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機械仕掛けと護衛の王  作者: 杉下 徹
三章  異質
35/67

3-11

「あ、シモンだ」

 ちょうど悪い事に、パトリックとクライフに同時に模擬戦の予定が入った昼休み、一人で昼食に向かう俺の前に現れたのはアリスだった。

「アリスか。良かったら一緒に昼でもどうだ?」

「いいよ。でも、珍しいね」

「まぁ、普段は機会が無いからな」

 俺とアリスはクラスも違い、順位別の授業でも十位にわずか届いていなかったアリスとはギリギリで別の組に別れていた。一見して接点の無い俺達の親交は、入学当初に行われた合宿で偶然ペアになった事に始まり、それがほとんど全てでもある。

「しかし、こんなところで何してたんだ?」

 アリスと俺が出会ったのは対面の形であり、つまりアリスは今から俺が向かう食堂とは逆方向に用があったはずだ。

「何、というか、食堂から教室に帰る途中というか」

 ただ、アリスの答えは少しばかり予想外だった。

「ん? じゃあ、もう昼は食べたんじゃないのか?」

「うん」

 今一つ釈然としないやり取りに、しかしアリスはいとも当然のように頷く。

「つまり、ただ俺の昼食に付き合ってくれるって事か」

「そんな恩着せがましい事を言うつもりはないのだ」

 本人は否定しているものの、どうやらそういう事らしい。それなら最初からそうと言ってくれればいいとも思うが、そこは本人曰く恩に着せたくないのか。

「それに、シモンと話したいと思ってたし」

「そうなのか?」

「その様子だと、知らなかったと見た」

 満足気に目を細めるアリスがわからず、だがあえてその訳を考えはしない。アリスの会話のペースはどうにも独特で、一々振り回されていては疲れる。

「うーん、どれから話すべきか」

「一番面白そうなのからで」

「……じゃあ、あれかな。あれがあった」

 丁度食堂に辿り着いたところで、アリスが最初の話題を選び終える。

「私のあげたタオル、使った?」

「使ってません」

 すっかり忘れていた事を思い出し、即座に首を振る。

 アリス対マシューの模擬戦後、なぜかアリスが俺に手渡してきたタオルは、棚の空いたスペースに突っ込んでそのままにしてある。一度洗濯した以上、俺としては普通に使う事に抵抗はないのだが、アリスが言っているのは多分そういう事ではないだろう。

「なんだ、残念」

「使ってほしかったのか?」

「ん、せっかくあげたんだし」

 どうも色々と言うべき事があるような気がするが、具体的な言葉を思い浮かべるとそのどれもが面倒な方向にしか転びそうにない。

「それで、他の話は?」

「んー、他ね、他……」

 話題を変えるよう促してやると、アリスは特にタオルの話に固執するでもなくそれに従ってくれる。再び唸り始めたアリスを横に、昼食の注文を済ませてしまおう。

「じゃあ、シモンの友達の話をしよう」

「友達?」

「うん、パトリック。友達でしょ?」

「まぁ、そうだな」

 否定するのも変なので、カウンターで麺料理を受け取りながら適当に頷く。

「あの人はすごいね。余裕があるよ余裕が」

「金の話か?」

「違う違う。心の話」

 なんだか難しい話になりそうなので、適当に空いた席に腰を下ろし、落ち着いてアリスと向き直る。

「……なんで隣に座るんだ?」

 正確には、向き直ろうとしたが、アリスは机を挟まず俺の隣に腰掛けていた。

「人の食べるのを真正面から見てると食べたくなるから」

「食欲旺盛な事だ」

「人の食べ物は別腹なのだ」

 言ったそばから、アリスは素手で麺を摘み食いしていた。

「それで思ったんだよ。余裕を持った相手には、私はまだ勝てないなぁと」

 かと思えば、急に話を戻してしまう。

「それは、模擬戦の話か?」

「ん」

 俺の推測を、アリスは小さく頷いて肯定する。

 アリスとパトリックの接点は、俺が思いつく限りでは先日の模擬戦が最も大きい。つい先日のパトリックとの対戦で、アリスは模擬戦初の敗北を喫していたのだから。

「だから、次の模擬戦は棄権。シモンが不戦勝なのはそういうわけだよ」

「……なるほど、そうだったのか」

 いきなり飛んだ会話に少し頭を悩ませ、なんとかアリスの言いたい事を理解する。

 俺の次の模擬戦、予定ではちょうど今日のはずだった対戦は、しかし対戦相手の棄権により不戦勝という形で中止となっていた。相手の名前は俺が見た時には消えており、その時は特別調べようとも思わなかったが、その相手がアリスだったとなれば話は別だ。

「お前が棄権するなんて、意外だな」

 俺のアリスへの印象は、一言で言えば小賢しい、だ。

 あらゆる手を尽くして勝利を目指すアリスの性格を、俺は従者として好意的に捉えている。しかし、だからこそ潔く棄権という形を取った事は少し予想外だった。

「どうせ勝てないなら、戦いたくなんてないのだ」

 駄々を捏ねるように頭を振るアリスに、思わず苦笑する。

「そうは言っても、やりようによってはどうにかなったんじゃないか?」

 真っ向からやり合って負けるとは思わないが、アリスには真っ向勝負を避ける判断力に加え、裏を掻く発想力がある。万が一、と自分で言うのも何だが、番狂わせが起きる可能性はあったのではないか。

「余裕が無ければね。でも、シモンもお友達と同じで余裕があるから」

「そう言えば、そんな事も言ってたな」

 話題が変わり、聞き流していたが、パトリックの心の余裕とはどういう意味なのか。

「余裕がある人は、不意を付かれても余裕の分で対応できるんだよ。だから、弱者の付け入る隙はほとんど無いの」

「……ああ、なるほど」

 アリスの言葉は、俺にも思い当たるところがあった。俺が幾度となく戦い、そして一度も勝てないまま別れたノーラも、俺の記憶の中では常に余裕に満ちていた。

 一定の実力差に加え、余裕を持った相手には番狂わせは起きようがないのかもしれない。

「でも、俺に余裕があるか?」

 とは言え、俺は自分にその余裕という奴があるとは思えない。勝利を求めていないとしても、だからこそ俺は敗北を何よりも恐れているのだから。

「自分でわかってないなんて、皮肉な事ですの」

 不可思議な口調で意味深な事を言うと、アリスはふらふらと立ち上がる。

「どこに行くんだ?」

「話したい事が終わったから、帰る」

 そんな勝手な事を言い残し、そのままアリスは振り返る事なく去ってしまった。

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