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機械仕掛けと護衛の王  作者: 杉下 徹
三章  異質
39/67

3-15


「……あれは、まだ練習中なのよ」

 俺に合わせて、というつもりでもないのだろうが、何の変哲もない棒状をとらせた従器で突きを放ちながら、チャイが照れ隠しのように呟く。

「ノーラ・アトリシアさんって知ってるでしょ。いや、好きなんだっけ」

「ノーラが何か関係あるのか?」

 不意に出された幼馴染の名に首を傾げながら、突きを横に跳んで避ける。

「真似をね、しようと思ったの。でも、やっぱり難しいわ」

「あれが? ノーラの真似なのか?」

 半信半疑に聞き返すと、チャイは小さく溜息を吐いた。

「やっぱり、わかんないわよね。似せられてすらいないもの」

「いや、俺はノーラの従器を知らないんだ」

「知らない? いや、知らないって……」

「嘘じゃない。知ろうとすれば簡単なのもわかってる」

 国家特別王石保持者、国で最も有名な従者の一人であるノーラの、普段使う従器の形態や戦法など、従者としての大まかな情報は広く世間にまで知られている。

 だが、俺はあえてノーラに関しての情報だけは、極力目に入れないようにしていた。

 それは、ノーラとの差を見せつけられるのが嫌だというよりも、一方的に俺だけがノーラについて知ってしまう事を嫌ったため。公に回っている程度の情報が全てではないとわかっていながらも、それでもノーラといずれ戦う事になった時には、知識的な優位など無い対等な条件でありたいという妙なこだわりが俺の中にはあった。

「だから、できれば従者としてのノーラについての話は控えてくれないか?」

「わかったわ。いや、よくわかんないけど」

「だろうな」

 チャイの幾度目かの突きの途中、従器の先端が横に広がり、十字槍のようになったそれが回転しながら俺の胴を目掛けて迫る。跳躍では逃げ切れないと判断し、従器を床へ突いた反動を加えて身体を左に飛ばす。

「……よく躱せるわね」

「お前だって、そんなに本気でやってないだろ」

 実際、訓練の名に違わず、チャイの攻勢は昨日のそれと比べて明らかに緩い。もちろん漫然と行っているわけではなく、一撃一撃は力の籠もった丁寧なものだが、丁寧に行えるくらいの間を空けて放たれるそれらを避けるのは比較的容易だ。

「それでも、『躱す』のは簡単じゃないでしょ」

「まぁ、そうかもな」

 刺叉のように二手に別れて迫って来た従器の先端を、身を落としてくぐるように躱す。

 従器の操作は、外部からの力よりも生体電流を通した脳からの命令、それによる従器自体の機動によるものの方が大きな比重を占める。それはつまり従器の機動速度が人体のそれを遥かに超えるという事を意味しており、一般に従器による攻撃を人体の移動で『躱す』という行為は難易度の高いものとされている。

 もちろん、従者は生体電流を通した従器の強化機能によって身体能力を強化する事が可能であり、他の機能をほとんど用いていない今の俺のような状態であれば、強化機能だけに集中する事でこの程度の身体能力を得る事はそう難しくはない。

「……あんたが、ここまでやるとは思ってなかった」

 いや、違う。

 おそらく、今の俺がやっている事は、少なくとも学生レベルでは難易度が高いとされているのだろう。

「あんたが、シモンが強いのはわかってた。でも、もう少しはやれると思ってたの」

 独白は、しかし暗いものではなかった。

「それがまさか、あそこまで完璧に負けるなんて。正直へこんだわ」

 昨日の一戦。俺に挑み、そして負けた事を、チャイはそう振り返った。

「そうは見えないけどな」

「いつまでもへこんでられないでしょ。それに、ヒースの時でちょっと慣れてたから」

 チャイのヒースとの模擬戦は、開始の一撃でヒースの勝利だった。あの時の敗北は、たしかに俺への敗北と同じかそれ以上に堪えただろう。

「だから、私に変な気を遣わないでいいから。私から戦えって頼んどいて、そんなの馬鹿みたいでしょ。むしろ、下手に慰められたりした方がムカつくわ」

「心配するな、俺は上手に慰めてやる」

「そういう事言ってんじゃないのよ!」

 強まった語尾に合わせるように、常の手斧の形に戻った従器でチャイが攻勢を一段強めた。小回りの効くそれら全てを躱すのは諦め、従器を防御に回して応戦する。

 やはり、俺が思った通り、チャイは変に気を遣われる事を望まないらしい。そして、俺が思っていたよりもチャイは打たれ強かったようだ。

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