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機械仕掛けと護衛の王  作者: 杉下 徹
三章  異質
38/67

3-14

 俺が自主訓練を行うのは、基本的に夜、夕食を済ませて眠る前の時間帯だ。

 特に夜が好きというわけではないが、平日の午前中から午後に掛けては授業で埋まっており、その前は早起きが苦手なため却下、その後は友人達と時間を過ごす事が多く、結果として空いた時間は夜という事になる。

 半ば消去法的に決まった訓練時間ではあるが、夜の時間は訓練場にも人が少なく、人に見られるのを好まない俺にとっては都合もいい。反面、対人練習の相手を見つけるのには苦労するが、今では日課という意味の強い自主訓練、それを問題と感じる事も少ない。

「……チャイ?」

 普段とほぼ同じ時間、向かった先も普段と同じ寮の自室から最も近い第三訓練場。しかしそこには、普段この時間には見かけないクラスメイトの顔があった。

 おそらくは聞こえていないのだろう、俺の口から漏れた呟きにチャイは反応せず、ただ一心不乱に従器を振るい続ける。その形状は、彼女が主に扱う手斧ではなく、右腕に沿って伸びる一本の木の幹のようだった。

「チッ……くそっ」

 波打つように空を掻いていた従器が、傍から見る限りでは自壊したようにチャイの手元から落ち、床に落ちて歪な球状に纏まっていく。おそらく制御を失ったのだろう、チャイは舌打ちをすると、落ちた従器を拾い上げようと腰を屈め、その途中で不意にこちらへ振り向いた。

「シモン? へぇ……」

 俺を視界に捉えたチャイは、どこか納得したような声を漏らす。その顔には、わずかに疲れが見えるものの、その他に特別な負の感情は読み取れない。

「やっぱり、あんたも一人で特訓してたんだ」

「まぁ、そんなところだ」

 この期に及んで誤魔化すのも馬鹿らしく、問いには素直に肯定を返す。

「そっちこそ、こんなところで会うとは思わなかった」

「まぁ、ね。自慢じゃないけど、私が夜も特訓しはじめたのは、昨日からだし」

 昨日から。

 あえて説明されずとも、それだけで大体の理由はわかってしまう。

「とりあえず、相手してよ」

「え?」

「だから、相手。一人より二人の方が、色々と捗るでしょ」

 どこか覚えのあるやり取りは、朝のヒースとの焼き直しのようで。あの時も意外ではあったが、それ以上に今のチャイからの提案には驚愕しかない。

「いや、お前……」

「何? いいでしょ、別に本気でやり合おうって言ってるんじゃないんだから。それともまさか、私じゃ練習相手にもならないとか言わないわよね?」

 そんな自虐とも取れる言葉を吐き、不機嫌そうに鼻を鳴らす。そんなチャイの様子はどう見ても、昨日の俺への敗戦を気にしているようには見えなかった。

「お前、朝、機嫌悪くなかったか?」

 しかし、俺は今朝のチャイの無気力な様子をこの目で見ている。あれから今までの間に回復した可能性はあるが、一目で異常なあの状態を見た身としてはそうも思えない。

「何の話よ。朝なら、遅くまで特訓してたから寝不足だったけど。まぁ、多分やってる内に慣れるでしょ」

 だが、それについてもごく拍子抜けな説明が返ってくる。そうなると、いよいよ今のチャイは全くもって普段通りだとしか思えない。

「……そうだな、なら、やろうか」

 更に催促してくるチャイに、根負けしたわけでもないが従器を構える。

 チャイが俺に対して禍根を残していないなら、ただの対人練習として従器を交える事には何の問題もない。

「何かやりたい事があるなら、合わせるけど」

「いや、特にはない」

「そう。それなら、適当にやりましょ」

 チャイの従器の形は、先程と同じ歪な形で。その構えもまた、構えと呼ぶには異質なただの棒立ちにしか見えない。

「それじゃあ、行くわよ――っ」

 掛け声と共に、肉体的な予備動作無しでチャイの従器が蠢き始める。蚯蚓のように蠢いたそれは、迂遠な軌道を描いて俺へと迫り――

「――ぁわっ」

「は?」

 ――俺に届く遥か手前で、やけに神経に障る音を立てて弾け飛んだ。



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