3-17
「へぇ、幼馴染、ねぇ……」
一通りの話を聞き終え、チャイが感慨深げに呟いた。
いざ口にしてみると、ノーラとの関係性はそれほど複雑なものではなかった。
子供の頃に知り合った異性の幼馴染。互いの家族も知り合いで、今も連絡を取り合う間柄。そこに、従者としての目標、そして一種のトラウマの要素が加わるだけだ。
「道理で、男の方が女より強いとか言わないわけね」
「そうだな、多分そういう事なんだろうな」
ノーラと出会った頃、そして敗北した頃ですら、俺はまだ物を知っているとは言えない子供だった。もしノーラに敗け、あの強さを目の当たりにしていなければ、俺が従者の男性優位を否定するようになっていたかどうかは定かではない。
「やっぱり、ノーラさんは子供の時から強かったんだ」
「ああ。正直、今の俺が本気でやっても、あの頃のノーラに勝てるかどうか」
「あははっ、流石にそれは無いでしょ。……ないわよね?」
「そうだといいんだけどな」
語り尽した余韻のように漏れた弱音は、冗談のように笑みで流す。
自分の弱い部分を晒したとしても、それでも同級生の女子に弱音を吐いて慰めてもらうのを良しとしないくらいの矜持はまだ俺の中にあった。あるいは、その考えも一種の男尊女卑なのかもしれないが。
「でも、ノーラさんの連絡先を知ってるなんて羨ましいわ。……あっ、私の話とか、変な事とか言ってないわよね? もしおかしな事言ってたら、殺すわよ」
「物騒な。お前の名前すら出してないから安心しろ」
「……それはそれで少し残念かも」
演技なのかわからない程度には落ち込んで見せるチャイに、自然と笑いが漏れる。
「チャイこそ、本当にノーラが好きなんだな」
「そうね。私は特に接点とかがあるわけじゃないけど、ただ好きで、尊敬してるだけ」
目を輝かせてそう語るチャイの言葉に、きっと嘘はないのだろう。なにせ、同年代であり有名人として一方的に知っているだけのノーラを、本人のいない場所でも敬称を付けて呼ぶくらいだ。
「……あの人の事を知らなかったら、私は多分ここにはいないから」
ふと、独り言のように漏れた呟きは、ひどく無防備で。
「とりあえず、話はそれだけ。邪魔したわね」
だからなのか、どこか慌てたようにチャイはこの場を後にしょうとする。
「あぁ、最後に一つだけ」
「えっ、何?」
呼び止めに振り向いたチャイの顔が、少しの間を置いて驚愕に歪む。それも当然の事だろう。おかしな話だが、それを口にした自分、そしてその内容に対し、俺自身すらも驚いていた。
「――俺、多分ここをやめると思う」