれらは労せず躱されてしまうのみ。

 もはや見慣れた斧の形をとったチャイの従器に対し、インディゴさんの従器は流動的に変形を繰り返し、決まった形を持たない。あえて言うならば鞭に似た、液体のような自在性は、彼女の従器の扱いの巧みさをそのまま示していた。

「カルナは、いわゆる天才でな」

 俺達が二人の戦いを眺めていると、ノットさんが小さく呟いた。

「あれほど従器を自在に扱える従者は、直接見た中では五人もいねぇ。だからあの若さでここの専属を務めてるわけで、俺よりも従器の扱いなら上だろうな」

 熟練の従者といった外見のノットさんに対し、まだインディゴさんは俺達との方が年が近いくらいの若さだ。それでいて、ノットさんは彼女の腕前を素直に認める。

「……くっ、はぁっ」

 全身で回避と防御を繰り返したチャイは、すでに息も荒く、動きも鈍り始めていた。おそらく、後二分と保たないだろう。

 下からの鞭打を受け止めると同時、チャイが勢いに逆らわず大きく後ろに跳ぶ。それに急ぐでもなく距離を詰めるインディゴさんの前、チャイの従器が斧の形を失い、代わりに一本の枝のように右腕の後ろで伸び始めていた。

「っ!」

 だが、結果的にその変形が完遂する事はなく。獲物を喰らう蛇のように俊敏に伸びたインディゴさんの従器がチャイの従器を弾き飛ばし、その流れで頭部を襲っていた。

 爆発的な勢いは安全装置により相殺され、反射的に身を引いていたチャイの身体にダメージはない。

「……ぇっ?」

 しかし、なぜかチャイは射竦められたかのように顔面を蒼白にしていた。

「チッ……」

 舌打ちをしながら従器を引き、インディゴさんはチャイから距離を取る。

「あー、えーっと、じゃあ次……?」

 自ら提案しておきながら、ノットさんの語尾も疑問形に上がる。そのくらい、インディゴさんの機嫌は目に見えて一気に悪化していた。

「それじゃあ、俺はノットさんで」

「あっ……」

 真っ先に判断したのは、クライフだった。不機嫌の余波を受けないように一目散にノットさんを選んだクライフに、オルゴがしてやられたと声を上げる。

「大丈夫、チャイ?」

「うん、大丈夫だけど……」

 心配そうに問いかけるノヴァを、すでに常態に戻りつつあるチャイが宥める。

「……よりにもよって、あれの真似なんて」

「ノーラと、知り合いなんですか?」

 そして、いまだ荒れていたインディゴさんに話しかけたのは、他でもない俺自身。

「私の前で、あれの話はやめてくれない?」

 棘というよりは剣先のような、威圧感と鋭さを合わせ持った視線に、不本意ながら気圧される。しかし、同時にそれは俺の問いに対する肯定でもあった。

 インディゴさんは、チャイが従器を大きく変形させた瞬間に豹変した。そして、チャイはあの形状を『ノーラ・アトリシアの真似』だと言っていたのだ。

「そうですか、すいません」

 仮にインディゴさんとノーラに何か関係があるとしても、それを話すよう強要する事はできない。本人が明確に拒否しているなら尚更だ。

「……何? まだ何かある?」

「いや、相手してもらおうかな、と」

 それでも、訓練として従器を交える事に、問題はないだろう。単に一流の専業従者という事に加えて、何か別の好奇心が俺の中に生まれていた。

「あなた、名前は?」

「シモン・フレクトです」

「そう……やっぱり、あなたが」

 不意に名前を尋ねられ、訝しみながらも答えると、インディゴさんは小さく頷いた。

「わかった。やりましょう――」

「ああ、皆さん、ここにいましたか」

 そして承諾を得る、まさにその瞬間、いつの間にか部屋の中にいたリーディアさんの声が会話を遮った。

「それで、皆さん、ここで何を?」

「チッ……」

 リーディアさんの問いに舌打ちが響くも、それはどこか力無く聞こえた。

「まぁ、あれだ。少し稽古に付き合わせてたっつうか」

「そうですか、真面目なのはいい事ですね」

 平坦な声で話すリーディアさんに、ノットさんはどこかバツが悪そうに視線を逸らす。

「しかし、くれぐれも怪我には気を付けてください。あまり口にしたい類の事ではないのですが、実習先で問題が起きたなどとなると、色々と面倒な事もありますので」

 リーディアさんの忠告は、実習先と学園、あるいは保護者の間の面倒な問題についてのもので。特に今回は例外的に一年生を寄越すように言った手前、カウス従器工場としてはそういった問題にはより神経質になっているのだろう。

「それと、ノットさんにインディゴさんには勤務体制の事で話があるので、少しお時間を頂けないかと上の方が」

「ああ、そうか。じゃあ、学生諸君、悪いけどちょっくら行ってくるわ」

「皆さんも、夕食の時間になったらまた呼びに来ますので」

 リーディアさんの後に着いて、ノットさんは従器を手に部屋を出て行ってしまう。本当に話があるのか、ただ俺達と引き離す為なのかはわからないが、それをあえて追求するほどの蛮勇は俺にはない。

「……また、後で」

 不満そうに去るインディゴさんの言葉は、明らかに俺だけに向けられていた。


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