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機械仕掛けと護衛の王  作者: 杉下 徹
三章  異質
33/67

3-9

 人間、中々どうして上手い事出来ているもので。あるいは俺だけかもしれないが、一度眠るとその以前に抱いていた負の感情の大半は綺麗に消えていたりする。

 もちろん、睡眠が問題を解決してくれるわけではないからして、眠る前の俺が感じていた焦燥や落胆の原因がどうにかなったりはしない。結局のところ昔も今も俺はノーラと比べれば力不足で、それを劇的に解決する手段などない。

 ただ、そんな事は昨日よりも更に以前から変わらない事で。それまでどうにかやってきたのと同じように、これからも何とかやっていくしかない。

 だから、習慣に無い朝の自主訓練を行おうと思ったのも、焦りからなどではなく、昨日抜かしてしまった夜の自主訓練の代わりくらいの理由だった。そもそもこんな朝早くに目を覚ました事自体、前日に早く床についたから自然と、でしかない。

「……珍しいね、君がこんな時間に」

 寮の部屋から最も近い第三訓練場に着いた俺を出迎えたのは、意外な人物だった。

「そっちこそ、ってわけでもないんだろうな、ヒース」

「あまり胸を張って言う事でもないけどね」

 訓練場の中心、三体の自動人形に囲まれていたヒースは、一息にその全ての仮想急所を打ち抜き、動作を停止して崩折れた人形達の中で肩を竦める。

 少し前まで学年暫定一位を誇ったヒースだが、その裏に努力の影を匂わせた事はほとんど無かった。一見して天才のようにも見えたヒースは、しかし努力を表に出すのを嫌っただけで、人目の無いところではこうして修練を積んでいたのかもしれない。

「そうだな、邪魔して悪かった」

「別に構わないよ。もう終わるところだったし」

 そうは言いつつも、やはりあまり訓練を見られたくはないのだろう。ヒースは自動人形を両手に吊り下げ、後始末を始める。

「でも、君が来たなら丁度いい。相手をしてもらおうかな」

 しかし、自動人形を片付けたヒースの口から出たのは、意外な言葉だった。

「俺が、お前の相手を? 本気か?」

「君も鍛えに来たんだろう? 幸い、一年の中で君に実力が一番近いのは僕だ。この提案は、君にとっても好都合だと思うけれど」

 なるほど、ヒースの言う事は何一つ間違ってはいない。ただ、ヒースがそれを口にした事が想定外だったというだけで。

「それとも、僕と戦うのは怖いかい? 以前から、君は僕を避けていたようだしね」

「逆だろうが。お前が俺を避けてたんじゃないか」

「なら、構わないね」

「最初から嫌だとは言ってない」

 安い挑発に乗ったような形になったが、俺から見ればヒースが俺を避けていたという事が真実なのは譲れない。だからこそ訓練の相手を頼まれた事に戸惑ったわけで、それを差し引けば俺としても提案は望むところだ。

「このままやり合うだけでいいか? それとも、障害物でも用意するか?」

「ただの組み手だ、そこまで真面目にやらなくてもいいよ。君が欲しいなら別だけど」

「いや、俺も準備するのは面倒だ。このままやろう」

 条件の合意に至ったところで、互いに自然と距離を取り、各々で従器を構える。

「――シッ」

 合図をするでもなく、息の漏れる音と同時にヒースが一息に距離を詰めて来る。従器の形は西洋剣、初撃は一直線の刺突。

 だが、先に防御に回ったのもヒースだった。長さで勝る俺の従器の横薙ぎは、突きから身体の横に戻ったヒースの従器に面で受け止められる。更に先端に突起を生み出して首を狙うも、その前に本体ごと弾き飛ばされヒースには届かない。

 崩れた構えを逃さず、ヒースは再度俺への距離を詰める。逆袈裟の切り上げを後ろに跳んで躱すも、斬撃の最中でわずかに伸びた剣の間合いからは逃れられない。自らの従器の根本で剣を逸らし、縮めた従器の腹で更に弾いて凌ぐ。

 なおも距離を詰め、従器を切り返すヒースに対し、あえて俺も前に出る。すでに小刀程度の長さにまで縮めていた従器で横からの斬撃を受け、交差し際にヒースの脇腹に肘を叩き込む。

「けッ……ホ」

 痛みの叫びと肺から漏れた息の混合物を吐き出しながら、ヒースが前に跳んで交差するように距離を取る。反転した俺はそれを追わず、従器を常の形状に戻す。

「……体技には安全装置が掛かっていないんだから、加減して欲しいものだね」

 体勢と息を直したヒースが、構えのままに愚痴を零す。

 学園から従器を支給される際、同時に従器には外付けの安全装置が取り付けられる。あくまで訓練期間、校内での負傷を防ぐためのその機能は、しかし当然ながら従器を用いない肉体での打撃には適用されない。

「従器で殴られる方がいいならそうしてくれ」

「そうだね、考えておこう」

 従器の安全装置は、致命傷や戦闘不能レベルに至らずとも、一定以上の負傷が予想される場合、その寸前で従器の運動を止める。そのため、模擬戦を含むこの学園での生徒同士の対戦においては、仮に威力が低かろうと、従器の一撃を受ける事はほとんどの場合そのまま敗北を意味する。

 もちろん、ヒースもそれを知っていて、つまりやり取りは冗談に過ぎない。あくまで訓練のこの場でも、こうも簡単に音を上げるわけがない。

 三度目の接近と同時に、ヒースの西洋剣の従器が振り抜かれる。腰溜めからの横薙ぎに疾走の勢いを加えた一撃は、受け止めに行った従器にそのまま両断しかねない威力で喰い込んでくる。

「シモンは、何か目標のようなものはあるかい?」

「さぁ、な」

 唐突な問い掛けを耳に、斬撃の勢いを斜めに受け流すべく、従器を傾ける。

 ヒースの従器の刃が俺の従器を滑り、上方に流れる。その隙を突こうと手首を反転させたところで、それが間違いだった事に気付いた。

 落雷の如き斬撃。

 たしかに逸らしたはずの刃が、まるで最初からそういった流れの一部であったかのように滑らかに上方から振り下ろされ、それを寸前で躱す。

 まだ終わっていない。斬撃はその途中で従器の形状を変え、刺突へと変化している。十字に広がった先端が俺の胴を軌道に捉え、そして――

「また負けた、かな」

 共に腕を前に突き出した形、斬撃の回避と同時に突きを放っていた俺の従器はヒースの身体に触れ、ヒースの従器は俺の腕の下を通り、脇の中空を抜けていた。

「残念だけど、今は僕より君の方が強いらしい」

「そうだな、否定はしない」

 正直なところ、現時点で俺の従者としての実力はヒースよりも上だろう。

 ただ、両者の間の差はそれほど大きくはない。少なくとも、チャイの時のように正確な実力差を計るほどの余裕はなかった。

「それで、目標がなんだって?」

「別に大した話じゃないよ。少しでも気を逸らせるかと思っただけで」

 気恥ずかしそうに咳払いをし、しかしヒースはその後に続けて話し始める。

「あまり君とまともに話をした事はなかったからね。……いや、違うな。ただ、君がそれほどまでに強い理由を知りたいと思ったんだ」

「理由、か」

 自分の事を強いとは思わない。ノーラの本質を知った瞬間から、自分の弱さだけが目に付くようになっていたから。

「……認めさせたい相手がいるんだ」 

 思考から零れた言葉が、半ば無意識に声となって響く。

「そっちは? 聞いたからには、何かあるんだろ?」

 口をついた言葉はなかった事にはできない。自分の弱みとも言える過去についての話を誤魔化すように、話をヒースの方に振る。

「僕かい? 僕の目標なら、無いよ」

 しかし、ヒースはあっさりと首を横に振った。

「あえて言うなら、ただ強くなる事だったけれど、目標というには曖昧過ぎるだろう」

 強くなる、というのは多くの場合において手段に過ぎない。それ自体に強い目的意識を持っている者もいるだろうが、どうもヒースはそういうわけでもないようだ。

「ただ、それも今日までだ」

 芝居掛かった様子で髪を掻き上げるヒースに、嫌な予想が頭に浮かぶ。

「今日から、僕の目標は君に勝つ事だからね」

 そして、予想はそのまま現実のものとなった。

 まっすぐに過ぎる目標宣言。それは、ある意味で敗北宣言と同義であり、そうでなくても面と向かって言うには気恥ずかしすぎる。今の今まで、そしてこれからも俺はやろうとすら思わなかったであろう事を、ヒースはいともたやすくやってのけた。

「……お前は、気持ち悪いな」

「どうしてそうなるのかな!?」

 青春ドラマじみたやり取りは、自分で演じるには拒絶が強すぎる。やはり俺とヒースは気性が合わないらしい。

「まぁ、俺が言うのもなんだが、がんばってくれ」

「そうだね、たしかに君に言われるのは変な感じだ」

 口に出すかどうか、そしてその対象は違えど、ヒースの新たな目標は俺のそれと同じ類のものだ。だとすれば、やはり俺はどこかでヒースを応援してしまう。

 極論を言えば、俺はヒースに負けるという事自体はそれほど嫌ではないのだから。

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